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2014年7月18日 (金)

二つの「横笛」のこと その四

横笛が、手紙の内容を、得意満面で解釈したところで、乳母は、「実は、これは、時頼さまからあなた様へのお手紙ですよ」と明かす。あれー、何たること。私はピエロか、と横笛は少し恨む。乳母も調子に乗って失敗したね。

でも、横笛は、「深山木の文違へたるにや」と言う。意味は、「深い山は、木を読み違えて迷うように、手紙は宛先を間違ったのでは」と問いかけている。この辺は、もしかしたらというう淡い期待と謙虚さが感じられる。その上で、一首を返す。

 埋み火の 下に焦がるると 聞くからに

   消えなむのちぞ 淋しからまし

この歌は、意味深。後のことを予見するような歌。解釈は「埋み火のように、燃える心を抑え、心中深く思って下さると聞き、大変嬉しくは感じますが、このような恋が、あっという間に消えてしまい、顧みられなくなることを思いますと寂しくなります」という感じ。

それを恥ずかしそうに出した様子が、実に美しいものだから、主人が好きになるのも尤もだと乳母は思う。同性に好ましく思われることは、女性の魅力の一つ。他方、時頼は、今か今かと乳母に託した手紙の返事を首を長くして待っていた。そんなところに、乳母が立ち戻り、返事の手紙を受け取った時は、天にも昇る嬉しさ。

その後、時頼の願いかなって、二人は度々、手紙を交わし、ついには逢瀬を楽しむようになる。それは、どんな侘びしい所で会っても嬉しく、ついには仮病を偽っても会うように。そして比翼連理の契りを結ぶ。

ところが、いいことは続かない。これは『平家物語』と同じ筋だが、時頼の父親が、別れなければ勘当すると言う。板挟みになった時頼は、出家する覚悟を決めるのだが、『御伽草子』では、その前に、横笛と別れの逢瀬を楽しんでいる。もちろん、横笛には気づかれないように。最後の時を過ごして、「また逢おう」と言い残す。これが男の罪と言えば罪。

その後、パタリと時頼からの音信が不通になる。毎日毎日、待ち続ける独り寝の寂しさ。それは段々恨みに通じて行く。

次回に続く。

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