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2015年4月30日 (木)

『オセロウ』再読

シェイクスピアの4大悲劇の一つ、『オセロウ』(*注1)を先日、再読した。テーマは男の嫉妬であろう。男の男に対する嫉妬、男の女に対する嫉妬が絡まって、物語は展開する。一般に嫉妬は女性の専売特許と見られがちだが、男の嫉妬は、陰湿で、すさまじいものがある(*注2)。

オセロウは、ヴェニス共和国に、あてにされる強い軍人ではあるが、ムーア族という黒人貴族という引け目を持つ。つまり、オセロウの自信とその裏にある劣等感がないまぜになっている。更にヴェニスの元老院議員の娘デズデモウナを妻に持ったことが、不安にさせる。彼女は、知性も美しさを持ち合わせた羨望の的であったからだ。

彼女の父親の反対はあったものの、彼女を獲得できたことで、一時的には優越感に浸れるが、周囲の羨望が気になる。そこに登場するのが、誠実のお面を被った、よこしまな男、旗手イアーゴーだ。

彼は、プライドが高く自尊心が強く嫉妬深い。自分の能力に対する自惚れもある。キャシオウが副官だが、あんな現場知らずの官僚より、本来は自分がなるべきだと思っている。それゆえ、自分の地位に対して強く不満も持っている。

オセロウに対しては、いろんな意味での嫉妬(権力、名誉、支配、異性獲得等)と人種偏見を感じている。そこで、彼は、迷いやすい人間の心を悪用して、オセロウの心の隙に迷いを吹き込もうと試みる。

デズデモウナが、オセロウの副官キャシオウと不倫していると偽の状況証拠を作り上げ、嘘をつく。疑いの種をばら撒かれて、妻に対して疑心暗鬼になるオセロ。それほどに男女の愛は脆いのか。

では、シェイクスピアは、嫉妬について、どのように考えていたのだろうか。物語の中に、オセロウの妻デズデモウナが夫の嫉妬に苦しむのをに見て、イアーゴウの妻エミーリアの言葉として、次のものがある。

「嫉妬する人は、わけがあるから疑うんじゃないんです。疑い深いから疑うんです。嫉妬は自分で生まれて、自分で育つ怪物でございますよ」

オセロウが妻デズデモウナに嫉妬するのは、旗手のイアーゴウの罠に嵌った結果だが、原因は、それだけではない。オセロウ自体に嫉妬に嵌りやすい資質を持っていたことは、見逃せない。

『オセロウ』は、この世の中の男をシンプルに表現しており、今でも通用する物語であるが故に、多くの人々に支持され続けているのだろう。

*注1

読んだのは、シェイクスピア『オセロウ』菅 泰男訳(岩波文庫刊)。この本では、『オセロウ』となっているが、一般には、「オセロ」表記が多い。

*注2

ただ、男は、嫉妬をエネルギーにして頑張るという面もある。だから、そのエネルギーを外に使えば、成功する。しかし、内に籠ると、イアーゴーのようになり、惨めな結果を招く。

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2015年4月28日 (火)

『超絶刺繍Ⅱ』展観覧

先日、久しぶりに、神戸ファッション美術館に寄って来た。今回の展示は、『超絶刺繍Ⅱ』展。ⅡということはⅠもあったのだろうが、残念ながら、その時は観覧していない。副題は「神に捧げるわざ、人に捧げるわざ」となっていた。

刺繍のような根のいる仕事は、私には到底できないだろう。一針一針に神経を集中して、出来るのは、ほんの少し。気の遠くなるような作業だ。副題の意味も分るような気がする。今回は、ハレの場で使われた京都祇園祭と長崎くんちにスポットを当てたものらしい。

展示構成は、ベーシック展示、オートクチュール刺繍、京刺繍、刺繍黄金時代、花鳥風月、京都祇園祭長刀鉾、長崎くんち、オートクチュールのコーナーに分けて展示されていた。これらの作品を作った人々は、どういう思いで、作り上げたのだろうか。

レベルは様々だが、手間は確かにかかっている。思い、構図、デザイン、色彩、刺繍技術が複雑に絡まって作品になっている。これ以上のことは分らないので、論評はできない。観覧すると、呆然とするばかり。まあ、私にも入館料ぐらいの価値はあっただろう(笑)。2015年6月28日まで。

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牡丹は満開だが、、、

牡丹が暖かいためか、例年より早く満開。ツツジも満開だ。両方とも、華やかできれい。蝶や蜂が、それに、つられてやってくる。ただ、牡丹は、株分けして残ったのは一種類のみだ。花の色は黄色。この牡丹の種類は、どうも強いようだ。いろいろ株分けしたり、厳しい環境に植え替えても、枯れることはなく、しぶとく生きている。

環境はそんなに変わらないのに、その他の牡丹は咲く気配もない。枯れてしまったものもある。これは人間世界と同じ。子孫を残す者もあれば、そうでないものもある。やはり強い遺伝子を持つ者のみ生き残るのだろうか。

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2015年4月27日 (月)

姫路城の大入実況と好古園について

世界文化遺産で国宝の姫路城の改修工事が終了し、グランドオープンして、約1か月が経ちました。オープン当時のやや異常な混雑は土日祝日を除けば解消した感じです。ゆっくり観覧したいのなら平日がお薦めです。

なお、あまりご存じないのですが、姫路城の西側にある「好古園」の入場料は、単独で入れば大人300円ですが、姫路城・好古園共通券のセット料金は1040円で、実にお得です。是非散策して欲しいものです。時期によっては催しも有ります。

なお、姫路城の大入り実況については、ホームページ「世界遺産 国宝 姫路城 大入実況」を参照ください。

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2015年4月26日 (日)

播磨伝説による地域創造開発

地域開発にはいろんな手段があるだろうが、観光開発のためには、地域伝説の取り組みは必須だ。その地域にしか伝わらない話には、観光客も耳を傾ける。幸い、播磨地域は、歴史的に古くから開発され、いろんな話が伝わる。

古代は、『播磨国風土記』があるし、その後は、『今昔物語』、『御伽草子』、『義経記』、『平家物語』等にも、播磨関係の話はある。更に江戸時代には、播磨各地の伝説等が整理され、『播磨鑑』、『西播怪談実記』、『峰相記』等にいろんな話が収録されているようだ。『播磨名所巡覧図絵』にも、いろいろ描かれて参考になる。

たくさんの播磨の伝説をコンパクトに書籍化されたものに、播磨学研究所研究員である埴岡真弓氏による『はりま伝説 夢物語』(神戸新聞総合出版センター刊)がある。先日、さらっと読み終えたが、なかなか興味深いものが多い。一部は、知っているものもあったが、知らない話も多かった。ただ、単に子供たちだけの道徳教育だけに使うのは勿体ない感じだ。

100話、取り上げてあったが、小さい話であっても、一つ一つ話を広げて、地域創造開発と繋げていけば結構面白いと思う。狭い地域では知っていても、少し範囲を広げると、あまり知られていないことはよくある。これらをもっと祭り等に繋げて展開して行けばいい。

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2015年4月24日 (金)

元気が出てきたギンモクセイ

キンモクセイも植えているが、ギンモクセイも植えている。種類の違う2種類だ。1本は、狭い所に植えているので、大きくはならない。盆栽みたいなものだ。毎年、春に、小さな花を咲かせる。

もう一本は、少し前に緑化展で買ったもので、まずまずの場所に植えたのだが、元気が無かった。そこで、昨秋、もう少し、日当たりのいい場所に植え替えた。そうしたら、今年の春になって、非常に元気に生育している。

植えた場所に、どれくらいの差異があるのかは、よく分からない。ちょうど、成長の時期に差し掛かったのかもしれない。人の人事配置にも、同様のことがあると思う。様々の経験をして、適材適所に配置されると急速に人も成長する。

植物にしろ、人にしろ、成長させるのは、なかなか奥が深い。

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2015年4月22日 (水)

姫路城3Dプロジェクションマッピングの催し案内

先般案内したように、姫路お城まつりが、ゴールデンウィークに開催されるが、今年だけ、催されるものがある。それが、姫路城グランドオープン記念!としての「姫路城3Dプロジェクションマッピング~姫路光絵巻HAKUA」だ。国内最大規模らしい。幅約90メートル、高さ約50メートルの天守閣を背景にして、スクリーン化して、壮大な映像と音楽がコラボレーションする。

三の丸広場で、2015年5月3日から5月5日の期間、19時30分から21時30分まで、約8分の映像が、20分おきに繰り返し、投影される。内容は、城の形が自在に変わるもの、空を舞うシラサギ、明珍火箸の音、小学生が描いた姫路城とか。宵闇の散策にはいいかも。

*追記 より詳しいことは、「姫路お城まつり」のホームページ参照

 

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2015年4月21日 (火)

選びにくい地方選挙

一応、統一地方選挙の真っ盛りということなのだろうが、我が地域は非常に静か。既に終わった兵庫県会議員選挙もそうだった。目立った選挙活動もなく、選挙公報も配布されない。新聞を取っておれば、それを参考にするのだろうが、新聞を読まなければ、選択のしようもない。

ネットで選挙公報は見られるが、公示後、しばらくは、氏名、年齢、所属組織と職業くらいしか分らない。それに公示して、約1週間で投票となり、幾分せわしない。市長選は対立軸が明確だから、まだ選びやすいが、市議会議員選挙となると、暗に候補者同士で地区割りをしているのか、競争もなく、選ばれる結果になる。

要するに、選挙前に、事前活動して、票読み出来た人たちだけが立候補するから、当選者は、ほぼ予測できる状態。これは選挙談合と言えなくもない。よって公示後の選挙活動は、ほとんどされない。そんな中、ノンポリの選挙人は誰に投票すればいいのか迷う。面白くない選挙だと思う。それが投票率低下を招き、政治が停滞する。一体、どうすればいいのだろう。

*追記

そもそも地方議員には、議院立法権が付与されておらず、その活動は制約される。その割に報酬は高いと言われる。彼らの活動が見えにくいのも、投票行動につながらない要因だ。

*追記

結局、選挙公報を熟読し、先日、期日前投票をした。基本的に、政党色のない人、5期以上やっていないこと、主張がわかりやすい人、地域利益誘導でないこと等を考慮して選んだ。結果は、いかに。

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2015年4月20日 (月)

新タマネギの美味しさ

先日、食品売り場で、美味しそうな新タマネギがあったので、思わず衝動買い。今回は佐賀産だ。新タマネギは、一般の料理にも使うが、何と言っても美味しいのは生のまま食するもの(一応、水にさらすけれど)。料理によっては、塩するものもあるが、塩は振りかけずに、生を食した。

スライスして、あり合わせのドレッシングをすると、何とも言えない。ただ、この新タマネギは、長持ちしないので、早く消費しなければ。毎日、食卓に上るだろうが、これを食すると体調もいいので、問題なし。年中、新タマネギが流通すればいいのだが。

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2015年4月19日 (日)

春の終わりの花々

桜もほぼ終わり、葉桜の地域も多いだろう。庭では、フリージアだけが賑やかに咲いている。その他は、小さい花ばかりだ。ハナズホウは、小さい花が集団になって咲くので、まだ目立つが、ウバメガシとかサンショウは注意しないと分らない。多くは花の後の新緑が美しく、これもいいものだ。今後の花としては、ツツジ、サツキ、アヤメ、ボタン、シャクヤクが、やがて咲くのだろう。夏が近づいてくる。

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2015年4月18日 (土)

陰徳を積むのは人知れず

安倍首相が、また妙な発言をしたらしい。報道によると、「戦後70年談話に関する有識者懇談会」にて、日本が戦後の早い段階で、他国向けの政府開発援助(ODA)を始めたことに対して、「かなり陰徳を積んだ70年だった」と言ったらしい。

極めて、頓珍漢な発言だ。戦後のODAは、戦争に対する賠償の意味も含まれている。賠償放棄した国々に、戦後復興ままならないなか、ODAをやったことは確かにしても、陰徳を積んだとは、到底言えない。

そもそも、陰徳を積むとは、「人に知れないように施す恩徳」を積むことで、ODAは、それに相当しない。ODAにも、いろんな種類があるが、無償援助を除けば、ヒモつき援助だ。とても、陰徳と言えるものではない。

また戦後復興が終わり、無償援助を増やしたとしても、それが陰徳を積んだとも言えない。アジア諸国では、金持ちは貧乏人に恵んで当然という考え方もある。施しは当たり前で、感謝するかしないかは、受ける国の判断だ(*注)。

施す方から、「陰徳を積んで70年」なんて発言をされると有難みも減る。陰徳は、人知れず積むべきであり、本来、自ら発言する言葉としては適切でないだろう。

*注

ODAの中には、先方で使いこなせない無駄なものを多かった。むしろ、海外での公共投資の意味合いと外務省の天下り対策と見る向きもある。架橋や道路整備のように、住民に歓迎され役立ったものもあったことは確かだが。いずれにせよ、評価は受け入れ国が行うものだ。

*追記

そもそも首相は、国民の模範である必要があり、この程度の教養では、国の恥だ。発言は、慎重であるべきで、中途半端な知識で発言すべきではない。

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2015年4月17日 (金)

なぜ、あたふたするのか自民党

多数を握り安定政権であるのに、やたら焦りを見せる自民党の動きが妙だ。例えば、マスコミの発言に、より以上に神経質になって、圧力をかけたりしている(彼らは圧力をかけていないと言うが、明らかに介入して、マスコミを委縮させている)。そもそも権力を握っているのだから、批判されて当然だし、そのことに細々と対応するのも、どちらかというとみっともない(*注)。

そもそも政権を民主党に奪われた時、シンパのマスコミ(読売系、産経系)を使って、政権攻撃したことをすっかり忘れている。今、逆の立場になったから、気に食わないマスコミや関係者を攻撃するのは、どうかと思う。言いたい人間には、言わせておけばいいというくらいの度量が求められる。

それにしても、なぜ、政権党の自民党は、こんなにあたふたするのか。後ろ暗いことをしていて、それが発覚するのを恐れているのか。そういうこともあるだろうが、多分、政権を失った時の辛さが身に滲みているのだろう。それが故に、今後は、どんなことをしても政権を手放したくない意識が強く働くのかもしれない。

しかしながら、もっと、どっしりと構えられないものか。あたふた対応すれば、国民から見れば、かえって自民党は政権運営に自信が無いのだと見られてしまうだろう。しっかり説明責任を全うして、きちんとした政治をすれば、何も問題もないのに、あたふたして、こそこそとした政治をやれば、かえって反発を喰らうだろう。もっと堂々たる政治姿勢が求められる。自民党の器が問われかねない。

*注

マスコミを通じて、いろんな意見や批判が出ること自体、政権側は、むしろ歓迎すべきことだ。なぜなら、それらの発言がガス抜きの役割をすることが多いからだ。あまり神経質に、反応することは、逆効果になるだろう。

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2015年4月16日 (木)

明石公園の葉桜を眺めながら

先日、神戸に所要があったので、途中下車して、明石公園に寄って来た。公園を歩いて行くと、桜は咲いているものの、若葉が少し出ている状態だった。いわゆる葉桜だ。散り際の桜の花に若々しい葉の取り合わせは、満開時の花と異なり、それはそれなりに美しい。

ところで、葉桜にいろんな段階を指して、それぞれの呼び方があると初めて知った。若葉の状態で、一分、三分、五分、七分、九分と分けるらしい。細かいなあ。訪れた時の明石公園は三分くらいだったかな。よく分からない。

そして、花に誘われて、うろうろしていると、帰途に明石市立文化博物館に。予定外であったが、入館した。展覧内容は、『日本近代洋画への道』というもの。江戸時代後期から、西欧と交流が出来ると共に、日本人画家たちは、西洋画家の手法を学ぶ。そうした画家たちの初期洋画を蒐集した山岡孫吉氏のコレクションを中心に展示してあった。

新しい手法は、立体手法だったり、遠近法だったりする。日本画は平面的だから、当時は、彼らには、画期的な手法に見えたようだ。また油絵という技法も、新しいやり方だっただろう。いわゆる模写から始まった、それらの絵画は、一般人から見ても、少し拙いものが多い。その中に、和洋折衷型の、いくつかの秀作も見受けられた。

日本人は、絵画に限らず、新しいものを受け入れて消化していく。そういう気概を失えば、日本の進化が止まるということであろう。先人の意欲に学びたいものだ。2015年5月17日まで。

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2015年4月14日 (火)

『遣唐使 阿倍仲麻呂の夢』を読了

先日、上野誠著『遣唐使 阿倍仲麻呂の夢』(角川選書)を読了した。阿倍仲麻呂と言えば、遣唐使で日本に帰れず、「天の原 ふりさけ見れば 春日なる みかさの山に いでし月かも」の歌一首だけが伝わる人だ。彼は、玄宗皇帝に寵愛され、高官にもなっている。日本のことを文化律令国家として高くアピールすることに成功した人物でもある。そう言った意味では、耶律楚材やサキャに似ていると言えないこともない。

著者の上野誠氏は関西ではよく知られた万葉学者だが、阿倍仲麻呂の生涯について記すのに、専門外の漢詩の注解、唐の制度にまで踏み込んで、挑戦して書かれた本だ。一般に、学者の方は、自分の専門外に対しては、述べたがらない。それは自分の分をよく理解されているからだろう。

よくテレビ等で、専門外のことについてコメンターとして出演している学者は、どちらかと言えば異端だ。専門外について、一家言持っているつもりだろうが、ありふれた意見か、頓珍漢な意見がほとんどだ。それゆえ、彼らは同業者から馬鹿にされることが多い(*注)。

それはご本人も、よく分っていらっしゃるようで、あとがきに、この本を書くのに、次の学問領域を理解しなければならなかったと記している。

 一、古代日本の士族文化の特質に対する知識

 二、日唐の制度史に対する知識

 三、唐代史全般に対する知識

 四、中国詩史を理解し、それを注解する知識

 五、東アジア外交史に対する知識

 六、平安期の和歌に対する知識

本書のために構想何年だったのだろうか。本書を通読すると、著者が学者になる前からの相当ずっと前からの関心事であったのではと思う。学者的に、分析的でありながら、読み物として読みやすく、一般の小説家が書く歴史物語とは、若干雰囲気を異にして、面白かった。著者にとっては、一仕事やり終えた感じかもしれないが、こういう内容なら、今後も、専門外に挑戦して欲しい気持ちだ。

*注

但し、テレビ等に出演する政治や経済の分野の専門家(学者、コンサルタント、エコノミスト、評論家等)は、自身の専門分野の話でも、その発言は随分と怪しい。我田引水的だし、誰かの指示で発言していると感じられる人も多い。学者の発言でも、必ずしも信用できない。

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2015年4月13日 (月)

第48代「お城の女王」決まる

以前にも記したが、姫路お城まつりの日程が今年から変更になり、ゴールデンウィークに催される。よって、「お城の女王」も、今までと異なり、5月に代替わりする。先日、第48代「お城の女王」決まったと報道があった。

それによると、27名の中から選出された、福本奈緒さん、有本麻鈴さん、井上朱里さんの三名。皆さん、姫路市出身で、毎年のことだけれど、お顔が、ふっくらとした「しろまる姫」を彷彿とさせる雰囲気(笑)。今年5月の姫路お城まつりで、お披露目される。

2015年5月3日(9時45分より)に、姫路城三の丸広場で、第47代から引き継ぎされ、デビューし、一年間、観光大使として、市内外のイベントに出務する。皆で応援したい。

*追記

なお、姫路お城まつりの祝賀大パレードは、5月3日11時より催される。お城の女王、市民団体等によるよパレードだ。ルートは、大手前公園→大手前通り→三の丸広場。その後、16時より、市民団体、歴代城主行列、黒田官兵衛行列、子ども大名行列、ご当地武将隊行列等によるパレードがある。また18時より、姫路城三の丸広場で、祝賀総踊りがある。当日参加可能。

また前日の5月2日には、以前に案内したように、「姫路城薪能」が姫路城三丸広場で16時より催され、5月4日には、10時から、姫路城三丸広場にて、「郷土芸能の日」として、獅子舞や古武道など姫路ゆかりの郷土芸能が披露される。17時まで。雨天の場合は、市民会館にて。

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2015年4月11日 (土)

『イスラム戦争(中東崩壊と欧米の敗北)』読了

最早、旧聞に属するかもしれないが、二人の日本人がIS(俗称イスラム国)に捕われて、殺されてしまった事件があった。その時の日本政府の対応は、いかにも「勝手な行動をしやがって。面倒なことだ」という雰囲気が強かった。しかしながら、海外で日本人が災難に巻き込まれれば、国は救助する責任がある。

だが、この時の政府や外務省の対応は、旧来のやり方を踏襲し、イスラムの事情を全く無視したものだった。その結果、ISに詳しい学者の言うことを無視して、外務省は、ヨルダンルートで「一応」解決しようとした。「一応」というのは、一般国民から見れば、単なるポーズに見えた。ヨルダンはISと戦っている当事者で、交渉国には本来、なりえないからだ。

政府や外務省には、一種の捉われががあったものと思う。それは相手が国でないからという言い訳であった。それが最悪の結果を引き起こしたと思う。相手が国であろうとなかろうと関係なく、日本人を救う使命感が欠けていたと言われても仕方ない。

それが如実に出ているのが、政府(首相)は、最初から身代金は支払わないと表明したが、そんな必要があったかどうか。捕われた二人は軽率であったかもしれないが、国際世論を気にし過ぎて、国民を守ることを放棄したように見えた。これを見て、一般国民は、ああ、国は国民を守ってくれないのだと判断するようになる。

さて、先日、内藤正典著『イスラム戦争(中東崩壊と欧米の敗北)』(集英社新書)を読了した。著者の内藤正典氏はイスラム地域研究家であり、イスラム教の学者ではない。よって、イスラムの状態を多面的に、事実に基づいて正確に記されているように思う。もちろん、彼の考え方に全てが全て同意できるものではない。

ただ、私達はもちろん、国や政府がイスラムについて、十分理解していない中、彼の著作は一読するに値する。現在、凡そ、世界は欧米の考え方に曝されているが、それが全て正しいわけでもない。地域には、それぞれ矛盾を孕みながらも、いろんな考え方がある。それに対して、一方的に欧米的な考えを押し付けても、トラブルが拡大するだけである。

基本的に、地域の問題は、地域で解決するしかない。外部から評論家的に、正しいとか正しくないとか言っても、あまり意味はない。更に力で介入するなど以ての外。欧米諸国(ロシアも含む)が荒らしたイスラム諸国等に対して、日本に出来ることは何か。それは西欧的価値観に捉われず、対話のテーブルの提供だろう。現在の中東の問題は、まさに、そういう所にあると思う。

本書は、イスラム社会を平易な文章で表現されており、一般人も十分理解できる。またイスラムを対象としたビジネス展開を考えている人も参考になるだろう。

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2015年4月 9日 (木)

コーヒー用湯沸かしポットを買う

消費税増税後、控えていた喫茶店利用だが、なかなか、その習慣は改まらない。外出すると、ふと寄ってしまう。そして、少し後悔。価格が上がっていることもあるが、コーヒーの味が、どことも、あまりよくないことだ。専門店と言われるところも、店によっては、あまり美味しくない。

やはり、「家飲み」の方が、納得のいくコーヒーが飲める。ただ、コーヒー豆の保存と、熱湯の注ぎ方の工夫は必要だ。コーヒー豆の保存は、なかなか難しいので、少量挽いてもらったものを買っている。ただ風味は、冷蔵庫に入れても、日に日に落ちていく。

それは仕方ないので、短い期間だけでも、美味しく飲めるように、コーヒーメーカーではなく、コーヒー用湯沸かしポットを購入。最初は挽いた豆を蒸らし、少しずつ、湯を入れていくと、いつも、美味しいコーヒーを味わえる至福の時。やはり、コーヒーは家飲みだ。ポット買って正解。

*追記

ちなみに、以前、少し美味しくなったと感じたインスタントコーヒーは、処分した。所詮、インスタントはインスタント。非常用にはいいかもしれないが。

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2015年4月 7日 (火)

『沈みゆく大国 アメリカ』読了

米国の内情を次々と暴いている堤未果氏の著作、『沈みゆく大国 アメリカ』(集英社新書)を先日、読了した。内容は、アメリカの医療制度の崩壊を記したものだ。以前から、米国旅行に行って病気になると大変と聞いていたが、米国の医療制度は、日本の国民皆保険制度と異なり、個人負担が大きい仕組みだ。

オバマケアの導入で、その改善が見込まれたが、実質、骨抜きのようで、医薬品業界や金融業界に食い物にされている。その結果、多くの人々が貧困に追い込まれ、更に、その人たちを利用して、更にビジネス化することを容認するおかしな国だ。要するに、政治家と業者の癒着が著しいということだ。民主主義と資本主義の極端な歪みの結果と言えなくもない。

彼女の一連の著作を読む限り、米国は、明らかに国家が形骸化して弱体化している。よく、これで国家が維持できているものだ。一体全体、この国と、日本は、いつまでも同盟していていいのだろうかと思わせる。国民を大切にしない国家が長続きするはずはない。長期的には、米国は分裂すると警告する学者もいる。

更に、米国の金儲け亡者たちは、日本に、米国で成功した仕組みを押し付けようとしている。日本政府は、追従して、次々と受け入れているが、それはやがて日本国民を苦しめることになる。政治家や官僚は、追従するのは楽だろうが、それは、やがて国民を苦しめるだろう。この書籍は、日本国民に警告しているが、果たして私達に対処する方法はあるのだろうか。

*2015年5月23日追記

最近出版されたシリーズ続刊『沈みゆく大国アメリカ~逃げ切れ!日本の医療』を読了した。日本には、「国民皆保険」制度が確立しているが、米国の強欲資本主義が、これを潰そうとしている。なぜなら、これがあると、医療保険などを売り込めないからだ。

日本国民の危機感は薄いが、この制度は国民全体で死守しなければならない。米国の医療保険が入り込めば、日本の医療を破壊する。これは、ある意味、侵略行為だ。

人は皆、病に罹るので、右も左もない。皆が協力して、不穏な勢力を追い出さなければならない。それには、高い薬価と医療用器具にメスを入れなくてはならないし、混合医療も決して受け入れてはならない。

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2015年4月 6日 (月)

やはり目障りな、ある姫路城周辺施設

桜見物を兼ねて、今年ほど、姫路城を見た年はない。姫路城は、やはり美しい。姫路市も、姫路城に配慮して、見えにくくしていた樹木を伐採したり除去して工夫をしているようだ。ただ、一点気になるのが、以前にも記したように、東側から見る姫路城だ。

その景観を乱しているのが、姫路市立美術館だ。あの煉瓦造りの建物は、どうしても姫路城にマッチしない。姫路城が、まだ国宝指定だけであれば、何とか見逃せても、世界遺産となっていることを考えると、問題の施設と言える。

そもそも姫路城とは何の関係もない建物だ(美術館の存在意義とその催し内容については、ここでは記さない)。姫路市では姫路城中曲輪内整備の検討がされているようだが、早く移転させるなり、解体するなりして、姫路城に配慮して欲しいものだ。

この建物は国の登録有形文化財(2003年)だということだが、姫路城と比べれば、断然価値は低い。場合によっては、認定解除も必要だろう。そうしないと、国と姫路市の姿勢が問われることになる。また、マスコミは、その辺りをきちんと提言しないのも問題だ。

*追記

また施設ではないが、(お城の東南の方向にある)郵便本局前角からお城を見ると、一本の木が邪魔して、お城を見ることができない。出来れば、切り取って欲しい。

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2015年4月 4日 (土)

人生が栄えあるようにする方法~『サキャ格言集』

先日、書店で、ふと目に付いた『サキャ格言集』(今枝由郎訳。岩波新書刊)を一応、読み終えた。内容は、人生が栄えあるようにする方法ということかな。サキャとは、サキャ・パンディタという13世紀のチベットの人。

本名は、クンガ・ゲルツェン・ペルサンポだ。彼は、仏教学者で政治家。当時は吐蕃(とばん)の名であるチベット生まれ。7世紀中頃は、チベットは唐に並ぶ強国であった。しかし、9世紀中頃には崩壊する。同時に仏教も衰退する。

サキャが生まれた1182年頃は、漸く仏教も復活しつつあった。ちなみに、サキャは彼が生まれた地名である。彼は幼年の頃から、利発で、あらゆる知識を吸収し、やがて、その学識の広さから、大学者を意味するパンディタと称される。彼の得た知識は幅広く、100を超える著作があるが、日本ではあまり知られていなかった。

さて、チベットは、13世紀前半に大きな試練にぶつかる。モンゴルの強盛だ。チベットにも鉾先が向かう。そこで部族内で協議し、モンゴルにサキャ・パンディタを送り、チベットに害が及ばないようにする。

これは金の耶律楚材に似ている。ただ、耶律楚材はチンギスハンと面会し、その叡智を知り、請われたという面が違う。そしてサキャ・パンディタがモンゴルに送られた時の年齢が63歳と当時としては高齢だった点も異なる。だが、二人とも、出身国を守ろうとしたことは同じだ。

さて、前置きが長くなったが、彼の著作『『サキャ格言集』は、『貴い格言の蔵』という本で457句の格言からなっている。内容は、人生を栄えあるようにする方法が示されている。幅広い知識を集大成した結果、簡潔にまとめられたもので、多くの人に参考になるだろう。トップ層も、時間の合間に目を通せば、一服の清涼剤になるだろう。

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2015年4月 3日 (金)

花の咲く向き

本日は朝から少し強風だ。雨は、まだ降っていないが、午後降るかも。桜の花は、どうなるのだろう。

ところで、ある人が、春の季節に咲く花の向きが気になるというようなことを記しておられた。今まで、あまり気にしなかったが、自宅に咲く花を見てみると、もう、ほぼ散ってしまった梅は、下向きに咲く。これは知っていた。

桜と同時期に咲いた花桃、源平桃のような桃の木は基本、横向きに咲いている。これは、知らなかった。見ているようで、見ていなかったということだろう。今回、意識して見て初めて分った。残念ながら、今、はらはらと散り始めている。

そして、桜。お城周辺の桜を見た時、この花は、四方八方に咲いていることが判った。それでも八方美人にならず、「美人」として愛でられるのはなぜ(笑)。それにしても、こんなにも、いろんな方向に咲いているとは。

花が、それぞれの方向に咲くのは、ある意味、自己主張なのだろうか。

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2015年4月 2日 (木)

落ち着くところに落ち着く

人の一生は様々だ。よく母が言っていた言葉に、「せかせかしている人は、それで一生を送り、のんびりとしている人は、それで、また一生を送る」がある。彼女なりに先人を見てきた結果だと常々言っていた。

それほどに性分は一生の生き方を左右する。どちらがいいかどうかは、本人が決める。時に自分の性分が嫌になり、逆の真似をしてみても、概ね苦しくなる。結局、周囲が色々言ってきても、自分なりの道を歩むしかない。それでいいのだ。

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2015年4月 1日 (水)

お城周辺の桜を楽しむ

今まで、それほど姫路城周辺の桜に関心はなかったのだが、「日本さくら名所100選」の一つだと先日知って、また週末は天候があまりよくないという予報なので、昨日観覧してきた。チャリンコでぐるっと回るので楽ちん。ずぼら観覧だ。

ただ人は予想以上に多く、自転車でも、スムーズに移動できない。あちこちで、カメラをお城方向に向けている。回っていると、結構、穴場のカメラスポットを見つけた。私は写真を撮る趣味はないが、ここから写せばいいというような場所を数か所見つけた。

どちらかというと、お城の北側に、面白いスポットがある。正統派の方は、お城正面から撮る人が多いだろうが、ちょっと変わった風景は、その他の方が面白いと思う。桜の状態は、七分咲きというところかな。いろんな催しが計画されている週末は、天候があまりよくないようだが、午前中であれば、曇り空の中、楽しめるかもしれない。

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