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2014年10月15日 (水)

陶淵明の漢詩『飲酒』を味わう

今朝は、台風が去った影響下、急速に気温が低下。幾分寒い。酒を嗜まない流風も、少し飲んでみたくなる季節だ。今回は、そういうこともあって、陶淵明(365~427)の『飲酒』の一部を取り上げてみよう。

彼が生きた時代は、漢民族が異民族から圧迫された時代で、王朝は安定しなかった。政権は腐敗し、道徳も頽廃していた。そこから逃れようとした人々も多い。だが、それはそれで、生活は大変厳しかった。

陶淵明も、その一人で、仕官に失敗し、40歳頃から揚子江中流の南に聳える廬山の西南の村で農業をしながら過ごした。そこから一般に田園詩人と呼ばれ、悠々自適の生活を送ったように思われているが、実情の生活は大変厳しいもので、とても「田園詩人」と言えるような長閑さは、なかったようだ。

実際、苦しい生活を紛らわすため、酒を飲み、詩作にふけった様子が、彼の漢詩の「飲酒二十音」の序には、次のように表現されている。

「余、閑居して歓び寡(すくな)く、兼ねて、このごろ夜已(すで)に長し。偶(たま)たま名酒あり、夕(ゆうべ)として飲まざるはなし。顧みて独り尽くし、忽焉(こつえん)とし復(ま)た酔う。すでに酔えるの後は、すなわち数句の題して自ら娯(たの)しむ」と。

閑居に対する考え方は様々であろうが、彼は鬱々として田舎に引っ込んだ感じを表している。特に秋の夜長は、それを促す。止むなく、酒で紛らわす。周囲には、憂さを晴らすため語り合える友も居ない。結局酒だけしかなく、深酒してしまう毎日。そういった鬱屈した中での詩作したものが、「飲酒二十音」ということのようだ。

特に、この詩の第五首が有名で、人口に膾炙している。読み下しと解釈を以下に示す。

 廬(いおり)を結んで人境に在り

 而も車馬の喧(かまびす)しき無し

(人里に庵を結んでいるので、本来、人の行き来があって、車馬の煩さはあるはずなのだが、その煩さは、なぜか聞こえてこない。)

 君に問う 何の能(よ)く爾(しか)ると

 心遠く、地自ずから偏なればなり。

(なぜ、そんなことになってしまうのだろうか。心が世間から遠く離れてしまって、今居る土地も、心は僻地にいるような感覚になってしまっているからだ)

 菊を采(と)る東籬の下

 悠然として南山を見る

(東の垣根の近くに咲いている菊の花を採ったり、南山を、ゆったりとした気持ちで眺めている)

 山気 日夕に佳く

 飛鳥 相与(とも)に還る

(山の雰囲気は、夕暮れになると特にいいし、飛ぶ鳥も、雌雄揃って、ねぐらに帰っていく)

 此の中に真意有り

 弁ぜんと欲して已(すで)に言を忘る

(このような自然の中に居ることこそ、人生に於いて、本当の意味がある。それは言葉では、言いつくせないものだ)

諦めの境地が、独り酒をかたむけると、一層深くなるということであろうか。生活はどん底で、生きるのも苦しく、それから逃れようと酒浸りになる。そこから生まれる詩は、諦念に近いものがある。それゆえ、いつの時代も、彼の詩が受け入れられる要因かもしれない。

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