« 稚拙な日本外交 | トップページ | 「香月泰男展」観覧~三木美術館 »

2015年8月29日 (土)

シェイクスピアの『夏の夜の夢』を再読

若い頃、比較的読んだシェイクスピアの『夏の夜の夢』(福田恒存訳。新潮文庫刊)を久しぶりに再読してみた。ご存じの方も多いと思うが、典型的な恋愛パターンを夢と現実を交差させながら描かれたもの。

出てくる人物は、皆、“好い人”ばかりだ。それゆえに、うまく行かないこともある。そこに妖精の王がお節介して、大騒ぎ。新しいタイプの喜劇。すなわち、シェイクスピア版「夢か現か幻か」を描いたものとも言える。

アマゾンを征服したアテネの大公シーシアスが、そこの女王ヒポリタと婚約し、間もなく婚儀の運びとなる。そこに一つの騒動が持ち上がる。すなわち、イジアスの娘ハーミアが、ライサンダーと相思相愛の恋仲になっているのを、イジアスは娘が騙されているとし、お気に入りのデメトリアスと婚約させたいと王に訴える。

当時、アテネは封建社会であり、娘は、勝手に相手を選べず、親の選定した相手と結婚しなければならなかった。他方、ヘレナという娘は、デメトリアスに、ぞっこんだが、全く相手にされない。そして、ハーミアとライサンダーは、反対されればされるほど、恋の炎は燃え上がるのだった。

そして、ついに二人で森に脱出する。軽い駆け落ちかな。それを追いかけるデメトリアス。更に彼を追いかけるヘレナ。そんなことは知らない、森の妖精の王オーベロンは、妖精の女王タイターニアと喧嘩し、別れ別れになる。一人になったオーベロンは、たまたま、想いが届かないと嘆くヘレナの声を聞いて、何とかしてやろうと思う。

そこで、お茶目な小妖精パック(ロビン・グッドフェロー)に命じて、夢恋草(惚れ草)を見つけ、ヘレナの想い人の眼に、その汁を注げと指示。夢恋草は、元は純白で、恋の傷で紫になった花で、その汁を眠る者のまぶたに注ぐと、目覚めて最初に見た者を愛するようになるというものであった。

ところが、オーベロンの指示が曖昧だったため、パックは、何と、ライサンダーの目に、その汁を注いだものだから、四人の関係は、大混乱。すなわち、ヘレナをめぐって、ライサンダーとデメトリアスが争うようになり、ハーミアは、そっちのけ状態に。

それを知ったオーベロンは、パックに再指示し、元に戻し、さらに、うまくペアができるように配慮。すなわち、もう一度、ライサンダーの目に汁をたらし、ハーミアと元の関係に。二つのペアが出来、森を出る。心配していた王や親たちも、森から無事戻り、不思議な物語を聞いて、彼らが結婚することを許し、めでたし、めでたしというもの。

ちなみに、その他の本や舞台では、『真夏の夜の夢』となっているものもあるが、誤訳と言う見解もある。福田恒存によれば、正確には、「夏至前後の夢」ということになるらしい。

「かつて西洋では、夏至の前夜、すなわち聖ヨハネ祭日の前夜には、若い男女が森に出かけ、花環を造って恋人に捧げたり、幸福な結婚を祈ったりする風習があった」と彼は説明する。なるほど。西洋文学は、正確に理解することは、なかなか難しいが、面白い作品であることには間違いない。

*追記

ついでに記せば、夏至の夜は短い。恋も、そのように短いもの。若い人たちよ、夢から覚めるのも、そんなに長くない、とシェイクスピアが言っているようにも捉えられる。まあ、彼らは、同時に夢から覚めたので、結果的には、よかったのかも。

最近、若い女優と中堅の男優の結婚が話題になったが、彼らも、いずれ夢から覚めるのだろう。問題は、覚めた時。その時の展開が、男優のアプローチからして、やや心配。他人のことなど、どうでもいいけれど(笑)。

|

« 稚拙な日本外交 | トップページ | 「香月泰男展」観覧~三木美術館 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 稚拙な日本外交 | トップページ | 「香月泰男展」観覧~三木美術館 »