« 薄物のカーディガンを買う | トップページ | 困った贈り物 »

2014年2月28日 (金)

『播磨国風土記』を読む その十三 播磨の酒起源

『播磨国風土記』は、『古事記』同様、編纂されて1300年経つ。兵庫県も、2014年度は盛り上げていく方針のようだ。そういうこともあってか、『播磨国風土記』に記された酒の再現の作業が始まった記事(2014.02.27.神戸新聞)があった。久しぶりに、『播磨国風土記』について記しておこう。

今回、試験醸造するのは、姫路市の田中酒造所で、宍粟(しそう)市一宮町能倉(よくら)の庭田神社に伝わる話を元にしたらしい。庭田神社で採取した酵母と麹菌、播磨産の米と水で仕込んだらしい。蔵人によると果実酒に似た味わいらしい。

さて、この風土記には、酒の話が断片的に色々記されている。「宍禾(しさわ)の郡」編によると、伊和大神が、天日槍(あまのひぼこ)の執拗とも言える追跡を振り切り播磨地域を制圧したことを祝って、一宮町の庭田神社の地で醸した酒を飲んだと云う。

その地を伊和村と言うが、元は「神酒(みわ)」と名付けられたらしいが、それが、後に大神の名を採って伊和村と呼ばれるようになったと記されている。では、当時、酒は、どのように作ったのか。同じく、「宍禾(しさわ)の郡」編の別稿に、大神の「御粮(みかれひ。すなわち、携帯用食糧、乾飯)」が濡れて、カビが生え、酒が偶然醸されたことが記してある。

その他にも、酒の造り方は色々あったようで、風土記には具体的に記されていないが、今から考えると、随分汚いようだが、口噛みして吐き出したもので作ったり、小便をかけたところ酒が出来た話もあるかもしれない。それは、風土記に、酒の泉を発見したと記されていたりすることからも明らかだろう。

何か化学反応しなければ、酒は出来ない。最初に、それを飲んだ人間も大したことだと思う。それら全て、偶然の産物だが、酒呑みの方は、それを見逃さなかった先人には感謝せねばならないかもしれない。

|

« 薄物のカーディガンを買う | トップページ | 困った贈り物 »

姫路と播磨」カテゴリの記事