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2013年12月 2日 (月)

歴史共通教科書は、あり得ない

報道によると、日韓・韓日議員連盟の合同総会は、2013年11月30日、共同声明を採択し、中国を含む日中韓三カ国による共同の歴史教科書の作成を日韓両政府に働きかけることを決めた、という。

一読すれば、良識的な判断のように思うが、あり得ない考え方だ。そもそも、中国を含めて、三カ国は、立ち位置が異なる。よって歴史的に見えるものも異なる。歴史の見え方は、それぞれの国で異なるのは当たり前だ。すなわち国家という立場が違えば、見えるものは異なるので、歴史共通教科書は不可能だ。

それを歴史共通教科書にするのは無理がある。無理に作れば、「余分な」ものをカットしなければならない。それでは教育にはならない。なぜなら残るのは「年表」だけになるからだ。国家が違えば、歴史認識は異なって当然だ。

むしろ歴史に必要なのは客観性であり、感情を交えないことが大切で、それぞれの国が感情を交えず淡々と過去を記すことが大切だ。そこから学生たちが未来に向けて何をしなければならないのかを理解させる教科書が望ましい。

結局、言えることは、三カ国は、歴史的視点が異なることを踏まえて、相互理解していくことが大切で、歴史教科書の共通化はあり得ない。やるべきことは、それぞれの立場の違いを越えて、アウフヘーベン(止揚)していく為政者の志向が望まれる。

*追記

過去に捉われ、若干ノイローゼ気味の韓国は、いつまでも不毛の議論を投げかける。彼らの考え方が改まらない限り、日本側の変な協調は却って問題を複雑にする。今回は一部の親韓議員が乗せられたものと言える。考えが浅いと、こういうことをやりたがる。

*追記

一応、蛇足的に記せば、日中韓(北朝鮮含む)の歴史認識は異なって当然で、一致することはあり得ない。その上で、先の戦争で何が問題だったのか、冷静に各国で分析して、将来を展望することが大切だ。そして平和を保つには、どのように各国が協調していくか話し合えばいい。

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