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2015年7月18日 (土)

いずれ参詣したい善光寺

先祖と関わりがあるとも思えないが、いずれ参詣したい場所として善光寺がある。『善光寺縁起』によると、信州の人、本田善光(ほんだよしみつ)が大阪に行った時、難波の堀江に捨てらていた阿弥陀如来像を掬いあげる。それは当時流行った疫病の原因が仏教にあると、いちゃもん(クレームのこと)をつけた物部氏によって捨てられたものであった。

そもそも、その像は、百済の聖王が献上した天竺の月蓋長者造仏の阿弥陀如来像だった。それを善光が勿体ないことだと背に負うて、故郷の信州まで持ち帰り、家に祀っていたところ、阿弥陀如来像の霊威により、寺を造って奉納したらしい。

実際は。関西から長野まで背負って行くことは難しいと思うが、何らかの手段で持ち帰ったことは確かなようだ。もちろん、これはありえないと言う人も多い。伝説では、昼間は、善光が背負い、夜は阿弥陀様が背負って下さったと云う話もあるが、ここまでくれば、確かに眉唾物。

でも、何らかの形で持ち帰ったことは事実として受け止めた方が面白い。善光が代表で持ち帰ったのは十分ありうる。取りあえず、善光寺が本田善光という人の名前だということだけ、今回は確認しておく(笑)。

*追記

少し紛らわしい書き方をしたが、流風家と本田善光は全く関係はありません(笑)。誤解なきよう。

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