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2013年12月15日 (日)

餅つきと落語『狂歌家主』

毎年、年末となると、あちこちで餅つきの風景が見られたものだが、最近は、ほとんど見かけない。地域によっては、やっている所もあるようだが、直接、目にすることは少ない。大人と子供の共同作業は大切なのだが、今は保育園とか幼稚園で行われているのだろうか。

さて、落語にも、餅つきを題材にしたものは、いくつかある。以前取り上げたものに、餅をつけないから、嫁の尻を叩いて、音で餅つきをしている虚勢を張るものがあるが、今回は『狂歌家主』を取り上げてみよう。昔から、自宅で餅をつくには、それなりにお金がかかる。だから借金まみれの家では、餅もつくこともかなわない。そういった八さんと狂歌好きの大家さんの話。

隣りの家では、威勢よく餅つきの声が挙がっているのに、八さん、自分の家は、そんな余裕もなく、ただ羨むばかり。年中、貧乏暮らしの八さんは、嫁に「あんたに甲斐性がないから、毎年、こういうことになる」と文句を言われ、売り言葉に買い言葉で、お金もないのに、「餅を三百買ってやる」と言うが、空しく響く。

そこで、嫁は、なけなしのお金で、三百には遠く及ばないが、三切を三銭で買ってくる。そろそろ大家には、家賃を支払えない言い訳に行かなくてはならないが、嫁から大屋が狂歌好きであることを教えられ、「わたしも狂歌が好きなんで、方々に出かけた結果、手許が苦しくなってしまって」と苦しい言い訳をする。

ところが、嫁の予想通り、大家は狂歌仲間と聞いて嬉しくなり、しきりに狂歌の話を始め、自作を自慢気に聞かせる。でも、狂歌の何の知識も持たない八さんは、うまく対応できない。大家さんが「春の日の神もかざりに袴着て」という上の句詠んでも、八さんは「餅は三百買って食うなり」と下の句をつけるという頓珍漢な受け答え。

「それでは上にも下にもつかないじゃないか」と詰ると、八さんは「へえ、つかないから三百買いました」と落ち。餅を三百買うのも夢のまた夢。餅をつくことさえ、叶わない庶民の哀しさ。流風も、餅をつく金がないから、今年も買います(笑)。三個ということはないけれど、三百個は買わない。三十個くらいかな。それでも餅を買える有難さ。少し、しんみりとなる落語だ。最近は、あまり上演されないけれど。

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