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2014年10月 9日 (木)

因幡堂縁起と狂言『因幡堂』

今回は、狂言『因幡堂』を取り上げてみよう。因幡堂とは京都・五条にある因幡堂のこと。最初因幡堂と呼ばれていたが、1171年に高倉天皇より、平等寺と命名されるが、因幡堂の方が通りがいい。

この堂の謂れは、第三十代敏達天皇の子孫で、橘行平という人がいた。彼は天徳三年(959年)、村上天皇の命で、因幡国の一宮に赴く。そこで神事を済ませ、帰途、急病に襲われる。平癒を祈願すると、ある夜に、僧が現れる。そして、次のように言う。「因幡国賀留津の海中に浮き木があるので、それを求めて供養しなさい。そうすれば願いが叶うだろう」と。

行平は、人々を集めて、海を探らせ、網を打つと、一つの浮き木があった。それを、よくよく見ると、五尺あまり(約165センチ)の薬師如来像だった。行平は喜んで、早速、供養する草堂を、この浦に建て、祀った。その御蔭で、行平の病気は快癒し、京に帰ることができた。

ところが、時が経ち、ある夜に、また夢を見る。「私は、人々を救済するため、はるか西からやってきた。お前とは、宿縁があるから、重ねて、事を示す」と言う。そして、目覚めると、来客があるという。尋ねると、因幡からの僧だと言う。ところが門を開けると、薬師如来尊像が立っていたという。それが長保五年(1003年)のことだった。行平が病気になったのは、いつの頃か分らないが、かなりの年月を経ての出来事だ。

さて、因幡堂を題材にした狂言に、そのものずばりの『因幡堂』がある。でも、こちらの話は、随分と庶民的なもの。ぐうたらな妻に悩む夫の物語。妻は家事は全く駄目。朝寝坊はするし、裁縫も料理も、そっちのけ。それに加えて、大酒飲み。現代日本に於いても、探せば、どこにでも、いそうな感じ(笑)。

けれど、文句を言えば、十倍口答えする。更に、夫を何かと、いじめる。ほとほと困り果てた夫。ちょうど、その時、いい具合に、妻が実家に帰る。これ幸いと、妻の親元に離縁状を送りつける。これで、自由になれるわと、ほっとしたものの、男の一人身は、何かと不便。

そこで、新しい妻を授かろうと、因幡堂の薬師如来に祈願するため出かける。そして、仏前で、一夜、仮寝をする。ところが、ところが、一方的に離縁状を突き付けられ、妻が腹を立てて、家に戻ってきて、夫の行き先を探り出し、因幡堂へ、すごい剣幕で向かう。ああ、恐ろし。

因幡堂に着くと、男は仏前で寝ているので、一計を案じて、薬師如来になりすまし、でたらめのお告げをする。「西門の一の階(きざはし)で、女が待っている」と言い渡す。男は、薬師如来のお告げと聞いて、喜んで向かうと、衣を被った“霊夢の女”がいた。

被り物をした“霊夢の女”を、今までの妻の悪口を言いながら、そのまま、手を引いて連れ帰り、夫婦固めの盃をかわすが、女が盃を取り上げてしまい、続いて、注げ、注げと、催促し、いくら飲んでも、返そうとしない。ついに盃を取り上げ、被り物をはぎ取ると、現れた顔は、これは何たること、離縁したはずの妻。妻は、夫を詰って、追い込んでいく。

夫婦でいると、いろいろ不満が出てくる。毎日、顔を合わせていれば、それは仕方のない面もある。そして、相手のアラばかり目立つのだ。それで、お互い、迷いごとに走りたくなる。最悪、不倫だ、離婚だという話になる。でも、行きつくところは、皆同じ。二度、三度、選び直しても、同じことを繰り返すだけ。狂言は、男の迷いごとになっているが、女性も同じことだ。仏様に祈願して解決することでもない。

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