« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月31日 (金)

今、改めて、陶淵明の『勧学』

夏休みのためか、街中には学生さんが多いように感じる。私服の学生を含めれば、もっと多いのだろう。大いに休暇を楽しんで欲しいと思う。それでも、勉学に励むことを忘れて欲しくない。それは何も学校で習う学問だけでなく、社会や自然の中の変化を彼らなりに分析して欲しい。

老境に入っているとは思いたくないが、既に若くない流風も、学ぶ姿勢はいつまでも失いたくない。いつまでも何らかの学びを取り入れたい。それは受け身の学びではなく、自分で考え、自分で実行するというもの。ブログも、その一つだ。

さて、今回は、陶淵明の『勧学』を改めて、取り上げて、戒めにしよう。

  青年重ねて来たらず

  一日再び晨なり難し

  時に及びて当に勉励すべし

  歳月は人を待たず

*追記

念のため、一応、解釈を示しておこう。

「何でも、よく吸収できる若い時代は二度とやって来ない。今日という一日でさえ、今朝に戻すことはできない。だから、今という今を大切にし、時間を惜しんで勉学に励むべきだ。人の都合に合わせて、歳月は、待ってくれない」と。

時間というものは、非情なものだよ。若い人よ、覚悟せよと、彼は言っているのだろう。老年になれば、皆、切実に感じることだろう。

| | コメント (0)

2015年7月30日 (木)

人生初めて腰痛を経験

先日、朝起きようとすると腰部分に電気が走る痛みを感じた。しばらくすると、落ち着いたが、少し動くと痛みが来る。ああ、これが腰痛というものなのか。かつて、人生の先輩諸氏が腰痛で苦労しているという話は聞いたが、他人事で、よく分からなかった。他人の痛みは、自身で経験しないと分らないと、しみじみ感じる。

数日、放っておいたのだが、痛みが増すので、止むなく、整形外科に通院。腰痛体操の仕方を教えられ、痛み止めの薬や湿布薬を頂き、若干、落ち着いた。それでも、完全にはよくならない感じ。これから、ずっと付き合って行かねばならないのだろう。

痛み止め薬も湿布薬も、あまり効かないが、腰痛体操をすると、一時的に改善するのは確か。こういうことが続くと、日常的に車の運転はしないが、もう車の運転はできないだろう。随分、早めの免許証返上が必要になるかもしれない。ああ、嫌になる。

*追記

痛くても自転車に乗ると、不思議と痛みが取れる。新しい発見。腰痛は微妙だ。

| | コメント (0)

2015年7月28日 (火)

『明治維新という過ち』を読了

普通は書店で、ぱらぱらと読んでみて、気に入ったら購入するのだが、今回は、新聞広告で、気になって、購入した。その本が、原田伊織著『明治維新という過ち』(毎日ワンズ刊)というもので、先日読了した。副題に「日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」とある。

確かに、学生時代に習った吉田松陰と実際は、大きく異なると知ったのは社会人になってから。学校教育とのズレを感じたものだ。NHKの大河ドラマにも、度々登場するが、それほど上質の人間ではなかったと推定される。そのことを、この著作では、やや過激に表現している。

原田氏自体、彼の先祖が、松陰一派を強く呪っていたのだろうか。原田氏は京都生まれで近江育ちで、直接関係なさそうなのだが、親戚筋に、そういう方がたが居るのかもしれない。それほど、長州の松陰一派に対して、恨み辛みを強く表現されている。

もちろん、歴史的証拠を示しての裏付けを取ってのことなので、ある程度、説得力を持つ。ただ文書というものは、絶対的証拠・裏付けになるものでもない。それでも、長州松陰一派は多くの人々の恨みを買う行いをしてきたことは確かなようだ。

下級武士以下の教養のない、チンピラグループ(この言葉が不適切とすれば、「跳ね上がり者」という言葉が当てはまる)が、明治維新を実行した主体であった。薩摩も、ある意味、そうなのだが、最低限の教養は、まだ持ち合わせていた。だが、長州人には、そういうものもなく、ただ私欲のために、御所を砲撃し、天皇を脅かした。

まあ、ここら辺までは、断片的に知っていたが、この本で、ここまで、論破されると、少し嫌になってくる。彼が言うには、長州のテロリストの源流は、水戸藩にあり、水戸光圀が『大日本史』を著し、それが水戸学を生み、テロ思想の源流ができ、吉田松陰が不幸にも、それを習って、同じグループの人間を煽って、テロを起こさせたという。

そして、教養のない長州一派が中心に、テロを通じて、明治維新を起こし、軍を握ったことで、朝鮮併合、大陸進出という、江戸幕府が継続していれば(*注)、あり得ない行動を起こしたことが、第二次世界大戦の敗北につながり、国土が廃塵に帰した大きな理由と指摘する。

それ以上のことは、本書を読んでもらいたい。多くのことは、概ね同意できるが、やや著者の感情が強く反映されているので、若い人は、それに注意しながら、読み進んで欲しいと思う。長州には、長州の見方があるはずだからである。だが、会津地域の人々は、今もなお、長州に強い恨みを持っていることは、現代でも続いてることを記しておこう。いろいろ考えさせられる本だ。

*注

実際は、幕府の継続は、難しかった。何らかの形で幕府は崩壊せざるを得なかったことは確かだ。幕藩体制は、かなり弱体化しているし、勝海舟などは匙を投げている。

*追記

著者の見方に従えば、現在、中東で問題になっている「イスラム国」がやっていることは、明治維新前後に薩長等がやったことに似ている。「イスラム国」を含めた中東の将来が危ぶまれる。

| | コメント (0)

2015年7月26日 (日)

やはり蚊取り線香

夏は好きなのだが、ただ虫が多く出る。多いのは蚊だが、それ以外の虫もいる。最近は、いろんな防虫剤や忌避剤が出ている。色々試すのだが、これと言った決め手がない。つまりある虫には有効だが、ある虫には効かないものが多い。むしろ変な虫を呼んでくる場合もある。

この変な虫は、結構大変で、一時的に駆除しても、また出てくる。そこで、最近、あまり使わなかった蚊取り線香を使ってみた。そうすると、意外や意外、効果が出た。もちろん、完ぺきではないが、虫の出る数は、ぐっと減った。

いつまでも効果が続くかどうかは分らないが、当面、蚊取り線香を使うつもり。また屋外でも、ガーデニングの時、蚊取り線香を使う方が、蚊に刺されにくくなったように思う。火の始末さえ誤らなければ、蚊取り線香が正解と思う。

| | コメント (0)

2015年7月25日 (土)

姫路駅前に「TERASSO(テラッソ)」がオープン

姫路駅前に「TERASSO(テラッソ)」が、昨日、2015年7月24日にグランドオープンしたので、初もの好きの者として見に行ってきた。施設のコンセプトは、「ひと、まち、テラそ」だそうだ。人々の暮らしを照らすという願いが込められているという。

8階建て、4階から7階までが、体感型シアター“4DX”などの設備を導入したシネマコンプレックス。12スクリーンがある。姫路も、やっとシネコンか、という感じ。最近は、ほとんどDVD鑑賞が多いので、好い作品があれば行ってみたい。

そして、1階から3階までが、商業施設が入っている。全体を見て回ったところ、全国の庶民的なチェーン店が多く入店していた。市内にあった店が転店したものも見受けられた。4階の一部には飲食店が入っている。

店舗は、総体的に、やはり女性向け。男が利用するとしたら、セリア(100円ショップ)、しまむら、AOKI、マックスバリュ(スーパーマーケット)くらいか。若い方は、グラビティリサーチ姫路という大型クライミングジムがあり、男女共に集客しそうだ。

ただ、JR姫路駅北側から東に行くのだが、また途中に、開発中の所もあり、少し距離を感じさせる。将来的には、アーケードのようなものが欲しい。また施設には、駐車場が350台分あり、たくさん買い物するのなら、車の方が便利かも。私としては、散歩コースが増えて、嬉しい。休憩施設の喫茶店が無いのが玉に傷だが。

| | コメント (0)

2015年7月24日 (金)

某自動車企業から逃げる外国人経営者

今、某自動車企業の外国人経営者が、次の経営者は日本人から選ぶという発言があった。この企業の外国人の重役も次々と転職している話もある。一体、何があるのだろう。

一般に、大企業の経営者が、バトンタッチしようとする時は、概ね、業績に悪化傾向が察知できた時だ。要するに、完全に悪化する前に、次の経営者に経営を引き渡し、自分自身は無傷で、やり過ごそうとするのだ。

サラリーマン経営者は、引退すると覚悟を決めれば、分らない程度に、徐々に持ち株を処分して利益を取りあえず確保する人もいる。特に欧米の経営者は、そうであろう。インサイダー取引など、彼らにとっては常道。日本の経営者にも、そういうタイプはいるかもしれない。経営者の発言は、聞いていると、将来の企業業績が見えてくる。

| | コメント (0)

2015年7月22日 (水)

東芝株のおかしな動き

まだ上場しているんだと思う東芝株。これが値上がりしている。日本の株式市場は、不思議と言うしかない。やはり、ここは不適切な株価操作がされていると見るべきだろうか。どれくらいの規模かは不明だが、年金機構関係が買ったという話もある。値下がりすれば、評価減が出て、年金にも影響が出る懸念がある。

東芝の改革は、これからだが、企業風土を変えることは、かなり困難だろう。企業を作り変えるのがいいのだろうが、そうなると、大幅に人員も含めて、入れ替えしないといけない。ただ大企業のため、相当時間がかかるだろう。

個人的見解で述べれば、一旦、会社を整理して、新たに新企業を分割創業し、グループ外から経営者を招いて改革するしかないと思う。そうでない限り、この企業の株に一般人が手を出すことは避けたい。もちろん、いろんな考え方はあると思うけれど。

| | コメント (0)

未だバブル感覚が抜けない自民党

そもそも財政厳しい折、2020年東京オリンピックを誘致したことが間違いと思うが、「たった2500億円」と言った森元首相のバブル感覚の発言に国民は驚いている。

オリンピックを誘致により、必要になった新国立競技場の総工費が当初の1300億円から2520億円に膨らんだ問題だ。これは、アベノミクスによる円安による輸入インフレが招いたものと見ることもできる。

しかしながら、最初の予算1300億円自体、高すぎる感じだ。「たかが」オリンピックに、こんなに金を掛ける感覚が全く分らない。それにも増して、森元首相の発言。この人の金銭感覚は麻痺しているのだろう。

更に開閉式屋根設置等で、5000億円近くかかることが判明し、また修繕費・維持費も、毎年、相当の金がかかる。さすがに、国民の反発を食らって、安倍首相は、安保関連法案の強行採決で、国民の支持率急落で、不安を抱き、詭弁を弄して、やっとザハ・ハディト案を白紙に戻すと決めたようだ。

しかし、ザハ・ハディトには、多額のデザイン料(14億7千万円)が、既に支払われており、お金を溝に捨てたようなものだ。彼女との契約がどうなっているか分らないが、更に違約金が発生する可能性もあるという(10億円から100億円とか言われている)。

その他に、設計共同体に36億5千万円支払われ、ゼネコン(大成・竹中)にも7億7千万円支払われているという。これらのゼネコンは建築家・安藤忠雄絡みのように感じられる。彼らに支払われたお金も、溝に捨てたものになるのだろう。

白紙に戻したことに対して、新国立競技場を主導した森元首相とか、建築家・安藤忠雄、日本オリンピック協会関係者やゼネコンは、不満たらたらのようだ。もちろん、文科省も、いい加減なやり方で、混乱を招いた元凶の一つだ。

総じて、彼らは、未だバブル感覚が抜けないようだ。財政厳しい折、財源をどのようにするのか。本当に1300億円も、お金をかけて新国立競技場を造る必要があるのだろうか。また地方創生と言いながら、東京に、これほどの公共投資するのは大きな矛盾ではないか。

それに財源が無ければ、また財政再建という詭弁で、消費税等を上げるのか。安保法案関係の強行採決といい、東京オリンピックオリンピック関係といい、安倍政権は、迷走を続けている。この政権は、国民から見れば、実質、終わっている。もう一つ、何か大きいことが起れば、安倍氏は失脚するだろう。そう遠いことではない。風聞によると、彼は首相を辞めれば、引退するようだが、無責任この上ない(*注)。

*注

首相を辞めた人が政界に残るのはよくないが、彼のように、私的な欲望から、安保関係の法律を通して将来世代に不安を与えておいて、引退するのは身勝手のように見える。政界に残って欲しいという意味合いではない。

| | コメント (0)

2015年7月21日 (火)

落語『角兵衛』を鑑賞

落語に『角兵衛』というものがある。備忘録として記す。ご存じの方はパスしてください。あらすじは、中年の男やもめが一人娘に恋する話。真面目で、堅実な生活をしている、今年42歳になる熊さんが、越後屋の看板を上げている煮豆屋の一人娘、おかくに、ぞっこんとなり、恋煩いをする。家に引きこもり、仕事も手につかず、終日、ぼおっとしている。

友達が心配して、話を聞くと、彼は、会いたいばかりに、毎日、店に通いづめ、買った煮豆は樽一杯。そこで、友達が、越後屋に様子を尋ねると、娘は、婚礼の晩に婿の前しか言えないことだけど、それをやってくれるのなら、どんな男でもいいと言う。実は、今まで養子を6人迎えたが、全て、呆れかえって、やってくれないので、亭主を持てないことを聞く。

というのは、この越後屋の先祖は、越後の角兵衛獅子で、それで身代を築いた。よって何か目出度いことがあると、家の例として、女房は笛を吹き、亭主は素っ裸で獅子舞をする決まりになっていたのだ。ただ、熊さんの友達も、そこまでは、聞き出せなかった。

そのことを熊さんに伝えると、「そんなことは、わけない」と、大喜びで了解する。煮豆屋の親の方も、問題ないと、話はとんとん拍子に進み、婚礼が執り行われる。そして、ついに、その夜がやった来た。

おかくは、願い事を熊さんに伝える。「越後獅子の真似をして踊らないと先祖に相済まないので、婿になる人には、自分が、ピキピキピキーと言ったら、裸に赤襦袢を羽織って、獅子を被り、太鼓を背負って、ツクツクドンドンと踊って欲しい」と言う。

更に「これを一週間続けてもらいたい。それが嫌なら婿の話はなかったことにしてくれ」と言う。熊さん、そもそも初めから惚れた、おかくの言うことゆえ、恥ずかしい思いながらも了解し、この儀式をして、晴れて夫婦の契りを交わし、名も、熊さんから、「角兵衛」と名乗る。

もともと真面目な角兵衛は、身を粉にして働き、店は繁盛。間もなく、おかくが身重になって、十月十日経つと、産気づくのに、一向に、その気配がない。それで、周囲に、家の掟をやっていないからだと言われ、それもそうだと、おかくはピキピキピキーと笛を吹き、角兵衛は、裸で、ツクツクドンドンと座敷をはいずり回る。そうこうするうちに、産婆が、「あれ、子がえりをしましたよ」と言う。これに、熊さん、「なに、獅子だから、洞かえりよ」でオチ。

男女を問わず、惚れたら負け。何でも、相手の意向に従ってしまう。特に、男は女に惚れて、妻にすると、惚れた弱みを握られ、妻に、そのことをネタに一生締め上げられる(笑)。それでも、愛せる女性がいることは、幸せかも。

*追記

ちなみに、「越後獅子」なんて、今の人は知らないだろうが、子どもの頃、一度だけ見た。越後の国で、角兵衛なる人が始めたと言われている。貧しいが故に、子どもが彼らに売られて、親方に越後獅子の芸を仕込まれるが、大変厳しいので、悲惨な面があった。昔の時代劇や映画では、よく登場した。

「子がえり」とは、逆子のことで、「出産の際に、胎児が頭部を下方に転ずること」で、昔は、出産時に、そうなると考えられていた。「洞かえり」とは、バック転の繰り返しのこと。越後獅子には付きものの芸。

| | コメント (0)

2015年7月20日 (月)

惚れ薬~落語『薬違い』

好きな異性を自分の方に向かせたいという思いは誰でもあるだろう。昔から、各国で、媚薬というものが利用された。ムスクとか麝香も、そうであろうが、日本では、昔、はるかに威力があるイモリの黒焼きが流行ったようだ。

イモリは漢字にすると「井守」と表現されるように、淡水に棲む。腹が赤い奴だ。似た形状では、ヤモリがあるが、これは「家守」と書くように、家の近くに棲む。今の時期になると、夕方、出て来て、窓に張りつき、獲物を狙っている。

さて、落語に『薬違い』というものがある。頭の足らない与太郎が、一人前に家主の娘に恋をする。その結果、ふらふら病にかかる。いわゆる恋の病。これを耳にした仲間たちが、さすがに同情して、知恵を出す。

そして、「イモリの黒焼きを買っておいで」と言って、買いにやらせる。そして、家主の家の物干しに、夜干しされている娘の着物に、その粉をかけさせる。そして、翌日、仲間たちが様子を見に行かせると、ちょうどいい具合に、娘からの使いがあり、与太郎が、飛んで行くと、「家賃が七つも貯まっているから、早く明けて」と言われる始末。

しょんぼりして帰って行くと、仲間たちから、「どうだった」と言うので、これこれで娘に家賃を督促されたことを伝えると、「はてはて、これはおかしい」と首をひねる。そして「お前、確かに、イモリの黒焼きを買って来たんだろうな」と言うと、与太郎言うには、「いや、俺の買ったのはヤモリだ」。「あやや、それは薬違いだ」とのオチ。

そんなことをしなくても思っても、当事者の気持ちになれば、そんなもの。さすがにイモリの黒焼きは知らないが、若い頃、ムスクの入った整髪剤を振りかけたところ、電車に乗ると、不思議と女性が横に座って来た記憶がある(笑)。媚薬も馬鹿にならないが、少し間違うと、嫌な顔をされるのは、女性の香水と同じだろう。与太郎のような過ちは、案外、誰もしているかも。

| | コメント (0)

2015年7月19日 (日)

音を聴いて道理を悟る

昔、ある人が遊学から帰った。隣人は、早速、食事を用意して迎えてくれた。そして、一人の人が琴を弾く。その人が演奏中に、ふと樹の上を見ると、蝉が鳴いていた。ところが、その下にカマキリがいて、それを狙っているのが目に入る。

琴を弾いている人は、どうしても、そのことが気になって、カマキリを殺したくなった。それを反映するように、琴の音に殺気が籠る。遊学から帰って迎えられた人は、琴の音に殺気が籠っているのを聴き、不安になって辞去しようとする。

主人が咎めると、その人は、訳を話すと、琴を弾いていた人が笑って、「指先で奏でる音を聴いて、人の心まで悟るとは」と感心したとか。『後漢書』に伝わる話である。耳のいい人は、そんなものだろう。流風のように音感の悪い者には、何ともしがたい。耳のいい人が羨ましい。でも、現在の為政者は、もっと耳が悪くて、国民の声は聞こえないらしい。

| | コメント (0)

2015年7月18日 (土)

いずれ参詣したい善光寺

先祖と関わりがあるとも思えないが、いずれ参詣したい場所として善光寺がある。『善光寺縁起』によると、信州の人、本田善光(ほんだよしみつ)が大阪に行った時、難波の堀江に捨てらていた阿弥陀如来像を掬いあげる。それは当時流行った疫病の原因が仏教にあると、いちゃもん(クレームのこと)をつけた物部氏によって捨てられたものであった。

そもそも、その像は、百済の聖王が献上した天竺の月蓋長者造仏の阿弥陀如来像だった。それを善光が勿体ないことだと背に負うて、故郷の信州まで持ち帰り、家に祀っていたところ、阿弥陀如来像の霊威により、寺を造って奉納したらしい。

実際は。関西から長野まで背負って行くことは難しいと思うが、何らかの手段で持ち帰ったことは確かなようだ。もちろん、これはありえないと言う人も多い。伝説では、昼間は、善光が背負い、夜は阿弥陀様が背負って下さったと云う話もあるが、ここまでくれば、確かに眉唾物。

でも、何らかの形で持ち帰ったことは事実として受け止めた方が面白い。善光が代表で持ち帰ったのは十分ありうる。取りあえず、善光寺が本田善光という人の名前だということだけ、今回は確認しておく(笑)。

*追記

少し紛らわしい書き方をしたが、流風家と本田善光は全く関係はありません(笑)。誤解なきよう。

| | コメント (0)

2015年7月16日 (木)

自民党の終わりの始まり

安倍自民党の失政は数えればきりがない。戦後、長らく、一時の時を除いて、政権を担ってきた自民党だが、最早、今後は投票できない。過去には、与野党バランスを取って投票してきたが、今後は、自民党は、外すしかない(公明党は、未だ政教分離できておらず、もともと支持政党ではない)。呆れかえる彼らの失政を一応、挙げておこう。

一、国民世論と逆行する集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法案の強行採決。憲法を無視して、一体、誰のための法案なのだ。米国におもねるための法案とすれば、属国強化法案だろう。どこに保守政党としての存在意義があるのか。

さらに、これらの法案は、自衛隊員のリスクが拡大するだけでなく、一般国民のリスクが拡大することを意味する。安倍政権の私欲のための政治なら、これは国民にとって悪魔だ。自民党は、政治の進め方が国家主義的で、国民には極めて危険な存在になってしまった。

二、未だ危機は脱していないのに福島原発事故処理の隠蔽。未だ危険性が無くなっていないのに、福島県民に帰還を促そうとしていること。元住民を二重に苦しめ、追い詰める冷酷な政策を推進しようとしている。

三、福島原発事故処理がまだ解決していないのに、原発再稼動をする愚かさ。最早、原発の時代ではないのに、旧態依然の発想と政治献金を目当てにした企業との癒着。使用済み核燃料の処理をどのように解決するのか、未だ明らかではない。電力自由化により、最早、金銭的にも処理はできないだろう。後世に大きな負担を押し付けるのか。

四、福島原発事故はコントロールされていると嘘をつき、2020年東京オリンピックを誘致したこと。更に、新国立競技場の総工費が当初の1300億円から2520億円に膨らんだだけでなく、開閉式屋根設置等で、5000億円近くかかること。また修繕費・維持費も、毎年、相当の金がかかる。財政厳しい折、財源をどのようにするのか。また地方創生と言いながら、東京に、これほどの公共投資するのは大きな矛盾ではないか。それに財源が無ければ、また税金を上げるのか(*注)。

五、自民党の公約では、TPPに反対だったのに、この交渉を進めていること。TPPで、メリットがあるのは自動車業界だけ。農業の軽視は国家の衰退を意味する。自給率の高い米の輸入を押し付けられる交渉力の無さに呆れる。

六、イスラム国人質を見殺しにしたように国民を守る意志が弱いこと。米国の意向に従う官僚の言いなりの外交力の弱さ。これでは、民主党より劣る。国民を何が何でも守るんだという意志が全くなかった。これが自民党の全ての国民に対するメッセージだ。

七、自民党のエゴの為に、参議院の一票の格差是正に未だに真剣に取り組まないこと。一票がきちんと反映されないなら、世論が正確に伝わらず、民主主義が傾く。一政党のエゴが国を危うくする。

八、閣議決定で、なんでもかんでも決めてしまう政策運営。いわゆる独裁政権で、民主主義がないがしろにされている。結果的に、自民党議員も頭数だけ頼りにされるだけで、発言の自由もなく、党内民主主義は、最早、存在せず、実質死んでいる。

九、円安を強く推進したがために、輸入インフレが生じ国民生活を苦しめていること。インフレ上昇分は、輸出企業の利益に振り替える結果になっている。これは一般国民に対する別の「税金」だろう。それに極端な円高は問題だが、企業想定為替を上回る円安は、国力を弱める。円安から出た「みかけの利益」は経営者を堕落させ、企業力を弱める。

十、消費税増税分を社会保障に全額振り向けず、法人税減税に回していること。消費税の増税分は、全額社会保障に回すと言っていたのに、現在やっていることは、明らかに裏切り行為。

十一、社会保障の解釈をやたら拡げ、歳出を拡大していること。医療・介護・年金の充実が本来、国民が求めていたことだ。それがいつの間にか、子育てや教育にまで拡大しようとしている(この点は、民主党も誤っている)。そんなことをすれば、いくら増税しても、お金が足りなくなる。

十二、財政再建を社会保障の削減だけに注力していること。確かに社会保障の削減は必要だが、問題は、その中身で、企業と癒着して、高額の薬価や医療機器にメスが入れられていないこと。

十三、派遣労働者法の改悪。派遣労働の固定化を招き、不安定な雇用環境を生む方向になる。主たる生計者の場合は、貧困につながり、格差が拡大する可能性が高くなる。

十四、民主主義を無視し、マスコミを権力によって支配しようとした「百田事件」が発覚。おそらく、それまでも、マスコミに介入していたのだろう。若手議員等に、このような志向の人間を自民党は抱えていた。それは現在の自民党の体質そのものかもしれない。

十五、特定秘密保護法による官僚支配強化。官僚の思考や発言の自由を奪い、政府の下請け強化。あの手この手で官僚を籠絡し、自由自在に使いこなした田中角栄政権よりあくどい。

十六、武器輸出三原則の撤廃により、日本を死の商人の手先化させたこと。武器の輸出で潤う産業は限られる。大体、武器というものは消耗品で、新しい価値を生まない。ビジネスとしても、平和産業ほどに国に貢献しない。

十七、米国、アーミテージ元国務副長官による「第三次アーミテージリポート」を何も考えず、日本の主体性を失い、ただ、ひたすら「米国の保護国」のように振る舞い、受け入れる馬鹿さ加減。米国関係者も、政権の無能さに唖然としている。

ざっと、気づいただけで、これだけある。まだ見落としがあるかもしれない。もちろん、完全な政策はありえないことは分っている。それでも、ひどすぎる。このようなことを招いたのは有権者にも責任がある。

民主党政権を否定し、自民党に圧倒的多数を与えたことが、安倍自民党を暴走させたことを反省しなければならない。前の民主党政権を選択した時、自民を一旦見切りをつけた。しかし民主党の政権運営の未熟さから、混乱して、自民党政権は復活したわけだが、現在の自民党政権は、民主党政権より、どうしようもなく悪い。

今後は、国民の危険分散として、自民党に限らず、一党に多数を与えるのではなくて、勢力が分散するように、自民党を外して、民主主義をきちんと理解した、いくつかの政党に、投票せざるを得ないだろう。これは後の世代や、現在の若い人たちのためである。地方の高齢者も投票行動を変える必要がある。

*2017年6月15日追記

自公政権は、「共謀罪」法案を強行採決した。国民の不安をよそに、なんて無神経な与党。若い世代が可哀想だ。それもこれも与党に多数を与えた結果だ。結果的に、安倍独裁を招き、少数意見を尊重する民主主義は既に崩壊している。

これに対して国際社会も心配している。今後、日本株は売り続けられるかもしれない。そうなれば、マクロの株価回復は、数十年間ありえないことも考えられる。一般人は投資対象から外した方が賢明だろう。

*追記

維新の党も、橋下氏が、現在の自民党と同じ体質を持っており、この党に、政権を任せることはできない。分裂して、民主的な政党になることが求められる。

*追記

自民党のリベラルな議員は、新党を立ち上げてもらいたい。現在の自民党内に留まっても、何もできないだろう。新党で、野党との連立政権構想を明らかにすれば、有権者から一定の支持を受けるだろう。

*平成27年7月20日追記

安倍首相が、支持率急落を受けて、テレビ出演して、あれこれ弁解しているが、国民には、空しく響くだけだ。この政権は、既に終わっている。

*注

新国立競技場の総工費については、安倍首相の指示で見直しされたが、それでも1550億円かけるという。そんな価値があるのだろうか。仮設で開催して、その後は民間に売却して、ホテルとかマンションを建てる方が経済効果は大きいだろう。

*平成27年9月8日追記

自民党安倍総裁は、無投票で再選したらしい。新たな立候補者を抑え込み、立候補さえ許さない。自民党は、独裁者の政権になったと、つくづく印象付けられる。自民党は、やはり、いずれ解体されていくだろう。歴史的に、そのような組織は長続きしない。彼らは、気づいていないかもしれないが。

*平成27年9月20日追記

現在の自民党国会議員の数は405名だそうだが、勢力を、その十分の一程度まで削ぐ必要がある。安倍氏のような教養もなく、無能な人物をトップに頂き、米国の安保関係者の傀儡政権を望む政党に未来はない。

ただ、現在の野党勢力の拡大だけでは、一挙に政権打倒することは難しいかもしれない。今まで、いろんなしがらみで自民党に投票していた人々のすべてを、現在の野党(民主党や維新との党)支持者に転向させることは、案外、困難を伴う。

ここは、まず、「真正保守党」を、まず作る必要がある。すなわち、不平等な日米安保条約を一旦破棄し、平等な条約に作り直すことを主体とする政党を作ることだ。不平等な日米安保条約の下で、日米は対等と言うような現在の自民党は、全く信用できない思っている保守層は多い。

こういう新党を作れば、現在の自民党を脱することができる。さらに、現在の自民党のような新自由主義優先で、民主主義をないがしろにする政権は、国民にとっては不幸。よって新党は、まず民主主義を優先して、自由主義は否定しない(新自由主義は否定)が、民主主義の枠内に制限すると表明すればいい。

また憲法改正は否定しないものの、政党が改正案を提示するのではなく、広く憲法学者たちに一任し(もちろん、哲学者、歴史学者、政治学者の意見も反映させる必要はある)、国会は、それを承認するに留めると表明すればいい。そうすれば、保守層からも多くの支持を得られるだろう。

党名は、現在の自民党の党名をひっくり返して、民主主義は自由主義に優先するという意味で、例えば「民主自由党(略して、民自党)」と名乗ればいい。そうすれば、ある程度の勢力を確保できるだろう。その上で、現在の野党勢力と連立を組むかどうか考えればいい。現在の自民党を終わりにさせる最も効果的な方法と思う。

| | コメント (0)

2015年7月15日 (水)

「ほう・れん・そう」の原則

少し前のことだが、若い方が、「ほう・れん・そう」をご存じないので、少し驚いた。社員に、そういう教育をしないのだろうか。一応念のために記すと、「ほう・れん・そう」とは、「報告・連絡・相談」の略称で、「報・連・相」となる。ひらがなにして、「ほう・れん・そう」とすれば新人も覚えやすいので普及した。

また「ほう・れん・そう」には、あるべき原則がある。一応、記しておこう。

一、まず悪い報告こそ、早く上げること。そこで上司に叱られても、「火事」は対策を講じれば、早く消せる。早く、相談することで、解決策が見つかるものだ。

二、通常の報告は、A4一枚にまとめること。付属の資料やデータは、存在することだけを示し、求められたら提出できるようにしておくこと。

三、報告に、曖昧な情報は必要ない。また個人的な希望的観測もしないこと。現実・事実の報告が望ましい。

四、通常の報告書は、組織ルールを守ること。非常時は別。但し、非常時にも正規の上司に後で伝えること。

五、報告、連絡は、口頭と文書を併用すること。上司の年齢によっては、口頭では伝わらないことも多い。文書を残せば確実。

六、任せられた仕事ほど、こまめに報告を。任せられるということは、上司の権限内で留まればいいが、それを超えてしまうと、後で重大なトラブルになる。もちろん、結果報告は必須。

七、上司の性格、体調を把握して、報告をするタイミングを図ること。特に、提案案件等では、上司の冷静な判断が求められる。また提案は、複数求められる。一般には三つ(二つがいいと言う人もいる)。

八、うまく行きそうな時ほど、落とし穴がある。こまめに上司と相談した方がいい。自分の成果は、上司の成果と思えば、当然だろう。成果を確実にするため、上司からアイデアをもらうのも一つの能力。

九、連絡は、日々の行動予定、各種出処進退、個人的事情の変化等も、こまめにすること。

十、報告書にするほどでない情報は、別途機会を見て、連絡すること。

十一、「ほう・れん・そう」は、組織で生き残る知恵。上司との関係がうまく行けば、自分も生き残れる。

| | コメント (0)

2015年7月14日 (火)

一票の格差問題

一票の格差問題が一向に解決しない。自民党の抵抗が強いと言うが、彼らは、最早、国民の代表ということを偽装しているのがお分かりでない。兵庫県民は有権者に一票しか与えられないのに、なぜ地域は一人に実質“四票”も与えられるのか。

こんなことは小学生でも、おかしいと思うだろう。地方の声が伝えられないと言うが、それだけ有権者が少ないのだから仕方ないではないか。こんな当たり前のことを住民に説明できないとしたら、自民党議員のエゴで、彼らは税金泥棒(あるいは違憲だが、合法的詐取)と言われても仕方ない。

| | コメント (0)

2015年7月13日 (月)

能力とやる気

世の中、あまり単純に理解すると問題があるが、世間は、概ね、下記のような人で構成されている。

一、能力があって、やる気がある人

二、能力はあるが、やる気が無い人

三、能力が無いが、やる気がある人

四、能力が無く、やる気も無い人

一は、エリート意識の強い人々だと言える。彼らが頑張れば、ある面では世の中に貢献する。だが、エリート意識が強すぎると、変化を読み取れないので、失脚する場合もある。

二は、世の中をやや斜めに見ている人かもしれない。ある意味、覚めている。ただ、こういう人ばかりだと、組織は沈滞する。でも、一定程度必要な人々。

四は、困った人々。このまま進むと社会に埋もれていく。能力を上げる、きっかけやチャンスが、まず必要。このような人々は、やる気は後からついてく来る。でも、三の人よりは、ずっとまし。

最も社会に害を与えるのが、三の人々で、世の中を混乱させていく。能力は無いのに、背伸びして、有るように見せかけるが、中身はない。他者に影響されて、受け売りで何も考えず、実行に及ぶ。どこかの為政者たちも、そのようだ。

| | コメント (0)

2015年7月12日 (日)

最近よく見る四人歩き

最近よく見る四人歩きを世代を問わず、よく見かける。ペアが二組の場合もあるし、同性四人組の場合もある。以前は、三人歩きが多かったし、今でも、そういう姿は見る。ただ三人だと、二人が話すと、一人は、はねっぴんになる(ほったらかしになること。取り残されること)。そこに微妙な友人関係が反映される。

そういうことを避けているのか、四人歩きを見るようになったのかもしれない。ただ問題は並んで歩かれると非常に迷惑なことだ。三人歩きの横並び以上に困ることが多い。特に女性は話に夢中で、気配を感じないグループが多い。

三人歩きの場合は、不思議と誰がが気配を感じて、道を開けるように支持している。四人歩きだと、どうも誰も周囲への配慮が足りなくなるようだ。奇数と偶数の組み合わせは、人々の行動に何か影響を与えるのだろうか。

| | コメント (0)

2015年7月11日 (土)

一癡漢のこと

 今回取り上げるのは、痴漢ではなく、癡漢(ちかん)で、愚か者の意。痴漢も同じ意味があるが、日本では主として、「女性にみだらないたずらをする男」の意味で使われることが多い。

さて、先日、悲しい事件があった。40歳の海上自衛隊員が、妻とのちょっとした諍いで、大分の家に放火し、8人中4人の子供が犠牲になったというものである。今の少子化の時代、8人の子供とは、非常に多いと思うが、きちんとした生活設計がなされてたいのか、若干疑わしい。

ところで、『寒山拾得』の中に、次の一文が見える。

我れ一癡漢を見るに しきりに三両の婦を居く

養い得たり八九の児 総て是れ宜しきに随う手だて

丁戸は是れ新たに差えにす 資材もとより有るに非ず

黄檗もて驢の鞦(しりがい)を作す 始めて苦きこと後に在るを知る

訳としては、「私は、一人の愚か者を見かけた。彼は、数人の妻を娶り、その結果、子どもは8,9人作って養っている。確かに、何事も、テキパキと処理している。子供たちの家は、年齢に相応しいものを提供し、住まわせているが、十分な資産があるわけでもない。これは、キハダ(実に苦みがある)を使って、驢馬のしりがいを作るようなものだ。その時になって、初めて、苦いのが後にあることに気づくのだ」と。

大分の例と、妻を複数持つのとは異なるが、快楽の後に、子どもが出来たことは同じだろう。そして、無計画な一時的な快楽は、その後、ずっと大きな負担になり、生活苦を招くのも同じ。現代では、計画的な生活設計は昔と異なり、十分可能だ。それを無視したことから、この悲劇が生まれた根本的原因ではないか。矢張り彼は愚か者だったのだろうか。

*追記

上記の記事は推論で、実際は、どのような事情があったのかは不明だ。ただ、子どもを持ち育てることは、大変なことで、経済的な裏打ちや適切な育成環境がなければ難しい。もちろん、強く意識し過ぎると、現在の少子化につながるのだが。

| | コメント (0)

2015年7月10日 (金)

中国の戦略をどう読むか~書籍『AIIB不参加の代償』から

今世紀は、中国、インド、アセアン諸国、そして政教分離したイスラム諸国が、世界をリードすると言われてきた。その中で、日本は中国をライバル視するが、最早、その段階ではない(安保法案絡みでは、仮想敵国扱いしているのも誤り)。彼らは、かつての日本の世界戦略の失敗を論理的に分析し、世界を牛耳るべく、着々と手を打っている。

特に、習近平政権になってからは、言行一致の動きが強まっている。目標は、中華帝国(彼らは帝国ではなく王朝と言うかもしれない)の再現であり、そのための戦略も、より練られている。日本は、未だ米国との同盟にこだわるが、米国が落ち目であることに変わりない。歴史的には、戦後、英国から米国に世界支配の権力が移行したが、今は、中国へ移行する過渡期だろう。

よって、まだボールは中国に行っていない。このような状況下、日本はいかに判断すべきか、難しい状況にある。というのは、中国の真意や戦略が読み切れていないからだろう。いずれ米国は、中国と組まざるを得なくなる。元々、歴史的に、仲は悪くない。

日本は、その前に何をすべきなのか、一般国民としても注視せざるを得ない。米国を説得し、中国の思惑を分った上で、AIIB(アジアインフラ投資銀行)に参加すべきなのか。ちょうど、そのように思っていた時、右田早希著『AIIB不参加の代償』(ベスト新書刊)が目に付き、先日、読了した。

この本には、中国の戦略が一般人にも分りやすく解説してある。ただ、著者については、よくわからない。著者の紹介として、「25年以上にわたって日中間を行き来し、日中の最前線を迫っている。中国の政財界に知己が多く、中国の政治・経済・外交に精通している」となっている。

年齢も、学歴も不明。名前から女性を想起させるが、氏名は、仮名のような気もする。名前を出すと何かと差しさわりがあるのかもしれない。ただ、書かれている内容は、中国寄りの考え方が散りばめられているものの、中国の考え方が詳しく紹介されていて、分りやすいので、一般人にも、十分参考になる。若い方も、一読することをお薦めする。

| | コメント (0)

2015年7月 9日 (木)

『姫路城主「名家のルーツ」を探る』を読了

姫路城には、様々な城主が転封してきているのだが、その数33人。よくも、これだけ、ころころ交替させたものだ。その城主のルーツを探った書物として、『姫路城主「名家のルーツ」を探る』(播磨学研究所編・神戸新聞総合出版センター刊)がある。先日、読了した。

これを読んでいくと、徳川幕府が、いかに姫路城を西の押えとして重要視したかが分る。結局、松平家と譜代の家臣たちに城を任せ、城を継ぐ者が幼年だと排除している。要するに、馬に乗って軍の指揮ができないような年齢では任せられないという意識が強かったようだ。

さて、彼らのルーツを見ていくと、ある段階までは明確だが、それ以上になると、曖昧だ。家系図は、偽作されたものも多い。徳川時代には、盛んに学者たちに整理させたようだが、それまでの人は、それほど家系を強く意識していなかったことが分る。よって曖昧なのは仕方ない。

戦争もなく、平和になると、ルーツを確認して家系図を作りたくなるのだろうが、本当に、それが重要かと言えば、多少疑問の余地がある。要するに、暇つぶしの感もある。自分のやるべきことを棚上げして、自分の家系は、伝統ある家系なのだと人は時々主張したくなるのかもしれない。

よって、この本も、彼らのルーツについて関心がある人には読み物としては面白いだろう。だが、結局、彼らの事績については、やや物足りないのは致し方ないのか。彼らのルーツに関心のある方は読んでみて。

| | コメント (0)

2015年7月 8日 (水)

播州弁 その二十九 せける

今回の播州弁は「せける」。但し、播州だけで使うわけではない。「その商品、せけるんやけど、はよしてか」等と言う。「せける」は、「急ぐ」の意味。「はよしてか」の「はよ」は、「早く」の意味。こういう言葉の多くは、大阪商人から発せられる。播州人は、大阪商人ほど、せかせかしていないけれど、エンジンがかかると、急ぐ時は急ぐ。

でも、「そない、せかさんといて。そんなことしたら、碌なもん、上がらへんで」とか言って抵抗する。大阪商人のように、何でもかんでも、急がせれば、結局、工程を抜く、手抜き商品になって、後で、クレームになる。彼らは、また、それを商売のネタにするが、播州人は、正直だから、そういう、えげつない商売は嫌う。

*追記

現代では、大阪商人も多少変わっているかもしれない。しかし、その気性は変わっていないだろう。

*追記

最近では、大阪人の影響を受けて、せかせかしている人が増えている。信号が、まだ変わっていないのに渡ろうとする人をよく見かける。彼らが観光旅行者であれば、まだ納得するが、そうでもなさそう。嫌な大阪化だ。

| | コメント (0)

2015年7月 7日 (火)

ツバメの旋回

最近、どうしたわけか、ツバメが自宅周辺で、よく旋回する姿を見るようになった。こんなことは初めて。素早い飛翔で、数回、ぐるっと大きく回って、まだ、どこかに行ってしまう。それの繰り返しだ。

カラスが「カーカー」と鳴きながら旋回すると不気味だけれど、ツバメの旋回は、どこか、さわやか。自宅周辺に、餌が増えたのだろうか。ヤモリは、多くなったと思うけれど、毎年のことだし、原因は不明。しばらく、飛ぶ姿を楽しもう。

| | コメント (0)

2015年7月 6日 (月)

播州弁 その二十八 「だてこく」と「やつす」

今回の播州弁は、「だてこく」。「お前、えらいだてこいて、どこへ行くんや。彼女でも、できたんか」と小指を立てて言ったりする。「だいこく」とは、おしゃれすること。「だてこく」の「だて」は、もちろん「伊達」。ご存じのように、伊達政宗は、出陣の折り、派手な、いでたちで向かって評判になった。

「こく」とは、よく分からないが、「やらかす」とか「出す」といったニュアンス。「屁こく」とか言う。合わせて、第三者が、若干、からかいの意味を込めて、「おしゃれする」という意味になる。よって、本人が言うことはない。

また、「やつす」という言葉もある。「おかあはん、えらい、やつしはって、どないしたん」とか言う。おしゃれするとは、若干ニュアンスが異なる。身ぎれいにするぐらいの感じかな。どちらかというと、落ち込んだ人が、上向けている感じ。

「やつれる」という言葉があるが、こちらは、「生活に疲れきって、貧相な顔になる」ニュアンスがあるので、そこから復活するイメージがあるが、この言葉を、そこまで意識して使ってはいないかもしれない。

| | コメント (0)

2015年7月 5日 (日)

姫路しらさぎ商品券を入手

今年、初めて「姫路しらさぎ商品券」なるものを入手した。地域振興券で、1万円で1万2千円分の商品券がもらえるというもの。以前は、ポイントカード同様、関心はなかったが、年金が実質毎年、カットされる時代。主婦感覚に知らず知らず追い込まれる。せせこましいけれど仕方ない。

予約応募方式で、1人2冊まで申し込めるということで、とりあえず、5月に応募した。応募者が多いと、抽選になるということだったが、先月末に予約引換券が送られてきて、それを見ると2冊分。意外と申込者が少ないのかな。

申し込み時に記した引き換え場所に行っても、すぐ交換できて、予約応募方式でない市町村のような混乱は全くなかった。利用できる販売店は多く、日常的に利用している店も多く、これも全く問題なし。

地域振興券の是非は、ともかく、4000円分の商品券が得られたことは大きい。だが、この政策で、消費が上向くとも考えられない。「ケ(日常の生活)」の消費に回されれば、効果は薄いことになる。「ハレ(非日常)」の消費拡大への工夫が求められる。

| | コメント (0)

2015年7月 4日 (土)

寸翁神社に参拝

先日、久しぶりに、寸翁神社に参拝してきた。以前に取り上げた河合寸翁を祀ってある神社だ。時々、場所を尋ねられる。場所をご存じない方が多いようだ。多分、それは姫路神社の境内にあるからかもしれない。

その姫路神社も、あまり知られていないようで、正月以外は参拝者が少ない様に思う。場所は、姫路城の東側。姫路美術館の裏手方向にある。当日は、天候も良かったが、参拝者もなく、非常に静か。彼の知恵を授かりたいものだ。

| | コメント (0)

2015年7月 3日 (金)

謡曲『檜垣』の元になった媼の話

昔の官人も、地方勤務がある。都から地方高官に処遇するということで、体よく追い出された人々もいる。いわゆる、都落ちである。望んで、地方官になった人は少ないであろう。地方官の悲哀を感じながら、女流歌人と交流した話がある。

有名なのが、肥後の国の話として、「檜垣の媼(ひがきのおうな)」の話が伝わる。『大和物語』にもある話だ。残念ながら、元々、白拍子で、名は伝わっていないが、生没年は判っている。延喜元年(901)生まれで、亡くなったのが寛和二年(986)だから、結構、長寿で「媼」ということになる(*注1)。

彼女は、白拍子だけでなく、上流歌人で、若い頃、京都にいたらしい。大変な美人で、貴族と交流し、知性・教養も高く、名声を博している。その後、詳しい経過は不明だが、筑紫に居を移している。都落ちした貴族について行ったのだろうか。そこで檜垣に囲まれた庵を構える。本来、檜垣に囲まれた家は、身分の高い人しか住めないのだから、周囲が色々配慮したことが想像できる。ただ、都から同道した貴族の名は不明だ。

ところが、40歳頃に、藤原純友の乱が起り、その騒動に巻き込まれて、家は焼失し、家財道具も、全て盗み取られて、逼塞した。多分、貴族も、亡くなったのかもしれない。それでも、周囲からは、かつて身分の高い家に住まいしていたことから、檜垣の御とか呼ばれたりする。都から来た雅な人という意味であろうか。

その後、小野好古が、純友追討使として、派遣される。彼は、後に、二度、太宰大弐を勤めている(*注)。その時に、京都時代、交流のあった檜垣の御に会いたいと思い、彼女の家のあった辺りを探すが、それらしいものはない。ちょうど、その時、水汲み女で白髪の老婆が前を通り、みすぼらしい家に入っていく。近所の人に聞くと、「あれが檜垣の御ですよ」という。

大変な変わりように、同情して、使いの者に呼びにやると、人目をはばかって、出てこようとしない。好古に、代わりに歌を贈る。

 むば玉の わが黒髪は 白川の

   みづはくむまで おいぞしにける

「みづはくむ」とは、「水は汲む」と「甚だしく老いる」という意味の「みづはくむ」を重ねている。ちなみに、『広辞苑』では、「みずはぐむ」となっている。漢字にすると、「瑞歯ぐむ」となり、本来は、「老人になってから若々しい歯が生える」の意味だ。めでたい歯とされる。転じて、甚だしく年を取るの意味だ。

「かつては髪の毛は黒々として美しかったのに、今は白川のように真っ白になり、甚だしく年を取ってしまいました。それにも増して、この歳になって、水汲みをしなければならないほど、逼塞してしまいました」と言ったような意味(*注2)。

小野小町同様、長生きした美人たちは、いつまでも、話のネタにされるようだ。美人は短命の方がいいのだろうか。美人ほど、若い時と老いた時の落差は大きいと言われるが、流風の希望としては、美しく、老いて欲しいと思う。

*注1

檜垣の媼  延喜元年(901)生まれで、亡くなったのが寛和二年(986)だとされる。なお小野好古(884~968)は、純友追討(939~941)後、大宰府に二度赴任している(945~950 と960~ 965)。また彼女は、清原元輔(908~990)と交流があったようだ。彼は清少納言の父親。後撰集編者で彼女が彼に贈った歌として、次のものがある。

       白川の 底の水ひて 塵立たむ

        時にぞ君を 思ひ忘れん

*注2

この歌の前提としては、その後、彼女は、流れ流れて、肥後白川のほとりの蓮台寺付近に辿り着いたことがある。そして、貴族を弔うためか、金峰山山麓にある岩戸観音に日参し、水を供えた。その距離、計測すれば約8キロメートルらしい。それが毎日だから、高齢者には厳しい道のりだった。

*追記

謡曲『檜垣』は、檜垣媼の死後の展開だ。まず、肥後の国の岩戸山に三年間居住している僧が登場する。そこに百歳にもなろうかという老女が毎日日参し、水を供えていく。毎日、毎日と、あまりに熱心なので、この老女に関心を持ったことから始まる。そこで、思い切って、名を尋ねる展開になっている。

 影白川の水汲めば、影白川の水汲めば、月も袂を濡すらん。

 それl籠鳥は雲を恋ひ、帰雁は友を忍ぶ。

 人間も亦これ同じ。

 貧家には親知少く、賤しきには故人疎し。

 老悴衰へ形もなく、露命窮まって霜葉に似たり。

| | コメント (0)

2015年7月 2日 (木)

ロングサイズのマグカップ購入

以前持っていたマグカップが、洗う時のミスで、傷つけてしまい、止むなく処分。代わりの商品を探しに行ったが、なかなか気に入ったものがなかったが、先日、ある売り場で、いきなり視野に入って来たロングサイズのマグカップを即購入。いわゆる衝動買い(笑)。価格も手頃だし。

一瞬、洗うのに、手間取るだろうなとか、拭くのが少し大変かもと思ったが、デザインが高級品感があり、それで購入。使ってみると、意外と、水きりがよく、手入れの方も問題なし。紅茶等を飲むのに使っている。

| | コメント (0)

整備された姫路駅前北バスターミナルについて

姫路駅前北バスターミナルが2015年1月に整備されて、半年以上経つ。観光客にバスの乗り場を聞かれても、以前より案内しやすい(以前は、詳しいことは、案内所に聞いてくれと逃げていた)。それに、運行時間が、デジタルで明示され、分りやすい。

ただ、姫路駅から、行くのに、地下道も整備されているのだが、ほとんど利用されていない。ほとんどのバス利用客が地上から行っていることになる。確かに、地下にエスカレーターで下がっても、上がるには階段を利用しなければならない。外国人観光客向けには、案内標識も英語表示はなく、不十分な感じ。それに地下道は、あまりにも殺風景。何か工夫が求められる。

その他の周辺施設は、以前の神姫バスセンター跡が、どのようになって行くのか楽しみだ。早く完成して欲しいものだ。

| | コメント (0)

2015年7月 1日 (水)

集団的自衛権は、侵略の口実に使われる権利

集団的自衛権について、今一度確認しておきたいことは、過去に、この権利が行使された場合は、全て先進国の侵略の口実に使われていることだ。今の時代に、この権利を行使するために関連法案を法制化しようとするのは、時代錯誤で、時代遅れなのは明らか。

外務省や防衛省が、米国の一部の考え方に引きずられて、主体性のある考え方が出来ない(あるいは、逆に利用している)のは、大変な不幸である。彼らは、いつから米国の僕(しもべ)になったのだろうか。また中国を仮想敵国に想定するのも、誤った考え方だ。国家リスクは、もっと柔軟に考えておく必要がある。

それには、まず周辺国家との外交努力の積み重ねが重要だ。それがないまま、安保を叫んでも、何の意味もない。自公政権の考え方は、ひと昔の考え方で、かなり遅れていると言えよう。確かに同盟国の米国は、難しい国(*注)だが、このような政権に、国のかじ取りを任せていて、いいのだろうか。

*注

どの国でも、そうだが、米国内には、様々な意見があるし、概ね、彼らは、いつも自国の意見が正しいと強硬に主張する。ところが、日本の外務省や防衛省は、その中で、彼らに都合の良い意見しか、政権トップに上げない。それが誤った政策運営につながる。国民としては迷惑な話だ。

一般国民としては、彼ら任せにせず、米国の真意を幅広く日頃から探る努力が必要だ(以前にも、記したように、米国外交は、ご都合主義。彼らの変化に気づかず、追従すると大変な目に遭うのは確実だ)。そして、それに対応できる議員を選ぶべきなのだろう(官僚を選べないので)。

| | コメント (0)

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »