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2014年9月23日 (火)

軽い罪に重い罰のためには

一般に、重い罪に重い罰、軽い罪には軽い罰と考えられている。それが法治の基本と考える人は多いかもしれない。しかしながら、大きな犯罪の元は、小さい罪だ。それを軽い刑にするから、段々犯罪が悪質になる。

ここで言う「犯罪」とは当局に逮捕されるものだけではない。法律すれすれの行為でも、社会に不安を与えれば、厳しく取り締まる必要がある。法の適用範囲は幅があるが、あまり寛大になり過ぎると、よくないことを考える人々がいることを忘れてはならない。

よって、軽い罪に重い罰というのも有りだ。これは見せしめと言えないこともない。軽犯罪のようなものでも、厳しく罰することは無駄ではない。大きな犯罪の予防になる。

そうすれば、国民の方は、考える。それは家庭教育にも及ぶだろう。往来しぐさも改善するかもしれない。例えば、道路の真ん中を歩く行為も減るかもしれない。道で、人が行き違った時は、相手を尊重する意味で軽く会釈し、お互い道を譲ったり、雨が降っておれば、傘かしげもするだろう。

あるいは、清掃されている町や街では犯罪が少ない。家の周辺の手入れも、もっときちんと行うかもしれない。家の周りをきちんと手入れしていれば、人の気配を察して、心理的に防犯の役目を果たす。そうすれば、自然と周囲にも関心を持つようになる。

冤罪は極力避けるべきだが、軽犯罪のような軽い罪であっても、厳しく取り締まることが望まれる。現在、交番が減っているが、望ましいことではない。一般警察組織とは切り離して、地域に根差した警察組織は大切だ。それに見合った組織、評価体系や俸給体系が求められる。結果的に、一人ひとりが、生活の姿勢を正すことは社会にとって意味の有ることだろう。

*追記

本日だけでも、自転車の右側走行が、1時間あまりの間に、6件も見られた。こういうことを放置している限り、よくならない。きちんと罰金が科されれば、それだけ各種事故を防げ、社会は改善されたことになる。

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