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2014年7月 9日 (水)

姫路城の楽しみ方 第5回 紋瓦

姫路城の瓦は、用途が異なる56種類の瓦が用いられている。平瓦と丸瓦を交互に組み合わせた本瓦葺きだ。軒先には滴水瓦(高麗瓦)が取り入れられている。大天守の各層、各棟の他、小天守や主要な櫓に鯱が据えられていることは、よく知られています。

瓦は三重に重ねられ、瓦と瓦の繋ぎ目には、雨水が浸みこまないように、白漆喰が施されている。ただ、漆喰には限界があり、歴代の城主は雨漏りに悩まされていたようだ。

そして、その結果生まれたのが、今回取り上げる紋瓦。姫路城の代々の城主は、城の雨漏りの修理の度ごとに、それぞれの軒丸瓦に紋瓦を加えた。結果的に、様々の紋の瓦を見ることができる。下記に示す以外にも、様々の模様が残されている。

◎黒田孝高(1577)    十字架

言わずと知れた黒田官兵衛。この頃、キリスト教に入信していた。「にの門」の破風の上に残る。羽柴秀吉が、三重の天守を持つ姫路城を築く際、彼の助力を評価して、この紋瓦を造らせたと伝えられる。だが、秀吉が後にバテレン追放令を出しているので、本来あってはならないもの。取り除くのに見落としたのだろうか。ただ、その後の研究で、この紋瓦は、黒田官兵衛とは関係ないと言われている。

「に」の門。

◎羽柴秀吉(1580)    五三の桐

これは木下家という指摘もある。羽柴氏は「八弁菊」だというものだ。でも、一般的には、秀吉の家紋は、五三の桐で通っている。

◎池田輝政(1600)    揚羽蝶

5種類の異なるデザインがある。また最近、逆揚羽が今回の修理で見つかった。

池田氏には、他に「十四弁菊」というものもある。

◎本多忠政(1617)    三つ葉立葵(たちあおい)

葵の組み合わせに、徳川四天王を強く意識したことが窺える。

◎松平忠明(1639)    沢潟(おもだか)

沢潟は、湿地に生える多年草。

◎松平直基(1648)    三つ巴(みつどもえ)

純然たる徳川一族。水の流れる巴紋を三つ重ねた。

◎榊原忠次(1649)  源氏車

ちょっと公家きどりの源氏車。ただ政岑の代に新吉原の高尾を落籍して所替えになっている。

◎酒井忠棊(ただやす1749)   剣酸漿(けんかたばみ)

酒井家は、姫路城主を10代120年にわたって勤めた。かたばみの葉を取り合わせ、間に剣先を入れたデザイン。

以上の紋瓦がどこにあるか確認しながら、歩いて見るのも一興。

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