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2015年7月 1日 (水)

集団的自衛権は、侵略の口実に使われる権利

集団的自衛権について、今一度確認しておきたいことは、過去に、この権利が行使された場合は、全て先進国の侵略の口実に使われていることだ。今の時代に、この権利を行使するために関連法案を法制化しようとするのは、時代錯誤で、時代遅れなのは明らか。

外務省や防衛省が、米国の一部の考え方に引きずられて、主体性のある考え方が出来ない(あるいは、逆に利用している)のは、大変な不幸である。彼らは、いつから米国の僕(しもべ)になったのだろうか。また中国を仮想敵国に想定するのも、誤った考え方だ。国家リスクは、もっと柔軟に考えておく必要がある。

それには、まず周辺国家との外交努力の積み重ねが重要だ。それがないまま、安保を叫んでも、何の意味もない。自公政権の考え方は、ひと昔の考え方で、かなり遅れていると言えよう。確かに同盟国の米国は、難しい国(*注)だが、このような政権に、国のかじ取りを任せていて、いいのだろうか。

*注

どの国でも、そうだが、米国内には、様々な意見があるし、概ね、彼らは、いつも自国の意見が正しいと強硬に主張する。ところが、日本の外務省や防衛省は、その中で、彼らに都合の良い意見しか、政権トップに上げない。それが誤った政策運営につながる。国民としては迷惑な話だ。

一般国民としては、彼ら任せにせず、米国の真意を幅広く日頃から探る努力が必要だ(以前にも、記したように、米国外交は、ご都合主義。彼らの変化に気づかず、追従すると大変な目に遭うのは確実だ)。そして、それに対応できる議員を選ぶべきなのだろう(官僚を選べないので)。

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