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2013年11月26日 (火)

『隠﨑隆一展~事に仕えて~』に行く

山陽百貨店で、『隠﨑隆一展~事に仕えて~』が開かれていたので、見てきた。隠﨑隆一氏の作品は、確か三木美術館で初めて知った。長崎県出身、岡山県在住の作家だ。彼のデザインは独特だ。何か遊んでる感じ。そして、展覧会のパンフレットを後で読むと、彼の考え方が記しあって、なるほどと感じた。それを転記すると次のようだ。

「隠﨑隆一にとっての作陶は、土に触れ、水を感じ、火と戯れる。たったそれだけのコト。特別なことをしようとも考えないし、またしない。その時々に感じたことや思いをカタチにしているだけだ」と来る。これを読むと、流風が子供時代、泥んこ遊びをして、土を捏ねて、作っては壊ししていたのと似ている感じ(笑)。

更に続けて彼は言う。「人間が創り出すものは、宇宙の創造物と比べると、比較にらないほど稚拙なものである。いくら頑張ってみても、土も水も火も・・・何一つ創り出すことはできない。全て自然から戴いたもので遊ばせていただいている」と。確かに。作陶に限らず、人間自体、大自然の中で遊ばせてもらっているのだろう。

「私の作品は、土塊(つちくれ)と遊んだ心の記録であり、時間とともに幾重にも変化してきた。「事に仕える」とは、自然に対する畏敬の念とあるがままの心を表現するコト。自然の摂理に従順であること、魂に従順であること。これが私に与えられた使命であり、仕えることです。「事に仕えて」は、過去から現在、そして今なお留まることなく流れる私の心の姿に他ならない」と締めている。

彼の感じ方や考え方は、同感できるし、多くの方の賛同を得るものだろう。この作家を好きになりそう。でも、陶器類は実用に値しないものは買わないので、せいぜい展覧会で楽しむだけになるだろう。ただ、今後、彼の作品を見る時は、彼の考え方を頭に入れて鑑賞したい。

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