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2015年10月18日 (日)

狂言『舟渡聟』について

久しぶりに狂言を取り上げてみよう。最近は、新作も上演されるようになったが、評価は、まだ定まっていないので、今回も古典を取り上げる。それが、『舟渡聟』。「ふなわたしむこ」と読む。流派によって、多少話が異なるが、ここでは、チャンポンにして備忘録として、あらすじを記す(笑)。狂言界の方々に叱られるかな。

内容は、酒好きの聟(むこ)と舅(しゅうと)の話。ある聟が、今日は最上吉日のため、初めて舅を訪ねることになった。他方、舅の方は、すでに、太郎冠者に命じて、門前の掃除などの準備をさせて、どこかに出掛けて行く。お互い、少し緊張する場面。

聟は、祝儀のための酒を土産に舅のもとに向かう。途中、川を渡るため、渡し舟を乗らなければならない。そこに、顎鬚をいっぱい蓄えた船頭が、舟を渡して、帰りの乗舟客を待っていた。ちょうど、その時、聟の男がやって来て乗り込む。その渡し舟を乗ると、船頭は、聟が持っている酒樽が気になって仕方がない。

寒い時期だったので、せめて匂いだけでも嗅がせてくれと頼み込む。ただ、それだけで満足するはずがない。一杯振る舞ってくれとせがむ。聟の方は、祝儀に持っていくものだから、口を切るわけにはいかないと拒否。

そうすると、なんと、船頭は、舟を揺らしたり、手がかじかんで、舟の操作を放棄してしまい、流れに任せる有様。聟はやむなく、口を切り、船頭に飲ませると、一杯が二杯になり、聟の方も船頭に勧められるままに自分も飲んでしまう。

お互い機嫌がよくなり、舟中での酒宴となって盛り上がる。ついには、酒をすべて飲み干してしまう。空になった酒樽を持って舅の家に行くと、舅は留守だった。代わりに太郎冠者に酒樽が空樽だとなじられ、恥をかく。

そうこうするうちに、やがて帰ってきた舅は、聟の顔を見て、びっくり。さきほど、舟に乗せ、酒を振る舞わせた、あの若者ではないか。これでは、とても聟に合わす顔がない。そこで、自慢の髭を剃り落とし、袖で自分の顔を隠して、聟の前に出る。

しかし、結局、船頭であったことがばれてしまい、舅の面目を失う。聟は、いずれにせよ、舅様に進上するためのものだったと、とりなして終演。この狂言も、「喜劇は、より悪しき者を描く」という点では忠実だ。

一般に、こういう、聟と舅は、その後も関係は、上手く行くものだ。流風は、若い時に、酒の失敗もないではないが、ほとんど飲めないので、このような狂言のような話には決してならないだろう。失敗もない代わりに、酒の飲めない面白くない男ということかもしれない。でも、こういう失敗話は聞いている方が楽しい。

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