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2015年5月15日 (金)

外交の弱体化と安保法制強化

日本外交は、戦後、ずっと米国外交に、おんぶにだっこの状態だ。戦後の復興経済優先の政策の弊害とも言える。そして、今も、日本外交は、弱体化したままだ。いくら為政者が、いきがっても、結局は、米国当局の意のまま。

更に、悪いことに、元々、米国は外交の上手な国ではない。どちらかというと、米国は内向きで、思い込み外交が多い。他国の事情を詳しく知る努力も怠りがちだ。結局、変な自信過剰による思い込みを押し付ける外交をよくする。

ところが、日本は米国と同盟関係。それも米国に都合のよい政権を促してきた。意向に逆らえば、あの手この手で失脚させる。米国肝いりの日本の大手マスコミを利用するから簡単なものだ。

安倍政権が、安保法制強化を図るのも米国の強い意向の賜物だ。米国のご都合主義と言えども、政権は決して逆らえない。逆らえば命取りだから、国民が何を言おうと素直に従う。一体、これでいいのか。残念ながら、日本は、未だ海外の軍隊が駐留し、独立国としての資格に欠けると言える。

そんな中での、安保法制強化は何を意味するのだろう。米国による日本の植民地化の強化と見ることもできる。実質第51番目の州にしたいのかもしれない。米国は民主主義を標榜するが、これでは、最早、民主主義の国とは言いかねる。

日本も、それに倣って、民主主義が危うくなりつつある。本当の米国の意向がどこにあるのかは、はっきり分らないが、日本は、安倍政権になって、議会を無視し、閣議決定を優先し、国家主義の方向に行こうとしているように見える(*注)。歴史に逆行する、いわゆる戦前への先祖帰りだ。

果たして、それは民主主義を基本とする米国の望む方向なのだろうか。何でも言うことを聞いて都合がいいからと利用していると、将来、やがて、大きなしっぺ返しを受けると分っているのだろうか。

日米同盟は永遠ではない。いずれ米国の都合で、破棄することになる。強化された安保法制は、そのまま残されているから、一人歩きする。その時、国家主義の独裁者が現れれば、本当の日米の危機だろう。歴史は繰り返すのだ。

*注

これは先進諸国が高齢化による保守主義に傾いていることと同じ流れかもしれない。更に、決められない民主主義から独裁主義に傾いている。民主主義の危機とも言える。

*2015年5月30日追記

安倍首相の安保法制に関する答弁を聞いていると、彼は、法律をきちんと理解していないようにも感じられるし、法律の怖さも、全く分っていない。かつて官僚は、東大法学部出身でないとなれないと言われたが、政治家のトップも、法律を隅々まで、理解できることが必須だろう。安倍首相の思いとは裏腹に、彼には荷が重すぎるようだ。やはり能力が問われる。

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