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2014年8月 4日 (月)

漢詩「感遇」を読む

今回は、久しぶりに漢詩を取り上げてみる。それは張九齢の「感遇」。『唐詩選』に載っている。張九齢は、唐中期の政治家で、科挙出身で、当時の宰相の張説に引き立てられ、開元最後の賢相と言われた。

清廉潔白で、皇帝への諫言もしている。少しの現象から物事の本質を見極めることが出来たと云う。ただ、門閥派の李林甫や楊国忠との争いに負け追われることになる。その左遷された失意の中での歌が「感遇」である。

 孤鴻 海上より来たり

 池潢(ちこう) 敢えて顧みず

 側(かたわ)らに見る 双翠鳥の

 巣くうて三珠樹に在るを

 矯矯たり珍木の顚(いただ)き

 金丸の懼れ無きを得んや

 美服は人の指ささんことを患え

 高明は神の悪(にく)みに逼(せま)る

 今我 冥冥に遊ぶ

 弋者(よくしゃ) 何の慕う所ぞ

訳としては、次のようになるだろうか。「大きな一羽の鳥が海を渡ってやって来た。小さな水たまりには、何の関心もなく、また、つがいのカワセミが、全てが真珠で作られたという伝説の木、三珠樹の上に止まっているのを冷やかに見る。高い珍しい木に誇らしげに止まるのはいいが、却って目立って、金色の玉で撃ち落とされる危険性があるというものだ。

美しい服を着ていると、何かと人々にあらぬ疑いをかけられる。あまり目立ち過ぎると、「神(広く見えない世間)」から見放される懼れもある。今、自分は、暗い大空を高く舞っているので、誰にも気にせず、悠々と振る舞える。最早、猟師が捕らえようとしても、何もできまい」

自分を大きな鳥と例えている。詩全体から感じることは、誇りは失っていないが、権力闘争から逃れてホッとしているようなイメージ。余程、権力闘争が辛かったのだろうか。権力闘争は男の性だが、知性の高い者には、権力闘争は似合わないのかもしれない。結局、彼は復権することなく、そのまま世を去っている。

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