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2015年6月 6日 (土)

『花伝書』を再読

久しぶりに、『花伝書』を読んでみた。別名『風姿花伝』といわれるものだ。著者は、言わずと知れた世阿弥だ。若い時は、能には、全く関心がなかった。30代後半に、知人に勧められて、『花伝書』の現代訳されたものを購入したが、それほど目を通したことはない。蔵書として残しておいたのが不思議なくらいだ。

熟年世代になって、やっと能や謡曲に関心が向き、拙ブログでも、度々題材として取り上げた。ただ、私は、謡曲本を読んだり、時々聞いたりはするものの、舞台で舞ったりはしないので、この本をいくら読んだところで、分らないことは多い。

ところが、最近読んだ増田正造著『世阿弥の世界』(集英社新書)を読んでみると、徳川家康も、これを読んで、政治に参考にしていたらしいとのことだ。仕事も芸道も極めるということは結局、同じなのだろう。ということは、今は仕事をしていない部外者も、読んで何かを得られるのではないかと思い、再度、手に取ってみたという次第。

ご存じの方も多いだろうが、彼は、まず芸の実力を養成し、そこから芸に工夫して実力を発揮して、「花」になるとしている。更に、その上は、芸に対する自覚をして、自信を深めることが、「花」を充実させると言っている。

養成部分は、まず各個性を活かした稽古をし、年齢ごとの鍛錬の仕方を示している。その上で、各演技の物真似を通して、その意味を心技共に理解することを求めている。更に実力を発揮するには、各人が問題意識を持って、芸に工夫することを求めている。

また、それぞれの芸は、進化させていくもので、時代ごとに、その解釈も変わって行くことを暗に示している。一つの型を固定的に考えるのではなくて、時代に柔軟に対応することが、その時代の芸風を作るということかもしれない。世阿弥の意図するところは、まだ十分理解できていないだろうが、今後も、時々読んでみようと思う。

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