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2015年3月31日 (火)

権力チェックの意味

政権というのは、その名の通り、権力を有している。そして、その権力は、往々にして腐敗する。よって、その権力チェックをマスコミがやらなければならないが、安倍政権に対しては、十分ではない。

本来、権力に対しては批判的でなくてはならないが、安倍政権が批判を極力怖れる結果、マスコミの腰が引けている。どこか、おかしくないか。見方を変えれば、政権は、全知全能でないから、政権にとってもよくない。政権は、批判を受け止める度量が必要だ。

御用マスコミ(読売系、産経系)が政権を堕落させるだけでなく、マスコミの堕落が国民を危うくするのは戦前・戦中に見られたこと。危うい、危うい。

*追記

むしろ、政権が警戒しなければならないのは、いわゆる「褒め殺し」だ。現在の自民党は二世議員が多い。いわゆる、おぼっちゃま、お嬢様議員だ。彼らは、批判を嫌い、お世辞を好む傾向がある。

しかしながら、お世辞をいい、耳触りのよいことを言って近づいてくる輩は、一物腹に持っている。彼らの甘言に同調すれば、いずれ足を引っ張られる。このことの方を注意しなければならないが、それを望んでいる雰囲気がある。国を本当に危うくするのは誰なのか、気づかなければならない。本来、批判は有難く受け取るべきなのだ。

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2015年3月30日 (月)

我が家も百花繚乱?

今年の姫路城周辺の桜は、4月4日頃、満開だそうだ。先日、姫路城がグランドオープンし、特別の桜鑑賞になりそうだ。

さて、我が家でも、様々な花が咲き揃っている。ヒイラギナンテンの黄色い花、白いユキヤナギの花、朧白のアセビ、そして、紫と白の混合の沈丁花。

続いて、黄色いラッパスイセン、薄桃色の枝垂れ桃(花桃)、混ぜ植えしている白とピンクの花の木瓜(ぼけ)、この時期、花の色だけが目立つ紫色のハナズホウ、そして、ぼてっとした感じの紅白の源平桃が少し咲き始めた。

そして、目立たないところでは、小さな紫色の花のアオキ、白い花のギンモクセイも、咲いている。

ガーデニングを始めて、約十年。一向に上達しない。百花繚乱には程遠いが、何とか残った木々たちが、春を賑やかにしてくれる。

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2015年3月28日 (土)

学ぶ姿勢とは

4月に入ると、進級、進学、就職で、今までと異なる雰囲気の中で、迎えられる人も多いことだろう。そこでは、必然的に、新しいことを学ばなければならない。昔からよく言われるように、いろんな意味で、周囲は皆「師」という考えも大切だ。その時の、心構えを示しておこう。

一、まず、教えられることが既知のことであっても、軽視せず、改めて違う角度から再度きちんに整理すること。

二、教えてくれる先人(師)を尊敬すること。その心構えなくして、知識は吸収できない。

三、自分自身が他者から求められている大切な人であると認識すること。教える価値のない者には誰も教えない。

四、現代は情報社会で、いろんな情報が各所から入ってくるが、新しいことを学ぶのに障碍になるのなら断ち切ること。その覚悟が求められる。

五、自分で得た知識を整理整頓するくせをつけること。早く情報を出し入れできることは、早い判断力を養うことになる。

以上。

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2015年3月26日 (木)

姫路城大天守保存修理完成記念式典に行く

先ほど、姫路城大天守保存修理完成記念式典に行ってきた。大手前公園には、期待に胸を躍らせ、人でいっぱい。観光客の方やマスコミ関係者もいるだろうけれど、概ね地元市民のような感じ。待ちに待った姫路城が、やっとグランドオープン。嬉しいこと限りないのは流風だけではないと実感。

そして、主たる目的の一つの、昨日見た試験飛行のブルーインパルスの本番も見てきた。大手前公園で見ることも考えたが、少し寒いので、イーグレに向かう。ただイーグレの屋上は、既に一杯で、行くことはできず、止むなく、4階で窓越しに見ることにした。ちょっとした穴場の感じで、ブルーインパルスの飛行の全体がよく見えた。

昨日、見た時には、5機編成のように見えたが、一部そのようなものもあるが、ほとんど6機編成であると確認した。飛行するごとに、歓声が湧き、皆さん、嬉しそう。でも、これも平和だから感じられる航空ショー。このような航空ショーは歓迎だ。兵庫県では49年ぶり。次は、いつ見られるだろうか。いずれにせよ、今回見られて、満足、満足。いい思い出になった。

 

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2015年3月25日 (水)

ブルーインパルス試験飛行を見る

明日、平成27年3月26日に、姫路城大天守保存修理の完成を記念して、祝賀行事があるが、その際に、以前にも記したが、10時より航空自衛隊のブルーインパルスが、記念飛行する。三の丸広場で実況中継されるそうだが、前日の本日、11時半から試験飛行があった。少し寒いが、天候は好い。いい飛行日和だ。

早朝出かけると、続々と、カメラ機材を抱えて、お城に向かう風景に出くわした。これは大変な人だかりになると予測し、自宅で見ることにした。そうすると、ほぼ時間どおりに、爆音と共に、ブルーインパルスが飛来した。初めて見る風景。

5機並走するのもあれば、途中で5分れしたり、1機ずつ、ぐるっと回ったり、いろいろやっていた(報道によると、6機運行となっていたが、5機のように見えた。見落としたかもしれない。明日再確認してみたい)。結構、見えるものだ。

試験飛行のためか、結構、長い間飛行していた。子供のように、嬉しい(笑)。明日、本番は10分程度の飛行だから、試験飛行を見て正解。明日も見るけれど。でも、明日は、周囲に障碍物のない広い公園辺りで見ようと思う。

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2015年3月24日 (火)

『大坂の陣 名将列伝』を読了

2016年の大河ドラマが『真田丸』ということらしい。子供の頃、真田十勇士の話は、皆で楽しんだものだ。それに、日頃、あまり話をしない父が、幸村の父親、真田昌幸の話をよくしていた。昌幸は周囲に列強各国を抱え、その中で、いかにして生き残るかを考え続けたことに、父は大きな感慨を持つたようだった。秀吉、家康が対立すると、両方に保険を掛け、二人の子供たちを、それぞれに配したことに感心していた。

来年のドラマでは、どこからどこまで描かれるか分らないが、時代の概要を把握するため、永岡慶之助著『大坂の陣 名将列伝』(学陽書房刊)を購入し、先日、読了した。西軍武将と東軍武将に分け、それぞれの背景と人物像を解き明かしており、分りやすい。時代小説を読むだけでは、なかな分らないことも整理される。これで、来年の大河ドラマを楽しめるかもしれない。

なお、著者が選んだ西軍武将としては、真田幸村、塙団右衛門、後藤又兵衛、木村重成、明石全登、長宗我部盛親、大野治長・治房、片桐且元、西軍参戦将兵余滴(こぼればなし)となっており、東軍大将としては、松平忠輝、大久保彦左衛門、伊達政宗、福島正則、本多正純、織田有楽斎、松平忠直、徳川秀忠、東軍参戦将兵余滴となっている。

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2015年3月22日 (日)

沈丁花咲く 2015

梅の花は、久しぶりに我が家としては、比較的早く咲いたのに、世間では、桜の開花情報が伝えられる中、もう散り始めている。ほんとに花の命は短い。そして、それと代わるように、アセビ、ユキオナギに続いて、沈丁花の花が咲き始めた。この花木は、深窓の令嬢扱いをしなければならない。

過去に、この花は二度失敗して枯らしている。一度は植え付け場所の問題、もう一つは植え付けのミスだ。それほどに、この木は神経質。昨年、慎重に場所を選定し、扱いを丁寧にし、植え付けたものは、今年も、何とか花を咲かせたが、今後のことはわからない。

何せ咲き続けていても、突然予告もなく枯れるらしい。それはある日、急に夫に離婚話を突き付ける妻に似ているかも(笑)。今後、慎重に、その前兆を把握しつつ、この花を咲かせ続けたいものだ。でも、本来は、そういう気苦労のなく強く生きていく木々が好き。これでは、いつまでたっても、本当のガーデナーにはなれそうもない。

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2015年3月21日 (土)

籾井NHK会長の不遜な態度

籾井勝人NHK会長が私的利用し、公私混同を指摘されている。彼は、かつて民間企業のトップで、おそらく当時から、公私混同の経費処理をしていたのだろう。NHKは国民から受信料を取っている。それにNHKは、公的企業でもないのに、税金(交付金)が投入されているから、経費の扱いは慎重を要する。

ただ、それ以上に不愉快なのは、この人が問題を野党やマスコミに指摘されて、不遜な態度をすること。これは会長に就任して以来、続いている。これが日本を代表する放送界のトップだと思うと恥ずかしくなる。これで民間でも、よくトップになれたものだと思う。彼がトップだった民間企業の資質も問われる。

彼は安倍首相の推薦で、会長になったようだが、首相周辺の人たちは、どちらかというと、品がなく、雑な思考の持ち主で、ガサツなイメージの人が多い。これは回りまわって、政権のイメージを悪化させる。早期に交代が必要だろう。

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2015年3月20日 (金)

人間国宝の桂米朝さん亡くなる

人間国宝の桂米朝さんが昨日、平成27年3月19日に亡くなったようだ。姫路出身の彼については、生前、彼と歳の近い父がよく話していたので、覚えている。彼は生まれこそ、中国大連だが、父親の実家の姫路市で育った。頭もよかったようで、旧制姫路中学、現在の兵庫県立姫路西高校を卒業している。

ところが、彼は早くから落語に関心を示し、学業は疎かになったようだ。そして国は戦争に突入し、戦後、復員後、昭和22年、桂米団治に入門。その過程は、よくラジオで話されていた。落語に関心を終生、持ち続け、その道を極められたことは、素晴らしいことだ。

ただ、父が言っていたのは、「彼は落語の名人ではない。落語の研究者で、落語学者だ。確かに話は正確だが、やや面白さに欠ける。話が淡々とし過ぎて平坦になる。むしろ、上方落語が衰退し、落語のネタが散逸していたのを集め、作り直し、集大成したことの方が評価できる」と。

父は、そう言いながら、姫路出身だからということで、彼の落語をよく聞いていた。父らしいなあと思ったものだ。いずれにせよ、桂米朝さんは、上方落語の中興の祖と言われるくらい、落語界に貢献した。そのことは誰も否定できない。ご冥福をお祈りする。享年89歳。

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2015年3月19日 (木)

百人一首の桜

大変暖かい日が続いている。ついに我が家の梅も満開だ。微かに漂う香は、少し癒してくれる。だが、本来、梅は海外文化の花。日本が文化的に独立した平安時代には、ひらがなの発明により、女性の文化への影響力はより増した。そして、それは花への関心も「梅」から「桜」に移行している。『百人一首』も、桜を題材にした歌が梅を題材にしたもの(一首のみ)より多い。一応、次に挙げておこう。

 花の色は うつりにけりな いたずらに

   わが身世にふる ながめせしまに

     (小野小町。第九番)

あまりにも有名過ぎる歌だが、後世、日本人に大きく影響した一首だ。一般には、女性の盛りの短さを嘆いたものとされるが、人生の短さを歌にしたものとも考えられる。小野小町については、過去にも記事にしたので、ここでは、くどくどと述べない。

  ひさかたの 光のどけき 春の日に

   しず心なく 花の散るらむ

    (紀友則。第三十三番)

やっとやって来た待ち望んだ春。それなのに、桜の花は、あわただしく急いで散って行く。それが、我が心を乱していく。何と困った存在だこと。学生時代、習った時は、そういう感懐は全く分らなかった(苦笑)。

  いにしへの 奈良の都の 八重桜

   けふ九重に にほひぬるかな

    (伊勢大輔。第六十一番)

伊勢大輔が、この歌で和歌界に鮮烈なデビューをしたと云われる。何と言っても、これで「百人一首」に選ばれているのだから。奈良の僧侶から宮中に持ち込まれた八重桜からの自然な発想。

 もろともに あはれと思へ 山桜

   花よりほかに 知る人もなし

    (前大僧正行尊。第六十六番)

行尊は17歳から諸国を行脚。各地で尊敬を集め、後、天台座主や大僧正になった人物。仏教の修行は孤独で厳しい。日本仏教の修行は意味がないと批判されるが、自己を冷徹に見つめ、平常心を保つ訓練は大切かもしれない。そんな中、ふと見つけた山桜の開花。そんな感じだろうか。

 高砂の 尾上の桜 咲きにけり

   外山のかすみ たたずもあらなむ

    (権中納言匤房。第七十三番)

「高砂」については、いろんな見解があるようだが、やはり松の名所として名高い(兵庫県)高砂をイメージしたものだろう。もちろん、匤房(まさふさ)は実際に見た訳ではない。春に内大臣藤原師通邸で、長寿を寿ぐ宴にて歌を所望され、作った歌だろう。

 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで

   ふりゆくものは わが身なりけり

    (入道前太政大臣。第九十六番)

入道前太政大臣とは、藤原公経。花が散って行く姿を雪に譬えた。「ふり」は、「降り」と「古り」と掛けている。権力者の老いの侘びしさを詠っている。

ところで、今年、桜はいつ開花するのだろう。そして、彼らの感懐を私達も同様に受け取るのだろうか。少なくとも、私は、その年齢になっている。

 

 

 

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2015年3月17日 (火)

我が家の梅と貫之

  人はいさ 心も知らず ふるさとは

    花ぞ昔の 香ににほいける

      (紀貫之。古今集・春上、百人一首三十五番)

貫之の歌とは関係ないが、我が家の梅は、再三記しているように、いつも咲くのが遅い。桜が咲く直前に咲く。ただ、今年は、訳が違うようで、昨日の段階で七分咲き。こんなことは、梅を植えて始めての経験。それほど気温が上がっているのだろう。

さて、貫之は、かつて常々、長谷寺に参拝する折、知人の家に泊まっていた。歌の方は、貫之が、久しぶりに長谷寺に参詣した時のこと。それを宿の主人に詰られて詠ったもの。知人の家の主人が女性であったとも。

よって、長谷寺に参詣時のことなので、「ふるさと」は長谷寺のこと。「花」は「梅の花」である。一般には、人の心は変わっても、梅は毎年、季節になれば、咲き匂っていることを宿の主人(女性)の立場を慮って、若干、自分に皮肉を込めて詠ったものと解釈されている。

別の見方をすれば、人の心と大自然の違いを詠んだ歌とも考えられる。人の心は変わるもの。それに対して大自然は変わらない。それを対比した歌とも取れないこともない。幾分、理屈ぽく言い訳しているように聞こえるが。いずれにせよ、宿の主人とは遠慮なく言いたい放題できる仲であったと歌から読み取れる。

それはそれとして、我が家の梅は、いつまで咲いていてくれのだろう。来週、また寒さがぶり返すようだが、梅の花は散ってしまうのだろうか。

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2015年3月16日 (月)

お粥の朝食

1ヵ月ぐらい前に、胃腸の調子が悪くなって、久しぶりにお粥を作った。作ったと言っても、「お粥メーカー」を使ってだ。お粥と言うと、子どもの頃、母がよく作ってくれたが、風邪等で体調の悪い時だから、寝間に居て、その作り方は当然見ていなかった。

大人になって、お粥なんて簡単に出来るものと思っていたが、いざ作ってみると、これがなかなか難しい。米から作る場合と御飯から作る場合があるが、水加減と火の調整が難しく、思ったような粥ができないので、機器に頼る結果に。

10年くらい前に買ったものだが、割と思ったようなものができる。時間は約1時間程度かかる。これは介護状態の母の要望で買ったもので、私が彼女の希望通りの粥が作れないので、止むなく買い求めた。それでも、母は不満たらたらだったが、今は自分の為に、年に一度程度使っていた。

ところが今回は、胃腸が回復しても、朝食として作り続けている。体調が楽なのだ。人間、年を取ると、胃腸も弱るようで、ちょっと空しい気持ちもするが、私的には割と美味しく頂いている。このため、久しく食していなかった梅干しも購入した。粥には梅干しがぴったり合う。

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2015年3月15日 (日)

自意識過剰に陥らないためには

最近も、自意識過剰から色々な悲しい事件が起きている。若い時は、他人の話すことが気になったり、他者の評価を過剰に受け取り傷ついたりする。しかしながら、最近は、若い人に限らず、世間と遮断してしまって、要らぬ妄想で自らを失い、被害者意識から事件を起こす大人も少なくない。

一般に、誰も自分以外には、強い関心を示さないものです。女性たちは噂話で、いろんな問題を引き起こすが、彼女らにしても、他者のことは、いずれ忘れてしまう。人の噂も75日、と言うが、まさにその通り。噂を消すには、自意識過剰にならないこと。意識すれば、更に噂が大きくなるだけだ。

それでも、噂好きな人々に対処するには、「あなたも噂されている」と返せばいい。この手の人種には、必ず後ろ暗い背景がある場合が多いから、必ず思い当たるはずだ。そうなれば、自分に関心が行き、もう他者のことなど、どうでもよくなる。

いずれにせよ、他者というものは、自分には、それほど関心を持っていないものと思えばいい。自意識過剰にならなければ、引きこもりも、鬱も本来あり得ない。自分は自分、他人は他人と思うことが、困難な罠にはまらない方法だろう。

*追記

ちなみに仏教では、心の三悪が殺生を引き起こす。すなわち、瞋恚(しんに)、貪欲(とんよく)、邪見(じゃけん)。瞋恚とは、勝手に心で妄想し怒る事、貪欲とは、勝手に心で妄想する欲そのもの、邪見とは、間違った意見を持つこと。

これらは十悪の一部ですが、十悪の中には、妄語(もうご)、両舌(りょうぜつ)、綺語(きご)、麁悪語(そあくご)があり、これらの意味は、妄語が、嘘を言うこと、両舌が、噂を言うこと、綺語が、無駄話をする事、麁悪語が、悪口を言うこと。

これらを日々避けることは、心の三悪を持つ人たちからも、災難に遭わないようにする最低限の心構えと言えます。

仏教者の方々は、本来、こういうことを宗派に捉われず、ボランティア活動等で、若い方に日々伝えるべきですが、特に都市部で、全く出来ておらず、怠慢であるのは残念なことです。

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2015年3月14日 (土)

地域問題関係図書読了

人口減少で地域が消えるという論議が盛んだ。実際、地方都市の人口はどんどん減っているのも確かだ。そして、今も東京集中の流れは止まない。北陸新幹線開通で喜んでいる北陸の方々も、いずれ人が東京に流れて、こんなはずではなかったと思うようになるかもしれない。東京と繋がることは、一時的には経済的に好い作用があるが、徐々に地域の人々は東京に吸い取られていく。

では、どうすればいいか。一義的に結論は言えない。地域の事情はそれぞれ異なる。地方創生と言っても、国の一律の政策では、効果が出るどころか逆作用を引き起こす可能性も高い。結局、地域のことは地域をつぶさに見て、やるべきことをやるしかない。基本的に、地方に人材がいるかどうかに尽きる。人材がいないのなら、都市から呼び寄せて補完するのもいいだろう。

さて、先日、吉田正博著『消えない都市の条件』(幻冬舎)を読了した。著者は横浜市の公務員だったようだ。自らが行った「横浜モデル」の成功例を挙げながら、あるべき地方の有り方を論じている。ただ、言えるのは、横浜市が地方と言えるかどうか。そこからの発想には、限界があるが、一つの意見としては参考になるだろう。

今までに地域関係で、少し前に読んだものとしては、根本祐二著『「豊かな地域」はどこがちがうか』(ちくま新書)がある。この作品は、地域の11のケースを取り上げながら、客観的に分析している。地域の多様性を取り上げているので、自地域と比べながら、どうするべきか参考になる。

その他では、牧野知弘著『空き家問題』(祥伝社新書)、三浦展著『東京は郊外から消えていく!』(光文社新書)がある。それぞれの問題意識で、日本が抱える課題を抽出し、解決策を提言している。

これらから学べることは、地方は、やたら安易に東京圏と直接つながるのではなくて、独自の経済圏を創造することに主眼が置かれるべきということ。その発想が無いまま、東京圏と繋がっても、長期的に地方に未来はない。基本的に、小さいことであっても、地道に地域を、農業と同様に「開発し、耕し、肥料を与え、土づくりをして」、人々が集まり定住する仕組みを作ることが望まれる。

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2015年3月13日 (金)

姫路城周辺の桜をどこから見るか

今年は、我が家の梅も、まだ一輪、二輪程度だが例年より早く咲き始めている。いつもは、他家の梅は開花しているのに、我が家の梅は、桜の咲き始める頃に開花していた。ただ、梅と言えば、2月のイメージだが゛、旧暦で言えば、現在1月。ということは、今年は、季節通りに、きちんと開花している。多くはまだ蕾だが、今にも咲きそうな雰囲気だ。

さて、桜は植えていないので、こればかりは見に行くしかない。今年も、もうしばらくすれば、咲くのだろう。先日知ったのだが、姫路城の桜は、「日本さくら名所100選」の一つだということ。今まで、姫路城周辺の桜をじっくり見ることはなかった。毎年、適当に眺めて、それで終わりだった(笑)。

この度、「ルートマップ姫路城さくらの大回廊」(姫路市観光交流推進室)というパンフレットを頂いた。これによると、5つの桜観覧ルートがある。姫路城見物と合わせて、見てみたいと思う。なお、姫路市の桜の開花情報は「桜の開花情報 姫路市」を検索すれば、見ることができる。それでは、桜回廊ルートを一応紹介しておこう。

一、千姫の回廊

西の丸庭園。但し、お城への入園が必要。よって入園料を支払って入城した時のみ観覧できる。なお、庭園内の桜をライトアップして夜間公開する夜桜会開催中は、夜間無料となっている。ソメイヨシノ、シダレザクラ。

散策所要時間は約20分。距離は約350メートル。

二、三の丸回廊

三の丸広場から千姫ぼたん園辺り。大手門を入ってすぐの公園。ソメイヨシノ、ヤエザクラ、シダレザクラ。

散策所要時間は約30分。距離は約700メートル。

三、お城やしき回廊

姫路城の内濠の周囲。

ソメイヨシノ、ヤエザクラ、ヤマザクラ。

桜門橋~城見台公園~東御屋敷公園~喜斎門~姫山公園~南勢隠門

散策所要時間は約1時間。距離は約2キロメートル。

四、侍やしき回廊

侍屋敷跡を巡るルート。お城やしき回廊よりやや大回り。

ソメイヨシノ、ヤマザクラ、ヤエザクラ、シダレザクラ、十月ザクラ。

桜門橋~城見台公園~東御屋敷公園~シロトピア記念公園~千姫の小径~車門~さくらの小径

散策所要時間は約1時間30分。距離は約3.5キロメートル。

五、城下町の回廊

姫路城中濠沿いを中心に巡るルートで一番長く大回り。

桜門橋~城見台公園~東御屋敷跡公園~野里門~千姫の小径~市之橋門~車門~埋門~鵰門~家老屋敷跡公園

散策所要時間は約2時間。距離は約4キロメートル。

ルートマップは以上だが、姫路城の地図を入手するか、観光案内所で、「ルートマップ姫路城さくらの大回廊」のパンフレットを入手して巡って見てください。必ずしも、ルートにこだわる必要もないけれど。

それに流風のようなズボラタイプは、観光ループバスで、お城の周囲をぐるっと眺める方法もある(笑。実際はループバスには、窓に透明色つき広告シートが貼り付けられており、車からは見えないので、各停留所で下りて確認する必要はある)。9時から14時30分まで運行し、料金は大人100円。一日券は300円。ただ土日休日は、乗る人が多いので、じっくり見ることは難しいと思う。ゆっくり見たいのであれば、平日の朝一番がいいだろう。

*参考

ついでに記せば、まだ見たことはないのだが、次の場所がいいらしい。それは姫路市立動物園内にある観覧車。入園料と乗車料金が必要だが、ゴンドラは屋根がなく、回るので姫路城の景色が変わる。特に頂点から降りる時は、城が桜の中に浮かんでいるように見えるという。

*参考

   姫路市の桜の開花情報は「桜の開花情報 姫路市」

    http://www.city.himeji.lg.jp/topic/sakura.html

*追記

なお姫路城周辺では次の桜の催しがある(日程は毎年異なるので、ホームページ等で、ご確認ください)。

◎姫路城観桜会

  姫路城 三の丸広場にて。

  毎年4月初めの一日間。雨天順延。

  10時より16時まで。

  お茶席 10時より。

  セレモニー・舞台の催し 11時より。

  雨天の場合は順延(お知らせは079-282-2012。自動応答)

◎姫路城夜桜会

  姫路城内 西の丸庭園にて。

  ライトアップされた夜桜と姫路城。

  毎年4月初めの約1週間。

  18時より21時まで。

  雨天決行。

◎好古園夜桜会

  姫路城西御屋敷跡庭園 好古園にて。

  園内の桜等のライトアップ。

  毎年4月初めの数日。

  9時より20時まで。

  雨天決行。

 

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2015年3月12日 (木)

東山焼のこと

かつて、姫路でも、やきものの文化があったので備忘録として記しておこう。比較的知られているのが東山焼だ。時々、古陶器展などに行くと展示されている。姫路に住んでいると言うと、愛好者の方々は、すぐ東山焼を指摘されるが、内容は把握していなかったのでブログにしてみた。

東山焼は、文政5年(1822)、姫路市東山の興禅寺山山麓で、始まった青磁・染付を主流としたやきものと言われる。名前は、この地名から採ったものだ。創業は、庄屋を務めた橋詰藤作が、文政12年(1829)頃に、彼の指揮で、作陶が行われ、総取締役を務めた。

それを河合寸翁が、天保2年(1831)頃、将軍家や大名家への調度品や贈答品の焼成のため、窯を姫路城西の男山東南麓に移す。東山焼を盛んにしたのは、陶工池田弥七。彼は窯が男山東南麓に移されてから、文久元年(1861)まで、32年間、棟梁を勤めた。

彼が棟梁を始めた頃、姫路藩士の子橘周蔵が、京焼の名手と言われた尾形周平の下で、学んでいた。そこに目を付けた彼は、橘秋蔵を姫路に戻して、窯場を大胆にも任せる。そうすると、それを聞いた師匠の尾形周平まで、弟子を応援しようと姫路にやってくる。このことで、東山焼の技術向上が一気に図られる。

天保年間(1830~1844)に最盛期を迎えるが、寸翁が亡くなると、藩の支援もなくなり、その後、安政年間(1854~1860)に男山窯は御用を解かれ、民窯になり、やがて明治維新と共に廃窯になってしまう。やきもの文化としての期間は非常に短いが、今も高く評価されているようだ。

*追記

池田弥七は、男山窯を離れた後、新案のコンロを焼き始め、弥七コンロとして西日本で普及する。

*追記

三木美術館では、春季展として、現在、「姫路藩窯 東山焼と関西作家の共演」として、東山焼15点を展示している。平成27年5月24日まで。火曜日休館。

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2015年3月11日 (水)

カレーフェスブーム?

カレーライスは、インド等から伝わったカレーライスを日本的に発展させた食の一つだ。月に1回程度しか食さないが、不思議と食べたくなる時がある。それに飽きない。「日本食」として、定着した感がある。カレーブームは、定期的に来るようだが、今が、その時らしい。

先日、姫路でも、商工会議所青年部主催で、「姫路カレーフェスティバル(カレーフェス)」が開催されていた。姫路市内・近郊の24店舗が大手前公園に一堂に会し、手軽な料金で提供するものだ。ちょっと会場が狭いように感じたが、客は長蛇の列。今更ながら、カレー人気を感じた。

商工会議所青年部主催で各種催しが企画されているが、今回ほどの盛り上がりは初めてだろう。というのは、折角の催しの発信力が若干弱く、また催しのぎりぎりまで日程が発表されないことだ。今回も、ミニコミ紙で、前日に、その催しを知ったぐらいだ。それでも、今回は多くの人が集まった。

もちろん、姫路城グランドオープンが迫っていて観光客が増えていることも幸いしているかもしれない。そのことを割り引いても、カレー人気は衰えていないのだろう。今後も、更にバージョンアップして頑張ってもらいたいものだ。

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2015年3月10日 (火)

50万アクセス通過

拙ブログのアクセス合計を先ほど、ふと見ると、50万を超えていた。2005年4月15日に、ココログを始めて、約10年。亀の歩みのように、のろいが、やっと50万かという感じ。初めは、アクセスは気にせず、ブログを記していた。最近は、好いのか悪いのか分らないが、少し気になる存在。

ブログ開設当初から、ずっと購読して頂いている方もいるが、大抵が、スポット購読だ。その日の記事の内容によって、アクセスが増えたり減ったりてしていると思っていた。確かに、そういう部分もあるが、最近は、過去の記事にアクセスが多いことに気づいた。

購読者の関心は様々で、特定することはできない。それは私のブログの記事そのものが、そのようであるからだろう。今後も関心のあるまま、気儘に記事にしていきたいので宜しくお願いします。

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“挨拶”の意味

「この人生は旅である。その旅は片道切符の旅である。往きはあるが帰りはない。我々は、この旅において、さまざまな人と道中道連れになる。それらの人々楽しくスムーズにやっていくには、“人生のパスポート”が大切である。それがお辞儀と挨拶である」(吉川英治)

もうすぐ4月だから、新入社員の方々は、まず、挨拶の重要さを知る必要があるだろう。それがきちんとできるだけで、先輩の覚えもよくなる。中学生だったか高校生だったか忘れたが、卒業式前に恩師から、社会人になれば、“挨拶”は、より大切だからと言って、その意味を教えてもらった記憶がある。残念ながら、はるか昔のことなので、正確には覚えていない。

本来、漢字の「挨」の意味は、「背をたたく、推す、押し開く、突き進む、近づく」などで、「拶」の方のは、「責める、逼る、押し合う」などの意味だ。よって、「挨拶」の意味は、「大勢が押し合って進む」ぐらいの意味になる。

ところが、どうしたことか、日本では、「お辞儀とか会釈」ということになっていて、ケースパスケースで、安否・寒暖の言葉を取り交わしたりする。ただ、恩師による「挨拶」の意味は、もっと深かった。恩師の言葉は正確に覚えていないが、出典は不明だが、過去に覚えとして記録しているノートから、似たような解説をしている言葉が見つかったので転記しておく。

「挨拶とは、心を開いて相手に逼(せま)るということである。すると、相手も心を開いて、こちらに逼ってくる。そこから心と心の交流が始まる」と。

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2015年3月 9日 (月)

手柄山中央公園再整備計画とJR新駅構想

姫路市は、手柄山中央公園再整備に乗り出すらしい。手柄山中央公園は、大きく二つに分けて、スポーツ施設、ガーデニング関係施設だ。その中に、やや異色のものとして、慰霊塔・平和資料館や文化センターがある。

スポーツ施設としては、市立中央体育館、姫路球場には、最近は行かなくなった。市立水族館や県立武道館には関心があるが、気が付いた時には催しを見逃すことが度々で、なかなか行く機会が無い。

ガーデニング関係施設としては、ひめじ手柄山遊園は子供の頃に行ったような記憶はあるが、今はあまり行かない。その他の緑地施設は散歩するには、好い場所だが、適切な所に休憩場所も少なく(ある場所には、集中してある)、食事できる場所もない(園内にレストランが作れないのなら、各所に出前受け取りセンターを作って欲しい)。

子供の頃は、親が弁当を作って行ったものだが、今は、弁当を買って行くのも鬱陶しい。結局、ペットボトルを持って、水分補給しながら、ダラダラ歩き歩き疲れるだけだ。各所にレストランや喫茶店を作っても採算が取れないのかもしれないが工夫が必要だろう。

先日、行った温室植物園と緑の相談所には今後も関心があるが、緑の相談所に関しては、春秋に大手前公園で「ひめじ緑いち」が開かれるので、その時に相談するから、わざわざ手柄まで行くこともない。それに今ある場所は、水族館の上にあり、わかりにくい。また市立文化センターも、交通の便が悪いため、一度も行ったことはない。

そして、福田康夫元首相が官房長官時代に行ったと言われる「太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」も、過去に数回行って最近は行っていない。残念ながら、行った時は、いつも閑散としている。そこから少し離れたところに平和資料館があるが、関心が薄いのか静かだ。移設は特に望まないが、これらの施設を知らない人は多いのではなかろうか。全国マスコミへの定期的な発信も求められる。

さて、市の再整備計画では、文化センターを廃止し、JR播但線東「イベントゾーン」に代替施設を建設する模様だ。ひめじ手柄山遊園内の市民プールは屋内プールに改修し、レジャープールは縮小し、屋内プールの付属施設にする。また園内に新規に体育館を新設。

温室植物園と緑の相談所は統合し、文化センター跡に移転するようだ。後で述べるが、すぐの話ではないが、JR新駅ができれば、交通の便は良くなる。老朽化した回転展望台は廃止し、跡地に駐車場を整備。緑の相談所跡に、レストハウス兼展望台を整備するようだ。

また、上記の整備計画を踏まえて、姫路市は、JR山陽線の姫路~英賀保駅間で、新駅の設置を目指して調査費を計上したようだ。姫路は、姫路城以外の観光施設はあるにはあるのだが、交通アクセスの問題で、観光客を十分呼び込むまでに至っていない(*注)。

山陽電車手柄駅からだと、水族館、野球場、陸上競技場等に行くのにはいいが、車以外では、場所によっては、目的地にやや遠い。今回の新駅構想は、手柄山中央公園の近くだから、今までより便利になることは間違いない。

*追記

場所的に難しいのだろうが、動物園も、こちらに移転して欲しい。そうすれば、緑地と水族館と合わせて、子ども天国になるのだが。

*注

現在、姫路周辺では、ひめじ別所駅、はりま勝原駅が新たに誕生している。更に、姫路駅~御着駅間にも、来年、新駅が誕生する。高齢社会には、これら新駅に限らず、民間活力を活かして、駅前開発を強化すべきだろう。

*平成27年11月18日追記

報道によると、手柄山中央公園の再整備の計画策定が1年先延ばしし、2016年度内にする方針を市が明らかにしたらしい。

また具体的な整備内容の提案が、明らかになった。

  一、バリアフリー化

  二、施設間移動をスムーズにする交通手段・散策路の整備

  三、イベント利用できる芝生広場やカフェの設置

一部委員から廃止対象とした回転展望台を戦後の街のシンボルとして解体すべきでないという意見が出たという。各人いろんな思いがあるだろうが、残したところで、あまり意味はないと思う。高齢者の記憶にあっても、若い人たちには、意味のない施設だろう。外部の有識者の選び方に問題はないだろうか。

*平成27年11月30日追記

個人的には、常設の屋外の屋根付き舞台があったらいいなと思う。ここで、ボランティアのミニコンサートや演芸が定期的に催されれば、それなりの集客は見込めると思う。何の催しもなく、観光客を含めて、人を招くことは難しいと思う。多くの人は、自分の芸の発表の場を求めており、それをうまく活用すればいい。

*平成28年9月16日追記

報道によると、回転展望台を存続するようだ。公園のシンボルとして残すそうだが、どれほどの意味があるのだろうか。懐かしいと思う人もいることは確かだが、中途半端な施設だ。外部有識者の意見を尊重したというが、彼らは概ね高齢者であろう。改修しても、将来、必要な施設とも思えない。それとも撤去費用を考慮したのだろうか。

*2016年12月12追記

かねがね懸案となっていた姫路手柄にJRが新駅を設置することについて、姫路市とJR西日本が協議した結果、JR山陽線姫路駅と英賀保駅間に、新駅を設置する方針を2016年12月9日に固めたと報道。

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2015年3月 8日 (日)

聞き上手のポイント再確認

以前にも聞き上手について記したが、今回は、そのポイントについて再確認しておこうと思う。

一、相手の目を見て聞き、聞いていますよという意志を表す。ただ、見過ぎてもよくない。適度に視線を外すことも必要。

二、上手に相槌を打つ。ただ、適当な相槌は、却って不信感を招く。

三、異論があっても、途中で話の腰を折らない。言いたいことがあっても、とりあえず、ぐっと辛抱。

最近を若い方と話していて気になるのは、三。自らの主張を、どうしても通そうとする人がいる。最後まで、相手の話を聞いて、一度、反芻して、自らの意見を立て直すことも大切。ただ、聞くだけ聞いて何も言わないのも困る。

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2015年3月 7日 (土)

万人への人生訓はない

拙ブログでは、カテゴリー「考え方」として、度々人生訓を取り上げている。だが、全ての人に通用する人生訓はない。読まれている方も当然取捨選択が必要だ。そのことは、中学生頃買って読んだ本、山本周五郎作『赤ひげ診療譚』に次の言葉が見える。もうすでに、書籍はないが、備忘録として記していたのを発見したので取り上げておく。

「この人生には、無数の教訓がちりばめられている。しかし、どの一つをとってみても万人にあてはまるものはない」と。

*追記

ただ、人間のやることに、大した差異もないことも確かだ。先人の教訓は、時代背景は異なっても、役に立つことも多いことも確かだ。

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姫路水族館に行く

実は、先日、姫路市立手柄山温室植物園に行ったついでに、姫路市立水族館にも行ったので、そのことも記しておく。温室植物園に行った帰り、折角、手柄山まで来たのだから、どこかに寄って行こうと思い、そこから比較的近い水族館に向かった。

歩道橋を北に渡り、どう行くのか少し迷ったが広い道路を北に歩いて行くと、案内板があり、左折すると、「手柄山交流ステーション」なる建物があり、エレベーターで上がり、歩道を歩いてくと、水族館の入口があった。

当日は、たくさんの子供たちで溢れていた。新館・本館共に子供たちにとっては、ここは遊びの聖地だろう。この水族館は、子どもの目線に合わせて設計されており、どちらかというと、「姫路市子ども水族館」の名称が相応しい。わいわいがやがや。大人には、とても落ち着いて観覧できる雰囲気ではない。

本館の観覧もパスして、新館2階に展示してあるモノレールをさらっと観覧。このモノレールは、約50年前、当時の市長が、時代に先駆けて作ったものだが、時代が早すぎて、まもなく廃線になったもの。少し懐かしい。親に連れられて、1回だけ乗ったことがある。

その後は、屋上にある「緑の相談所」と各ガーデンを見学。ここは、水族館と違って、大人の雰囲気(笑)。市の計画では、移転の意向。それは正解だろう。温室植物園と共に移転した時が楽しみだ。

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2015年3月 6日 (金)

姫路城保存修理完成式典とブルーインパルス飛行日程について

陸上自衛隊によるブルーインパルスの祝賀飛行は、以前、拙ブログで3月27日と記していましたが、違うようで、実際は、その前日3月26日の午前10時より行われるそうです。ここにお詫びと訂正します。お城のグランドオープンは3月27日で変わりはありません。

なお、3月26日9時30分より、陸上自衛隊による歓迎演奏が始まり、姫路城大天守保存修理の完成を祝います。ブルーインパルスは、午前10時から10時10分まで、祝賀飛行の予定(また前日にも、テスト飛行を午前11時30分頃予定しているらしい)。その後、午前10時10分より、「姫路城大天守保存修理完成記念式典」が、三の丸広場で催されます(*注)。

ブルーインパルスが、姫路市で飛行するのは、昭和41年4月16日以来で49年ぶり。当時、姫路大博覧会で飛行したらしいが、全く覚えていないので、今回が実質初めて見ることになる。

*注

より詳しい内容は、姫路市のホームページで公開されています。

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姫路・手柄山温室植物園に行く

久しく姫路・手柄山中央公園には行っていない。そこで、久しぶりに行ってきた。今回は、手柄山温室植物園。山陽電車手柄駅を降りて、産業道路を南に行き、上新電気のところで西に行くと、案内板が見えてくる。新聞記事に、数十年に一度しか咲かないというリュウゼツランが2株も咲いたと知って、行かない理由はない。

少し丘の上にあるので、ふうふう言いながら上っていくと、ドーム状の植物館発見。大小二つのドームだ。今回は、小さいドームに、多くの熱帯植物と共にリュウゼツランがあった。「ラン」と言うと、草花をイメージするが、木のように大きくて、全くイメージが異なる。

高さ約4メートルもある木の幹のような「花茎」から枝が分岐し、小さな黄色い花が密集していた。元々、鉢植えにしていたのだが、地植えにしたところ、昨秋から花茎が伸び始めたという。やはり植物は地植えが好き。それはガーデニングをしておれば、誰も経験すること。それにしても大きい。花を楽しめるのは今月中だけらしい。

その後は、大きなドーム館の熱帯・亜熱帯の観葉植物を観覧。観覧者は、平日と言うことも有り、高齢の夫婦の方が多かった(市内在住の高齢者が、「高齢者福祉優待カード」の提示で無料になることも影響しているのかも)。入館料大人200円。午前9時から午後5時まで。金曜日休館。レストハウス内、花の家では、セルフサービスで低料金で飲料も提供され、ちょっとした休憩もできる。旅行者にも穴場スポットには違いない。

*追記

姫路は、歩行者にとっての施設までの誘導案内標識が少ないように思う。人を呼び込むには、各所の誘導案内標識の設置は欠かせないと思うのだが。

*追記

先日の報道によると、市の整備計画で、移転の可能性もある。

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2015年3月 4日 (水)

人間学に疎い部課長は去れ

最近は、部下に対して、パワハラとか高圧的で、思いやりのない部課長が増殖していると言う。部課長とは、基本的に経営側にあるわけだけで、経営者の思いを部下に伝える位置にある。もちろん、経営者自身に問題があるから、問題の多い部課長が生まれると言うこともあるかしれない。

本来、トップも含めて、部課長は人間学に精通していなければ、組織をきちんと動かすことはできない。最近のセクハラ問題は、やや情緒的に捉えられている場合もあるが、人間を深く洞察していれば、発生しない。

部下の環境的背景を把握しつつ、部下を思いやり、認め、励ますといったことは部課長に必須だ。トップは、情理の内、理を優先しなければならない事態に追い込まれることもある。その場合の調整弁として、部課長の役割はあると認識して欲しい。そのためには、人間とは何かを常々考えておく必要がある。

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2015年3月 3日 (火)

木村紀子著『「食いもの」の神語り』を読了

木村紀子著『「食いもの」の神語り』(角川選書)を読了した。副題は、「言葉が伝える太古の列島食」となっている。日本語の成り立ちは、古代の食から来ているという著者の指摘に、何となく腑に落ちる感じだ。人間は、古代から、食が最も大きい関心事であったことは確かだろうから、そこから他者と何らかの交流手段として、言葉は生まれたのだろう。

ただ、古代語と言うべき言葉も、残っているものもあれば、後に輸入した外来語に押されて消えて行ったものもある。この著作では、食べ物に絞って、その成り立ちを分析していて面白い。古代史を分析するのに、食にターゲットを絞ったことは、いいセンスだ。

Ⅰ部では、「食ひて活くべきもの」の神語り」として、「風土記」、「古事記」、「日本書紀」、「万葉集」等から当時の食べ物を取り上げ、食べ物絡みと土地の名称が関連と、その変遷を記している。Ⅱ部では、「神ながらの食い物呼称」として、具体的に食べ物を取り上げながら、それぞれに分析している。これらの知識をもっていると、学生や一般人が古典文学を読む場合、さらに面白さが増すというものであろう。一読に値すると思う。

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2015年3月 1日 (日)

政党助成金と企業献金

安倍政権の諸大臣たちが、選挙活動に於いて、旧態依然の体質は変わっていないことが明らかになっている。特に、群馬県選出の小渕優子氏と西川公也氏の汚職体質は問題だ。本人たちは気づかなかったと言うが、少なくとも、そういう体質であることは間違いない(本来、議員辞職が望ましい)。彼らは、明らかに時代の流れについて行っていない時代遅れの政治家と言えよう。

さて、本来、政党助成金は、政党が企業等から献金を受けずに、政治活動が可能になるように作られたものと思うが、現在の自民党政権になって、政党助成金を受け取っておりながら、更に企業献金等を受け取る流れにあり、これは明らかに二重取りだ。

また、政党助成金は、ある意味では、いい制度だが、政党に金が流れるため、議員の裁量権は無くなる。むしろ、政党に所属するとはいえ、国会議員が、本来の使命を忘れ、政党の僕になってしまう可能性の方が高い。現在の安倍自民党独裁を許しているのは、多分、そういうことだろう。

他方、企業献金は、特定の議員と特定の組織・業界と利権がらみで癒着につながりやすい。かつての自民党政権は、そのようであった。ただ、業界の要望は、素早く反映される利点もあった。それが行き過ぎ、偏った業界への予算配分になり、それが汚職につながった。別の見方をすれば、議員は、政党助成金に頼らず、企業献金を受ける限り、政党の枠を超えて活動できる利点もある。問題は、政治資金の私物化として捉えられることも多いことだろう。

政治家に、ある程度の金は必要だろうが、今の仕組みでは、政党助成金、企業献金いずれも問題がある。何らかの見直しが必要だろう。

*追記

政治家の金銭感覚については、安倍首相の考え方も怪しい。望月環境大臣と上川法相が国の助成金を受けている企業から寄付を受けていることに対して、首相は国会で、「補助金交付を知らなければ、違法行為でないことは法律に明記されており、違法行為でないことは明らかだ」と強弁している。果たして、一国のリーダーに、そのような発言が許されるのか。大きな失望を感じる。税金の使われ方に鈍感では駄目だ。

*追記

首相は、改めて政治資金問題について記者に問われて、(当該者は)政治資金の説明責任を果たしていくことが重要だとの認識を示したらしい。それは分るが、首相は、あまりにも修正発言が多過ぎる。思慮の浅い発言をして、後日修正するのは、あまりよくない。

*平成27年3月3日追記

ついに、安倍首相も、国の助成金を受けている企業から寄付を受けていることが明らかになった。彼の発言の通り、説明責任が問われる。

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