« 難しくなりつつある都市部の受診 | トップページ | 千円カットの時代 »

2014年8月20日 (水)

サラリーマン化する芸人達

ある芸人が、「政治的発言をすると干されるから発言しない」というようなことを言っていた。「色」を持ってしまうと、活動範囲は狭められてしまうかもしれない。

確かに、俳優の場合は、様々な場面を演じることを依頼される。それを俳優の思考で演じてしまうと、偏ったものになるかもしれないという懸念はある。そういう意味では、「色がない」というのは大切かもしれない(*注)。

ところが、芸人は、本来、果たして、その必要があるだろうか。どちらかと言うと、権力に批判的なことが庶民に受ける。庶民は、そういうことに期待している。あまり、おおっぴらに言えないけれど、代弁してくれる役割を芸人に委ねているのだ。昔は、そういう芸人は、その表現に強弱はあるものの、割とはっきり舞台で言っていた。それが受けた。

しかしながら、冒頭の芸人のような発言が出ると云うことは、多分、彼らが昔と違って、相当な収入を得ていることが背景にあるのかもしれない。また、彼らが所属する事務所が大きくなり過ぎて、政治的発言をすると何かと都合が悪いのかもしれない。

それが芸人たちを保守的にする。要するに今の地位を失いたくないと。だが、それがため、庶民からすると面白さに欠ける。高所得を得て、サラリーマンになった芸人たちは、当たり障りのない話で、庶民から遠ざかっていく。結局、芸に迫力が無くなり、顔が無くなっていく。本当の芸人が消えつつあることは寂しいことだ。

*注

ある程度、芸歴を重ねれば、自然と「色」は強くなる。これは仕方ない。それは一つの個性になる。周囲は、その個性に合った役割を期待するようになるから、役柄は制約を受けることとなる。

*追記

更に売れない芸人さえも、保守化している。面白くないから、余計に出番はない。仮に一時的に売れても、いつの間にか消えていく。

*追記

逆説的に言えば、テレビに出る芸人の話など聞くに値しないということだろう。ただ、最近は、演芸場などで話しても、勝手にネットなどに載せられ、言葉狩りされるので、話す方も窮屈かもしれない。困ったことだ。観る方にも責任がある。

|

« 難しくなりつつある都市部の受診 | トップページ | 千円カットの時代 »

文化・芸術」カテゴリの記事