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2015年10月19日 (月)

大岡昇平著 『俘虜記』を再読

久しぶりに、大岡昇平著 『俘虜記』(新潮社刊)を再読した。古い蔵書なので、少し傷んでいる。この本は、生涯、唯一、父から与えられたもの。確か、中学生の頃だったと思うが、流風は反抗期がひどかった。父も、結構、手こずったようで、晩年、「お前の反抗期は、なかなかやったな」と苦笑して言っていた。

あの頃は、いろいろな悩みで、当人は当人で苦しんでいたと思う。同じような考えがぐるぐる回り、収拾がつかない奴だ。その時、父から、黙って、ぽんと渡された本が、この本。すぐ読む気にはならず、長い間、放置した。

それから暫くして、読み始めたが、楽しい内容ではない。「俘虜」とは、広辞苑によれぱ、「戦闘で、敵軍にとらえられた者」となっている。ちなみに、「捕虜」は、「戦争などで敵に捕らえられた者」となっている。著者の意識としては、「俘虜」の意識が強かったのかもしれない。

それは、「戦陣訓」の「生きて虜囚の辱を受けず。死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」に強く反応しているのだろう。「捕虜」でなく、「俘虜」だと。今、生きる人間からすれば、どちらでも同じに思えるが、当時の人間は、そのように教育されているから、拘りかあったと推察できる。

本著の内容は、著者が、戦時中、フィリピンのミンドロ島に送られ、やがて、米軍との交戦で傷兵となり、捕えられ、俘虜になり、そこでの生活と日本に帰還するまでを描いている。その中には、各戦線での悲惨さを散りばめて表現している。

日本軍は、食料を本土から調達せずに、現地調達した。そのことが現地の多くの人々を悲惨に追い込んだ要因と考えられる。実際、米軍は、本土から、十分すぎるほど食糧が送られ、捕虜あるいは俘虜に対しても、十分な食事が与えられる。これでは、日本は米国に挑んでも勝てるはずのない戦争であった。

更に、この本で彼が描きたかったのは、「俘虜社会」であり、これは「日本社会」の縮図とも言えるものであった。父が当時の私に読ませたかったのは、むしろ、この部分であったのだろう。当時は、残念ながら、あまり理解できなかった。今更ながら、父の思いに感謝。

*追記

大学を卒業し、社会人になり家を出る時、父から、家にある蔵書すべての処分を期限付きで命じられた。結局、持っていくには邪魔なので、数冊の本を除いて、すべて処分を依頼。ただ、 『俘虜記』は処分リストから外され、いつの間にか父の本棚に並んでいた。父にとっても、思い出の書籍であったのかもしれない。父の晩年、私に返却された。

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