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2015年3月19日 (木)

百人一首の桜

大変暖かい日が続いている。ついに我が家の梅も満開だ。微かに漂う香は、少し癒してくれる。だが、本来、梅は海外文化の花。日本が文化的に独立した平安時代には、ひらがなの発明により、女性の文化への影響力はより増した。そして、それは花への関心も「梅」から「桜」に移行している。『百人一首』も、桜を題材にした歌が梅を題材にしたもの(一首のみ)より多い。一応、次に挙げておこう。

 花の色は うつりにけりな いたずらに

   わが身世にふる ながめせしまに

     (小野小町。第九番)

あまりにも有名過ぎる歌だが、後世、日本人に大きく影響した一首だ。一般には、女性の盛りの短さを嘆いたものとされるが、人生の短さを歌にしたものとも考えられる。小野小町については、過去にも記事にしたので、ここでは、くどくどと述べない。

  ひさかたの 光のどけき 春の日に

   しず心なく 花の散るらむ

    (紀友則。第三十三番)

やっとやって来た待ち望んだ春。それなのに、桜の花は、あわただしく急いで散って行く。それが、我が心を乱していく。何と困った存在だこと。学生時代、習った時は、そういう感懐は全く分らなかった(苦笑)。

  いにしへの 奈良の都の 八重桜

   けふ九重に にほひぬるかな

    (伊勢大輔。第六十一番)

伊勢大輔が、この歌で和歌界に鮮烈なデビューをしたと云われる。何と言っても、これで「百人一首」に選ばれているのだから。奈良の僧侶から宮中に持ち込まれた八重桜からの自然な発想。

 もろともに あはれと思へ 山桜

   花よりほかに 知る人もなし

    (前大僧正行尊。第六十六番)

行尊は17歳から諸国を行脚。各地で尊敬を集め、後、天台座主や大僧正になった人物。仏教の修行は孤独で厳しい。日本仏教の修行は意味がないと批判されるが、自己を冷徹に見つめ、平常心を保つ訓練は大切かもしれない。そんな中、ふと見つけた山桜の開花。そんな感じだろうか。

 高砂の 尾上の桜 咲きにけり

   外山のかすみ たたずもあらなむ

    (権中納言匤房。第七十三番)

「高砂」については、いろんな見解があるようだが、やはり松の名所として名高い(兵庫県)高砂をイメージしたものだろう。もちろん、匤房(まさふさ)は実際に見た訳ではない。春に内大臣藤原師通邸で、長寿を寿ぐ宴にて歌を所望され、作った歌だろう。

 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで

   ふりゆくものは わが身なりけり

    (入道前太政大臣。第九十六番)

入道前太政大臣とは、藤原公経。花が散って行く姿を雪に譬えた。「ふり」は、「降り」と「古り」と掛けている。権力者の老いの侘びしさを詠っている。

ところで、今年、桜はいつ開花するのだろう。そして、彼らの感懐を私達も同様に受け取るのだろうか。少なくとも、私は、その年齢になっている。

 

 

 

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