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2014年7月15日 (火)

二つの「横笛」のこと その一

横笛というと、フルートが、まず頭に浮かぶ。小学校時代は、たて笛を習ったが、中学校になると管弦楽でフルートをクラブで習う子もいた。流風は、楽器類は、全く駄目なので、上手に演奏する人たちを眺めていた記憶がある。

日本の横笛は、龍笛とも呼ばれるらしい。他に、能笛、篠笛(竹笛)というものもある。物語りでは、やはり『源氏物語』だろうか。第三十七帖にある。生前、柏木が愛した横笛が、転々として、ついに光源氏の手に渡るというもの。

さて、今回は、二つの「横笛」の物語に関して覚えとして、記してみよう。ここに登場するのは、主人公の女性の名前だ。「横笛」が描かれたものとしては、よく知られている代表的なものに『平家物語』と『御伽草子』がある。

ただ、微妙に少し内容が異なる。そして、『平家物語』が男の立場で描かれたものに対して、『御伽草子』は、女性的見方のようだ。『御伽草子』が、子女向けに書かれたことを考えれば、そうかもしれない。『御伽草子』は、『平家物語』をベースに話を拡げたのかもしれない。

今回は、まず『平家物語』の「横笛」を取り上げる。あらすじは、次のようになっている。平家が、まだ盛りの頃、齋藤滝口時頼という人がいた。彼は重盛に仕える武士だった。十三歳の時、重盛の命で、建礼門院に手紙を届けるため行ったところ、建礼門院の雑役に従事している身分の低い若い女がいた。

彼は彼女に一目惚れして、愛するようになる。ただ父親は、将来ある身なのに、仕様もない女に手を出してと怒り心頭。周囲も、色々諌めるが、そうすればするほど燃え上がる恋の炎。若い時には、よくあるケース。よく言われるように、子どもの色恋は、麻疹に似たようなもの。ただ、時頼は、彼女一筋。恋は盲目。

月日が経ち、十九歳の時、彼が言った言葉が次の通り。「西王母と聞こえし人、昔はあって、今はなし。東方朔と云いし者も名をのみ聞きて目には見ず。老少不定の世の中は、石火の光にことならず。たとひ人長命といへども、七十八十をば過ぎず。そのうちに身のさかむなる事は、わずかに廿余年也。夢まぼろしの世の中に、みにくき者をかた時も見て何かせん。思はしき者を見むとすれば、父の命をもそむくに似たり。是善知識也。しかじうき世をいとひ、まことの道に入りなん」と。

思い込んだら命がけ。時頼の言う理屈も一理あり。ただ、現代との違いは、親に対する孝と彼女への愛との板挟みになって、思いつめ、ついには嵯峨の往生院にて出家まで突っ走ってしまう。思い切ったことをやったのも、若さ故の情熱が為したということか。

次回に続く。

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