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2015年5月31日 (日)

『鴨居玲と日本六古窯』展(三木美術館)を観覧

三木美術館の夏季展ということで、『鴨居玲と日本六古窯』展が開催されるという案内があったので、観覧してきた。鴨居玲展に関しては、日伸運輸株式会社との共催ということであった。12点、展示。

鴨居玲の作品に関しては、神戸時代、多分、「神戸ゆかりの美術館」だったと思うが、何回か見たことがあり(その他に、自画像展でも見たことがある)、見知っているが、特にファンでもないので、それほどじっくり鑑賞したことはない。また彼の単独の展覧会ではなく、多くの画家の一人っとしての鑑賞であった。今回の展覧会では、過去に1、2点見たような気がするが、他は、初めて見るものばかり。

「魂の作家」と言われるそうだが、少し不気味な感じがする。幽霊画家とまでは言わないが、人間の根源的な所まで見通し、作品に仕上げた感じ。よって、印象は、やや沈潜していて少し暗い。パンフレットには、「生涯自己と対峙し続け、一目見ただけで心を奪われるような魂の叫びをキャンバスに塗り込めた作家」とある。

確かに、印象は強い。一度見れば、記憶には残るだろう。それは人間の本源的なものに触れるからかもしれない。「ハレ」と「ケ」の例えで言えば、「ケ」の分野に属する絵だ。ただ、こういう作品は、日常的には見たくないし、仮にお金があっても、家には展示したくない。あくまでも、美術館のようなところで鑑賞するものだろう。

もちろん、彼の作品の全てが全て、そのように感じるものばかりでもない。でも、彼は、モデルとして、膚がつるつるした若い人には関心が無く、皺だらけの老人を好んだように、「死の底」を冷徹に眺めるような意識が強い。

しかしながら、これが彼の限界であったかもしれない。ある意味、「タマネギ」を剥き過ぎたのだ。ありうべき絵画は、そのようなことを沈ませても、表面的には、明るい未来を偽装しても、描かれるべきものだろう。残念ながら、彼は57歳の若さで亡くなったようだ。もう一皮剥けて、沈潜から反射して再構成する彼の考え方を見てみたかった。

次に、「日本六古窯」展としては、主として備前焼で、他に信楽焼、丹波焼、瀬戸焼等が展示。全体として、それぞれの特色を活かして、展示にバランスがとれていたと思う。また、この歳になると、若い時と違って、備前焼は落ち着く。今は、母が遺した花瓶と購入した湯呑ぐらいしか持っていないが、いずれ、また何か購入したいと思わせる。

絵画は、平山郁夫の「月光薬師寺」がよかった。山下清の「金町の魚釣り」も少し、見入ってしまった。また今回も、5階の応接室から見る姫路城は美しかった。会期は、2015年8月23日まで。

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2015年5月30日 (土)

花菖蒲咲く2015

いろんな方が、ブログで、花菖蒲を取り上げておられるが、我が家でも、少しずつ咲き始めた。一昨年だったか、株分けをしたが、それらも順調に育ち、今年は、多くの花が見られそうだ。アヤメより、たおやかで、少し派手。人気があるのは、そういうことだろう。もう少し、品種を増やしたいが、植える所が、もうない。まあ、欲を言えばキリがない。今の花菖蒲を大切にしよう。

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マイナンバー制度の拡大活用には反対する

政府は、マイナンバー制度の拡大利用(戸籍、旅券等)を考えているようだが、本来、この制度は、ドイツのように税務に限定すべきだろう。せいぜい拡大利用するとしても、社会保障分野のみであろう。それ以上に拡大するとなると、非常に問題がある。

情報は集積すればするほど、リスクは高まる。どんなに対策しても、情報は漏れる。過大な情報管理システム運用には疑念が残る。それは情報の分散管理をしても同様である。そもそも、マイナンバー制度の当初の目的は何であったのか。各官庁の利権に振りまわされることはあってはならないだろう。

*2015年6月1日追記

報道によると、日本年金機構は、不正アクセスで、個人情報が約125万件の情報流出したことを明らかにした。内訳は、年金加入者氏名・年金番号が、約3万1千件、氏名・年金番号・生年月日が、約116万7千件、氏名・年金番号・生年月日・住所が、約5万2千件ということだ。

このような情報が漏れることは予測されたこと。マイナンバーでも、いかに対策しても、情報は漏れるということを忘れてはならない。絶対的な対策はとれないことを国は覚悟をすべきだろう。マイナンバーの拡大利用は、これからも非常に危ういことが分る。

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近代の建造物は遺すべきか

明治以降に建てられた近代の建造物は遺すべきなのだろうか。確かに、その中には、将来も価値あるものとして残って行くものもあるかもしれない。しかしながら、本来、活用できなければ、その意味は薄い。近代の建築物だからと言って、何でもかんでも残そうとする考え方には首肯できない。

活用利用度の薄い建築物は、歴史的価値があるものを除いて破却されることが望ましい。特に、再現可能な建築物は、その設計図と仕様書だけ残して、壊しても問題が無いだろう。早く、その価値基準を各自治体は作った方がいいのではないか。

*追記

歴史的価値を判断基準とすれば、遺す基準は、極めて曖昧になる。建築物等を遺す基準の一つが再現性であろう。図面や仕様書という形で遺せば、後年、再建できるものは、敢えて遺す必要はないだろう。

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混合診療に反対する

国は、一部患者の為に、混合診療を導入しようとしているが、特区であれ、何であれ、反対だ。これは国民皆保険の崩壊させる。蟻の一穴と言えども、全てを駄目にし、将来、多くの国民を苦しめることになる。

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2015年5月29日 (金)

『姫路城俳句・姫路PR川柳イラスト展』を観覧

イーグレ姫路で開催されている『姫路城俳句・姫路PR川柳イラスト展』を観覧してきた。姫路城グランドオープンを記念しての催しらしい。井上四郎氏による「播州弁川柳」と前田賢一氏(ペンネームはつるんづマリー)によるイラストがすぱらしい。その他は、たくさんの俳句とイラスト。これも楽しい。イラストによって、川柳も俳句も引き立つ、うまい企画だと思う。

さて、播州弁については、拙ブログでも、以前取り上げたのだが、今回の展覧会では、不思議と使ったことのない知らない言葉も多くあった。播磨も広いのだなと思った次第。例えば、次のような言葉。

 ◎「さんこ」・・・・散らかすの意味らしい。

 ◎「らっきゃ」・・・いいですよの意味らしい。

 ◎「ぜっぺ」・・・是非の意味らしい。

それ以外にも、いろいろある。また以前、知っているけれど取り上げなかったものも、たくさんある。機会があれば、また播州弁を追加で取り上げてみたい。

楽しい催しなので、姫路城観覧の帰りにでも、是非ご覧ください。会期は短く、2015年5月31日まで。こういう催しは、どこかで常設して欲しい。

*追記

有料だけれど、前田賢一氏に似顔絵も描いてもらえます。どのように個性を引き出してもらえるか面白そうですよ。

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2015年5月28日 (木)

徳川吉通のこと

徳川吉通(1689~1713)と言っても、歴史に詳しい人でない限り、あまり知られていないだろう。彼は、尾張藩第4代藩主だ。11歳で藩主になり、24歳で亡くなっている。だが、彼は、武術、儒学、神道に通じ、名君の評判が高かった。

それゆえ、当時の将軍、徳川家宣が、病の床にあった時、子どもの家継が幼いため、後継として吉通を推薦したぐらいだ。この話は、結局、新井白石の強硬な反対にあって、実現はしなかった。ただ、吉通の母親は、贅沢三昧して、更に藩政に口を出すため、これを無くすため、吉通は残念なことに暗殺されたらしい。

さて、そのことと関連があるかどうか分らないけれど、吉通の善政を伝えている話がある。彼が藩を継いだ時、藩の財政は厳しかった。それゆえ、財政改革と称して、家老たちは、足軽の老齢で歳の行った者や傷病者二百人余りを、現代の言葉で言えば、解雇した。

これに対して、吉通は、「若い時から、労力を惜しまず、我が藩に貢献したのに、藩の都合で、放逐するのは非常に可哀想なことである。彼ら二百人あまりには、それぞれ家族があり、それらを含めれば、何百人という人々が路頭に迷うではないか。それは、あまりにもむごすぎないか」と家臣たちを責めた。

これに対して、家老たちは、藩主の思し召しに、感涙し、考えを改め、彼ら二百人あまりを呼び戻し、再度使用したという。しかし、藩財政が厳しい中、彼らを再雇用するのに、反対する勢力はあったはず。そのために、藩主を暗殺したとすれば、尾張藩には、家老たちの藩政自体に表に出せない色々な問題があったのかもしれない。あるいは、幕府が関与しているのかもしれない。

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2015年5月27日 (水)

帰還した夫~『万葉集』より

『万葉集』に次のような話がある。結婚して、まだ日が浅いのに、ある日、夫が、忽然と姿が見えなくなった。周囲に聞いても、誰も知らない。現代でも、北朝鮮による拉致問題は、未だ解決していないけれど、古代では何があったのだろうか。

実は、夫の方は、国から密命を帯びて、辺境に遣わされていた。当然、家族にも、打ち明けられないから、妻にも告げず、行ってしまった。今でも、そういう仕事はあるかもしれない。妻の方は、そんな事情は知らないから、ただ悲しむだけ。やがて病に罹り、床に伏せる。

そして、かなりの年数を経て、夫は帰還する。国に報告して、我が家に帰ると、妻の様子は大きく変わっていた。容姿は、既に結婚した頃の姿ではなく、病を得たこともあり、疲れ切った様子だった。その惨めな姿を見て、咽(むせ)び泣いて、次の歌を詠む。

  かくのみに ありけるものを 猪名川の

     奥を深めて 我が思へりける

「ああ、こんなに、やつれ果ててしまって。私は、そんなことも知らず、猪名川の深い底のように、心の底に深く、新婚の頃の美しい、あなたのこと記憶して、赴任しても、一時も忘れることなく、思い続けていたことよ」。

それに対して、妻の方は、寝間に臥しつつ、枕より頭を挙げて、次の歌を詠んだという。

  ぬばたまの 黒髪濡れて 沫雪(あわゆき)の

     降るにや来ます ここだ恋ふれば

「泡雪の降る中、こんなにも黒髪が濡れて、お帰りになったことだ。長く、こんなにお慕いしていたことが実って」

でも、妻の気持ちは複雑だろう。夫に再会できたことは嬉しいものの、なぜ今まで知らせてくれなかったのかという気持ちもあるだろうし、今の惨めな姿を夫の前に曝している悲しさ。こういう悲劇は、ないことが望ましい。結局は、国と国の争いが、このような人たちの不幸を生む。為政者は、国民の為と思うならば、深く思慮し配慮したいものだ。

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2015年5月26日 (火)

親に隠れて~ 『万葉集』より

男女が、親に隠れて内緒で、つきあうことは、古代では禁じられていた。でも、いつの時代も禁断の恋の誘惑は大きい。そして、親に内緒で、なさぬ仲になった例は多いようである。『万葉集』に次の歌がある。

 隠(こも)りのみ 恋ふれば苦し 山の端ゆ

    出で来る月の 顕(あらは)さばいかに

親に内緒で、男女関係にはなったものの、女性の方は、お互いの両親にに隠していることが段々辛くなっている。彼に対して、早くオープンにして、つきあいましょうと迫っている歌。現代でも、同じ様なことが、全国いや全世界で起っていることでしょう。

もう一つ挙げると、次の歌がある。

 事しあらば 小泊瀬山の 石城(いはき)にも

      隠らばともに 思ひそ我が背

この歌は、親に内緒で、男女が関係を持ったが、男の方は、親に、ばれるのを恐れた。それに対して、女が詠んだもの。泊瀬は墓場のあったところ。「もしも、私達のことを責めるような邪魔が入っても、怖ろしく気持ちの悪い小泊瀬山に一緒に籠る決心はできています。親のことで、悩まないで」というようなニュアンス。一旦関係ができれば、女性は強い(笑)と感じさせる歌。それは、今も昔も変わらない。

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2015年5月25日 (月)

減塩食を作る その十三 減塩ハヤシライス

久しぶりに、減塩食について記してみよう。減塩、減塩と言われても、たまには、カレーライスやハヤシライスも食べたい。今回は、減塩ハヤシライスを取り上げる。市販のルウを使って作ると、一皿で、塩分は、2グラム弱。一食当たり塩分2グラム以下と言われいるので、許容範囲内だが、付け合わせとか、スープとか加えれば、超えてしまう。

そこで、いつもやるのが、一般のレシピのタマネギ使用量より、増やすこと。ざっと1.5倍から2倍くらい。これをしっかり炒めて、牛肉は逆に、少なめにする。そして、水加減も増やす。そして、煮込んで、ルウを溶かし入れる。少し水ぽくなれば、ケチャップを少し加え、カタクリ粉を溶いて回し入れてかき混ぜ、再度、ふつふつとなったら出来上がり。

これで、若干、塩分が減ります。個人的な感想ですが、これを食すると、体調もいいです。もちろんルウに関しては、小麦粉を焦して、ぶどう酒とケチャップを使って、オリジナルのルウを作る方が、好いかもしれないとも思う。

*追記

ただ、カレーライスは、このようにしても、あまり、好い効果は見られません。ところが、以前、マレーシアのカレーライスを頂いた時、血圧は、すごく下がりました。最近、ハラルフードが健康に好いと注目を浴びていますが、減塩の意味でも、注目に値します。少し調べてみると、使っているものは、鶏肉、ココナツミルク、レモングラス、クミンシード、チリパウダー、ターメリック、グラムマサラ、カリアヤムセット等の様です。

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2015年5月23日 (土)

『急成長企業を襲う7つの罠』を読了

最近は、経営関係の書籍は、あまり読まないのだが、先日、書店で、ふと目にして、購入した本を読了した。それが、株式会社JAM代表取締役社長著の『急成長企業を襲う7つの罠』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)だ。サブタイトルとして、「なぜ、7割の企業が創業10年を迎えられないか?」となっている。

著者については、詳しく知らないが、なかなか興味深い内容だった。企業10年以内の会社の経営者(中小企業というより特に小企業)だったら、誰でも悩むポイントが的確に指摘してある。詳しい内容は、記せないが、読めば、「何だ。こんなこと当たり前じゃないか」と思っていても、現実、いざ、点検してみると、できていない経営者は多いはずだ。

不思議なことだが、今まで、これほど的確に実践的に指摘した書籍は、自分が知る限りではない。基本的には、人の問題だが、経営者であれば、誰もが悩む内容だ。中小企業の経営者は、仕事にかまけて、部下たちの管理が、十分でない場合も多い。経営者にも、いろんなタイプがいるが、社員にも、いろんなタイプがいる。

そして、知らず知らず、齟齬が生じる。著者は、組織の「成長痛」と表現している。これを放置すれば、どんどん痛みが大きくなり、企業にとっても致命的になりかねない。そうならないように、適切に対応できていれば、危機は避けられる。座右の書とまでは言わないが、是非、手にとって読んでもらいたい。

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2015年5月21日 (木)

『増税よりも先に「国と政府」をスリムにすれば?』を読了

政府は、社会保障の充実として、消費税増税を促していたが、蓋を開けてみると、消費税増税分のほとんどが法人税減税の財源として、横流しされた。これにより、国民の政府に対する信頼感は落ちている。

選挙公約を無視して、このようになるのはなぜなのか。先進諸国の民主主義は危ういのか。民主主義が招いた既得権と選挙システムにより、各国は財政危機から抜け出すことが困難になっている。よく言われる、自由主義、民主主義、資本主義の矛盾の露呈だ。

先日、そういうことを問題意識にした、英エコノミスト誌編集長のジョン・ミクルスウェイトとエイドリアン・ウールドリッジ共著『増税よりも先に「国と政府」をスリムにすれば?』(浅川佳秀訳。講談社刊)を読了した。

企業組織の運営と異なり、行政は、あちら立てれば、こちら立たずということに、いつも直面する。よって民間経営者が、乗り込んでも、多くが挫折する。特に既得権との争いは、議員を巻き込んで複雑にする。

なぜなら既得権を得ている人も有権者だからだ。議員は、選挙に当選するには、敵を少なくしなければならない。そういう思考が働くと、改革意識は萎んでしまう。本来解決すべきことも後回しにされてしまう。

著書では、国家「理想像」の変遷史、現在の国家・政府・地方が抱える問題点、変革の嵐、第四の革命を記している。独裁的運営をしたシンガポールや危機から改革を成し遂げた北欧諸国の例を取り上げながら、民主主義運営の行き詰まりを指摘する。

また増税せずに改革するため、「国と政府」をスリムにすることの必要性を述べ、手段として、1、.国有資産の売却、2、不透明な補助金の廃止、3、年金・給付金の見直し、を挙げている(*注)。

最終章に、「第四の革命」を取り上げている。民主主義の限界を指摘し、修正民主主義を挙げている。例えば、選挙改革は、議会が関与しないということだ。これは日本でも、同様な問題が指摘されている。

日本の場合は、最近、三権分立が危うくなっているが、原点に戻り、それそれが第三者の立場からチェック監視できるようにするのが望ましいのだろう。議会が自らを選挙改革することは難しい。そのための憲法改正なら検討される意義はあるのだが。

*注

英エコノミストの提言としては、この程度かと、失望を感じる。2を除いては、必ずしも賛成できない。むしろ、問題を複雑化させるだけだろう。また、不透明な補助金に限らず、原則、補助金、給付金の類は廃止することが求められる。それらの効果は、不透明だからだ。もちろん、これらをあてにする諸団体も有権者だから、問題を複雑にするが、どこかで断ち切らなければならない。茹で蛙になってからでは遅いのだ。

*追記

読後感としては、若干違和感がある。本題の翻訳に問題があるのかもしれない。なぜなら、原作名は、“THE FOURTH REVOLUTION”となっており、副題として、“ THE GLOBAL RACE TO REINVENT THE STATE”となっている。『増税よりも先に「国と政府」をスリムにすれば?』というのは、一テーマに過ぎない。本の題名にするのは、原作者の意図と異なり、無理があるのではないか。

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2015年5月20日 (水)

人間観察は面白い!

バラエティ番組で、人間観察をテーマにしたものがあるが、いろんなバラエティの中で、一番面白い(ただし、コーナーによっては、あまり面白くない企画もある)。

人間の本能、本音を突くものが多いが、人とは、罪なものである。他人の居ないところでは、ついつい、自分をさらけ出してしまう。それを番組にしてしまい、恥をさらすわけで、ちょっと辛い部分もある(彼らは出演料をもらっているのだろうか)。

ただ、人間観察は確かに面白い。人には、無くて七癖というものがある。若い頃、お金もなくて、公園で、いろんな人を観察していたが、結構面白くて、時間が経つのを忘れさせてくれた。時々、変な宗教の勧誘という難儀もあったけれど(笑)。

また、街歩き、町歩きの番組もあるが、根強い人気があるようだ。ある程度、仕組まれたものもあるようだが、突然、訪問する場合もあるようで、その時の人の対応は様々だ。いわゆるコミュニケーション能力が如実に出る。そして、人間性が曝される。視聴者からすると面白いが、ある意味、怖い番組でもある。

それでも、人間観察する方からすれば、こんなに面白いものはない。流風も観察されているのだろうか。ああ、恥ずかし。もし、どこかの番組に映されても、決して放送は許可しません(笑)。

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2015年5月18日 (月)

播磨の銘酒~「播州一献」

播磨には、西は赤穂、東は明石まで、日本酒の蔵元が22あるらしい(*注)。私は、残念ながら、ほとんど飲めない口なので、最近まで、知らなかった。ただ、少し気に入って、正月に買う銘柄がある。それは、宍粟(しそう、と読む。読めない、書けないで有名)にある山陽盃酒造が作る「播州一献」の純米酒だ。

これだと、お酒が、ほとんど飲めない私でも、不思議と悪酔いしない。神戸・灘の清酒も美味しいが、これは、また格別。まあ、酒飲みの評価は、また違うかもしれないが。ところが、先日、日本酒愛好家の投票で決まる「第2回松尾大社酒-1グランプリ」で、何と、この酒造会社が出品した「播州一献 純米吟醸『ののさん』生」が、「古式ゆかしい『クールジャパン部門』」でグランプリを獲得した報道があった。

となると、私のセンスも、まんざらではないのかなと思う。もちろん、いつも飲むのと種類は違うが、同じ酒造会社の酒を選択したことが、少し誇らしい。ただ、あまり有名になり過ぎると、今後、入手が難しくなるかもしれない。

*注

     播磨の蔵元紹介のページ

         http://www.harima-sake.jp/moririli/contents000020.html

残念ながら、全ての蔵元のお酒を飲んだことはない。今のところ、3つの蔵元の酒だけ。他にも、美味しい酒があるに違いない。飲めないので、少し時間をかけて、全てを試してみたい。

*追記

なお、「播州一献 純米吟醸『ののさん』生」は、今シーズンは完売とのこと。火入れタイプは、2015年7月に、日本酒専門店で販売するらしい。

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2015年5月16日 (土)

「大阪都」という妙な呼称

大阪では、「大阪都構想」を巡って、政争しているようだが、この「大阪都」とは、妙な呼称だ。本来、「都」というのは、天皇のいらっしゃる所。ところが、大阪には、天皇は、いらっしゃらない。よって、この呼称には無理がある。「大阪都構想」がどのように決するのか分らないが、大阪人は、どのように思っているのだろう。

*追記

ついで言えば、「京都」も、正確には、「旧都」か「「西京都」、あるいは「古都」とすべきかもしれないが、現在、天皇は、常時、いらっしゃらないが、御所もあることだし、容認できる。

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関西電力の経営怠慢

関西電力の家庭向け電力料金の再値上げが関係閣僚会議で了承されたらしい。しかしながら、関西電力の経営努力は、いい加減なものだ。彼らは、原発再稼動を見込んで、経営努力を怠ってきた。本来、新火力発電を推進するべきなのに、その努力の跡は見られない。

未だに、時代遅れの原発への幻想を描き、安易な経営を続けようとしている。それに対して、国の審査も、いい加減なものだった。電気料金が上がれば、消費者は、原発再稼動を容認するだろうとの考えが見え隠れする。

しかしながら、原発再稼動については、少なくとも、西日本では、不要であろう。関西電力も、いつまでも原発に頼らず、脱原発に切り替えないと、いずれ経営は行き詰る。関西電力を解体し、送配電分離が急がれる。

当面、消費者の対応としては、節電の強化、家電製品のリストラく゜らいしかない。後は、電力会社との契約変更だろう。流風は、とりあえず、電子レンジ、オーブントースター、トイレ用空気清浄機の処分をした。その他では、トイレ用便座の利用中止、照明器具のLED化の更なる推進、利用する部屋の重点化、エアコン利用温度の引き上げかな。

こんなことをしなければならないのは、関西電力の経営怠慢のせいだ。経営者を変える必要がある。株主の方も、突き上げるべきだろう。そうしないと、いずれ消えていく企業になりかねない。時代遅れの経営を続ければ、電力会社だからといって、生き残れるとは必ずしも言えないのだ。

*2016年3月10日追記

関西電力高浜原発3,4号機の運転禁止を滋賀県住民が申し立て、大津地裁が運転差し止める決定をした。これに対して、政府は、原子力規制委員会の新規制基準に合致しているから、再稼働を薦める方針に変わりはないと言っている。

そもそも問題なのは、使用済み核燃料の処理をどうするかということ。この問題を解決せずして、再稼働はありえない。再稼働に伴って、使用済み核燃料はさらに増えてしまう。使用済み核燃料のプールが満杯になるのは、2015年9月末で、高浜原発の場合、約7.6年。最早、余裕はない。その時点で、原発は動かせなくなるのは明らか。政府は、そのことを知っていて、このような発言は止めるべきだろう。

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2015年5月15日 (金)

外交の弱体化と安保法制強化

日本外交は、戦後、ずっと米国外交に、おんぶにだっこの状態だ。戦後の復興経済優先の政策の弊害とも言える。そして、今も、日本外交は、弱体化したままだ。いくら為政者が、いきがっても、結局は、米国当局の意のまま。

更に、悪いことに、元々、米国は外交の上手な国ではない。どちらかというと、米国は内向きで、思い込み外交が多い。他国の事情を詳しく知る努力も怠りがちだ。結局、変な自信過剰による思い込みを押し付ける外交をよくする。

ところが、日本は米国と同盟関係。それも米国に都合のよい政権を促してきた。意向に逆らえば、あの手この手で失脚させる。米国肝いりの日本の大手マスコミを利用するから簡単なものだ。

安倍政権が、安保法制強化を図るのも米国の強い意向の賜物だ。米国のご都合主義と言えども、政権は決して逆らえない。逆らえば命取りだから、国民が何を言おうと素直に従う。一体、これでいいのか。残念ながら、日本は、未だ海外の軍隊が駐留し、独立国としての資格に欠けると言える。

そんな中での、安保法制強化は何を意味するのだろう。米国による日本の植民地化の強化と見ることもできる。実質第51番目の州にしたいのかもしれない。米国は民主主義を標榜するが、これでは、最早、民主主義の国とは言いかねる。

日本も、それに倣って、民主主義が危うくなりつつある。本当の米国の意向がどこにあるのかは、はっきり分らないが、日本は、安倍政権になって、議会を無視し、閣議決定を優先し、国家主義の方向に行こうとしているように見える(*注)。歴史に逆行する、いわゆる戦前への先祖帰りだ。

果たして、それは民主主義を基本とする米国の望む方向なのだろうか。何でも言うことを聞いて都合がいいからと利用していると、将来、やがて、大きなしっぺ返しを受けると分っているのだろうか。

日米同盟は永遠ではない。いずれ米国の都合で、破棄することになる。強化された安保法制は、そのまま残されているから、一人歩きする。その時、国家主義の独裁者が現れれば、本当の日米の危機だろう。歴史は繰り返すのだ。

*注

これは先進諸国が高齢化による保守主義に傾いていることと同じ流れかもしれない。更に、決められない民主主義から独裁主義に傾いている。民主主義の危機とも言える。

*2015年5月30日追記

安倍首相の安保法制に関する答弁を聞いていると、彼は、法律をきちんと理解していないようにも感じられるし、法律の怖さも、全く分っていない。かつて官僚は、東大法学部出身でないとなれないと言われたが、政治家のトップも、法律を隅々まで、理解できることが必須だろう。安倍首相の思いとは裏腹に、彼には荷が重すぎるようだ。やはり能力が問われる。

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2015年5月14日 (木)

柔剛のこと

『淮南子(えなんじ)』に次の言葉がある。

「兵、強ければ滅び、木、硬ければ折れ、革(かわ)、固ければ裂く、歯は、舌より堅くして、先ず、これより先だちて破る」と。

解釈は不要だろう。生前、体がほっそりしていて、弱そうに見える父のことを評して、「柳に雪折れなし」と、彼の知人が評していた。若い時に、少し肺を患ったようだが、亡くなるまで、大病と言えるようなものはなく、中年期に切った盲腸ぐらいだろう。

父がやっていたことと言えば、規則正しい生活を送り、健康に常に留意していたことだろう。それに対して、頑健と言われた親戚の人や、父の知人は、若くして亡くなっている例もある。身体に自身の有る人は、往々にして不摂生にしたり、無理をしたりする。

このことは、何も健康問題に限らず、全てのことに言える。意見を強硬に通そうとすれば、やがて反発を招き、予想外の事態になったりする。少々手間がかかっても、じっくり主張の論点を整理して、時間をかけて、諄々と説得する方が、うまく行く場合が多い。「柔よく剛を制す」とは、このことだろう。古典は、色々教えてくれる。

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2015年5月12日 (火)

『後藤又兵衛の研究』を読了

先日、小嶋太門著『後藤又兵衛の研究』(樹林舎叢書刊)を読了した。後藤又兵衛については、以前若干記した。NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』にも登場した人物。著者の小嶋太門は、民間の歴史研究者と言うべきか。一般の仕事に従事した後、晩年になって、自身との関わりから、後藤又兵衛に強い関心を持ち、自ら調査研究を始めて、まとめられたものだ。晩年の生き方として参考になる。

さて、この書籍は、旧版の『後藤又兵衛基次とその子』を再編したもののようだ。その新たな構成は、第一章、後藤又兵衛基次逸話集について、第二章、後藤又兵衛基次の実像とそのこについて、第三章、医官法橋後藤玄哲年譜考について、第四章、後藤又兵衛基次の周辺について、第五章、後藤又兵衛基次菩提所・長泉寺の由来について、第六章、大阪の陣の豪将 後藤又兵衛基次について、となっている。

全体を通してみると、やや整理不足で、話が重複・前後する。それは著者が亡くなられて、全体を組み直したものの、そのままの文章を残し、手を入れていないこともあろう。少し、残念な気がする。また、幾分、後藤又兵衛基次に思い入れが強く、違和感のある表現もあるが、よく個人で、これだけ、まとめられたものだと思う。

ただ、系図に基づいて記されているが、そのまま信じるのは、問題だろう。また、何代にもわたって、同じ名前を名乗る場合もあり、系図が混乱している場合もある。それに、そもそも戦国時代の系図は売買されており、どこからどこまで真実かは不明。徳川氏も、系図を偽作したと言われる。著者が系図を持ち出したのは、後藤氏が播磨で、歴史のある家系であると主張したかったのであろう。

その点、黒田官兵衛の一家は、播磨からすれば、新参者で、敗者の流れ者一家。だが、それだからこそ、しがらみもなく、自由な発想が出来たとも言える。他方、後藤家は、土着で、播磨にて、農軍一体で、営々と地盤を築き、発展してきたが、地元とのしがらみも強かった。そのため、一族は、好い意味でも悪い意味でも義理人情に拘束される。後藤又兵衛も、その一人であったかもしれない。

しかしながら、黒田官兵衛も、子どもの頃から息子長政より高く評価した後藤又兵衛基次。やがて軍略に長け、度胸も十分の武人になる。黒田家でも、多く人たちに高い信頼を受けていた。ところが、それが逆に長政の嫉妬を生み、黒田家を離脱せざるを得なくなる。

更に離脱しても、執拗に追い詰める長政。新しく奉公先を見つけても、離れざるを得なくなる。ここら辺の人間関係は複雑だ。それは長政にも問題があったかもしれないが、又兵衛の長政に対する接し方にも何らかの問題があったのだろう。

それでも、徳川家康も惜しんだ後藤又兵衛。来年の大河ドラマ『真田丸』でも、登場すると思うが、どのように描かれるのだろうか。著者の描いた後藤又兵衛像に近いものになるのだろうか。真田幸村もいいが、後藤又兵衛の方が気になる。彼を描くのに参考になる図書であることは間違いない。

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地域創生という言葉

政府が、「地域創生」と言い始めて、少し時間が経つ。創生とは「新たに作り出すこと」の意味がある。「地域創造」という言葉もあるが、「造」は、物や仕組みを作る意識が強いのに対して、「生」は、「種」からものを育成していく感が強い。

ということは時間がかかるということだ。だから、お金を投じて、すぐに成果は出ない。そのことを皆が分っているのかどうか。基本的に、新しいことを起こそうとすれば、まず、それなりの人材がいる。地域から人を育成するのか、あるいは、他所から人材を持ってくるのか。

ビジネスと同様、シーズを撒かなければ、何も生まれない。そこには、「水やり」、「適切な肥料」、「雑草取り」も必要だ。段階を踏む必要がある。実が成るには、時間がかかることを覚悟しなければならない。それまで、どこまで耐えられるかかが勝負の様である。

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2015年5月10日 (日)

見栄えはいいが、、、

毎年、この時期になると咲く白い花がある。母が植えていたもので、花の種類は、分らない。なぜか、まだ詳しく調べたこともない。マーガレットのようでもあり、除虫菊のようでもある。遠目から見る限り、鮮やかな白である。

ところが、近づくと、異様な臭いを放つ。ドクダミとは、また違う臭いだ。あまり関わりたくないが、そうかと言って、抜き去ることもしない放置状態だ。なぜなら、過去に冬の間に抜いたことがあるが、春になると、どこからともなく、新芽を出す。雑草のように強い。この花と、どう付き合うべきか迷う。

*追記

改めて、ネットで調べてみて分ったことは、どうも「ノースポール」というものらしい。1960年代に園芸種としては入ったとのこと。

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ある理由で、お米の銘柄変更

お米の消費が減っているとは言うが、私は、朝夕、米食。ただ、お昼は、外食しない限り、パン食が多い。お米は、ある意味「野菜」であり、これを適切に食することは、本来、健康にいいはずだ。御飯は、腹持ちも好いので、間食も避けられるメリットもある。問題は、御飯と共に食する、料理の中身だろう。

さて、最近、ある理由で、お米の銘柄変更した。今まで食していたのは、県産米の某銘柄だったが、最近、お米を炊くと、空気清浄機が異常に反応する。そして、食後、ずっと喉が痛くなる。

体調等その他の要因かと思ったが、とりあえず、お米を変えることにした。秋田県の「あきたこまち」に変更した。そうすると、空気清浄機も反応しないし、喉も痛くならない。これは矢張りという感じ。思い過ごしだろうか。いずれにせよ、しばらく、あの銘柄の県産米は買わないだろう。

* 追記

なお危険な米は、色々あるが、農薬の使い過ぎや、カドミウム等の汚染米がある。その他は次の通り。

一、被爆米、二、工業米、飼料米、三、線路米、四、MA米、政府備蓄米など。

米価が下がり、農業関係者は必死。流通で、おかしなことをする業者もいる。TPPの影響で、米の品質は、下がり続けるかもしれない。国は、国民の健康を守る政策をしているか、少々疑問がある。私達は、どうすればいいのか。

*2015年5月14日追記

その後も、「あきたこまち」を食しているが、問題なし。何と言っても、食後に、喉が痛くなるのがなくなったのが、有難い。やはり例の県産米に何らかの問題があったものと推定できる。国産と言えども、安心できない時代に入っているのかとも思う(但し、生産者の問題か、流通業者の問題かは不明)。

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2015年5月 9日 (土)

芳香を放つバラたち

赤いシャクヤクも咲いているが、バラの季節だ。今年は、きちんと手入れしたので、皆、大輪だ。そして、いい匂い。特に、昨年植えて、初めて咲いた薄紫のバラは、かなり遠くまで芳香を放つ。そして、雅だ。まるで、傍に、女性がいる感じ。まさに、スタンド・バイ・ミー(笑)。

今までは、深紅と乳白色しかなかったから、何となく、賑やかな感じ。それは香が、そういう風に思わせるのだろう。

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2015年5月 8日 (金)

戦前の貧困~『最暗黒の東京』読了

先日、松原岩五郎著『最暗黒の東京』(講談社学術文庫)を読了した。これは現在の東京のことではない。明治時代の東京の貧民窟を当時のジャーナリストの松原岩五郎氏が、現場に入り込んで取材したルポでノンフィクション。

現在も、都市の貧困が報道されるが、隔世の感がある。ただ、貧しくなる原因は、今も昔も変わらない。明治維新以後は、文明開化と帝都の発展がある一方、時代に取り残された人々も生じる。これは時代は変われど、現代も同じ。ただ劣悪さは、当時の方がひどい。発展途上国の人々を見る感じだ。

日本は戦後、確かに経済的に豊かになったが、ほんのわずかの期間に過ぎない。脆弱な経済体質は、戦前と変わる事はない。資源はなく、輸入に頼らざるを得ない。基本的に、それを補うのは、労働力しかない。労働の内容は、時代によって変わるが、どうしても、落ちこぼれが生じる。そういう人たちを生まない施政が望まれる。

*追記

別の見方をすれば、所得の低い人たちが、なぜ都市に住むことに、こだわるのかという問題がある。所得が低いと、住居費を含めて物価の高い都市で住むことは厳しい。そうであるのに、なぜ?。都市にしか仕事が無いと言うのは思い込みだろう。

基本的に言えることは、住居費を除く可処分所得がどれくらい確保されるかであろう。そう考えれば、都市で働くメリットは、そんなに多くない。地域は所得が低くても、住居費が相対的に安い。地域創生が叫ばれる今日、地域の為政者は、彼らに地域に住むように取り込むことも求められる政策だ。

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2015年5月 7日 (木)

2015年の姫路城の人気ランキングは如何に

日本のお城の人気ランキングで、2014年は、一位熊本城、二位松山城に続いて、姫路城は、三位であった。今年は平成の大修理を終え、グランドオープンして、一ヶ月以上経ったが、現在のところ、客足は好調だ。

ゴールデンウィーク中には、例年催される「姫路お城まつり」が8月開催から移行され、盛り上げた。大天守に登閣出来なかった方も、この祭りで、何とか満足頂けたことと思う。また「姫路お城まつり」の認知も高まったと思う。更に今年だけの催しだったが、「姫路城3Dプロジェクションマッピング」が大人気。今年だけの催しとするのは勿体ない感じ。

さて、課題は、環境整備の進化と、これからの催しやおもてなしだろう。以前にも記したが、お城と関係のない施設は、なくすべきだし、計画されているようだが、新たにお城関係の資料・博物館の整備が急がれる。おもてなし面では、各所のミニ休憩施設(トイレ含む)や宿泊施設の整備、飲食店マップの業態別マップの提供や不足する業態の補填(和食に飽きた人々を受け入れる所。例えば、ベーカリーカフェ、地元食材を使った庶民的な洋食店等)だろう。

また催しとしては、時代の雰囲気を感じ取れる武道関係の観光客参加型の継続的催しも必須だ。この点は、熊本城や松山城を見習う必要がありそうだ。静かに観覧して頂くことも必要だが、楽しさや賑やかさを経験できることは大切。

姫路城が、日本のお城の人気ランキングで一位になれるよう市民としても提言・応援して行きたい。

*追記

姫路市の発表によると、2015年の大型連休の8日間(4月29日~5月6日)の市内20箇所の主要観光施設を訪れた人が、42万1268人に上ったらしい。その内、姫路城は11万1404人が入城。一日平均にすると、1万4千人弱だ。なお、好古園は、2万439人とのこと。

その他では、無料開放にしていた動物園が19万866人とのこと。ただ移転が望まれるのは確かだ。観光地の分散と回遊性を高めることの方が大切と思う。それらをつなぐ交通手段さえ、しっかりしておれば問題ないだろう。今後の施策に期待したい。

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2015年5月 6日 (水)

60年代の洋曲“STAND BY ME”を改めて聴く

先日、BEN.E.KINGが亡くなったという報道に接した。彼については、よく知らないけれど、彼の歌った名曲“STAND BY ME”は、子どもの頃から耳慣れた曲で、好きな歌だろう。今までに、どれほど耳にしたことだろう。コマーシャルにも使われているので、かなりの回数である事は間違いない。

彼は、“SAVE THE LAST DANCE FOR ME”(日本では、「ラストダンスは私に」という題名で、越路吹雪さん等が歌ったいた)も歌っているが、“STAND BY ME”の方が好きだ。日本語にすれば、彼女に傍にいてくれ、という意味だろうが、同じ言うなら、“STAND BY ME”の方がぴたっと来るかも(笑)。日本人が言っても無理だけれど。

この曲を改めてCDで聞いて見ると、テンポがいい。60年代の曲は、何かと安心できる。残念ながら、私も、昔を懐かしむ年齢になってしまった。BEN.E.KINGさんに対しては、ご冥福を祈りたい。

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2015年5月 5日 (火)

仏花にカーネーション

もうすぐ母の日(五月の第二日曜日)だが、母は、もういない。先日、うろうろしていたら、仏花にカーネーションが入ったものが店に並んでいて、思わず衝動買い。少し早いが仏壇に供えた。喜んでくれるかな。

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2015年5月 4日 (月)

様々なアゲハチョウ飛来

今年は、例年より様々なアゲハチョウが飛来している。ペアとかシングルでやってくる。種類は、よく分からないが、黒いアゲハチョウが多い。黒いため、結構、威圧的だ。ナガサキアゲハかなと思われるものやクロアゲハが多い。たまに市の蝶のジャコウアゲハがやってくる。その他はカラフルな模様のアゲハチョウだ。

アゲハチョウは、サンショウを好みとしているようで、そのサンショウの木も元気だ。よってサンショウの木の勢いとアゲハチョウの飛来数は比例するのかもしれない。更に、これが活発に動くと、柑橘類の成果率が高くなるように思う。

昨年は、柑橘類の花が開花時期に強風でやられてしまい、スダチ以外は不作だった。今年も気候の状態で、どうなるか分らないが、荒天にやられなければ、豊作のような気もする。ただ、昨年末に植え替えたキンカンが少し元気がないことが気がかりだ。

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2015年5月 2日 (土)

『小坂通泰剪画アート展』観覧

本日(2015年5月2日付朝刊)の神戸新聞にも紹介されていたが、『小坂通泰剪画アート展』を観覧してきた。場所は、播磨国総社西御門の1階から3階まで。西御門とは、総社の西にある赤い目立つ門だ。

氏の剪画アート展は、以前、好古園やイーグレ姫路で観覧したことがある。今回のテーマは、「姫路城と播磨路をめぐる」と題してあった。姫路城関係のポスターや播磨国風土記を題材にしたもの、宮本武蔵を題材にしたもの等約30点が展示してあった。

氏の作品が、これだけ一度に展示されることは少ない。お城を観覧された後に、涼みがてら(笑)、寄って欲しい催しだ。2015年5月15日(10時から16時)まで。なお、2015年5月5日からは、イーグレ姫路地下、市民プラザ第4展示室で、53点展示される。こちらは5月10日(10時から18時まで)まで。いずれも無料。

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よかったドラマ『紅雲町珈琲屋こよみ』

最近視聴して、よかったと思ったドラマに、『紅雲町珈琲屋こよみ』(NHK)がある。富司純子さん主演で、彼女は、和食器と珈琲店主の杉浦草。過去に子供を事故で亡くした経験を持つ。人々の無関心が息子を救えなかったのではと思っている。

そのことを踏まえ、客を含めて周囲との関わりを強めて、積極的にお節介をしていく人間ドラマ。まあ、現実的には、あそこまでお節介することは難しいだろうが、もう少し周囲に関心を持って生活することは可能だろうと思わせる内容。

もう少し他者に関心を持つか否かで、大きく言えば、「社会」を少しずつ変化できるかもというテーマかもしれない。都市では、親子関係でも、希薄化が言われる今日、これではいけないと思いながら、今一歩進めない。そういう反省を促すドラマでもあろう。それに、ゆったりとしたドラマ展開が、有難い(笑)。続編はないのだろうか。シリーズにして欲しいなあ。

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