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2015年5月12日 (火)

『後藤又兵衛の研究』を読了

先日、小嶋太門著『後藤又兵衛の研究』(樹林舎叢書刊)を読了した。後藤又兵衛については、以前若干記した。NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』にも登場した人物。著者の小嶋太門は、民間の歴史研究者と言うべきか。一般の仕事に従事した後、晩年になって、自身との関わりから、後藤又兵衛に強い関心を持ち、自ら調査研究を始めて、まとめられたものだ。晩年の生き方として参考になる。

さて、この書籍は、旧版の『後藤又兵衛基次とその子』を再編したもののようだ。その新たな構成は、第一章、後藤又兵衛基次逸話集について、第二章、後藤又兵衛基次の実像とそのこについて、第三章、医官法橋後藤玄哲年譜考について、第四章、後藤又兵衛基次の周辺について、第五章、後藤又兵衛基次菩提所・長泉寺の由来について、第六章、大阪の陣の豪将 後藤又兵衛基次について、となっている。

全体を通してみると、やや整理不足で、話が重複・前後する。それは著者が亡くなられて、全体を組み直したものの、そのままの文章を残し、手を入れていないこともあろう。少し、残念な気がする。また、幾分、後藤又兵衛基次に思い入れが強く、違和感のある表現もあるが、よく個人で、これだけ、まとめられたものだと思う。

ただ、系図に基づいて記されているが、そのまま信じるのは、問題だろう。また、何代にもわたって、同じ名前を名乗る場合もあり、系図が混乱している場合もある。それに、そもそも戦国時代の系図は売買されており、どこからどこまで真実かは不明。徳川氏も、系図を偽作したと言われる。著者が系図を持ち出したのは、後藤氏が播磨で、歴史のある家系であると主張したかったのであろう。

その点、黒田官兵衛の一家は、播磨からすれば、新参者で、敗者の流れ者一家。だが、それだからこそ、しがらみもなく、自由な発想が出来たとも言える。他方、後藤家は、土着で、播磨にて、農軍一体で、営々と地盤を築き、発展してきたが、地元とのしがらみも強かった。そのため、一族は、好い意味でも悪い意味でも義理人情に拘束される。後藤又兵衛も、その一人であったかもしれない。

しかしながら、黒田官兵衛も、子どもの頃から息子長政より高く評価した後藤又兵衛基次。やがて軍略に長け、度胸も十分の武人になる。黒田家でも、多く人たちに高い信頼を受けていた。ところが、それが逆に長政の嫉妬を生み、黒田家を離脱せざるを得なくなる。

更に離脱しても、執拗に追い詰める長政。新しく奉公先を見つけても、離れざるを得なくなる。ここら辺の人間関係は複雑だ。それは長政にも問題があったかもしれないが、又兵衛の長政に対する接し方にも何らかの問題があったのだろう。

それでも、徳川家康も惜しんだ後藤又兵衛。来年の大河ドラマ『真田丸』でも、登場すると思うが、どのように描かれるのだろうか。著者の描いた後藤又兵衛像に近いものになるのだろうか。真田幸村もいいが、後藤又兵衛の方が気になる。彼を描くのに参考になる図書であることは間違いない。

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