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2014年1月30日 (木)

国際権力闘争の清濁

隣国関係は、昔から難しいとされるが、領土問題から日中関係、日韓関係が悪化し続けている。国民からすれば、領土等を巡る低レベルの国際権力闘争にしか見えない。そもそも、各国の指導者のレベルが落ちている。

原因は、中国、韓国が作ったと日本の保守勢力が主張するが、中国、韓国の保守勢力も、日本に原因があると国を挙げて主張する。大体、保守勢力は、どの国にもいる。彼らは自分の正義を絶対と考える。

確かに、一般国民から見ても、法的に、中韓の考え方は歪んでいるのは確かだろう。中国政府は、尖閣諸島は日本の領土と毛沢東が認めたことも否定し、ずる賢く立ち回っているし、歴史認識も中国自体の問題は棚上げし、全て日本の誤りと責め立てるのはおかしい。

韓国政府にしても、日韓条約を無視し、やるべきことをやらず、慰安婦問題をすり替えて(韓国軍は慰安婦を使っており、彼らの主張に矛盾がある)、国民感情に訴える。そこに政治はない。ただ自らの地位を守るための保身に過ぎない。竹島問題についても、リ・ショウバンがやった犯罪行為を未だ認めようとしない。それに、テロとか泥棒を容認する、お国柄に問題がある。

ただ、日本の主張は、客観的に見ても正しいとは思うが、相手国に納得させることに力不足を感じる。戦後続いた、トラブルを恐れる外務省主導のお嬢様外交が災いしているとは思うが、それにしても最近の日本の指導者による相手国の指導者の面子を無視した言動が多過ぎる。いくら正しくても、面子をつぶせば、自国の主張は通らないことは明らかなのに。

いくら自国の主張が正しくとも、それぞれの国には、自国の正義がある。その正義は他国から見れば、おかしくとも、一つの見方として成り立つ。国際権力闘争は、正義と正義のぶつかり合いと言うこともできる。

本来、政治家は、正義と正義のぶつかり合いを調整し、乗り越える落とし所を探るべきだが、現在の政治家は、全くできていない。否、むしろ、それを避けている雰囲気がある。まるで子供の喧嘩だ。自国の主張が正しいとしても、清濁併せ呑む度量が政治家には求められる。

*参考

正義について論じた著作では、次のものが歴史的視点で、判り易く解説されていると思う。

 押村高著 『国際正義の論理』(講談社現代新書)

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2014年1月27日 (月)

従業員の心の闇

冷凍食品の農薬混入事件は、日本人にとってショッキングな出来事だった。6年くらい前に、中国で製造された毒入りギョーザ事件が起った時、日本では決して起らないと多くの人が感じていたのに、今回、似たような事件が国内で起きてしまった。

報道によると事件を起こした男は、契約社員だそうだ。要するに非正規社員。確か中国での犯人も非正規社員だったと思う。彼らは身分保証が無く不安定な状況下で仕事をしている。そこには、不安定な心を反映して、心の闇を生じやすい。

また、この社員は、8年以上も勤めたのに、ずっと契約社員だったという。正社員との報酬格差があり、不満が年々拡大していった可能性もある。更に評価の仕組みが変わり、年功から実力主義に変更したことが不満を強めたようだ。職人の世界で出来高制は昔からあるが、生産ラインのようなものは、実力主義は難しい。

製造業で、人を「モノ」扱いすれば、企業は強いしっぺ返しを受けるということだろう。もちろん、多くの人は、不満を持っても、それを実行に移す人はいない。考え方や生活態度に問題があったとも考えられる。彼が行った犯罪は決して許されるものではない。

多くの消費者が健康被害に遭い、企業業績は悪化する。そのため、その他の従業員がリストラされるかもしれない。職を失う人が出てくる可能性が高い。ふと魔がさしたのかもしれないが、被害は甚大だ。当然、彼が失うものも、計り知れない。

ただ消費者も考えなければならない。便利で安いものを追い求め過ぎてはいないか。そうしたことが、回りまわって、非正規社員を増やす要因になってはいないか。人が生活するには、コストダウンは限界がある。彼らに犠牲を強いてはいけないだろう。

また非正規社員の最低賃金法を確立させるべきかもしれない。昔は、非正規社員の賃金は、当該業務の正社員の、ほぼ倍かかると言われた(企業が社会保障の面で負担が無かったから)。ところが、現在は、その水準をはるかに下回っている。そのようにすれば、中小企業は成り立たないというけれど、それか成り立つような社会にする必要があるのではないだろうか。

単に犯罪という問題に留めず、社会問題として、何をすべきか、多くの人々が考える必要があると思う。そして、心の闇は、何も問題を起こした社員に留まらない。誰しも心の闇を抱えるが、じっと耐えているのが実態だろう。経営者は見えない心、声なき声に十分配慮することを忘れてはならないだろう。

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2014年1月25日 (土)

大阪商売の厳しさ

報道によると、JR大阪駅北側に展開している「JR大阪三越伊勢丹」が売り場面積を約6割縮小し、隣接しているJR西日本グループが手掛ける専門店街「ルクア」と一体運営する再建策を発表したという。大阪商売の厳しさを表したものだろうが、「JR大阪三越伊勢丹」のみが一人負けらしい。

一般に、大阪で成功すれば、どこでも成功すると言われる。それほど商売は厳しい。逆に東京で成功しても、大阪で成功するとは限らない。「JR大阪三越伊勢丹」のように失敗する例は極めて多い。

それは東京圏と比べれば大阪圏は市場が小さいこともあるが、単に論理では理解できないところがある。大阪はアジア系の商売をするのに対して、東京系企業は欧米系の商売をする。その違いを理解せずして、大阪に進出しても失敗するのは見えている。未だに、それを悟らないとすれば、東京系企業に学習能力が無いからだろう。

流風の理解では、大阪は、基本的に実質を尊重する。過剰なブランド信奉はしない。価値と価格のバランスは大切だ。その辺を理解してないと、誤った価格設定になる。そして、ビジネスは、アジア的。人間関係を重んじる。上っ面の人間関係ではない(*注)。

それは接客に於いても、見られる。一見の客でも、店員の接客対応で見破る。よって東京系の上品過ぎる接客は敬遠し、元気よく冗談の一つも言える販売員を歓迎する。まず、そこが入口だ。

店員の人間性が見えないと、百貨店と言えども、購買動機が薄れる。買う以上は、商品の割安感に加えて、別の付加価値が求められる。そういったことを理解しないと、東京系企業の大阪進出は、苦杯を舐め続けるだろう。

*注

人間関係は、関西だけに限らず、重要視されるだろうが、大阪は、単にビジネスだけに留まらない。また対象からの直接便益だけを期待しているのでもない。その辺に他所から来た者には、人間関係の構築の仕方が複雑に見えるかもしれない。

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2014年1月23日 (木)

夢占いの物語

少し前の話題になるが、皆さまは、初夢は、どうだったのだろう。流風は、残念ながら、ぐっすり寝入って、朝まで夢を見ることはなかった。ただ、昨年11月頃に、とぐろを巻いている大蛇の蛇の夢を見て、続いて12月に大海に浮かんでいる大亀の夢を見た。

人間、誰も、よい占いの結果は知りたいが、悪い占いの結果は敬遠したがる。ネットで夢占いを見てみると、よさそうなことが書いてある。ところが、結局、何もなかった。大体、夢を見るのは体調とかに左右されそうだし、あまり、あてには出来ないものなのだろう。

ところで、『今昔物語』に次のような話がある。陰陽師で天文博士であった弓削是雄(ゆげのこれお)は夢占いを当てたことで有名だ。ある時、旅先で、たまたま、そこに来ていた人物と同宿する。弓削是雄は国司に頼まれて、大屬星を祭るために東国に下向している途中であった。

その夜、寝入っていると同宿の者が気持ちの悪い夢を見たので、占って欲しいと申し出た。そこで夢の内容を聞くと、是雄は、「お前は明日、家に帰ってはならない。汝を殺めようと誰がが待ち受けている」と言う。

その人は驚いて、「それでも、どうしても帰らなくてはならない。方法はないか」と問うと、是雄は、「あなたを害そうとしている者は、丑寅の方向の隅に隠れている。だから、弓を引いて押し当て脅せばいい」とアドバイス。

その人は、半信半疑ながら実際に家に帰ってみると、本当に、そのようであった。殺そうと待ち構えていた男は、法師であった。捕えて事情を白状させると、彼の仕える主人の僧が、彼の妻と通じており、彼女が亡き者にしようと法師に依頼したとのことだった。

この世の中には、弓削是雄のように夢占いを正確に当てる人もいるのだろうか。それとも、その他の占い同様、当てたのには、何か裏があるのだろうか。こういう占いの物語に接すると、どうしても疑いの目を向けたくなる。特に悪いことを見破った占いには。この物語とは逆説的になるが、現代では弓削是雄のような人物は遠ざけた方がいいと思う。

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2014年1月20日 (月)

思っているだけでは、、、、

在原業平の逸話に次のようなものがある。ある催しで、業平は大臣の家に着くが、近くに女車がある。どなたが乗っているのであろうかと覗き見しようとすると、下簾が風に吹かれて、さっと舞いあがったので、乗っている女の顔が、ちらっと見えたので、次の歌を詠って贈った。

 見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しくは

   あやなくけふや ながめくらさむ

     (古今集476 在原業平)

業平の一目惚れの心情を歌にしたもの。

そうすると、素早く返歌があった。それが次の歌。

 知る知らぬ なにかあやなく わきて言はむ 

   思ひのみこそ しるべなりけれ

     (古今集477 詠み人知らず)

業平の歌の調子が弱く、本当の思いはどうなの、と業平を責め立てている(笑)。現代的に言えば、「はっきりしなさい」という言葉が当てはまるかも。今も昔も女性は強い。男は、気になったら、ぐずぐずせずに、結果を恐れず、はっきり相手に伝えることは大事です。

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2014年1月17日 (金)

風化する阪神淡路大震災と日常の危機意識

本日1月17日は、阪神淡路大震災が1995年に起った日だが、段々マスコミでの取り扱いも地元を除けば、小さくなっている。人の記憶は段々薄れていくのは避けられない。十年ひと昔というが、19年も前の大災害を知っている人は、確実に減っていく。実際、神戸市の42%の人々が、あの震災を知らない人々だという。

それに阪神淡路大震災の4倍近い死者を出した近年2011年の東日本大震災のインパクトの方が大きい。その東日本大震災も20年も経てば風化してしまうかもしれない。人間というものは、残念ながら、直接経験して、身に刻まないと、記憶に留まらないようである。

ただ、日本は自然災害国家。次から次にやってくる災害のため、いつまでも過去の災害に留まっていくわけにもいかないのかもしれない。しかしながら、大災害への対処方法は、強く伝え続けていくことは必要だ。

忘れた頃に災害はやってくるということの意味することは、自然災害は、人々の災害への記憶が薄れた頃に確実にやってくるということだろう。すなわち、自然に対して心の隙を見せれば、それは、たちまち大災害につながる。自然災害と言いつつ、被害が拡大するのは人災の要素が強い。

それを避けるには、日本に住むということは、いつも薄氷を踏むつもりで過ごさなければならないということ。大災害の記憶は薄れても、災害への対応方法は決して忘れてはならない。それは日常生活の中に普通に組み込んでいく姿勢が大切ということだと思う。

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2014年1月16日 (木)

『サザエさん展』に行く

神戸元町に行ったので、大丸神戸店で開催されている特別巡回展『ありがとう45周年!みんなのサザエさん展』を見てきた。サザエさんと言うと、子供の頃から放映されているが、45年も経つのか。毎回は視ることはないが、時々視ても、大体が他愛のない話で、気楽に楽しめるのが多くの人々に支持され続けているのだろうか。

展覧会の内容は、さざえさんの歴史、磯野家の紹介、家系図の紹介、あさひが丘商店街の紹介やイベントスペースなどかあった。その他には、エピソードや放送秘話を紹介。

イベントスペースでは、お皿に乗っている饅頭を取ると、波平さんから「ばっかも~ん」ど怒鳴られるものもあり、実際試してみた(笑)。テレビより、若干声のトーンが弱かったかな。間違い探しもあったが、それはパス。「サザエさん神社」では、鐘を三回鳴らすと、お告げが聞かれる。流風の場合は、「カツオ」と御宣託。「三日坊主を改めよ」とのこと。へへえ、努力します(笑)。まあ、大人も童心に戻れるのは確かだ。

「磯野家へようこそ!」コーナーでは、サザエさん一家のオブジェと一緒に記念撮影ができる。女性の方中心に、嬉しそうにカメラに収まっていたのは微笑ましい。こういうのは、年齢は関係ないのだろう。

なお花沢不動産では、100円払って、ジオラマの分譲地を確保し、ミニチュアの家をデザイン(色付け)して建てられる。売り上げの全てが、被災三県の漁連に寄付される。

それにしても、サザエさんが、なぜ長寿番組になったのだろう。45年間、ずっと歳を取らないのは、極めて漫画的だが、そのことは別にして、その深層心理を探ってみよう。

一、まず、それは女性の支持が強いと感じる。これは作者の長谷川町子さんの思い描いた理想的な家族像であったかもしれない。磯野家は、日常生ずる細々とした問題を乗り越え、明るくコミュニケーションする家族の理想と視聴者も感じているからかもしれない。

二、そもそも、最初は、マスオ・サザエ夫婦は、実家の親と同居ではなかったが、マスオさんが借家で問題を起こし、追い出され、結構広いサザエさんの実家(平屋。最初は二階建てだったが、いつからか平屋に)に頼ったという設定らしい。女性にとって、結婚後、実家に暮らすというのはパラダイスと思っているのだろう。

三、妻の実家での同居に限らず、親と同居というのは、一般的には経済的にも楽な場合が多い。波平さんは、まだ現役で、マスオさんの稼ぎもあるから、親が、いつまでも働く続く保証はないが、当面はダブルインカム。それに、親が引退しても年金収入が期待できる。実家は、ローンの支払いも不要だし、いくらか家に入れるとしても、家賃は不要。よって家族数は多くても、経済的にはゆとりがある。

四、家事は、サザエさんの母親のフネさんと一緒にやるか、分業すればいいから楽。サザエさんは専業主婦のようだから、極めて気楽。また親夫婦が出かけても、サザエ・マスオ夫婦が留守を守れるメリットも多い。子供の面倒も親に見てもらえるメリットもある。

五、子供の特性を活かす教育。カツオは勉強は苦手だが、お調子者で、みんなの人気者。父親の波平に度々叱られるが、そこには愛がある。また母親のフネさんは、家の重しのように利いている。夫の波平とのバランスがいい。そして、子供たちのよさを、それぞれ認めている。例えば、カツオの画才を認めて、それを伸ばそうとしている。そういうのびのびとした教育をしたいが、現実とのギャップを日々感じている人が多いのでは。

六、昔は、どこの家庭にもあった家族一緒に食事をする姿に憧れている。食事時の家族のコミュニケーションが不足している家庭が多いからだろう。

七、そして、周囲の人たちが、皆いい人ばかり。

ざっと、こんなところだろうか。ありそうでないのが、磯野家。ただ、最近、三世代同居、あるいは、それに近い住まい方が増えているそうだが、磯野家に似た家族は、今後、更に増えていくかもしれない。ユーモア溢れる漫画サザエさんだが、色々教えてくれる。

なお、大丸神戸店のこの催しは、2014年1月26日まで。入場料は、大人800円。小・中・高校生400円。小学生未満無料となっている。出来れば、前売り券を確保した方が賢明だろう(前売りだと大人600円、小・中・高校生300円だ)。

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2014年1月13日 (月)

“第一回目”の成人式

本日1月13日は、今年の成人の日。かつて1月15日だった成人の日が変則になって、年月が経つが流風には、未だに馴染めない。連休にして、旅行者に配慮した政策は、どこか違和感がある。確かに、飛び休になると、仕事の上で、意欲が湧きにくいのは事実だが、休日の意味を、同じ日に祝うという意識は完全に薄れてしまう。

さて、そのことはさて置き、人生20年が4回と言う人もいる。そういう意味では、成人式は人生で4回あってもおかしくない。それぞれの「成人の日」を別の言葉にすれば、それは青春、朱夏、白秋、玄冬の卒業式とも言える。

その考えからすれば、今年20歳になる人は、“第一回目”の成人式を迎えたということになる。今回、“第一回目”の成人になった人たちは、青春を謳歌されたのだろうか。これからは次の朱夏を歩むことになる。人生は長いようで短い。

これからは、よく言われる「人生に必要な三人の友」(*注)を確保しつつ、悔いなき人生を歩んで欲しいものだ。

*注 

「人生に必要な三人の友」とは、次のように指摘される。「友」とは、単なる「友達」と言う意味ではない。

  一、原理原則を教えてくれる人

  二、師と仰ぐ人

  三、直言してくれる人

これら三人の友を持つかどうかで、節目節目を乗り越えることができることは確かだろう。

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2014年1月10日 (金)

ISO22000(食品安全)の有効性

アクリフーズ(*注)群馬工場の作った冷凍食品の農薬混入問題は、未だ原因が判っていないようだが、早く解決してほしいものだ。冷凍食品は、それほど食しないが、全く食しないかと言われれば、なかなかそういうわけにもいかない。冷凍加工品こそ、あまり使用しないが、素材の冷凍品は、時々使う。

ところで、アクリフーズの映し出される工場を見ると、「ISO22000認定工場」と看板が上がっていた。多分「食品安全」の分野で認定を取っているのだろう。ISO22000と言えば、非常に認定が厳しい。ただ、流風は、ISO自体、それほど必要とは思っていない。ISOよりJIS規格の方が、その有効性は高い。

なぜなら、ISOは、書類など形式を重んじ、現場の実態とは、かけ離れたものになりがちだからだ。そもそも日本の品質向上のやり方からしたら、ヨーロッパで生まれたISOは馴染まない。アクリフーズも、ISOというものの認証には努力しただろうが、現場レベルとの一体感が欠けたのではないかと思う。

この会社の今後の行方は判らないが、再生するとしたら、現場と一体になった小サークル活動も含めて現場重視の品質管理に、もっと力を入れて、ISOなどの形式的なやり方は見直すべきだろう。

*注

アクリフーズは、旧雪印乳業の冷凍食品部門を、マルハニチロが引き継いだもの。一部識者には、旧雪印乳業の悪い体質を改革しないままに引き継いだため、引き起こされた事故と指摘している。確かに企業体質は、そのまま引き継ぐと、悪いものまで引き継いで、何も改善されず、悪い結果を生む可能性は高い。

*平成26年1月25日追記

農薬混入した容疑者が逮捕されたらしい。この従業員は、かねがね低い賃金に不満を持っていたようだ。事実関係の取り調べは、今後、進むと思う。これが事実とすれば犯行は決して許されないが、企業側も、なぜ、このようなことになったのか反省すべきだろう。

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冬の日本食

本日は、氷点下ではないが大変寒い。いつも言っているように寒いのは苦手。そういうことで、身体が温まる食べ物を頂く。最近は、世界無形遺産に登録された「日本食」が話題になるが、流風が作るのは、料理人が作る複雑な食べ物ではなくて、シンプルな料理。つまり、昆布と鰹節の出汁で、酒、みりん、塩(あるいは醤油)で調味するだけ(砂糖を少量使う場合もある)。好いように言えば、素材の味が判る料理。

例えば、粕汁。大根、ニンジン、揚げ、酒粕を刻んで、昆布と鰹節の出汁で煮て、酒、みりん、塩で調味するだけ。これが食卓に上がるだけで、身も心も暖かくなる。

次は、大根と香川産の金時ニンジンと揚げを昆布と鰹節の出汁で煮て、酒、みりん、塩で調味するだけ。あるいは、徳島産の大かぶらと金時ニンジンと揚げを同様に煮る。これらは一度には食せないが、今の時期は、作り置きができるから、少しずつ食する。

そして、昨日は、美味しそうな地元姫路産の里芋とブロッコリーが、直販所で売られていたので、思わず衝動買い。この時期の里芋は子芋。ジャガイモの新じゃが同様、小さい芋は、いつも美味しい。年中は手に入らないので、今の時期の御馳走になる。料理は極めて簡単だ。

皮むきで里芋の皮をむいて、水にさらす。後は、ネギを用意。ネギは自家製だ。適当に切る。昆布と鰹節の出汁に投入して、煮て、酒、みりん、醤油で調味。このシンプルな料理でも十分美味しい。里芋は時期によっては、大きい親芋が市場にでるが、あれは結構ゴリが多い場合がある。今回の里芋の子芋の衝動買いは大正解だった。

そして、ブロッコリーは、房を切り取り、茹でて、毎日、朝食のサラダとして食している。茹でただけだが、何もつけなくても、美味しい。そして、毎日、いくつかの料理をして、作り置きが増えていくが、いつの間にか無くなっている。そのように食欲旺盛だが、体重はコントロールされている。多分、野菜を食する量が、この冬は多いのかもしれない。日本食、万歳。

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2014年1月 8日 (水)

婚活成功の秘訣?

最近は、少子化のためか、婚活、婚活と騒がしい。流風が若い時は、世話焼きのおばさんが、休日に押し掛けてきて、お見合いを、強く勧められたものだが、最近は、そういう人も少なくなって、男女が自らの意思で、婚活をしなければならないのだろう。

では、その成功の秘訣は何であろうか。残念ながら、流風に、それを語る資格はない。ここは、学者の田中修氏の見識に拠ってみよう。ただ、彼は婚活の専門家と言うわけではない。彼は植物研究者の立場から、人間の婚活に援用できると言っているので、それをベースに多少編集して、参考のために記しておく(*参考)。

<婚活成功の秘訣>

一、周囲に婚活していることを伝える。

   オープンな婚活をすること。

   黙っていては、誰も気づかない、ということ。

   手を挙げて、チャンスの機会を広げる。

二、結婚は、次の世代につなげるという意味を理解する。

   結婚は、子供を生み育てることに目的があるという認識を持つ。

三、お互いの立場を尊重し、柔軟に助け合える関係を持つ意識

   生活しておれば、お互いの立場は様々に変化する。

   それに柔軟に対応する覚悟が必要。

四、相手を求めて動き回ること

   当たり前だが、じっとしていてはチャンスは広がらない。

   様々な異性に会う機会をつくる。

五、自分を魅力的に見せる個性を育てる

   ある意味、競争なので、目立つ必要がある。

六、うまく行けばラッキーと思う

   焦らないこと。少し気楽に。

七、分相応の相手選び

   高望みすれば、機会を失うということ。

   現状どんなに素晴らしくても、相手の状況は変化する。

   一緒に一から家庭を築くという意思を持つ。

八、一人の異性を求めて争わない

   異性はたくさんいる。

   目の前の異性に捉われない。

九、これと思った相手には、好意を示す

   要するに早い者勝ちである。

十、食に対する嗜好を確認する

   食べ物に対する好みは変えられない。

異論もあるかと思われるが、婚活の参考にして欲しいと思う。

* 参考

田中修氏著 『植物のあっぱれな生き方』(幻冬舎新書)では、植物の婚活を紹介されている。

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2014年1月 5日 (日)

平成26年の干支~甲午(きのえうま)

今年、平成26年の干支、甲午(きのえうま)について、例年のように、兵庫県立図書館(調査相談課)作成の資料を頂いたので、それをベースに多少、別の資料を付加して、記しておこう。

今年の干支は甲午である。「こうご」と読み、一般には「きのえうま」と言う。干支については、以前に記したので、ここでは改めて記さない。まず、人と馬の文化的関わりについて記してみよう。

馬との文化的関わりは、日本でも古代からあると『日本紀』神代巻に記されている。ただし、一部地域のみに限られたようだ。当時はロバのような馬であろうが、人々の生活に深く関係があり、祭祀儀礼でも重要な役割を果たしていたと推定される。馬は神の乗り物で、神聖視されていた。よって祈願や神祭りに神の降臨を求めて、生き馬を献上していたようだ。

時代が進むにつれて、生き馬に代わって、土で作られた馬や木で馬形型に作ったものを献上するようになり、更に簡略されて、板に馬を描いたもの、すなわち小さい絵馬が登場する。それは、時代とともに、律令制祭祀の崩壊現象として捉えられている。

更に時代が進んで、室町時代中期になると、専門絵師が登場し、彼らは、大型の絵馬を描くようになる。そういうことで、絵馬を掛けるための特定の建物、絵馬堂が成立する。また画題も馬に限らず、舞踏図など、いろんなものを題材にした。それは結果的に日本の芸術画壇の初期の魁と言えるものかもしれない。よって、絵馬堂は、今で言うギャラリーになっていく。

そして、その流れが地方にも普及し、中世の民間信仰的小型絵馬と芸術的色彩の強い大型絵馬が、各地に見られるようになったようだ(*参考)。また仏教との関わりでは、馬頭観音(正式名は馬頭観世音菩薩)がある。本来は忿怒相を示す仏教本来の姿だが、民間には、馬の守り神に変容した。現在では、動物愛護の観音様として親しまれている。

さて、本題の今年の干支の甲午の「甲」は、十干の一つで、十干の第一順位である。文字通り、「かぶと・よろい」の意である。ここから転じて、草木の種子を覆う厚皮を指す。五気では、「木の兄(きのえ)」で、樹木がまっすぐに伸びることを意味する。よって、総合すれば、やっと動き出す始まりと言える。

十二支の七番目の「午」は、方位は南を指し、五気は火気で、その本性は炎上である。また季節は夏を示す。月で言えば、西暦で7月(旧暦5月)で、時刻は正午前後を指すという。文字の意味するところは、「上下に交差して、ものを搗く「きね」を描いた象形文字で、「杵」の原字だ。すなわち、杵のように、上下に交差する意味を持っている。

ただ、十二支では、「忤」の意とする。この文字は、「さからう」とか「つきあたる」と読む。つまり草木の成長のピークが過ぎて、衰える徴候を表しているとする。すなわち、子年から巳年までの陽の流れから、陰の流れに入ったことを示している。

ところで、「午」を、なぜ「うま」と読むのだろうか。残念ながら、その解説はなかった。ただ「馬」という文字は、後漢の許慎の表した『説文解字』によると、「怒るもの、たけだけしいもの。馬の頭・鬣(たてがみ)・尾・四足の形に象る」とあるようだ。考えるに、馬が頭を上下している姿を「午」ということにしたのだろうか。

最後に、甲午の年に、過去に何があったか記しておこう。

574年  聖徳太子誕生

694年  藤原京に都を移す

754年  唐の僧・鑑真が来日

1534年 織田信長誕生(但し、諸説あり)

1714年 江島生島事件

1774年 前野良沢・杉田玄白らによる『解体新書』刊行

1834年 江戸で「甲午の火事」発生。天保の改革始まる。

1894年 日清戦争勃発

1954年 ソニー(旧東通工)のトランジスタ開発

過去の干支の事象に似たことが今年起こるとは必ずしも言えないかもしれない。ただ、干支のことは別にして、この世のサイクルは60年で回っていると言う人もいる。今は平均寿命が延びているから、サイクルは延びているかもしれない。でも、医学の発展で寿命が延びたのは、大きく見れば最近の話。そうすると、やはり60年程度のサイクルで時代を見ていくも無駄ではないと思う。

上記に挙げた例を見ると、甲午の年には、偉人が生まれていると同時に、大きな事件も起っている。今後、数年間は、要注意だということだろう。実際、世界の情勢は何が起こってもおかしくない。アベノミクスに酔っている場合ではない。自然大災害、経済破綻、それに伴う国同士の争いなどが考えられる。世界や国も社会も個人も、それに備えることが求められる。それは結局、自国だけ、あるいは自社だけ、あるいは自分だけ、生き残ろうと考えないことだろう。今年の干支である甲午は、そのように警告していると思う。

*参考 兵庫県内の代表的な絵馬

  ◎廣峯神社(姫路市)の「宝珠図」

    小型の板に画面いっぱいに宝珠を描いたもの。

    兵庫県最古の絵馬(1485年)

  ◎室津賀茂神社(たつの市御津町)の「神馬図」

    狩野元信筆(推定1539年以前)

  ◎春日大社(篠山の黒岡)の「黒神馬」

    篠山藩三代目領主の松平忠国が奉納。

    他に、一族や重臣たちが、絵馬を二十数点奉納している。

  ◎住吉神社(明石市)の「神馬図」

    円山応挙筆(1784年)

    江井ヶ島の市場屋庄助が奉納

その他にも、兵庫県下には、たくさんの絵馬があるそうだ。それは、神社に絵馬を奉納する風習があったからだろう。それも著名な画家が制作している。例えば、狩野元信、円山応挙以外に、曽我蕭白、森徂仙など。

*追記

なお、今年の大河ドラマ「軍師 官兵衛」の主人公、黒田官兵衛は、1546年(天文十五)生まれで、午年生まれだが、甲午ではなく、丙午(ひのえうま)年生まれである。

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2014年1月 3日 (金)

今年の決心 2014

本日、恒例の初詣。天気もよく、いい感じ。おみくじも引いたが、大吉。まあ、これは5年間、ずっと同じ結果。神社の配慮と言えないこともないが、ここは素直に喜んでおこう。

さて、毎年、新年を迎えるとと、今年は、こうしよう、ああしようと考えるのだが、段々尻つぼみになることが多い。大体が、予定外、予想外のことに惑わされるためだ。もう、いい加減、悟らなければならないが、これを繰り返しているように思う。

毎年歳を一つ重ねて、進歩が無いのは恥ずかしい。今年こそは、新しい発見、自己の発展向上を目指したい。そのことに年齢は関係ないだろう。何も大きなことをやろうということではない。自分なりの新しい一歩が踏み出せたらいい。いくつになっても、気づきはあるはずだ。

そして行動としては、社会のために頑張る若い人の発見に努め、励ますようにしたい。

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2014年1月 1日 (水)

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。平成26年の正月の朝は、晴れ渡り、爽快な気分です。正月元旦と大晦日は一日違いだけれど、大きく異なる。そのギャップが楽しい。「ハレ」と「ケ」の区別をさせることは、生活にもハリが出ると思います。「ケ」の日常生活は出来るだけ質素に、そして正月のような「ハレ」の日には、少し贅沢に。今後も、そのような生活を過ごしていきたいと思っています。

今年から、ブログの記事の方針を少し変えますが、今まで通り、気儘に思いついたことを記していきたいと思いますので、宜しくお願いします。

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