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2015年6月 2日 (火)

英国のドラマ 『ダウントン・アビー』の放送終わる

先日、英国のドラマ『ダウントン・アビー』の放送が終了したが、その結末は衝撃的だった。このドラマは、2012年の制作で海外で人気が高かったらしい。人々は、何に期待したのであろうか。貴族社会の覗き見感覚であろうか。若干、話がくどい部分があり、全てを通して視ていないので、筋が分らない部分もあるが、私が感じたことを少し記しておく。

グランサム伯爵家のクローリー家も三人娘。堅苦しい生活の中で、長女のメアリーはわがままし放題で、恋愛に積極的。そして、彼女は、常に財産をあてにした発言ばかり。ついには、伯爵の投資失敗でダウントンを手放さざるような事態に陥ると、彼の夫になるマシューの亡き婚約者の相続財産も、あてにする始末。次女、末娘も自由気ままに恋愛に熱心だ。

それでも、何とか幸せを掴もうとするが、伯爵家には、次々と危機が迫る。それを、それなりに皆で解決しようとする。チームワークが無いようであるという雰囲気。内部では揉めても、外部には、一致して対抗する。ただ、庶民文化を持ったマシューの母親等が、かき回して、騒動を起こすが、それなりに妥協を見つけ出す。それが英国文化を象徴しているのだろうか。

最後に、ついにメアリーは、念願の夫のマシューとの間に子供を成すが、彼は喜び過ぎて車の運転で事故に遭い亡くなって、終わりというもの。これはマシューの亡き婚約者の呪いなのか。ハッピーエンドにはならない英国らしい描き方だと思う。このドラマが何を語りたかったのだろうか。これはシェイクスピアの流れを引き継いでいるように思えたのは私だけか。

*追記

別の見方をすれば、戦争によって、貴族社会が崩壊していく過程を、昔を懐かしむ感じで、情緒的に描いたものとも言える。ただ、英国は、今も、程度問題は別にして、階級社会(あるいは、その意識による新しい階級差別)が残っており、良くも悪くも、社会を停滞させている。この辺が、英国の限界とも言えるが、物語としては面白い。

*追記

映像は、韓国ドラマ並みに美しかったのは確かだ。ただ、それが実際以上なのか、それ以下なのかは分らない。ただ、私の印象では、当時の写真等を見る限り、実際以上に描いている。大体、映像が明る過ぎるのも難点だろう。

*平成27年6月8日追記

記事の誤りについて、指摘され、修正しました。「通りすがり者」さん、有難うございました。

*平成28年1月11日追記

 『ダウントン・アビー』の続編が、昨日から放送されたが、面白くない。日本でも、そうだが、評判がいいと、続編を作りたがる。同じ過ちだ。今後は視聴しない。

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コメント

通りすがりの者さんへ

間違いの御指摘有難うございました。記事を早速修正しました。今後とも、宜しくお願いします。

投稿: 流風 | 2015年6月 8日 (月) 06時45分

マシューに婚約者はいましたが、前妻はいませんし、マシューの母はイギリス人です。アメリカ人は伯爵の妻のコーラです。

投稿: 通りすがりの者です | 2015年6月 7日 (日) 22時09分

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