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2013年12月17日 (火)

骸骨を乞う話

隣国は粛清が吹き荒れているようだが、権力者という者は、常に不安ということを表している。つまり臣下を信用して信用せずの態度で接すると、ちょっとしたことで、バランスを崩してしまう。これは歴史が証明している。

項羽は、智略に優れ、文化も深く理解する人であったが、気が短く、早合点する欠点を持っていた。当時、漢王の劉邦と戦っていたが、漢軍は食糧が不足して危機的状況であった。そこで項羽が、父に次ぐ者として高く評価していた范増は、和睦しようとする項羽に反対して、今こそ劉邦を討ち取るべきだと進言。

項羽も、范増の進言を受けて、その気になる。それで困ったのが、劉邦側。何とか、この苦境を乗り越える策はないものか。そこで劉邦に献策したのが、もとは項羽の下にいて劉邦に走った陳平という人物。項羽の性格を利用して、項羽と范増の離間策を企む。

すなわち、「范増は、その評価に不満で、漢に通じている」という噂を流す。それで動じた項羽は范増に内緒で劉邦側に使者を出すと、劉邦側は、これを厚くもてなす。そして「范増様はお元気ですか」と問う。これには使者も、むっとして「項王の使者で来たのに何と言うことを」言うと、陳平は「これはこれは、范増の使者と思っていましたのに」と言い、出していた料理を引っ込め、粗末な料理に代えて、自分は席を立ってしまう。

使者が帰って、項羽に、これを伝えると、項羽は、范増は劉邦に内通していると判断し、彼の権力を奪う。これに対して、范増は怒り、「我は骸骨を乞いて、民間に埋もれる」と言って、田舎に帰ろうとするが、あまりの怒りで、背中にでき物ができて、そのまま亡くなってしまう。これで、項羽は智将を失い、天下取りが危うくなってしまうという有名な話だ。

骸骨を乞うとは、現代では、ほとんど使われない。臣下が主君に身を捧げているが、せめて、亡骸は返して欲しいということ。転じて、辞職することを意味する。かの国の指導者はは、臣下の亡骸も燃やしてしまったようだが、怒りを抑えることもできず、度を越している。誰かに利用されているもしれないのに、危ない、危ない。

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2013年12月16日 (月)

来年の色紙飾りの色紙選定~『一圓相』

今年も12月15日を過ぎたので、来年の正月の色紙飾りの色紙選定した。今回、選んだ色紙は、隠山惟琰の墨蹟で、『一圓相』にした。色紙飾りの色紙を飾るようになったのは父が亡くなってからだ。

色紙には、墨蹟、色紙絵など色々あるが、気に入ったものは少ない。墨蹟は印刷された物が多く、一枚1000円と安いが、お気に入りがいくつかある。色紙絵は、画材店や百貨店、掛軸店に、たくさん置いてあるが、これといったもので自分が欲しいものは、探しまわっても、なかなか無い。

これらの店に置いてあるものは、色紙絵の価格は3000円から6000円くらいが多い。色紙絵は印刷の物とそうでないものとがあるようだが、日本画家や彼らに師事した人によって描かれているものが多い。

ただ、伝統的技法なのだろうが、一定のパターンに拘束されているようで、面白みが足りない。残念ながら、背景に哲学も、あまり感じられないし、作者の意図も弱く、機械的に描いているように感じられる。

過去に、数枚買ったが、結局、数日飾っただけで、押入れの奥に仕舞われ、最終的には処分することになっている。基本的に流風は、絵を買う趣味はないが、若い頃から、多くの絵を接してきているから、それなりの鑑賞眼は、持っているつもりだが、時々失敗する(苦笑)。

そういうことで、正月に選ばれる色紙は、どうしても無難な墨蹟関係が多くなる。今回も、色々考えたが、隠山惟琰の墨蹟『一圓相』にした。今年の文字として「輪」が選ばれたそうだが、それに通ずるものである。

『一圓相』の墨蹟の色紙には、丸い円が筆で描かれ、その横に「心月孤圓 光萬象を含む」とある。これは『碧眼録』九十則にある言葉。絶対の真理を円で表現し、夜空に輝く丸い月は、光を発して遍く、この世を照らしている。そして、この月の光と同様、人も生まれながらに持っているものだということを意味していると云う。

多くの人は、気づいていないかもしれない。自分自身の存在価値を再確認したいものだ、ということで、来年の目標にしたい。

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2013年12月15日 (日)

餅つきと落語『狂歌家主』

毎年、年末となると、あちこちで餅つきの風景が見られたものだが、最近は、ほとんど見かけない。地域によっては、やっている所もあるようだが、直接、目にすることは少ない。大人と子供の共同作業は大切なのだが、今は保育園とか幼稚園で行われているのだろうか。

さて、落語にも、餅つきを題材にしたものは、いくつかある。以前取り上げたものに、餅をつけないから、嫁の尻を叩いて、音で餅つきをしている虚勢を張るものがあるが、今回は『狂歌家主』を取り上げてみよう。昔から、自宅で餅をつくには、それなりにお金がかかる。だから借金まみれの家では、餅もつくこともかなわない。そういった八さんと狂歌好きの大家さんの話。

隣りの家では、威勢よく餅つきの声が挙がっているのに、八さん、自分の家は、そんな余裕もなく、ただ羨むばかり。年中、貧乏暮らしの八さんは、嫁に「あんたに甲斐性がないから、毎年、こういうことになる」と文句を言われ、売り言葉に買い言葉で、お金もないのに、「餅を三百買ってやる」と言うが、空しく響く。

そこで、嫁は、なけなしのお金で、三百には遠く及ばないが、三切を三銭で買ってくる。そろそろ大家には、家賃を支払えない言い訳に行かなくてはならないが、嫁から大屋が狂歌好きであることを教えられ、「わたしも狂歌が好きなんで、方々に出かけた結果、手許が苦しくなってしまって」と苦しい言い訳をする。

ところが、嫁の予想通り、大家は狂歌仲間と聞いて嬉しくなり、しきりに狂歌の話を始め、自作を自慢気に聞かせる。でも、狂歌の何の知識も持たない八さんは、うまく対応できない。大家さんが「春の日の神もかざりに袴着て」という上の句詠んでも、八さんは「餅は三百買って食うなり」と下の句をつけるという頓珍漢な受け答え。

「それでは上にも下にもつかないじゃないか」と詰ると、八さんは「へえ、つかないから三百買いました」と落ち。餅を三百買うのも夢のまた夢。餅をつくことさえ、叶わない庶民の哀しさ。流風も、餅をつく金がないから、今年も買います(笑)。三個ということはないけれど、三百個は買わない。三十個くらいかな。それでも餅を買える有難さ。少し、しんみりとなる落語だ。最近は、あまり上演されないけれど。

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2013年12月14日 (土)

ついに布団乾燥機を使う

毎年、寒さ対策に苦労する。そう、寒いのは苦手。日中は、まだ、なんとか凌げても、就寝時には、いろんな工夫をしても、寒さに何回も目覚める。毛布を二枚にしたり、就寝前に空調で部屋を暖めたり、電気行火や電気敷き毛布を使ったりと毎年、色々工夫をしてきた。

でも、それほど成果を上げていなかった。そこで布団乾燥機を使うことにした。この布団乾燥機は衝動買いしたもの。大体、布団乾燥機は、雪国で必要で、この地域では必要ないものと、かねがね思っていた。ただ、どういう気の迷いか(多分、ダニ対策にと思って)、少し前に衝動買いして押し入れに入れているのを思い出し、思い切って、布団を就寝前に温めてみた。

そうすると、ぽかぽかして、ぐっすり眠れた。空調による暖房も不要だった。夏場は、布団を外で干せるが、今の時期は寒風の中、なかなか難しい。室内干しでも乾くが日照時間が短いので、寝る頃には、冷めている。布団乾燥機で乾燥させるには1時間ほど要すが、就寝前にセットすればいい。もっと早く、使っていればよかったと反省。先入観は損をしますな。

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2013年12月13日 (金)

大企業の交際費非課税枠50%へ

かねがね主張していた大企業の交際費枠が2014年4月より資本金1憶円超の大企業に対しても、交際費支出額の50%まで経費として認められるようだ。更に上限は設けないとのこと。これは大きい。消費税増税による経済のへこみをカバーするためのものらしい。

中小企業に対しては今年2013年4月から、年間800万円を上限に全額認められている。中小企業に対しては大企業との政策の整合性の為、大企業と同制度の選択も出来るようになるようだ。

今年4月に中小企業向けに交際費非課税枠が拡大したことは評価できるが、中小企業だけでは、その効果は薄い。大企業の非課税枠が設定されたことは素直に評価したい。確かに法人税の課税対象額が少なくなることは間違いないが、経済を活性化すれば、国も十分、元を取れる。少なくとも法人税率を下げるよりも効果は大きい。

問題は、交際費を上手に使うことであり、バブル時のような無茶苦茶な使い方は薦められない。やはり適正に使うことが望ましい。ただ、飲み食いしてコミュニケーションすることはビジネスを円滑に進めるには必須で、今まで交際費の締め付けで、自腹を切ったりして無理をしていた営業マンには朗報だろう(企業によっては、その分、余分に支給している所もあるようだが、所得金額によっては余分の所得税を支払わなくてはならない)。

後は、交際費を使える場所やビジネスの活性化だ。飲食業・サービス業を中心として、接待用の、いろんな商品やサービスを演出、提案をして欲しいものだ。

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2013年12月11日 (水)

軽減税率を消費税10%時に導入とか

自民党が公明党に押し切られ、軽減税率を消費税10%時に導入とか。公明党の主張は、消費税は逆進税だから、低所得者には不利だから、それを補えというものだ。確かに、まともな政策のように聞こえるが、自民党や財務省の言うように、その分、社会保障に回す財源が減るから、それをどのように手当てするかが問題になる。

それとも、無い袖は振れないとして、社会保障を削減するのだろうか。だが、社会保障は、低所得者の為のものであるとするなら、それでは却って、低所得者のためにはならないだろう。公明党は、目先の成果にこだわって、大変なごり押しをしたものだ。

もちろん、彼らは別の財源があるとか、他の予算を削ればいいとか言うだろう。だが、最早、増税できる税は、極めて限られる。そうでなくても、社会保障への支出は年々増えていく。となれば、軽減税率の導入によって、消費税の増税が更に強まると判断される。

国の経済の状態にもよるが、多分、消費税が20%、30%と早期に上げられて行くかもしれない。公明党は、そういう事態を国民に押し付けて満足するのだろうか。最早、思慮の浅すぎる、この政党は要らない。そして、自民党も、こんな政党と連立を組むのは止めるべきだろう。

*2014年11月20日追記

自民党と公明党は、2017年に消費税を増税した時、軽減税率を導入する方向で一致したそうだ。自民党が、選挙がらみで、公明党の意向を汲んだようだ。以前にも述べたように、軽減税率は、税制を歪める。大体、消費税を上げる効果が薄れる。前にも、記したように、消費税の税率を更に上げる必要が出てくる。国民としては、ぬか喜びになるだけだ。それに、2017年頃の経済は、更に悪化している可能性もある。そもそも消費税自体、上げられないかもしれない。

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ハウツー本は役に立つか~落語『指南書』

いつの頃からか、出版業界からハウツー本が本屋に溢れるようになった。流風も若い頃は、そういった本(主として経営書)を読み漁ったものだが、ある日、父から、「こういう本を読んでいては、世の中の物事の本質は理解できない。一体全体、お前は大学で何を学んだのか」と叱責された。

確かに、学校では哲学、歴史、考え方などを主に学ぶべきだろうが、現在のカリキュラムは、目先の技術論に終始し、そのようになっていない。当時、大学では一般教養はあったが、多くの学生は軽視していた。流風も、その一人であったかもしれない。結局、社会人になってから学び直した苦い記憶がある。

さて、それでも、世の中の荒波に揉まれて、各種障害にぶち当たると、人は微かな手立てを求めて、ハウツー本に頼りたい時もある。そういうことを題材にして暗喩を込めた落語がある。それが『指南書』というもの。大阪の大店(おおだな)の息子が、両親が変死し、気がおかしくなって、高野山に預けられるところから始まる。

その当時、高野山には名僧がいて、彼が指導するうちに、ようよう心も静まり、僧は一冊の本を与える。そして、「お前さんは、商家の出だけに出家には向きそうにない。やはり、これからは下山して親の商売を継いで商人になりなされ。そこで、今後の迷いを解く指南書を差し上げるから、時に臨んで、この書を開いて、善悪吉兆を判断しなさい」と言う。

そこで息子は下山し、家に戻り妻を迎えて、店も繁盛するようになる。それからいろんな場面で指南書を頼りに危機を乗り越えていくというもの。指南書が、すばりずばりと当るのは本当はおかしい気もするが、生きていれば、そういうこともあるかもしれない。

誰でも人生の岐路に立った時、判断に迷う。その時、どうしても判断に迫られた時、人は何を拠り所に判断するのだろう。人生観か経験か。人は指南書に頼っているようで、基本的には自分で判断している。判断基準は自分で作るしかないと思う。それには、やはり基本哲学とか歴史の学習は欠かせない。

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2013年12月10日 (火)

マイタケの話

この時期になると、いろんな食材が美味しいが、キノコ類も一段と美味しくなる。松茸は残念ながら未だ食していないけれど、他に美味しいキノコ類はたくさんある。昨夜は3時ごろまで、ピカピカゴロゴロと雷が盛んに鳴っていたから、茸の成長を、幾分促したかもしれない。

今回は茸の中で、マイタケを取りあげてみよう。いろんな調理法が紹介されているけれど、一番多いのはバター炒めかな。豚肉との相性もいい。無塩バターで炒めて、少し醤油類や市販のドレッシングで味付け。

さて、マイタケは、「舞茸」とも表示する。なぜ「舞」なのか。これは嘘か真か、『今昔物語』にある話が出処だろうか。京に住む木こり達が、ある時、北山に入るが、どうしたことか迷ってしまう。そうすると、人々が向かってくる気配があり、数人の尼さんたちが、歌を詠い、御機嫌よく舞いながら姿を現す。

木こり達は、奇妙な彼女らを気味悪がり、天狗か鬼神かと恐れる。ところが尼さんたちは、彼らの気も知らず、どんどん近寄ってきたので、おずおずと尋ねると、尼さんたちが言うには「山に入って仏様に供える花を摘もうとしたのですが、迷ってしまって帰れなくなりました。そこでお腹も空いたので、たまたま生えている茸を少し心配でしたが、ままよと思って食したところ、いつのまにか手足が動き出し、舞を舞うようになりました。これはどうにも止めようがありません」と言って踊り続けていた、というもの。

木こり達も、空腹から尼さんと同じ様なことになるのだが、結局、どこをどう歩いたか判らぬうちに、自分たちの家に辿りついた。そこで、この食べた茸が「舞茸」になったとさ。現代では、この茸は「笑茸」と思われるが、明らかに「舞茸」とは異なる。どこで、話がおかしくなってしまったのだろうか。

まあ、そんなことを考えながら、舞茸を食するのも悪くない。突然、笑ったり踊りだす心配もないだろうし。舞茸は、今すぐ食べたいけれど、残念ながら、冷蔵庫にはない。今日、買いに行こうか。

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2013年12月 8日 (日)

写真展『官兵衛と戦国の城』を観覧

姫路文学館で催されている『なつかし お菓子 パッケージ』展を観覧してから、同じく姫路文学館付属施設の望景亭で催されている写真展『官兵衛と戦国の城』(黒田官兵衛ゆかりの地をめぐる PART2)も観覧してきた。姫路市は、来年のNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』で盛り上がっているが、その一環の催し。

市内には、「姫路ゆかりの黒田官兵衛」の、のぼりがあちこちに見られるようになった。城の南の公園の家老屋敷跡公園では、今、着々と「大河ドラマ館」の工事が進んでいる。御幸通り商店街には、官兵衛関係の土産物店がオープンした。

そういった中での、姫路文学館での催しだ。写真は、三木敏之氏撮影によるもので、姫路文学館のホームページでも見られるが、解説はしていないので、実際に当地に行って、パネルの写真と解説を読んで、官兵衛の一生と城との関わりの流れで理解を深めるのもいいと思う。

*追記

関連催しとしては、同じく姫路文学館で、平成26年1月24日から3月9日まで、西山英雄画「播磨灘物語」装画展(官兵衛の世界を描く)が開催される。

また来年、姫路市立城郭研究室で、「黒田官兵衛パネル展」が予定されている。内容は、黒田官兵衛や、その息子、家臣たちのエピソードが残る史跡、名勝等の写真展だ。開催日程は、平成26年1月19日から2月16日までと、3月16日から4月20日までだ。

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2013年12月 7日 (土)

『なつかし お菓子 パッケージ』展(姫路文学館)に行く

大きく告知されていなかったのだが、姫路文学館の特別展示室で、ミニ企画展として、『なつかし お菓子 パッケージ(あま~い思い出博覧会)』展が開催されている。各種パッケージを収集している町田忍氏や三遊亭あほまろ氏、江戸ネットの収集品の中から昔のお菓子のパッケージに焦点を当てて展示したもの(協賛 姫路菓子組合)。

見て回ると、子供時代、あれも食した、これも食したというチョコレートを主体に、懐かしいお菓子のパッケージばかり。多くが現在も、活躍しているメーカーだが、最近、あまり聞かないメーカーもあった。お酒より甘いものに目が無い流風には、楽しい企画(笑)。そして、甘党作家、夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介についても紹介してあった。

この展覧会は、2014年1月13日まで。入場無料。なお、明日(2013年12月8日)には、午後1時半から、町田忍氏による講演会があるとか。先着100名のみ。整理券が配布されるようだから、聴きたい人は早めに。

また、来年1月5日(日)には、先着100名に、お年玉として、お菓子がプレゼントされるらしい(姫路菓子組合提供)。子供さんやお孫さんと一緒に初詣の帰りに寄ってみては。

*追記

『なつかし お菓子 パッケージ(あま~い思い出博覧会)』では、『お菓子』の思い出を募集している。締め切り平成26年1月13日。テーマは「お菓子」で、タイトルは自由で、200字程度。提出先は姫路文学館(「お菓子」の思い出)係あて。なお、姫路文学館のホームページからも応募できる。

 

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2013年12月 6日 (金)

舌の話

あまり評判のよくない某大臣は舌癌になったようだ。好き嫌いは別にして、早く快癒して欲しいとも思う。大臣の辞任を申し出たが、慰留されているそうだ。今後の成り行きは判らない。個人の不幸は喜べないが、これで少し静かになるとも考えられる。でも、交渉事は判らない。代理を出して却って更に不利になるかもしれない。

話変わって、お笑いタレントのモモコさんがタクシーに乗車していて出会いがしらに車と衝突して、足を骨折されたとのこと。全治六週間。ところが、彼女は、事故した日は、たまたま休みだったが、もう仕事を始めるという。「私には体と舌があれば十分」と言ったとか。プロを感じさせる。

さて、張儀にも、有名な舌の話がある。彼は貧乏人の出だったが、心身ともに優れ、才能もずば抜けていた。当時は中国の戦国の世。貧乏人の彼が世に出るには、絶好のタイミングだった。彼は権謀術策を得意とする師に学び、そこでも、やはり抜き出ていた。

その後、諸国を巡り歩き、楚という国の宰相、昭陽の食客になる。ところが、昭陽が、ある時、楚の王から下賜された「和氏の璧(かしのへき)」という宝石を披露しようとしたら、無くなっていて、貧乏人で素行もあまりよくない張儀に疑いがかかり、責められ鞭打たれても、無実を主張して、昭陽も、止むなく放免し、彼は命からがら妻のもとに帰る。

妻からは、「変な欲を出して遊説などするから、こんなことになるのだ」と、詰られると、彼は「我が舌を見よ。なお、有りや否や」と言った。それに対して、妻は思わず笑ったという。舌先一つで世を渡る人々をからかった話とも受け止められるが、話す能力も大切な能力ということに変わりはない。某大臣もモモコさんも舌を大切にして欲しいものだ。

*追記

専門家によると、舌がんの原因は、飲酒、喫煙、香辛料、入れ歯の不具合だそうである。そして、ある程度の年齢に達すれば、歯科医による定期健診が望ましいということだろう。

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2013年12月 5日 (木)

脱原発に舵を切る原発企業

少し前に、原発ゼロを主張している小泉純一郎元首相の投げかけたメッセージが話題になっていたが、政治嗅覚の優れている彼には、どのような思惑があるのだろうか。確かに、彼の言っていることは、以前、拙ブログで主張していたから、概ね同意できることは確かだ。

ただ、彼がいい始めたということは、もっと違う観点があるように思う。それは色々解説されている。例えば、ロシアから天然ガスのパイプラインを引くための後押しだとか、米国のシェールガス輸入促進だとか。ただ真実は、今のところは分らない。

もう一つ考えられることに、脱原発に舵を切る原発企業の姿勢があるのではないかと思う。すなわち、原発企業も、国内の電力需要は今後拡大しないとなれば、ビジネスにうまみを感じていないかもしれない。更に電力供給面でも、原発再稼動は、しばらく難しいと考えているだろう。

確かに廃炉処理もビジネスになるかもしれないが、どちらかというと、後ろ向きの事業だ。それだけに、それほど利益は期待できない。そういうことで、原発企業は、脱原発企業への脱皮を目指しているのではないか。彼らは既に、そういう研究をしてきたし、原発より低コストの電力供給は可能で、ビジネスとして損益分岐点に近づきつつあると認識しているのだろう。

後は、国の後押しだけだと判断しているように思う。流風は、小泉発言は、彼らの意向を汲んでのことと思う。よって今後は、原発推進議員は、いずれ、梯子を外され、取り残される可能性は高い。彼らも早く舵を切り直すことだ。日本は、原発は、既に無くても十分やっていける。経済的にも不合理な原発は、最早、不要だろう。

*平成25年12月6日追記

経済産業省が、民主党が主張した「原発ゼロ方針」を転換すると発表したようだが、官僚は時代が読めていない。様々な考え方があるにしても、過去を踏襲する官僚にエネルギー政策を任せるのには限界がありそうだ。

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2013年12月 4日 (水)

宴の後の杯盤狼籍を避ける

年末も押し迫ってくると、各地で忘年会、年が明ければ、新年会という所も多いだろう。そして、宴の後は、どうしても、散らかって、ひどい状態になる。これを杯盤狼籍と言うが、最近は、あまり使われていない言葉かもしれない。直訳すれば、酒宴の後の杯や皿が散乱していることを、狼が寝床として籍かれた後の乱れた草々のことに例えたもの。出典は『史記』だ。

これは斉の威王の頃、淳于髠(じゅんうこん)という人が、諫言した時に使った言葉。何事も、とことんやってはならない、ほどほどにしなさいと諌めた。言い換えれば、極限まで行ってはならないということ。

政治で言えば、国民が不安に思うような大きく振れてはならないということ。極まれることを国が行えば国は衰える。経営で言えば、リスクを無視して極端な投資をして、極大利潤を目指してはならないということ。そんなことをすれば、いずれ経営は破綻する。年末年始の宴会も、自分を見失って他者から顰蹙を買うようなことのない程度にしたいものだ。

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2013年12月 3日 (火)

『味わいの徳利と盃』展(三木美術館)に行く

三木美術館で、『味わいの徳利と盃』展が開かれているというパンフレットをJR姫路駅構内の姫路観光案内センターで入手して、先日、行ってきた。日頃、お酒は、ほとんど飲まない。正月に少し頂く程度で、後は料理酒行き。よって高価な料理酒になる。それで作った料理は少し美味しいかも。

父は、私より酒は若干強く、毎日、晩酌をしていた。基本的に燗酒である。母に、「少しぬるい」とか文句を言いながら、少しの酒で、すぐ赤くなって酔っていた。使うのは、いつも盃で、ぐい呑みではない。ぐい呑みは、酒呑みが好むものだと嫌った。

ところが、普通の盃の入手は年々、困難になり、私に探して来いと度々言うので、あちこち探し回ったが、どこにも、なかった記憶がある。最終的には、古物店で見つけて、持って行くと大変喜んでいた。見た目は安物で、品物がいいとは決して言えるようなものでなかったが、父は亡くなるまで、それで飲んでいた。

今回の展覧会でも、ぐい呑みが圧倒的に多く、盃は少なかった。どうしてなのだろう。昔は、酒造会社も、盃に清酒の名前を入れて配っていた。それとも盃より、ぐい呑みの方が、酒が、多く入るからだろうか。理由は、よく分からない。

さて、徳利(一般に「とっくり」と言うが、本来は「とくり」と読むらしい)や盃は、酒造りが始まる江戸前期に芸術的仕様で贅沢品として始まり、ぐい呑みは、江戸後期に現れたようだ。これは庶民が、いろんな容器を盃の代わり転用した結果らしい。そして、徳利ごと燗をすることが流行るようになる。

このように酒盃は、時代とともに変遷している。美術館では、いろんな徳利と盃が展示。数えた訳ではないが、パンフレットによると、28作家、50点とあった。これらを使えば、私でも飲めるかもと錯覚させる。今の時期もいいが、年明けの正月に訪れてみるのもいいかもしれない。平成26年2月23日まで。

その他にも、先日、山陽百貨店で展会のあった隠﨑隆一氏の備前焼の作品9点や、巨匠作家たちの絵画等も展示されいた。

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2013年12月 2日 (月)

歴史共通教科書は、あり得ない

報道によると、日韓・韓日議員連盟の合同総会は、2013年11月30日、共同声明を採択し、中国を含む日中韓三カ国による共同の歴史教科書の作成を日韓両政府に働きかけることを決めた、という。

一読すれば、良識的な判断のように思うが、あり得ない考え方だ。そもそも、中国を含めて、三カ国は、立ち位置が異なる。よって歴史的に見えるものも異なる。歴史の見え方は、それぞれの国で異なるのは当たり前だ。すなわち国家という立場が違えば、見えるものは異なるので、歴史共通教科書は不可能だ。

それを歴史共通教科書にするのは無理がある。無理に作れば、「余分な」ものをカットしなければならない。それでは教育にはならない。なぜなら残るのは「年表」だけになるからだ。国家が違えば、歴史認識は異なって当然だ。

むしろ歴史に必要なのは客観性であり、感情を交えないことが大切で、それぞれの国が感情を交えず淡々と過去を記すことが大切だ。そこから学生たちが未来に向けて何をしなければならないのかを理解させる教科書が望ましい。

結局、言えることは、三カ国は、歴史的視点が異なることを踏まえて、相互理解していくことが大切で、歴史教科書の共通化はあり得ない。やるべきことは、それぞれの立場の違いを越えて、アウフヘーベン(止揚)していく為政者の志向が望まれる。

*追記

過去に捉われ、若干ノイローゼ気味の韓国は、いつまでも不毛の議論を投げかける。彼らの考え方が改まらない限り、日本側の変な協調は却って問題を複雑にする。今回は一部の親韓議員が乗せられたものと言える。考えが浅いと、こういうことをやりたがる。

*追記

一応、蛇足的に記せば、日中韓(北朝鮮含む)の歴史認識は異なって当然で、一致することはあり得ない。その上で、先の戦争で何が問題だったのか、冷静に各国で分析して、将来を展望することが大切だ。そして平和を保つには、どのように各国が協調していくか話し合えばいい。

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