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2014年3月 6日 (木)

メダルは獲った時点で過去の遺物

ソチオリンピックでは、毎度のことであるが、泣き笑いが見られた。雰囲気に呑まれて、期待通りの成果が出せなかった選手もいる。オリンピックには、独特の雰囲気があるのだろう。日本人は、緊張しがちだから、ああいう一発勝負に弱いのかもしれない。

本来、マスコミは、それに対して配慮すべきなのだが、試合前に期待を高め過ぎて、選手に要らぬプレッシャーをかける。だから、それでも、メダルを獲得した選手たちは、大したものだと言える。

いつもながら、各地では、メダル獲得者を祝う催しで、賑わっていた。彼らによって、地元の人たちに勇気を与えているのは間違いない。皆さんの、嬉しそうな顔は、まるで我がことのようで微笑ましい。

ただ、メダルは過去の遺物とも言える。次の大会で、同じ選手がメダルを獲れる保証はないが、周囲は期待をかける。だが、次の大会の時は、選手は4歳年を取っており、その身体状況は変化している。更にライバルの状況も異なる。評価の内容も変わるだろうし、審判員によって採点が左右される競技では、評価点に差が出るかもしれない。

だから、今回メダルが獲れたからと言って、次に必ず獲れるとは言えないだろう。今回、メダルを獲得した選手に周囲は過大に期待しないようにすべきだろう。メダルを獲得した選手もそうだが、周辺は、むしろゼロベースで選手を評価して、次に備えるべきだろう。

このことは、一般企業でも同じことが言える。昇進・昇格しても、それは、今後の期待も含まれるが、評価は過去の結果に対するもの。新しい段階に備えて、切磋琢磨しなければ、次の段階には進めない。過去をクリアして、ゼロベースで考えることは大切と思う。結果に対する勲章は早く捨て去らないと、次の成果は得られないということになりかねない。

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