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2014年11月 6日 (木)

河合寸翁のこと その五 藩政改革 新田開発による米の増産

今回から、河合寸翁の藩政改革を具体的に見ていく。まず、彼は、領民優先の政策を実行する。スローガンに掲げたのが、領民の安寧。かつての領主は、年貢の強制徴収により一揆が度々起っていた。寸翁は、逆転の発想をする。当時の主力産業は何と言っても農業。これを安定的に発展させることに臨む。そして新田開発により農業生産を高めることに取り掛かる。

また、藩の財政を潤すには、新しい農地の開発と米の増産と感じたのもあるが、それに領民の年貢に対する不安を無くすことの必要性も感じていた。それには、石高以上の余剰を生みだす必要がある。そのためには、新田が必要だ。

これまでの為政者も、新田開発はしていたが、寸翁のやったのは、圧倒的に規模が大きい。その理由は、現代で言う民間活力の利用だ。彼は、大庄屋や商人に請け負わせて、新田開発を奨励する。ここら辺が、彼の優れているところだ。

これは、町人請負新田といわれるもので、最近、企業が農業に参入しているのと、少し似ている。当時、貨幣経済の発展で資金力を持っていた商人が新田を開発し、農民を雇って耕作させた。すなわち、自力本願だけに頼らず、他力本願も大切にしているのだ。

この方式により、中島の庄助新田、相生新田、大森新田、広畑・新鶴場新田、妻鹿・白浜の太佐新田等で、次々と新田開発される。すなわち、海側の多くの干拓地が、生まれ、耕作地が大幅に増えた。その広さは、実に、3000ヘクタールにもなったという。その結果、米の増収が、なんと9000トンになった。

これの教えるところは、何もかも為政者側が行うのではなく、民のやる気を利用した方が、うまくいくということだ。これは当時の限られた農地で、何の知恵も出さず、農民から年貢搾取する封建社会からすれば、革新的だったと言える。結果的に、石高以上の米の増収で、藩にも蓄えが可能になるし、商人、庄屋、農民にも、大きなメリットがあるという皆が喜ぶ政策になった。いわゆる善循環が働き始めた。

*参考文献

  『歴史読本 姫路のあゆみ』

(姫路市中学校教育研究会社会部会編。姫路市教育委員会発行)

小学生時代に確か読本を読んだ気がするが、すでに手もとにはないので、上記の書籍により、彼の業績を参考にした。中学生向けに作られたもののようだが、一般人にも十分参考になる。

次回に続く。

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