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2013年10月25日 (金)

秋の月の漢詩 その四 王維の「竹里館」

少し前に、秋の月に関するものを取り上げたが、有名な漢詩を見逃していたので、追加で記しておく。それは『唐詩選』に取り上げられている、王維の「竹里館」。彼の漢詩の「鹿柴」は、かつて取り上げたが、「竹里館」も、彼の別荘の名勝地の名前だ。

別荘と言っても、日本の別荘とスケールが違う(*注)。彼が名付けた別荘「輞川荘(もうせんそう)」は、非常に広大で、その中にある、数ある名勝地から二十を選んで、友人の裴迪(はいてき)と共に漢詩を作ったと云う。

その二十の名勝地を念の為に示すと、「孟城坳(もうじょうおう)」、「華子岡」、「文杏館(ぶんきょうかん)」、「斤竹嶺」、「鹿柴(ろくさい)」、「木蘭柴」、「茱茰沜(しゅゆはん)」、「宮槐陌(きゅうかいはく)」、「臨湖亭」、「南垞(なんだ)」、「欹湖(いこ)」、「柳浪」、「●(不明文字。「亦「の下に「木」)家瀬(らんからい)」、「金屑泉(きんせっせん)」、「白石灘」、「北垞」、「竹里館」、「辛夷塢(しんいう)」、「漆園」、「椒園(しょうえん)」だそうだ。

なぜ、彼は、こんな別荘を作ったのか。高級官僚として浮き沈みの多い人生が、そうさせたのか。あるいは30歳で妻を亡くして再婚しなかったぐらいだから、諦観した人生観の持ち主であったがため、そうさせたのか。あるいは川合康三氏によると、下界から離れた地上の楽園を創造しようとしたという見解も、あながち、外れていないかもしれない。いずれにせよ、複合的な理由であろう。

さて、「竹里館」は、竹林の中にある建物の名だ。さて、その題名の漢詩は次のようになっている。

  独り坐す 幽篁(ゆうこう)の裏

  琴を弾じて 復た長嘯(ちょうしょう)す

  深林 人知らざるも 

  明月 来りて相照らす

表面的な解釈は、「薄暗い竹林の中で、ただ独り座って、琴を弾いたり、声を上げて歌を詠ったりしている。この深い林に包まれた空間は、誰も知らず、やって来ないが、ただ月だけが、心に沿うようにやってきて、相対している」という感じ。

秋の月は、人を感傷的にさせる。深い孤独と諦めに似た感じにさせている。このような受け止め方は、仏教観に似ている。実際、彼も仏教に深く帰依したことが詩に影響しているかもしれない。しかしながら、このような受け止め方は、時間的差異はあれども、いずれ誰でも持つものだろう。

*注

日本の場合も、似たようなことはやっているけれども、狭い空間に、いろんなものを詰め込んでいる。それが日本の文化の個性でもある。

 

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