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2015年8月30日 (日)

「香月泰男展」観覧~三木美術館

先日、三木美術館から催しの案内のパンフレットが送られてきた。内容を見ると、秋季展と称して、『昭和を彩る名茶椀』とあった。そして、併催として、『三時代を駆け抜けた洋画家 香月泰男』もあった。茶碗は、よく分からないし、シベリア帰りという香月という画家も知らないし、また、ついでの時に訪問しようと思っていた。

ところが、先日、テレビのチャンネルを替えていたら、Eテレで、「香月泰男」について示す画像が、たまたま目に入った。シベリアから帰って、日本に帰還後、画家に復帰し、苦難のシベリアを題材にして炭を利用した絵を描いたという。視たのは、せいぜい1分。

後で調べると、「みつけよう・美」として、日曜美術館の映像記録40年の歩みを再構成したものらしい。今回が、たまたま山口県立美術館で催された「香月泰男“シベリア・シリーズ”」であったようだ。たった5分間の放送だ。よく目に止まったものだと思う。

一応、彼の経歴を示すと、1911年山口県生まれで、東京美術学校に入学し、梅原龍三郎に傾倒している。その後、故郷の山口で女学校に勤務するも、1942年、召集令状で、翌年、満州のハイラルに赴く。

1945年、やがて、部隊は奉天に向かうが、奉天駅で敗戦を知り、帰国の途につくが、朝鮮国境は、すでにソ連軍の管理下にあり、シベリアのセーヤ収容所に強制収監される。ただ、そこでも、彼は炭を用いて描いていたようだ。1947年に帰還。

戦争とシベリア抑留という過酷な経験をした彼は、「戦争の悲惨さを伝えるには、普遍的な表現様式を確立しなければならない」と言っていたが、帰国後、10年間は、封印した。1950年代半ばから、「シベリア・シリーズ」として復活。悲惨な収容所の人々を描いた「避難民」とか、どん底からのわずかな希望を描いた「青の太陽」が有名とのこと。

この放送を視て、俄然、観たくなって、早速、三木美術館に行ってきた。香月泰男の作品は6点だけだが、シベリアで抑留されたことを知っているためか、なんとなく作品の意図を理解できたよう思う。ただ、直接的な抑留された暗い絵というものはない。

展示されていたものは、「プラム」、「いちご」、「東京湾」、「鳩」、「猫柳」、「木の実」の6点。ただ、全て暗示的だ。籠に盛られた果物類は、限られた空間に束縛された人々の代わりだと見ることもできる。猫柳の蕾も並ぶから人々の代替と見ることが可能だ。

シベリアで、多くの人たちが、身を寄せ合っていた事実と、現在、プラムやいちご、あるいは木の実を食せる嬉しさ。あるいは国に守られて、自然を描ける嬉しさが伝わってくる。「東京湾」は、陽は沈むが、太陽が昇らない日はないと絶望の淵から希望を求めていると受け取ることもできるし、「鳩」は、平和への願いだろう。いずれも、辛い経験をされたから描ける作品だろう。展示は、平成27年11月23日まで。

*追記

その他にも各種絵画15点の展示もある。もちろん、『昭和を彩る名茶椀』展も楽しめる。

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