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2015年7月 3日 (金)

謡曲『檜垣』の元になった媼の話

昔の官人も、地方勤務がある。都から地方高官に処遇するということで、体よく追い出された人々もいる。いわゆる、都落ちである。望んで、地方官になった人は少ないであろう。地方官の悲哀を感じながら、女流歌人と交流した話がある。

有名なのが、肥後の国の話として、「檜垣の媼(ひがきのおうな)」の話が伝わる。『大和物語』にもある話だ。残念ながら、元々、白拍子で、名は伝わっていないが、生没年は判っている。延喜元年(901)生まれで、亡くなったのが寛和二年(986)だから、結構、長寿で「媼」ということになる(*注1)。

彼女は、白拍子だけでなく、上流歌人で、若い頃、京都にいたらしい。大変な美人で、貴族と交流し、知性・教養も高く、名声を博している。その後、詳しい経過は不明だが、筑紫に居を移している。都落ちした貴族について行ったのだろうか。そこで檜垣に囲まれた庵を構える。本来、檜垣に囲まれた家は、身分の高い人しか住めないのだから、周囲が色々配慮したことが想像できる。ただ、都から同道した貴族の名は不明だ。

ところが、40歳頃に、藤原純友の乱が起り、その騒動に巻き込まれて、家は焼失し、家財道具も、全て盗み取られて、逼塞した。多分、貴族も、亡くなったのかもしれない。それでも、周囲からは、かつて身分の高い家に住まいしていたことから、檜垣の御とか呼ばれたりする。都から来た雅な人という意味であろうか。

その後、小野好古が、純友追討使として、派遣される。彼は、後に、二度、太宰大弐を勤めている(*注)。その時に、京都時代、交流のあった檜垣の御に会いたいと思い、彼女の家のあった辺りを探すが、それらしいものはない。ちょうど、その時、水汲み女で白髪の老婆が前を通り、みすぼらしい家に入っていく。近所の人に聞くと、「あれが檜垣の御ですよ」という。

大変な変わりように、同情して、使いの者に呼びにやると、人目をはばかって、出てこようとしない。好古に、代わりに歌を贈る。

 むば玉の わが黒髪は 白川の

   みづはくむまで おいぞしにける

「みづはくむ」とは、「水は汲む」と「甚だしく老いる」という意味の「みづはくむ」を重ねている。ちなみに、『広辞苑』では、「みずはぐむ」となっている。漢字にすると、「瑞歯ぐむ」となり、本来は、「老人になってから若々しい歯が生える」の意味だ。めでたい歯とされる。転じて、甚だしく年を取るの意味だ。

「かつては髪の毛は黒々として美しかったのに、今は白川のように真っ白になり、甚だしく年を取ってしまいました。それにも増して、この歳になって、水汲みをしなければならないほど、逼塞してしまいました」と言ったような意味(*注2)。

小野小町同様、長生きした美人たちは、いつまでも、話のネタにされるようだ。美人は短命の方がいいのだろうか。美人ほど、若い時と老いた時の落差は大きいと言われるが、流風の希望としては、美しく、老いて欲しいと思う。

*注1

檜垣の媼  延喜元年(901)生まれで、亡くなったのが寛和二年(986)だとされる。なお小野好古(884~968)は、純友追討(939~941)後、大宰府に二度赴任している(945~950 と960~ 965)。また彼女は、清原元輔(908~990)と交流があったようだ。彼は清少納言の父親。後撰集編者で彼女が彼に贈った歌として、次のものがある。

       白川の 底の水ひて 塵立たむ

        時にぞ君を 思ひ忘れん

*注2

この歌の前提としては、その後、彼女は、流れ流れて、肥後白川のほとりの蓮台寺付近に辿り着いたことがある。そして、貴族を弔うためか、金峰山山麓にある岩戸観音に日参し、水を供えた。その距離、計測すれば約8キロメートルらしい。それが毎日だから、高齢者には厳しい道のりだった。

*追記

謡曲『檜垣』は、檜垣媼の死後の展開だ。まず、肥後の国の岩戸山に三年間居住している僧が登場する。そこに百歳にもなろうかという老女が毎日日参し、水を供えていく。毎日、毎日と、あまりに熱心なので、この老女に関心を持ったことから始まる。そこで、思い切って、名を尋ねる展開になっている。

 影白川の水汲めば、影白川の水汲めば、月も袂を濡すらん。

 それl籠鳥は雲を恋ひ、帰雁は友を忍ぶ。

 人間も亦これ同じ。

 貧家には親知少く、賤しきには故人疎し。

 老悴衰へ形もなく、露命窮まって霜葉に似たり。

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