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2014年9月30日 (火)

宰相の後継者選び

春秋時代に、斉の桓公を覇者にした管仲は、宰相の条件を次のように指摘している。

 一、心がしっかり定まって動かないこと

 二、きちんとして正しいこと

 三、誠実であること

 四、欲が少ないこと

ただ、これは「守成」の場合の宰相の選び方であろう。管仲は、どちらかというと、「創業」(実際は創業ではなく、表現的には後で示すように微妙だが、中興の祖に近い。ただ、その仕事ぶりを見ると、創業的だ)に与した宰相だ。彼は、後継者に、国を固める宰相を考えたのだろう。実は、彼が決めた宰相の条件というのは、彼が病の床にある時、後継者を誰にすべきか、桓公に問われた時、答えたものだ。

管仲には、これらの条件に合致する意中の人物はいたし、彼を推薦したのだが、桓公は聞き入れなかった。公は、既に自分が考えた後継者候補を持っていたが、管仲の薦めた人物は入っていなかった。管仲は桓公の選んだ人物たちは、情が無かったり、亡国の人物であったり、取り入ろうと権謀術策を使う人物であるから宰相には相応しくないと指摘したが、桓公は理解しなかった。

桓公は、管仲亡き後、自分の意中の人物を宰相に起用する。しかし、桓公の色好みと嫉妬深さが禍して、彼らが桓公に取り入ろうとする結果、国を亡ぼしていく。というのは、桓公が三婦人、六寵姫に、現を抜かして、政治が疎かになったからだ。

桓公は死亡しても、子どもたちの後継者争いのため、その屍は、2ヶ月以上放置されたと云う。太公望呂尚に始まった斉の国は、桓公の時代に、管仲によって最盛国になったが、彼の死によって、一気に滅んでいった。これらの話は、いろんなことを示唆してくれる。

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