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2015年8月31日 (月)

「姫路市商店連合会 買い物ポイント事業」まもなく始まる

明日2015年9月1日より、「姫路市商店連合会 買い物ポイント事業」が始まる。仕組みは、姫路駅北側にある各種商店街(*注)で買いものして、そこで受けとったレシートや領収書を持って、指定の4箇所の「ポイント発行ブース」に持って行くと、500円ごとに、シールを1枚もらえて、10枚をポイントカードに貼ると、500円分の金券になるというもの。

ただし、条件がある。一、一回当たりの購入金額は10万円を上限。二、異なる店舗で購入したレシートの合算はできない。三、同一店舗であっても、異なる日付のレシートは合算できない。

また、金券は、10月31日まで使用しないと無効になる。注意としては、お釣りは出ないし、換金も、できないこと。ポイントシールの発行には上限があり、無くなり次第終了するとのこと。このキャンペーンを利用するのは消費者にとってメリットがある。仕組みからすると、早い者勝ち!ちょうど買いたい物がある。このチャンスを逃す手はない。参加店を確認して、観光旅行者の方もどうぞ。

*注

本日、参加店マップや仕組みを紹介するチラシの新聞折り込みがあったが、それが無い人は、先ず入手して、参加店を把握する必要がある。大体の参加している商店街を示すと次のようになる。商店街の中には、参加していない店もあるが、少なく、大半が参加している。

 ◎姫路駅前商店街

 ◎姫路みゆき通り商店街

 ◎本町商店街

 ◎西二階町商店街

 ◎二階町商店街

 ◎姫路駅前小溝筋商店街

 ◎おみぞ筋商店街

 ◎姫路駅前協和通り商店街

 ◎グランフェスタの一部

 ◎ヤマトヤシキ路面店

*追記

上記には記していないが、商店街の中にある、ヤマトヤシキ、山陽百貨店、ボンマルシェ(東駅前店、姫路店、大手前店)での買い物レシートでもポイントシールはもらえる。

*追記

買い物ポイント事業参加店は、店頭にはっきり見える場所にポスターを掲示して欲しい。また、今後の課題としては、この事業の事前の認知度を高めるため、新聞折り込みだけでなく、多様な広報をして欲しいと思う。例えば、観光者向けに、観光案内所にパンフレットを置いてもらうのもいいだろう。

*平成27年9月28日追記

本日、「ポイント発行ブース」には、「残りわずか」との貼り紙があった。かなりハイペースでポイントが消化されていったようである。この催しは、各店の成果は様々であろうが、一応、成功であろう。

*平成27年10月2日追記

本日、「ポイント発行ブース」に行くと、ポイントの発行が終了したという貼り紙があった。ついに終わったかという感じ。でも、ポイントカードは割と貯まった。後は、10月31日までに使うだけ。何に使おうかな。

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2015年8月30日 (日)

「香月泰男展」観覧~三木美術館

先日、三木美術館から催しの案内のパンフレットが送られてきた。内容を見ると、秋季展と称して、『昭和を彩る名茶椀』とあった。そして、併催として、『三時代を駆け抜けた洋画家 香月泰男』もあった。茶碗は、よく分からないし、シベリア帰りという香月という画家も知らないし、また、ついでの時に訪問しようと思っていた。

ところが、先日、テレビのチャンネルを替えていたら、Eテレで、「香月泰男」について示す画像が、たまたま目に入った。シベリアから帰って、日本に帰還後、画家に復帰し、苦難のシベリアを題材にして炭を利用した絵を描いたという。視たのは、せいぜい1分。

後で調べると、「みつけよう・美」として、日曜美術館の映像記録40年の歩みを再構成したものらしい。今回が、たまたま山口県立美術館で催された「香月泰男“シベリア・シリーズ”」であったようだ。たった5分間の放送だ。よく目に止まったものだと思う。

一応、彼の経歴を示すと、1911年山口県生まれで、東京美術学校に入学し、梅原龍三郎に傾倒している。その後、故郷の山口で女学校に勤務するも、1942年、召集令状で、翌年、満州のハイラルに赴く。

1945年、やがて、部隊は奉天に向かうが、奉天駅で敗戦を知り、帰国の途につくが、朝鮮国境は、すでにソ連軍の管理下にあり、シベリアのセーヤ収容所に強制収監される。ただ、そこでも、彼は炭を用いて描いていたようだ。1947年に帰還。

戦争とシベリア抑留という過酷な経験をした彼は、「戦争の悲惨さを伝えるには、普遍的な表現様式を確立しなければならない」と言っていたが、帰国後、10年間は、封印した。1950年代半ばから、「シベリア・シリーズ」として復活。悲惨な収容所の人々を描いた「避難民」とか、どん底からのわずかな希望を描いた「青の太陽」が有名とのこと。

この放送を視て、俄然、観たくなって、早速、三木美術館に行ってきた。香月泰男の作品は6点だけだが、シベリアで抑留されたことを知っているためか、なんとなく作品の意図を理解できたよう思う。ただ、直接的な抑留された暗い絵というものはない。

展示されていたものは、「プラム」、「いちご」、「東京湾」、「鳩」、「猫柳」、「木の実」の6点。ただ、全て暗示的だ。籠に盛られた果物類は、限られた空間に束縛された人々の代わりだと見ることもできる。猫柳の蕾も並ぶから人々の代替と見ることが可能だ。

シベリアで、多くの人たちが、身を寄せ合っていた事実と、現在、プラムやいちご、あるいは木の実を食せる嬉しさ。あるいは国に守られて、自然を描ける嬉しさが伝わってくる。「東京湾」は、陽は沈むが、太陽が昇らない日はないと絶望の淵から希望を求めていると受け取ることもできるし、「鳩」は、平和への願いだろう。いずれも、辛い経験をされたから描ける作品だろう。展示は、平成27年11月23日まで。

*追記

その他にも各種絵画15点の展示もある。もちろん、『昭和を彩る名茶椀』展も楽しめる。

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2015年8月29日 (土)

シェイクスピアの『夏の夜の夢』を再読

若い頃、比較的読んだシェイクスピアの『夏の夜の夢』(福田恒存訳。新潮文庫刊)を久しぶりに再読してみた。ご存じの方も多いと思うが、典型的な恋愛パターンを夢と現実を交差させながら描かれたもの。

出てくる人物は、皆、“好い人”ばかりだ。それゆえに、うまく行かないこともある。そこに妖精の王がお節介して、大騒ぎ。新しいタイプの喜劇。すなわち、シェイクスピア版「夢か現か幻か」を描いたものとも言える。

アマゾンを征服したアテネの大公シーシアスが、そこの女王ヒポリタと婚約し、間もなく婚儀の運びとなる。そこに一つの騒動が持ち上がる。すなわち、イジアスの娘ハーミアが、ライサンダーと相思相愛の恋仲になっているのを、イジアスは娘が騙されているとし、お気に入りのデメトリアスと婚約させたいと王に訴える。

当時、アテネは封建社会であり、娘は、勝手に相手を選べず、親の選定した相手と結婚しなければならなかった。他方、ヘレナという娘は、デメトリアスに、ぞっこんだが、全く相手にされない。そして、ハーミアとライサンダーは、反対されればされるほど、恋の炎は燃え上がるのだった。

そして、ついに二人で森に脱出する。軽い駆け落ちかな。それを追いかけるデメトリアス。更に彼を追いかけるヘレナ。そんなことは知らない、森の妖精の王オーベロンは、妖精の女王タイターニアと喧嘩し、別れ別れになる。一人になったオーベロンは、たまたま、想いが届かないと嘆くヘレナの声を聞いて、何とかしてやろうと思う。

そこで、お茶目な小妖精パック(ロビン・グッドフェロー)に命じて、夢恋草(惚れ草)を見つけ、ヘレナの想い人の眼に、その汁を注げと指示。夢恋草は、元は純白で、恋の傷で紫になった花で、その汁を眠る者のまぶたに注ぐと、目覚めて最初に見た者を愛するようになるというものであった。

ところが、オーベロンの指示が曖昧だったため、パックは、何と、ライサンダーの目に、その汁を注いだものだから、四人の関係は、大混乱。すなわち、ヘレナをめぐって、ライサンダーとデメトリアスが争うようになり、ハーミアは、そっちのけ状態に。

それを知ったオーベロンは、パックに再指示し、元に戻し、さらに、うまくペアができるように配慮。すなわち、もう一度、ライサンダーの目に汁をたらし、ハーミアと元の関係に。二つのペアが出来、森を出る。心配していた王や親たちも、森から無事戻り、不思議な物語を聞いて、彼らが結婚することを許し、めでたし、めでたしというもの。

ちなみに、その他の本や舞台では、『真夏の夜の夢』となっているものもあるが、誤訳と言う見解もある。福田恒存によれば、正確には、「夏至前後の夢」ということになるらしい。

「かつて西洋では、夏至の前夜、すなわち聖ヨハネ祭日の前夜には、若い男女が森に出かけ、花環を造って恋人に捧げたり、幸福な結婚を祈ったりする風習があった」と彼は説明する。なるほど。西洋文学は、正確に理解することは、なかなか難しいが、面白い作品であることには間違いない。

*追記

ついでに記せば、夏至の夜は短い。恋も、そのように短いもの。若い人たちよ、夢から覚めるのも、そんなに長くない、とシェイクスピアが言っているようにも捉えられる。まあ、彼らは、同時に夢から覚めたので、結果的には、よかったのかも。

最近、若い女優と中堅の男優の結婚が話題になったが、彼らも、いずれ夢から覚めるのだろう。問題は、覚めた時。その時の展開が、男優のアプローチからして、やや心配。他人のことなど、どうでもいいけれど(笑)。

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2015年8月28日 (金)

稚拙な日本外交

日本の外交は、どの政権に限らず、時代が読めていない。時代の潮流から遅れている。逆に言えば、慎重ということになるが、あまりに堅実すぎて、チャンスを逸することが多過ぎる。それが海外の外交担当者からも苦情として、度々指摘されている。

それにもかかわらず、外交姿勢は旧態依然たるものだ。おそらく、古い慣習やタテ社会の官僚制度が弊害なのだろう。感性の低いトップであっても、部下は、それに従わざるを得ない。そういうことが、ずるずると続いている。

そうかと言って、政治家がリーダーシップを発揮できるかと言うと、それも疑問が多い。例えば、安倍外交を見ても、それは迷走続きだ。初めの頃と違って今は米国に配慮し過ぎかもしれない(配慮しないのもまずいが)。

配慮するのはいいが、きちんと自国の主張はすべきだろう。その辺の駆け引きが非常に弱い。要望を鵜呑みし、受け身の外交を展開している。外交の基本である相手国の急所を握ることが下手なのだ。結果的に日本外交に表面的な外交交渉はあっても真の交渉はない。人間関係が脆弱なせいもある。

それは対中国外交、対北朝鮮外交、対ロ外交、その他諸国との外交全てに言える。外交交渉する場合、対象の国と個別交渉するだけでは、埒が明かないこともある。ところが、個別交渉に、こだわり過ぎる結果、うまく行かないことが多い。

それに、国ごとに、将来の動向を仮説設定するなど、想像力も足りない。日本は、どうしようもない多くの大学をリストラすると共に、外交の専門家を育成する大学等が新規に求められる。もちろん、外務省をフラットな組織にする組織改革も必須だ。

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2015年8月27日 (木)

高齢者の株式投資マニュアル(個人的見解)

株式市場が荒れている。今後も、同様な傾向を示すかもしれない。高齢者の今後の株式投資について、個人的な投資見解を示すと次のようになる。過去に大きな失敗(ベンチャー株に投資して、リーマンショックで暴落)をして、大きな成果は上げていませんが、一応参考までに。また参考にされるのはいいですが、投資は、自己責任でお願いします。

一、株式投資は投資信託も含めて、純資産の一定程度に留めること。一般に30%以内を限度とする。但し、投資信託は薦めない。

二、現物取引に限定し、信用取引はしない。大きく儲けることをことを考えない。

三、投資するのは、一部上場銘柄に限定する(あるいは、もっと範囲を絞ってもいい)。無理な投資はしない。若い人のように、失敗を取り戻すことはできないと覚悟。

四、将来的な事業の見通しを把握する。いかに現在は、安定していても、それに安住すれば企業の将来はない。

五、PERは13以下の銘柄にする。投資の先人からのアドバイスです。

六、業績動向を把握しつつ、予定配当利回り4%前後の銘柄にする。売買利益より配当で、一定の利回りが確保できれば、よしとする。少なくとも、銀行に預けるよりは、ましな成果になるはずと思えばいい。よって、目星をつけておいて、株価が下がった時に投資するのが有効。安く買って高く売るのは投資の原則です。

七、PBR(株価純資産倍率)は、あまり高くない銘柄にする。できれば、1.0以下が望ましい。

八、一銘柄に集中投資せず、分散投資する。

九、経営者の発言録などを読んで、その能力を把握する。経営者が変わった時は要注意。

十、気持ちとしては、応援したい企業に投資する。ただし、客観的評価を忘れない。

十一、株価より業績の動向を注視する。株価は、いろんな事情で動くから、相場の上げ下げに一喜一憂しない。

十二、長期的には、売買による成果が特に出なくても、頭の体操と割り切る。ボケ防止。

十三、但し、株価が、一定の利益見込み水準になれば、持分調整するのも一法。

以上

*2016年8月10日追記

六、の予定配当利回りを4%前後に変更。あまり高い配当率は警戒。ただし、株価で一時的に高くなることもある。

*2016年8月28日追記

円高、円安と情報が錯綜している。こういう時は、追記投資は慎みたい。近い将来、米国は金利を上げるというが、「近い将来」とは、いつのことか不明。ただ、米国が金利を一旦上げると、それは続くかもしれない。そうなるとも円は暴落するという見方もある。

 

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東京価格になった大阪飲食業

かつて、美味しいものが格安で、どこでも食べられるというのが、大阪の売りであった。ところが、最近の大阪の飲食業で提供されるものは、価格が東京価格になったと感じられる。もちろん、大阪全域で見れば、安くて美味しいものを提供してくれる店はあるかもしれない。

かつて、大阪に住んでいた頃は、結構、繁華街で食事したものだが、安くて、美味しかった。また並ぶ必要もなかったが、どこに入っても、そこそこの料理レベルのものが提供されたものだ。その後、神戸に住まいを移したが、味はいいのだが、価格が東京並みなので閉口したものだ。神戸は観光客向けの価格帯になっていたのだ。

それが最近、大阪でも、同様の傾向がある。観光客が増えた結果なのかもしれないが、嫌な感じだ。食材の価格が上がっていることを考慮しても、やや高すぎる。かつての、美味し物が、安くて、並ばず食べられる店は、大阪では、もう期待できないのだろうか。

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2015年8月26日 (水)

朝、小動物発見!

朝、少し拭き掃除をして、雑巾を干していると、何かが飛んでいる。朝早くからバッタあるいはコオロギぐらいかなと思うと、ぴょこぴょこ飛んでいる。蛙だ。この家で、見るのは初めて。それにしても、周囲には、田んぼも小川もない。どこから迷い込んだのだろう。昨日の台風の強風に煽られて、どこかから飛ばされたのだろうか。ちょっと不思議。奴のこれからが少し心配。

*追記

そういうと、先日、深夜に目が覚めて、トイレに行くと、何か動くもの有り。ゴキブリかと思ったが、どうも違う。寝ぼけ眼ではっきりとは確認できなかったが、コオロギらしきものだった。しばらく追い回したが、動きが素早く、諦めた。朝になって、再度確認したが、奴は、どこにもいない。これは夢だったのか(笑)。

また、ある日には、小さいトンボが部屋に乱入。外に逃がそうとするのだが、奴も逃げまどうだけ。ただ、やっと捕まえ、外に逃がしてやった。秋口には、毎年、こういうことが起る。まあ、ゴキブリが出るよりは許せる。

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2015年8月25日 (火)

2017年の大河は絶望的

来年、2016年の大河ドラマ『真田丸』には若干期待しているが、2017年の大河は絶望的だ。女城主を描いたものらしいが、あまりにもマイナー過ぎる。歴史的にも、それほど重要な役割は果たしていないし、大河ドラマを朝ドラの夜版にしてしまった。

以前から、女性におもねる取り組みは駄目だと指摘しているが、局側は、未だに視聴者のことを考えていないらしい。適当な題材が見つからないのなら、一旦休止すればいい。無理やり、継続する必要もなかろう。民放は、2017年、この時間帯で、面白いものを頑張ってほしいものだ。

*2016年2月9日追記

2016年の大河『真田丸』も期待外れ。テーマを誤ったかもしれない。描き方以前の問題だ。史実の少ない幸村では、1年を通じて描くことに無理がある。例えば、『真田一族の興亡』というテーマの方が良かったかもしれない。いずれにせよ、ピント外れの大河になってしまった。だらだらと描く大河は、もう終わりにして欲しい。

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2015年の中秋の名月

 月月に 月見る月は 多けれど

   月見る月は この月の月 (*注)

処暑も過ぎ、夕方になると、少し涼しい風が吹くようになった。少し早いが秋の話題を。2015年の中秋の名月は、9月27日らしい。姫路では、月の出が17時20分頃という。お城を眺めながら、名月を楽しみますかな。全国各地でも、いろんな催しがあるのだろう。

ちなみに百人一首には、月を詠んだものが11首ある。その中で、中秋の名月に感傷的になるのは、次のものだろうか。

 天の原 ふりさけみれば 春日なる

   三笠の山に いでし月かも

百人一首七番。あまりにも有名な歌。作者は、もちろん、安倍仲麿。余計な解釈は止めておく。

 月見れば ちぢに物こそ 悲しけれ

   我が身一つの 秋にあらねど

百人一首二十三番。作者は大江千里。以前にも取り上げたので、これも解説は改めてしない。

 嘆けとて 月やは物を 思わする

   かこち顔なる 我が涙かな

百人一首。作者は西行法師。失恋の歌ですなあ。尤も、彼の想いというより代作ぽい感じもする。

人は、秋の月を見ると、先人も含めて、こうも感傷的になるのだろう。中秋の名月には、姫路や周辺地域では、各種催しがされるが、結構人が混んでおり、落ち着いて月を見られないこともある。今年は、家で月を眺めることにしよう。

*注

作者は不明。ある家の女中が、芋に貫通穴を開けて、その穴から月を見たという。

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2015年8月24日 (月)

株価暴落2015年夏

世界的な株安の様である。上海相場の急落から影響を受けて、日本の株式相場も大幅に下げている。でも、これらのことは早くから予測できたこと。米国の金利上げが9月に実施されることを見込んで、先取りして下げているとも考えられる。

一部専門家の見解が、上げ相場の下落現象と指摘していた。果たして、そうだろうか。流風の考え方は、世界は、全体的に、2018年くらいまでは、ずっと下げ相場と見ている。その中で、しばらく異常な株価上昇が続いていたと思う。

日本の株価は、PER(株価収益率)からして、そんなに高くないという指摘もあるが、PERは、すでに高水準であったから、今回の下げは、好い調整になるだろう。米国が金利を上げれば、むしろ徐々に株価が上昇する可能性もある(*注)。一般人は堅実な運用を心掛けたいものだ。

*注

米国が9月に金利を上げず、延期すれば、株価は、だらだらと下げ続ける可能性もある。ただ、基本的に米国経済重視か、新興国経済重視するかで、見方は違ってくる。

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「国民」の防衛論~佐瀬昌盛著『むしろ素人の方がよい』を読了

安倍政権における中谷元防衛大臣の資質が問われている(*注)。中谷元氏の場合は、自衛官出身で、議員秘書を経て、議員職になって、広く世間を知らない感じだ。ただ、その経歴からして、リベラル派と見られている。自衛官出身としては、民主党政権時代も、民間から、自衛官出身者を大臣に招聘した例がある。彼の場合も見識は狭かったように思う。

そのように感じていたところ、先日、佐瀬昌盛著『むしろ素人の方がよい』(新潮選書刊)を見つけ、読了した。副題は、「防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換」だ。彼は、就任時、防衛には素人と自認していたし、周囲も、そのように見ていた。

しかし、彼の場合、戦争経験者であるし、政治、経済、文化、外交に通じていた。それに、きちんとした哲学も持っていた。更に文部大臣の経験から文教族と見られていただけあって、教育者としての目線も持ち合わせていた。よって自衛官への訓育・訓話も確かなものであった。

彼の日本の防衛力に関しては、「日本を侵略しようと他国から攻めてきた場合には、相当の力を持ってこれに反撃しますぞ、容易には屈しませんぞ、多大の損害を与えますよ」の姿勢を明確にすることであった。これは高坂正尭氏が、『防衛を考える会』で提唱した「拒否能力」をベースにした考え方であった。

『防衛を考える会』は、民間人で構成されていた。政治家、官僚、防衛産業のメンバーは入っていない。すなわち、国民目線で、坂田は、防衛を考えようとした。つまり、「国民の支持なき防衛政策は無意味」と考えていたのだ。

当時と、現在は、日本を取り巻く安保状況は違うと、現在の保守派の人たちは言うかもしれないが、坂田氏が防衛庁長官をやっていた時も、安閑としていられる状況ではなかった。むしろ、デタントは進んでいたものの、現在より危機感は強かったかもしれない。

防衛大臣の適格者は、やはり安保バカより、国民目線で、人間哲学が分り、分野を問わず、広く世界を知っている人物が望ましいと、この著作は教えてくれる。若い人も、注目の一冊だ。

*注

但し、中谷元氏は、安倍首相の意向に従わざるを得ないので、安倍政権の防衛大臣になったことが、そもそもの誤り。

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2015年8月23日 (日)

面白いNHKドラマ『経世済民の男』

NHKのドラマも、男が視るには、最近は少々辛いものが多い。今年の大河ドラマもそうであろう。視たいとは決して思わない描き方だ。女性の視聴者におもねる番組作りをいい加減に止めたらどうか。一部女性に聞いても、全く面白くないそうだ。何か勘違いしている。

愛だ、恋だという恋愛番組もたまにはいいが、多くは飽きられている。また、生活面での、あまり切実なドラマも敬遠される。視聴した後に、ストレスが残るからだ。結果的に、視なかったらよかったとなる。

しかしながら、NHKは、腐っても鯛。やはり本気を出せば、好い作品を作ってくれる。久しぶりにテンポの好いドラマを視聴した。それがNHK90年ドラマ『経世済民の男』。いわゆるビジネス物と言えるだろう。基本的に、民放でも、経済、ビジネス絡みの番組は比較的人気がある。それは、身近なことと受け止められ、視聴後の高揚感が得られるからだ。

『経世済民の男』は、かつて日本の国民経済を担った高橋是清、小林一三、松永安左ェ門が描かれる。比較的知っている人物についての内容だ。若い頃、彼ら三人についての書籍を読み漁ったこともある。現在は、処分して、蔵書にはないが、残しておけばよかったと少し後悔している。まだ初回の高橋是清の前篇しか視ていないが、今後も楽しみだ。今後のドラマの展開に期待している。

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イヤミ課長の「伸縮式まごの手」を入手

バラエティ番組『スカッとジャパン』のイヤミ課長が使っている「伸縮式まごの手」を入手した。『スカッとジャパン』は、ビジネスネタを消費者目線を含めて割と多く、いろんな人が憂さ晴らしで視ているような感じがする。

俳優の木下ほうか氏演ずる馬場課長は、超嫌味な人物として描かれているが、子どもたちに人気があるそうだ。彼が、使う孫の手は少し気になっていたが、先日、百円ショップをうろうろしていて見つけた。

ああ、これか。伸縮できるので、かばんの中に入れて、持ち歩きもできそうだ。ただ、少し短いので、かゆい所に手が届かないケースもあるだろう。おつむテンテンには好いかも(笑)。髪の毛が、やや薄くなってきたような気もするので、刺激するために使ってみよう。他人にしては駄目ですよ。

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2015年8月22日 (土)

姫路・観光レンタサイクルについて

先日、観光客の方から、「姫路にレンタサイクル」があるのを知らなかったと言われた。少し、市のアピールが弱いのかもしれない。ところが、外国の観光客の方は、よく利用されているようなので、彼らには広報が行き届いてると思われる。

再度、国内の観光旅行者向けへの認知度を上げる必要がある。昨年末に10月から「みんなの自転車・姫チャリ」という社会実験が2ヵ月実施されたが、有料(100円)にもかかわらず、評判がよかった。早く、正式運用して欲しいものだ。

さて、現在、運用されている「姫路にレンタサイクル」は、各種制約があるものの、無料だ。利用の仕方は、JR姫路構内にある「姫路市観光案内所」(079-287-0003)にて、受け付ける。

そこで申し込み手続きして、指定の駐輪場(大手前地下駐輪場)、駅西地下駐輪場で自転車を受け取る仕組みだ。ここで注意しなければならないのは、駐輪場では、申し込みできない仕組みであること。なお受付時間は、9時から16時まで。17時30分までに指定の場所に返却しなければならない。予約受付はできない。

*追記

なお、もし、お城まで、行ってしまっている場合、お城の前の大手門駐車場(家老屋敷公園の西。079-284-1533)でも、手続きできるようだが、運用しているのは5台だけなので、空きがあれば、ということになる。もし、お城まで行って、帰りに、どこか行ってみたいのなら、試しに尋ねてみるのもいい。空きがあれば、ラッキーだ。駄目でもともとという感じで、問い合わせて欲しい。

*2017年6月18日追記

報道によると、「観光レンタサイクル」が、2017年11月末で廃止される。というのは、コミュニティーサイクル事業「みんなの自転車『姫ちゃり』の整備が完了するからという。姫路市の意向は理解できるが、今まで無料だったものが有料になる。更に利用システムも異なる。今のところ、外国人観光客が、『姫ちゃり』を、そんなに利用している姿は見られない。このことを広報で早めに、外国人観光客に徹底してほしいものだ。

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2015年8月21日 (金)

災害可能性と風評被害

日本に於いて、自然災害を受ける可能性のない所はないだろう。基本的に、自然災害と共存する運命にある。だから、原発被災のような人工的災害は極力避ける必要がある。

さて、一部自然災害の兆候が出た、ある地域で、観光人数が激減しているという。人の心理としては当然の行動であろう。ところが、一部マスコミは、風評被害と位置づけている。これは正しいことなのか。

この地域の災害可能性は否定できない。マスコミが風評被害と位置付けることは問題があるだろう。観光する人々の不安をなくすのに、科学的裏付けがなくて、風評被害と言うのは、どうかしている。

取材に行った記者が現地の人々に同情するのは分る。但し、現実をしっかり把握して報道する必要がある。災害兆候が出た地域は、今後、どのようにして生き残るのか。そういう提案があって、初めて報道の意味がある。

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2015年8月19日 (水)

苦情とクレームの違い

いろんな記事を読んでいると、時々、苦情とクレームの混同がある。似ているようで異なる。一般に、苦情とは、顧客が予定した商品の機能を得られなかったり、求めているサービスと異なったりすると、顧客サービス係に、不愉快さや違和感を伝えて、内容の確認をする。

その中には、顧客の知識不足や間違った操作のこともある。サービスの場合は、サービス内容の誤解ということもある。約款を正しく理解していない場合も含まれるかもしれない。あるいは、サービス提供者に対する感情的不満の場合もあるだろう。

それでも、提供側は、顧客の理解が深まるように説明する必要があるし、商品やサービスに欠陥があれば、迅速に対応しなければならない。そして、伝えてきた顧客は、普通、少し興奮状態にあるので、じっくり話の内容を聞いて、申し出の内容を確実に把握する必要がある。そして、解決方法を伝えて、不安になっている顧客との心理的距離を縮め、課題を解消する必要がある。

他方、クレームとは、苦情で申し立てたことを一向に解決する姿勢を示さず、よくあるのは、「自社は悪くない」と押し通すことによって問題を複雑化させることだ。結果的に、法的措置が求められる。顧客の申し立てを無視し、顧客対応を怠ると、終には、最悪の場合、顧客による訴訟になったり、消費者相談センターに駆け込むことになる。苦情を放置すれば、クレームになる可能性が高いと考えておけばいい。

要するに企業は苦情の段階で、適切な処置をすることを求められるのだ。それを怠ると、却って厄介なことになるのは間違いない。

*注記

以上に記したことは、一応、「善意の顧客」を対象にした場合の話である。「悪意の顧客」には、別途対応が異なる。しかしながら、最初は、この区別は難しいことが多い。また、一般に、彼ら(「悪意の顧客」)は法的措置を好まない。そこに解決の糸口がある。

*追記

かつては、多くの人々は、商品やサービスに問題があっても、泣き寝入りすることが多かったかもしれない。しかし、今はSNSという道具があるので、悪い評判は、あっという間に拡がる。よって企業は、消費者の苦情に対して、鋭敏に対応することが求められる。また、苦情をわざわざ伝えてくれる顧客は、有難いという考え方を組織内に徹底する必要がある。

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2015年8月18日 (火)

今年は、やっとシシトウ

今朝起きると、若干涼しい感じ。昨夕の雷雨の影響かもしれない。昨夜は、クーラーもつけることなく就寝し、熟睡。身体が軽い。でも、夏バテが来るのはこれから。冷たいものを控え、胃腸の調子を整えたい。

さて、今年の家庭菜園は、ボロボロ。トマトの苗は、暴風雨で、なぎ倒されて駄目になるし、その後に植えたミニトマトの苗も、続いてきた暴風で全滅。やることなすこと、駄目なので、今年は家庭菜園は諦めようかと思ったが、シシトウの苗を衝動買いして植え付けたところ、今、何とか実が成っている。

少し、大きいシシトウだ。たくさんできて、とても食べきれないが、地元産のナスと豚肉を油で炒めて食すると、割と美味しい。味付けは、砂糖、みりん、酒、醤油のみ。次は、醤油の代わりに味噌を使おうかと思っている。

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2015年8月17日 (月)

昔の人と月

現代は、夜間も照明が煌々と光っている。だから、多くの人々は夜に出歩くことができる。昔は、夜間照明などというものがない。よって夜間に道を歩くというのは、かなり度胸のいることであった。提灯がなければ、頼りになるのは、月の明るさだけだ。

 「いつも月夜に米の飯」

毎日、御飯が食べられることと同じくらい、月の明かりの有難さを、しみじみ感じたようだ。また、次の言葉もある。

 「親と月夜はいつもよい」

これは子守りの気持ち。昔(江戸時代)は、女の子は、現在の小学校高学年くらいになると、親の家を出て、子守りにやられることが多かった。いわゆる、子どもの社会交流の第一歩だ。でも、子供にとって、親以外の大人は恐怖の対象。心細い中で、子守りをすることになる。当然、ホームシックになって、親が恋しくなる。

他家では、いろんなことを言われ、させられる。ああ、親なら、あんなことも言わないだろうし、こんなこともさせないだろう。当然、ホームシックになって、親が恋しくなる。子供にとって、他人は「闇夜」なのだ。「月」のような明りが欲しい。そういうことから出た子守り歌もある。

子供には、旅をさせよ、他人の飯を食わせよとは、よく言うが、そうすることで、子どもの心は、ブレークスルーして、ステップアップするのは、いつの時代も確かなようだ。

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2015年8月15日 (土)

大川周明著『日本二千六百年史』を読了

昨日(2015年8月14日)、安倍首相が、戦後70年の談話を発表した。その内容は、保守派、リベラル派の両方に配慮した、幾分、ピンボケの内容だが、基本的に官僚の作文であろう。ただ、見方を変えれば、歴史認識は、バランスの取れたものであろう。

しかしながら、安倍首相の本当の歴史認識は不明。為政者は、一定の哲学と歴史観を持ち合わせる必要があるが、この人に期待するのは無理だろう。しかし、結果的に、文書を残したことは、皮肉にも有意義だ(依然として、「積極的平和主義」を標榜していることは、大いに疑問がある。*注参照)。日本が引き続き平和国家を希求することが求められる。

さて、先日、大川周明著『日本二千六百年史』(毎日ワンズ刊。復刻版)を読了した。若い方には分らないだろうが、二千六百年とは、一般に皇紀二千六百年と呼ばれるもので、1940年(昭和15年)が、神武天皇即位から2600年目に当たることから、本の題名になっている。この本は、前年の昭和14年に刊行された。

また大川周明の考え方は、現在の保守層の考え方のベースにあるとも考えられる。以前に取り上げた原田伊織著『明治維新という過ち』とは真逆の考え方で、明治維新を肯定するものだ。よって、内外の敵に抵抗するにはテロも有効と考えていた過激思想の持ち主だろう。

彼の論理的な考え方を軍部は、思う存分都合よく利用した。この著作でも、当局に都合の悪いと思われたところは、官憲により削除されている。ただ、彼も戦争を鼓舞するような活動をしている。結果的に、扇動主義者になってしまっている。

戦後、民間人としては、唯一、A級戦犯に指定された。彼は、大東亜戦争の理論的指導者であり、思想家と捉えられたからだ。だが、後に、精神疾患を理由に免訴されている。実際に、精神疾患であったかは、疑問とされている。

つまり東京裁判に於いて、彼の明晰な論理展開が、彼らにとって、煩わしいと思ったのだろう。彼が欧米列強のアジア侵略の歴史を明らかにしていたからだ(本書では、第26章に相当。他の著作として『米英東亜侵略史』がある)。

しかしながら、彼の言説が正しいとしても、未だに保守派の人々が、彼の考え方に捉われるのはおかしい。「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言うが、日本は、大戦に負けたのであり、賊軍になったのであり、いつまでも、引かれ者の小唄を歌うのはどうかしている。

また、国際連合は勝者の組織であり、常任理事国は連合国側の国々だ。日本は、未だに、常任理事国を夢想しているようだが、それは不可能というもの。だが、安倍首相が集団的自衛権のための安全保障法案にこだわるのも、「夢想」に因があると考えられる。

さて、長々と記してしまったが、大川周明著『日本二千六百年史』も、明治維新までの彼の歴史観は、是非はともかく、今でも参考になる。日本史全体を30章にまとめ、彼の歴史観を簡潔に記している。削除された「不敬罪違反」部分も復刻されており、彼の本当の考え方が分る。

若い人たちに読むのを勧めるべきか迷うが、一つの考え方と割り切って、読まれるのなら、それも構わない。ただ、歴史とは、あまり簡潔に捉え過ぎると見誤る可能性もある。注意深く、読まれることを望む。

*注

仮に日本の平和主義を拡大していくという意味なら違う言葉が望ましい。しかしながら、それは今までの日本が既にやってきたこと。今更、それを言明する必要もない。よって安倍首相が言う、「積極的平和主義」は、解釈が曖昧で、後年、多くの人を誤らせる可能性があるだろう。この言葉は削除が望ましい。

また「戦争に関わりのない世代に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」としているが、残念ながら、若い世代も、その宿命から逃れることはできない。過去の歴史を心に刻む教育が必要だ。もっとも、心に刻む必要があるのは、まず安倍首相自身だ。彼は歴史認識も浅く、言葉が軽すぎる。

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2015年8月13日 (木)

播州弁 その三十 しばく

今回は、高校生の頃、少し、やんちゃな奴が言っていた言葉。「茶しばこか」だ。最近は、あまり耳にしない。「しばく」とは、「行く」の意味。よって、「茶飲みに行こう」、「喫茶店に行こう」という内容になる。

高校生になって、初めて、その言葉を知った。「しばく」とは、多少違和感があった(*注)。播磨は広いので、海側と山側では、言葉がかなり違う。播州弁を取り上げているが、知らない播州弁も多い。

*注

「しばく」には、別の意味もある。「ええ加減せい。お前、しばいたろか」とけんか腰に言う。「叩く」の意味。言葉は難しい。

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2015年8月12日 (水)

愚かな原発再稼動~川内原発

鹿児島県にある川内原発が再稼動したようだ。愚かなことをやったものだ。世界は、福島原発事故から学んで、脱原発を実行している。日本だけが、その経験を活かせず、原発再稼動に捉われる国(経産省と政府)と電力会社。情けないことだ。

現状、電力は余っている。理由は、資源価格の低下、火力発電の増加と再生可能エネルギーによる代替だ。加えて国民の省エネ意識の徹底による。

こうしてみると、再稼動する理由は見当たらない。国は、電力会社を救済するためにやったのだろう。産業界は、コスト低減できると言うが、一部の業界を除けば、電気代の占めるコストの割合は低いから、理由にならない。

大体、原発賛成、反対を超えて、今の日本では、原発稼働は非常に危うい。今世紀は、日本にとって、大災害を続けて受ける可能性が高い。活断層の有無で、原発再稼動を考える発想そのものが間違っている。

以前にも述べたように、日本は、活断層の上に活断層が築かれているから、見えない活断層も多い。よって、日本に、原発が稼働するのに安全な場所は、どこにもない。原発は、日本に不向きなのだ。

加えて、最初に述べたように、世界は、脱原発の動きにある。日本政府は、これに対して、逆行しようとしている。経産省と業界の癒着が依然としてある。一部の利権で原発再稼動していいのか。この点に於いても、強過ぎる官庁も問題だが、哲学のない安倍政権の無能さが明らかだ。

国民としては、今後、原発再稼動地には、極力近づかない方がいい。旅行も避けた方がいいだろう。これは風評でも何でもない。君子、危うきに近寄らずだ。計画していた鹿児島旅行も取り止めた。

*2015年8月15日追記

本日、鹿児島県の桜島に、大規模噴火の可能性が高まり、住民に避難準備を呼び掛ける「警戒レベル4」が初めて出た。8月11日に再稼動した川内原発とは、約50キロメートル離れている。今後起る噴火の規模は、分らないが、直接・間接に影響を及ぼす可能性がある。

2015年12月28日追記

九州電力は、川内原発をめぐり、事故が起こった際に対策所を置くとしていた免震重要棟の新設計画を12月25日に撤回したらしい。原子力委員会の審査で再稼働の前提条件とされていたが、無視した。これは重大な違反行為。九州電力の無神経さには、あきれ返る。事故が起こらないと思っているのだろうか。やはり、この周辺には、旅行も止めた方がいい。住民の方も、早く転居された方がいい。

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2015年8月11日 (火)

東京オリンピック開催を中止にしたら

2020年東京オリンピックに、出場に夢をかけているスポーツ選手には申し訳ないが、個人的に、もう東京オリンピックなど、どうでもいいと思っている。ただ、日本でのオリンピックを経験していない世代には、見て欲しい気持ちもある。

オリンピック関係のごたごたが続いている。そもそも日本の建築業界の実情を無視して、海外デザイナーのデザインを採用したことが間違い。更に予算的にできないと分っていたのに、当局が無視したことが発覚した。その他にも、各種問題が表面沙汰になっている。全く、なっていないと言える。

各界のいろんな思惑が交錯し過ぎて、みっともない状態をさらしている。安倍自民党の政治力の無さと言ってしまえば、それまでだが、少しむごい。今更、東京オリンピックを中止にはできないだろうが、施設は、既存のものを使い、新規に造らないという提言もあるようだが、それも有りだろう。

あるいは、土地だけ国が貸して、民間にスポーツ施設を建ててもらってもいい。そうすれば、あんなバカげた海外のデザインを採用することもない。シンプルにスポーツ選手が活躍しやすいものにすればいい。

オリンピックはスポーツの祭典であり、何もデザイナーやゼネコンのために行うものではなかろう。それに開催期間は、2週間余り。それに馬鹿げた金を投じるのは、どうかしている。その後の活用を考えてのことだと関係者は言うが、言い訳にしか聞こえない。

選手の活躍は見たいけれど、新しい施設など、どうでもいいという心境だ。東京だけで無理なら、全国の既存施設を少し改修する程度で、いいではないか。「東京」の看板を下ろして、実質「日本オリンピック」とすれば、少しは国民の支持も得られるだろう。

移動交通手段と宿泊施設さえ確保すれば、狭い日本ゆえに、東京にこだわる必要は何もない。一応、対外的に繕うため、いくつかのスポーツ競技を東京でやれば済むことだ。体面ばかり気にして、頭の固い政治家や当局では無理な発想かな(苦笑)。

*2015年9月3日追記

相変わらず、東京オリンピック関係の失態が目立つ。新国立競技場については、1550億円もお金を掛けるようだ。全くの無駄遣いだ。こんなにお金を投じるのなら、むしろ仮設にすればいい。そうすれば、五分の一以下で済むだろう。

大会終了後は更地にして、民間に売り渡せばいい。そうすれば、ホテルとかマンションが建てられる。この方が経済効果は大きいだろう。オリンピックのスポーツ施設なんて、大概の国でお荷物で、廃墟になっている国もある。過大な投資は無意味だ。

またエンブレムの失敗は、三流のデザイナーの起用だろう。そもそも、あのデザインは、オリンピックに相応しくないし、躍動感がないと多くの人が指摘している。デザインコピー以前の問題だ。よって、あのデザインを選定した人々にも大きな責任がある。政治家と不透明な関係が想像できる。

*2015年12月20日追記

報道によると、大会組織委員会と東京都は、20120年の東京オリンピックの運営費試算が、当初の見込みの3013億円から、6倍の1兆8千億円に増大するとした模様。また、これには、新国立競技場の建設費は含まれない。要因としては、物価の高騰とテロ対策の警備強化のためという。

それに対して、組織委員会のの収入が見込めるのは、4千数百億円しかない。差額は、都や国が負担する。そうなれば、都知事は、東京都の納税者から住民監査請求される可能性がある。そして住民訴訟になり、彼が損害賠償の責任を追及されることになる。それでなくても、新国立競技場の建設費に都が、かなりの負担をすれば、知事は、それは違法だろう。この点でも、既にアウトだ。舛添氏は、どうするのだろう。

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2015年8月 9日 (日)

お盆モード

昨日から、帰省が始まり、お盆モードに入っているようだ。今年は、土日に、うまいこと挟まって、休みを取るには、いい塩梅かもしれない。それでも、休みを取れなくて、働いている人は、暑い中、ご苦労様です。皆が休んでしまうと社会が回らなくなってしまうところが辛い所。

さて、今年は、暑いので、電気代は少し心配だけれど、クーラーは我慢せず、使っている。若い頃は、クーラーなしで、過ごせたが、残念ながら、歳のせいか、もう無理。無理をして熱中症ににってもまずい。それでも、家の中に籠って、じっとしているのも健康によくない。

そこで、お盆の準備として、少しずつ、掃除等をして、体を動かす。それに朝の草抜き、サイクリングなどで、体を動かすと、結構、歩いている。食欲も落ちていない。朝食の梅干しも効果あるように思う。冬だけでなく、健康維持は胃腸からだ。冷たいものは、運動後だけにして、極力、温かいものを頂く。紅茶に、スダチの汁を入れ、蜂蜜を垂らすと、いい塩梅。もう少し、お盆の準備、頑張るぞ!

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姫路・岡山・鳥取周遊ガイドについて

先日、観光案内所で、「三都をつなぐ歴史散歩 姫路・岡山・鳥取 HOT トライアングル 周遊ガイド」のパンフレットを頂いた。姫路城・岡山城・鳥取城は、歴史的につながりが深い。「三都」というと、思い出すのは、関西では、かつてJR西日本の「三都物語」が有名だ。この三都は、京都・大阪・神戸の観光キャンペーンだった。

今回の企画は、大播磨版と言えないこともない。京都や奈良より古代から栄えた地域だ。かつて拙ブログで記した「大播磨圏構想」の観光での具体的なものと言える。ここでは、重ねて、「大播磨圏構想」を説明しないが、県境を越えた観光案内キャンペーンは有効だ。まず、同地域内での、交流を活発にすることは有意義なことだと思う。

今回のパンフレットは、「姫路・岡山・鳥取城下町物語推進協議会」が、音頭を取って作られたもののようだ。地図を見ると、確かに、姫路・岡山・鳥取はトライアングルを形成している。そして、その中に、「佐用・津山・智頭」が小さいトライアングルを形成する。キャンペーンのやり方によっては面白いものを企画できる。

移動の手段は、車での移動もいいが、鉄道・電車での移動も、十分楽しめるだろう。早期に、JR等を巻き込むことが求められる。今後の課題は、各地域住民を巻き込み、それぞれの催しの広報強化だろう。いかに密に打ち合わせをして、日程調整をするかが鍵だ。また地域内の物産展の循環や、各種祭りの交流、相互の宿泊施設の提携・整備・案内、各地域での相互のショップの展開も期待できる。

*追記

ちなみに、市木は、姫路市がカシ、岡山市がクロガネモチ、そして、鳥取市がサザンカ。どうでもいいことだけれど、家には、全て植えている。3市には、これらが育ちやすい地質なのかもしれない。

また、市花は、姫路市がサギソウ、岡山市がキク、鳥取市が、らっきょうの花だ。鳥取市がユニークだ。菊を除いて、植えているものはないが、サギソウは、今年挑戦しようかなと思う。でも、らっきようの花は予定なし。酢漬けのらっきょうは好きだけれど。

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2015年8月 7日 (金)

シェイクスピアの『テンペスト』読了

先日、少し前から気になっていた、シェイクスピア作『テンペスト』(松岡和子訳。ちくま文庫刊)を購入し、先日初めて読了した。気になったのは、舞台で時々演じられるということで、題名を知っていたこともある。シェイクスピアが引退する前の最後の作品らしい。

テンペストとは「嵐とか暴風雨」の意味。内容は、ミラノ公国の君主であるプロスペローは、魔法を研究するのに専念するため、大公の地位を弟のアントーニオに譲る。ところが、アントーニオは、敵対するナポリ王、アロンソ゜ーと謀って、プロスペローと、その娘のミランダを孤島に追い出してしまうところから始まる。

歳月を経て、魔法の秘術を身に付けたプロスペローは、嵐を起こす。アントーニオ、アロンソ゜ーとその息子の王子ファーディナンドを乗せた船が、難破し、プロスペローの居る孤島に流れ着く。そこで、ミランダとファーディナンドは恋に陥る。

他方、この機会を逃さず、プロスペローは妖精を使って、公国を取り戻す。ところが、復讐はせず、彼らを許してしまう。ということで、この手の話としては、シェイクスピアにしては珍しく、一応、ハッピーエンドになっている。これは、シェイクスピア自体、歳をとったことを意味するのであろうか。よって、作品の切れ味は、若干鈍い印象を受ける。

話としては、それだけのことだが、途中に、賄い方のステファノーと道化のトリンキュローの長い掛け合いがあったり、プロスペローと空気の妖精エアリエルとの掛け合いがあったりして、少し冗長な感じを受ける。舞台で、これらが演じられると、多分、辛い感じを受けるだろう。

これが劇というものかもしれないが、流風は、苦手。それに、これらのやり取りの中には、ギリシャ文化やローマ文化の知識も必要で、それがないと、何のことやらという感じ。結局、深い理解は、読んでも、分らなかった。西洋文化の難しい所は、そこにある。今回読んだ限りでは、『テンペスト』の正しい評価は残念ながらできない。

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2015年8月 5日 (水)

防衛省ができて、おかしくなった日本

日本の政治は、戦後、悲惨な戦争で、たくさんの人々が命を失い、あるいはアジアの人々の生命を奪ったことを反省して、日本国憲法を平和憲法と位置付け、世界各地の戦争からは極力距離を置いてきた。

そして、そのやり方は、世界から評価され、現在に至っている。しかしながら、現在、集団的自衛権関係の安保法制をめぐって揺れている。本来なら、あり得ない議論を安倍政権は、滔滔と述べて、強行採決しようとしている。

なぜ、そんなことになったのか。一つの要因に、防衛省の創設が絡んでいるように思える。以前の防衛庁は、総理府・内閣府の外局であった。それが故に、彼らの意見が内閣に強く反映されることはなかった。

現在は、自衛隊出身の防衛大臣であり、その他にも自民党内に自衛隊出身者がいる。悪いことに、党内保守派と結び付き、段々、彼らの発言力が強くなっている。それは周辺諸国との摩擦が原因とも思えるが、それによって、彼らは不安を煽り、我田引水の議論を展開している。「死の商人」がよく使う手だ。

本来なら、外交関係で解決すべきことだが、外務省も、内向きで、関係各国と積極的に関係を深める努力を怠っていることが輪を掛けている感じだ。外務官僚の学者化が、観念論的外交論が主流になり、人間関係で外交現場で交渉する努力を削いでいるようだ。これは防衛省にとって非常に都合がいい。

今更、防衛庁に格下げできないだろうが、戦前の日本は、軍部が政権内で力を握り、軍部を暴走させた。遠い将来、日本が、再度危うくなる可能性は否定できない。また日本の政治に主体性が失われていると言えばそうだが、米国の安保関係者(*注)の日本に対する政策誘導も罪深いものだ。もちろん、それに深い思慮もなく、彼らに迎合する安倍政権の姿勢が問われる。国民としては、一旦、政権をひっくり返すしかないかもしれない。

*注

米国の安保関係者アーミテージ氏の意見を無定見に取り入れている。日米の安保利権も絡んでいるかもしれない。

*追記

将来、どの政党が政権を握っても、自衛隊出身者や防衛官僚出身者を防衛大臣にしてはならないだろう。彼らは、大概、視野が狭く、安倍政権のような結果を招く。更に、防衛省の組織改革で、制服組がのして、文民統制が危うくなっている。

制服組の事務官僚(背広組)に対する不満は分るが、非常にまずい。彼らの支持を受けた自衛隊制服組出身の議員が、大臣になれば、彼らの意向を強く受ける。そういうことを考えれば、むしろ、幅広く高い見識があり、一般国民目線で見ることができる人材を防衛大臣にすればいい。就任してから、防衛課題を学んでも遅くはないだろう。国を守るのは、何も防衛省だけの役割でないからである。

ただ、民主党政権時のように、見識もなく無能な人を大臣にしてはならない。その点に配慮すれば、防衛の専門外の人を大臣にして、国会の論戦の場で、軍事オタクの意地悪な質問で、苦労する場面も予想できるが、国民は、優しく見守ってやればいい。その方が、好い結果を招くだろう。もちろん、大臣に指名されれば、必死で防衛について学ばなければならないことは言うまでもない。

*2015年8月13日追記

報道によると、防衛省は、安保関連法案が通ったことを前提に行動しているらしい。既成事実化を謀っているのだろう。これは戦前の日本軍と同様の動きで、極めて危険だ。すでに文民統制が崩れているようなものだ。いよいよ日本が危うくなってきた。やはり以前の「防衛庁」に戻すべきかもしれない。

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8月9日は、お夏清十郎まつり(姫路市)

以前にも、お夏・清十郎の話を記した時に、若干記したが、姫路市では、毎年8月9日に、非常にマイナーだけど、「お夏清十郎まつり」がある。回数は、今年で、第67回という。でも、野里商店街を中心とした、こじんまりとした祭りだ。だから、姫路市民でも、ご存じない方は多いと思う。流風も、名は知っているけれど、一度も行ったことはない。

今回、パンフレットを観光案内所でもらったので、参考に記しておく。祭りの場所が野里商店街。と言っても、誰も分らないかも。一応、観光経路を考えてみた。

バスで言うと、姫路駅で、神姫バスの8番乗り場に乗車し(お城からだと、「大手門前」バス停から乗車。姫路医療センター経由)、「慶雲寺前」のバス停を下車し、信号を東に渡って、一本目の道路が、野里商店街だ。但し、アーケードもなく、空き店舗も多く、一般住宅も多いので、商店街という感じはしない。

そこを通り過ぎると、角に「なるせ」という、お茶の会社があるが、そこを更にまっすぐ進んで行くと、慶雲寺がある。そこに、お夏清十郎比翼の塚がある。その前で、午後4時から、供養祭がある。

午後5時から、商店街の北端にある日吉神社の方から南端の鍵町までパレードがあるようだ。またイベント会場の野里公民館では、午後4時30分から、各種催しがある(下記参照)。夕涼みがてら出掛けていくのも悪くない。興味のある方はどうぞ(以下は、2015年の催し内容。催しの内容は、年によって多少変わるかもしれない。詳しくは、その年の「お夏清十郎まつり」を検索して調べてください)。

(パレードの内容)

●消防局音楽隊

●お夏清十郎 二人連れ

●姫路お城の女王

●音楽隊 舞台前演奏

●手踊り流し

●野里校区子ども会

●姫路書道キッズ

(野里公民館・イベント会場での催し) 午後4時30分より

●白鷺太鼓

●姫路書道キッズ

●城乾幼稚園児

●野里小学校児童

●姫路東高校によるギター・マンドリン演奏

●イメージキャラクター「お夏ちゃんとお清どん」

●日本舞踊

●ハワイアンダンス

●オールディーズライブ/BUZZCLUP

●お楽しみ!ビンゴゲーム

以上

*追記

商店街だけの祭りだと、これくらいが限界だろう。今後は、お夏の実家である米問屋但馬屋跡のある中之門筋繁昌会と連携する催しも検討が必要だろう。つまり点の催しから線、面の催しへの展開が望まれる。更に、「お夏清十郎素人演芸会」といった催しを、観光客も交えて、例えば、大手前公園とかイーグレ姫路で開くのも、ありうるかもしれない。

 

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2015年8月 4日 (火)

最近、お気に入りのパン

最近、お気に入りのパンがある。姫路は、神戸のようにパン専門店が多くないので、多くはスーパー等で販売されているパンを買う。よって量産品だ。確かにドンクのようにレストランに卸しているような名店もあるのだが、幾分高い。少し好みも違う。

流風は、やはり日本的な柔らかいパンが好み。そういうことで、パンを購入するのだが、大体、パンの種類は限られている。スーパーによっては、店内調理パンも販売されているが、柔らかいパンなのに、どうも手が伸びない。理由は何となくだ。本当は、これらのパンは、ベーカリー喫茶として販売して欲しいのだが。

さて、最近、見つけたお気に入りのパンだが、以前、あるパンの銘柄を紹介したところ、いつも買う地域スーパーでは提供されなくなり、大手スーパーの店頭中心に並び始めた。そして、風味もパサパサして落ちた。

これは大手スーパーの要望で、大量生産するため、工場を変えたからと当時推定した。企業のお客様相談室なるところにも確認の電話をしたが、担当者から明確な回答なく、今も、そのパンは販売されているが、ほとんど買うことはない。

流風のブログを大手のスーパーが読まれていることはないと思うが、今回は、商品名は伏すことにした。メーカー名も伏せる。味は、どこにでもあると言えばそうだが、少し異なる。何とも言えない美味しさだ。健康にもよさそう。こういうパンは誰が開発されるのだろうかと思うぐらい、好いパン。まあ、あくまでも、流風の好みですが。さて、このパンは何でしょう(笑)。

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姫路フォーラス2016年1月閉店へ

姫路フォーラスが2016年1月閉店するらしい。売り上げがピーク時の半分になっている模様。姫路駅周辺には、新しい商業施設が次々と出来ており、それらに顧客を奪われる結果になっている。

流風も、映画館、スタバやタワーレコードなどを利用していたが、それがなくなるとなると、少し寂しい。また、めぼしい店が、退店していったとことも少し気になっていた。ちなみにそれらは、全て駅前の商業施設に入っている。

各種利便性を考えると、駅前に商業施設が集中するのはやむを得ない。跡地が、どのようになるのか分らないが、姫路は、まだまだ宿泊施設が足りない。ホテル等が検討されるかもしれない。

*平成27年9月29日追記

報道によると、閉店日が、来年平成28年1月31日と確定したようだ。後継施設は、まだ決まっていない。なお、来月10月3日から12日まで、「閉店売り尽くしセール第1弾」を開くようだ。

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2015年8月 3日 (月)

雲と同居す(その二)~漢詩『山中僧』より

「雲と同居す」のタイトルで二つ目の漢詩は『山中僧』。作者は、陸亀蒙で晩唐の詩人。科挙に受からず、放浪したと伝えられる。いろんな見方があるのだろうが、そういう自分を受け入れられなかったのかも。詩は次のようになっている。

 一室手開す 翠微の裏に

 日暮 白雲 半間に棲む

 白雲 朝に出でて 天際に去る

 若し 老僧に比せば 雲は未だ閑ならず

「山の腰辺り(頂上から少し下ったところ)に、小さな小屋を自ら建ててみた。日が暮れると、雲が半分占領して同居しているようなもの。ところが、雲は朝になると、出掛けて、より高く、天の方に去る。老僧と比べれば、雲は、閑というわけは行かないようだ」というような意味かな。

昨日、紹介した『絶句』と内容は似ているが、趣は少し違う。皆さまは、どちらが好きですか。

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2015年8月 2日 (日)

雲と同居す(その一)~漢詩『絶句』より

暑さを凌ぐために、海や山に行く人は多いだろうが、今回は、山に住まいする僧の漢詩を取り上げる。南宋の僧侶、顕万は、次の漢詩を作っている。題は『絶句』だ。

 万松嶺(ばんしょうれい)上 一間の屋

 老僧半間 雲半間

 五更 雲去って行雨を遂(お)ふ

 頭を回らして却って羨む 老僧の閑

万松嶺というのは、現在の杭州市の南にある山らしい。全体を解釈すれば、次のようになるだろうか。

「万松嶺の上の方にある小さな小屋に居るのだが、老僧が半分、雲が半分ずつ、同居しているようなものだ。雲の奴は、早朝4時頃になると、バタバタと雨の降るのを追いかけていく。まるで私が暇そうにしているのを羨ましがっているようだ」

親と同居している若い子供たちが、通勤のため朝早く起きて、バタバタと出かけていき、後に残されたのは引退した親のような感じかな(笑)。

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2015年8月 1日 (土)

後悔の漢詩『勧学の文』

先日、陶淵明の『勧学』を取り上げたが、今回は、朱熹の『勧学の文』を取り上げる。内容は老年者の感慨と言うか、後悔に似たもの。

 謂(い)う勿れ 今日学ばずして来日ありと

 謂う勿れ 今年学ばずして来年ありと

 日月逝(ゆ)きぬ 歳我れと延びず

 嗚呼(ああ)老いたり是れ誰の愆(あやまち)ぞや

何も付け加えることはありません。自戒するだけ。

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夏の或る一日

今年も、もう8月。日の経つのは本当に早い。そこで、今回は、流風の夏の或る一日を記そう。

 朝を起きると、いきなり腰の部分が、ズキズキ。

 耐えて歩けば、ピリピリと、ああ辛い。

 それでも、朝日を受けて、朝の草取りシコシコ開始。

 地味にコツコツと取れた雑草は山盛りだ。

 次第に、汗がダクダク、シャツはベトベト。

 作業を終えて、朝シャワーでスッキリ。

 その後の少し多めの朝食は、ガヅガツと。

 食欲は、モリモリと万全だ。

 しばらくすると、陽が昇り、カンカン照り。

 発する光はギラギラと。

 簾が、少しばかり和らげてくれる。

 そういうと、木の周りには、穴がボコボコと。

 蝉がジィーシャーシャー、ジィーシャーシャーと、

 煩く鳴いて、暑さ感倍増。

 同じところを読み返す読書。ブツブツ。

 熱中症は心配だが、運動不足も怖い。ウンウン。

 サイクリングをすると、不思議と腰も軽く、痛みもなし。ヤレヤレ。

 街中で、フラフラとウィンドーショッピングして、冷やかし回る。

 人の表情で、世の中の動きをチョロッと理解。

 でも、景気がいいのか、悪いのか。

 歩き疲れて、喫茶店で一休憩。ホッとする。

 ゴクゴクの飲むジュースが美味しい。

 帰途につくと、途中で雲行き怪しくなる。

 あれ、もうピカピカ始まったよ。

 急げと、無事に家に着くと、

 少し遠くで、ドンドン鳴っている。

 ヤレヤレ、雷様のお通りか。

 しばらくすると、ザーザーと強い雨。

 これが続くのかなと思うと、

 あっという間に雨は止み、カラッと晴れ渡る。

 夏の雨らしい。

 あれ、もうどこかで、ツクツクボウシが鳴いている。

 もう夏も終わりなのか。

お粗末でした。

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