« 2015年の姫路ゆかたまつり | トップページ | 秋でもないのに、桔梗咲く »

2015年6月11日 (木)

憲法を軽視する安倍政権と次の選挙

憲法は国民の立場で国家権力が暴走しないように歯止めするのが本来の目的だが、安倍政権になって、ずっと恣意的解釈をして、憲法を軽視し続けている。このことは、裏を返せば、国民を軽視することにつながる。国民を守るためと称して、集団的自衛権を持ちだしたが、最終的には、国民を危機に陥れる可能性の方が高い。

この結果、今、心理的に、自公離れが進んでいる。自民党支持者も、次の選挙では、野党に投票しないまでも、棄権するという方が年輩者では多い。問題は、若者たちの投票率だが、じわじわと集団的自衛権のリスクを感じ始めているようだ。次の選挙では、自公は大敗する可能性が高い。問題は、野党が、どれくらい受け皿として候補者を立てられるかということになる。

憲法を軽視することは、国民を軽視することにつながり、それが政権にどれくらいの大きなダメージを受けるかを、安倍政権は覚悟すべきだろう。

*2015年6月15日追記

相変わらず、自公政権は、憲法解釈を捻じ曲げ、集団的自衛権行使について、諦めたくないようだ。そもそも集団的自衛権の論議が出るのは、外交が弱いからだ。米国に、無理難題を押し付けられても、それに対して返すアイデアを持ち合わせていない(基本的に外交権は、米国に握られている)。

集団的自衛権を行使して、苦しむのは、若い世代だ。行使する時には、安倍氏も中谷氏も、この世に居ないかもしれないから気楽なものだ。誰が戦地に赴くのか。更に、第三国に恨まれれば、日本はテロの対象になり、一般人も、危険にさらされる。

最早、平和の配当は受けられなくなるのだ。平和産業も、多くの市場を失うだろう。彼らの名誉欲によって、多くの日本人は、将来、苦しむことになるだろう。

*2015年6月18日追記

国会中継を見ていると、相変わらず、安倍氏(最早、首相とは言わない)は、集団的自衛権をごり押しする発言をしている。どんなに強弁しても、納得できるものではなく、狂信的と感じる。病的と言わざるを得ない。

自民党は、いつまでも、この人をトップにして、生き残れるのか。かつて小泉元首相は、「自民党をぶっつぶす」と言ったが、本当に壊れてしまうかもしれない。自民党議員の方々は危機感が足りないのではないか。

*2015年6月21日追記

どうも自公政権は、維新の党を罠にかけても、集団的自衛権関係の法律を通したいようだ。そうなれば、維新の党も、早々に壊れてしまうだろう。それは結果的に、来年の選挙絡みで自民党の思惑通りだ。つまり安保法制に維新の党は利用するが、勢力が大きくなってもらっては困るということだろう。

でも、自民党の存立基盤そのものが危うくなりつつあるのだが。国民は、従来になく、危機感を持っている。かつてのような支持は得られない。泥船から逃げ出すのは誰か。果たして、各議員に、それだけの政治嗅覚が衰えていないかが見物である。

*2016年7月13日

参議院選挙では、与党の自公が大勝し、三分の二を握った。残念ながら、若い人たちの憲法への危機感は弱かったようだ。現在の選挙結果は、若い人たちの将来を規定する。今からでも日本の憲法が、どのようなものか理解することを望みたい。

自民党は、かねてからの主張は、「自主憲法」の制定であり、彼らは憲法改正とは言うものの、現在の「日本国憲法」の改正ではない。つまり、現在の憲法を廃止して、全く異なる憲法を制定することをもくろんでいる。

自民党のホームページには、「自民党憲法改正草案」が示されている。それを熟読してもらうと判ることだが、これは国民主権ではなく、国家主権を謳ったもの。すなわち、国民が国家に統制されることになる。その時、苦しむのは、一般国民だ。そういうリスクを抱えることを忘れないでほしい。

 

|

« 2015年の姫路ゆかたまつり | トップページ | 秋でもないのに、桔梗咲く »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 2015年の姫路ゆかたまつり | トップページ | 秋でもないのに、桔梗咲く »