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2014年9月 3日 (水)

一休の三品

庶民は凶作で苦しんでいるのに、将軍足利義持の贅沢三昧が続いていた。そこで、一休和尚が一つ策を練る。義持は珍しい美術品を蒐集していたことを知っていた一休は、茶会に招かれた折り、「私も珍しい古い物を集めています」と持ちかける。

義持は、早速興味を示して、「一体、どのようなものか」と言うと、一休応えて、「天智天皇月見の筵(むしろ)、老子の杖、周光坊の茶碗の三品があります」と。そうすると、義持は「値はいくらか」と問う。一休は、「それぞれ前金で一千貫でお願いします」と答える。

将軍は高いなと言いつつ、買い上げる。ところが、一休の用意したものは、乞食が捨てたような筵、垣根の腐った古竹、猫飯用の欠け茶碗。これを見て、将軍は激怒。ここからが一休の本当の出番。呼び出されて、クレームをつけられるが、逆に将軍の奢侈を詰って、諌める。さすがに将軍も贅沢を戒めたと伝えられる。

これは事実かどうか分らないが、例え話としては面白い。凡そ、美術品とは、そんなものだろう。価値があると思うから価値がある。美術品を形作っているのは、所詮、紙や木や粘土。どんなに価値があるからと言って、有難がっても、どれほどのものでもない。そんなものに、お金を使う余裕があるのなら、別のことに使った方がいい。

為政者に限らず、トップ層は、お金の使い方(私財で趣味として購入はまだいいとして)を考える必要がある。

*追記

実際、明治維新以後、没落士族は、美術・工芸品等を生活のために、二束三文で処分した。また戦後は、没落貴族や、農地解放で没落した大地主が、美術品等を同様に安値で買い叩かれ処分せざるを得なかった。危急の時、美術工芸品は何の役にも立たないことは明らかだ。そういうものは、国家レベルで保存するしかない。

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