« 「かかりつけ薬局」は必要か | トップページ | 篠田桃紅著『百歳の力』読了 »

2015年6月20日 (土)

風流武士・前田慶次郎について

戦国時代、前田慶次郎利太(とします)という人物がいた。先日、放送が終わったNHKの木曜時代劇『かぶき者慶次』は、彼の晩年を描いたものだ。原案は、火坂雅志だったが、慶次郎の生涯を描いたものでは、海音寺潮五郎著『戦国風流武士~前田慶次郎』(文春文庫)が、少し前に読んだのだが、より彼の生涯における人間性が見えて面白い。

もちろん、海音寺潮五郎の時代考証は、割と正確であるが、どこまでが史実で、どこまでが創作かは不明だ。だが、前田利家の甥(但し、いろんな説がある)であり、様々な戦場で、功があったのは確かなようである。また律義な性格の利家とは真逆の性格であったことも確かなようだ。

さらに、本阿弥光悦との付き合いも有り、文化人としての側面もある。事実かどうかわからないが、石川五右衛門との交流もあったと云う。次男坊という気楽さから、各種つきあいも、自由闊達であった。その結果、発想が豊かであるがため、人を馬鹿にするような口から出た禍で、何度も危機に陥るが、不思議と誰かが手を差し伸べてくれる。

また、謹慎中は謹慎中で文学に関心を持ち、精通したりする。いつも自然体なのだ。要するに、いつでも自分を活かす道を知っていたことになる。その外見や行動とは裏腹に、「信誠」という哲学と共に、いわば戦国時代特有の死生観を持っていたと推察される。彼は、皆を代表して、それを出し共感を得ていたと思われる。

更に、戦場では、きちんと活躍し、言行一致し、口だけでないことも、皆が一目置く理由だ。これは現代でも通用する考え方であろう。自由に発言すると共に、責任ある行動を取る。自由闊達に生きることは、容易いようで、なかなか難しい。だが、前田慶次郎の生き方には、未だ憧れる。

|

« 「かかりつけ薬局」は必要か | トップページ | 篠田桃紅著『百歳の力』読了 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「かかりつけ薬局」は必要か | トップページ | 篠田桃紅著『百歳の力』読了 »