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2014年10月 6日 (月)

人の使い方を考える

昔から、人を使うというのは難しいと言われる。自分とは異なる一個の個人を扱うのだから当然だ。親子、兄弟、夫婦でも、ままならないのに、自分の持つ権力行使で、他人を意のままにするには、もっと難しい。

現役時代、うるさ型で扱いにくいと指摘もされたことがあったが、自分で言うのもなんだが、上司にとって、使いやすい人材であったと思う。それでも、上司が、部下のツボを抑えるかどうかに尽きると思う。それができないと、厄介な部下に見えてくるのだろう。

確か、入社6,7年ぐらいの時に、父に「仕事の具合はどうか」と尋ねられた。それで、状況を色々話すと、「お前を会社は上手に使っている」と、半ば呆れ気味に感心していた。当時、父に、そんなことを言われても、何も思わなかったが、今からすると、そうだったのかもしれない。

歴史のある会社の人使いだったかもしれない。社内は確かに厳しい雰囲気が漂っていたが、割と自由闊達に意見が言える環境だった。ざっくばらんに、若い社員の意見も、一応聞いてくれるし、配置に関しても、希望すれば、叶えられた。

だから、意見具申を歓迎している感じで、提案制度も、新入社員でも、誰でも気軽に出すことができた。その内容は、レベルに応じて、回答がなされたし、提案者は、その回答で、それなりに満足した。

もちろん、ある程度の年数を経れば、それなりのレベルも要求されるし、発言にも責任を持たされる。そして、発言だけでなく、言いだしっぺに担当を与えられて、成果を求められるようになる。もちろん、結果でボーナスに反映される。

一般的に、企業が労使交渉によって、ボーナス支給額が決定されるが、基礎的な部分は、そうであっても、上乗せ部分は、微妙な部分もあるが、一応実力主義だった。自分で仕事を作って、自分で行う。だが、成果など、そんなに簡単に上げられるものでもない。

それは、半分、自営業の感覚。もちろん、企業資源や看板を使うのだから、自営業ほどの厳しさはない。それでも、成果を上げなければ、少なからずボーナスに影響する。心身ともに辛い時期はあった。

だが、今から、当時を振り返ると、結果がよくても悪くても、胃の調子が悪くなって、のたうちまわり、血の小便が出でも、それなりに楽しかった。身体を壊してしまったことは、残念だけれど、それも自らの健康管理が悪かったと納得が行く。

色々経験して思うに、人材に、最低限度の生活保障はしながら、適度に権限を与え、結果責任を問う方式が、人の使い方としては、一番、いいのかもしれない。

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