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2015年2月21日 (土)

謡曲『羽衣』を読む

  天の原 ふりさけ見れば 霞たち

        家路まどいて 行方知らずも

今回は、以前にも記した羽衣伝説を謡曲にした『羽衣』を取り上げる。そもそも童話にも取り上げられる羽衣伝説は、どこから来たのか。漁師が松の枝にかかっている美しい衣を見つけ、家の家宝に持ち帰ろうとすると、天人が現れ、その衣がないと天上に帰れないと悲しむが、漁師は返さない。止むなく、天人は漁師の妻になって、地上の生活を送る。話によっては、妻になった天人があまりに悲しむので、ついに返して別れを告げるというのもある。

これは、まさに漁師の妄想、空想であろう。貧しい漁師では妻を娶ることもままならない。そういったことから、こういう妄想、空想は生まれる。ただ、それが長く伝えられてきたということは、漁師は、それだけ長く貧しい時代が続いたことの証左ということかもしれない。

さて、それを謡曲にしたものが『羽衣』。筋はシンプルだけれど、内容は読みこなすのは少し難解だ。ある意味、海を見たこともなく、漁師の苦労も知らない当時の知識人が、持てる知識と教養をフルに活用して、作り上げた。

よって、後世の人間が理解するには、少し時間を要す。そして、説話とは違って、随分、きれいごとになり、浄化されている。だから天人は漁師とも結婚していない。つまり、天人が、衣が無いと天上に帰れないと悲しむので、それなら、衣を返す代わりに天上の舞を見せて欲しいと頼む。

そうすると、天人は喜び、羽衣を身につけて、月界における天人生活の面白さを語り、それにも劣らぬ三保の松原の春の景色を愛でながら、この美しい国に祝福を与えて舞っていたが、いつの間にか、富士山を見下ろしつつ、霧にまぎれて消えていく。

まあ、いつの時代も、妄想は儚い夢だけれど、楽しいということだろうか。

*追記

なお、この天女の舞により、「駿河舞」が生まれたというが、残念ながら、どのような舞かは存じ上げない。

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