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2014年6月20日 (金)

『播磨国風土記』を読む その十四 「韓荷島」のこと

姫路を過ぎて、行くと、相生近くに、以前も取り上げた室津がある。この室津の突き出ているところに、藻振り鼻がある。そこから南の海上に三つで構成された唐荷ノ島がある。すなわち、地ノ唐荷、中ノ唐荷、沖ノ唐荷だ。

『播磨国風土記』の揖保の郡に唐荷ノ島の謂れが記してある。ただし、表記は「韓荷島」だ(*注)。これは、韓人(からびと)の破れた船から物が漂い、この島にたどり着いたことから命名されたと云う。当時、瀬戸内海を朝鮮半島から船が往来していたということを示すものだ。

*注

『万葉集』では、「辛荷島」と表記されているものもある。

*追記

ついでに記すと、「室津」の謂れは、室津が、ちょうど風を防ぐような「室」のような港だから、そのように言った。当時は、造船技術も拙く、瀬戸内のちょっとした風でも転覆していたらしい。それで室津は重宝がられ、栄えた。

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