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2013年12月 3日 (火)

『味わいの徳利と盃』展(三木美術館)に行く

三木美術館で、『味わいの徳利と盃』展が開かれているというパンフレットをJR姫路駅構内の姫路観光案内センターで入手して、先日、行ってきた。日頃、お酒は、ほとんど飲まない。正月に少し頂く程度で、後は料理酒行き。よって高価な料理酒になる。それで作った料理は少し美味しいかも。

父は、私より酒は若干強く、毎日、晩酌をしていた。基本的に燗酒である。母に、「少しぬるい」とか文句を言いながら、少しの酒で、すぐ赤くなって酔っていた。使うのは、いつも盃で、ぐい呑みではない。ぐい呑みは、酒呑みが好むものだと嫌った。

ところが、普通の盃の入手は年々、困難になり、私に探して来いと度々言うので、あちこち探し回ったが、どこにも、なかった記憶がある。最終的には、古物店で見つけて、持って行くと大変喜んでいた。見た目は安物で、品物がいいとは決して言えるようなものでなかったが、父は亡くなるまで、それで飲んでいた。

今回の展覧会でも、ぐい呑みが圧倒的に多く、盃は少なかった。どうしてなのだろう。昔は、酒造会社も、盃に清酒の名前を入れて配っていた。それとも盃より、ぐい呑みの方が、酒が、多く入るからだろうか。理由は、よく分からない。

さて、徳利(一般に「とっくり」と言うが、本来は「とくり」と読むらしい)や盃は、酒造りが始まる江戸前期に芸術的仕様で贅沢品として始まり、ぐい呑みは、江戸後期に現れたようだ。これは庶民が、いろんな容器を盃の代わり転用した結果らしい。そして、徳利ごと燗をすることが流行るようになる。

このように酒盃は、時代とともに変遷している。美術館では、いろんな徳利と盃が展示。数えた訳ではないが、パンフレットによると、28作家、50点とあった。これらを使えば、私でも飲めるかもと錯覚させる。今の時期もいいが、年明けの正月に訪れてみるのもいいかもしれない。平成26年2月23日まで。

その他にも、先日、山陽百貨店で展会のあった隠﨑隆一氏の備前焼の作品9点や、巨匠作家たちの絵画等も展示されいた。

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