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2015年4月18日 (土)

陰徳を積むのは人知れず

安倍首相が、また妙な発言をしたらしい。報道によると、「戦後70年談話に関する有識者懇談会」にて、日本が戦後の早い段階で、他国向けの政府開発援助(ODA)を始めたことに対して、「かなり陰徳を積んだ70年だった」と言ったらしい。

極めて、頓珍漢な発言だ。戦後のODAは、戦争に対する賠償の意味も含まれている。賠償放棄した国々に、戦後復興ままならないなか、ODAをやったことは確かにしても、陰徳を積んだとは、到底言えない。

そもそも、陰徳を積むとは、「人に知れないように施す恩徳」を積むことで、ODAは、それに相当しない。ODAにも、いろんな種類があるが、無償援助を除けば、ヒモつき援助だ。とても、陰徳と言えるものではない。

また戦後復興が終わり、無償援助を増やしたとしても、それが陰徳を積んだとも言えない。アジア諸国では、金持ちは貧乏人に恵んで当然という考え方もある。施しは当たり前で、感謝するかしないかは、受ける国の判断だ(*注)。

施す方から、「陰徳を積んで70年」なんて発言をされると有難みも減る。陰徳は、人知れず積むべきであり、本来、自ら発言する言葉としては適切でないだろう。

*注

ODAの中には、先方で使いこなせない無駄なものを多かった。むしろ、海外での公共投資の意味合いと外務省の天下り対策と見る向きもある。架橋や道路整備のように、住民に歓迎され役立ったものもあったことは確かだが。いずれにせよ、評価は受け入れ国が行うものだ。

*追記

そもそも首相は、国民の模範である必要があり、この程度の教養では、国の恥だ。発言は、慎重であるべきで、中途半端な知識で発言すべきではない。

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