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2014年12月 1日 (月)

鳩は平和の象徴か

公園などを歩いていると、鳩に餌付している人たちがいる。鳩は、よく知っていて、その人が来ると、周りに一斉にやってくる。同じく、川沿いを歩いていても、そういう風景を見ることがある。ただ野良猫に餌をやるのと同様、周囲の人間にとっては、結構迷惑なことには違いない。彼らは周囲が見えていない孤独な人たちなのだろう。

さて、日本では、いつ頃から、鳩が平和の象徴になったのだろうか。流風の記憶では、東京オリンピックでは、開催日にたくさんの鳩が放鳥されたと思う。その他、少し大きい催しでは、同様のことがなされたようだ。

欧米では、確かに鳩を平和の使者とみなすようだが、日本は、歴史的には、そういうことはなく、昔から、むしろ戦争の道具として利用してきた。所謂、伝書鳩だ。それが、いつのまにやら、何の根拠もなく、欧米の真似をして、平和の使者として扱っている。

以前、テレビを視ていたら、日本人と結婚して来日した中国の女性が、びっくりしたことの一つに、日本人は鳩を食さないということだった。あんなに美味しそうなのがあちこちいるのに獲ることもなく、勿体ないというようなことを言っていた。

鳥獣保護法の範囲内に鳩も入っているのだろうが、外国人から見れば不思議かもしれない。日本の欧米の真似好きも、そろそろ脱する必要があるかもしれないとふと思った。そうすれば、餌付けする人も、いなくなるだろう。

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