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2014年9月13日 (土)

都市脳と地域脳

民放の某元アナウンサーが、最近の一部若者が農村志向しているのを批判していた。農業で飯は食えないという見方だ。都会で暮らしていると、上から目線で、昔の田舎感は抜けないかもしれない。それを仮に都市脳と言ってみよう。そういう区分で見ると、都市脳と地域脳というものがあるかもしれない。

都市脳というのは、都市に住んでいると養われる感性や考え方だ。都市は機能的には便利に作られている。よって個人は、他人に依存しなくても、なんとか生きていける。そして、度々、誤解する。自分ひとりで何とかなると。しかし、裏では見えない多くの人たちが支えている事実がある。ところが、それが分らなくなる。便利さが当たり前と錯覚しているのだ。

こういう人たちを「都市バカ」というのだろう。日常的に、それが当たり前になると、それが現実と錯覚する。それでも、多くの人たちは、便利な機能がある都市を目指してきた。便利さを求めるのは、「脳」の指令だと言う人もいる。

逆に、地域脳というのは、基本的に広い土地に少ない人たちが住んでいる。よって全てのことを自分だけでこなすのは困難。よってお互い助け合うようになる。だから、人間関係の密度は自然と高くなる。結果的に、親類縁者のような錯覚に陥る。ある部分では、息苦しい面もある。

またお互いの依存心も高くなる。その中でリーダー的存在がいると、タテ社会になりがちだ。地域は都市から来た人を受け入れる場合、思考の違いをまず理解することが求められ、徐々に地域に溶け込めるような配慮が必要だ。

都市脳、地域脳、それぞれいい面もあるし、課題もある。現代人は、両方の脳を持つことが求められているのではないか。そういうことを自然にしている人もいるけれど、冒頭の某アナウンサーのように感覚が麻痺している人もいる。でも、これは案外、多くの都会人がしているかもしれない。また地域の人も、都市の人々の思考は理解する努力も求められる。いずれにせよ、若い人たちが、地域に行って、農業に新風を吹き込むことはいいことだと思う。

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