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2015年11月30日 (月)

三木美術館 2015冬季展を観覧

三木美術館で11月26日から始まった2015冬季展を観覧してきた。今回は、二つのテーマ。『日本画家 松岡映丘』と『巨匠たちに導かれた備前焼作家~土と炎に魅せられて~』だ。また、最近多い、日伸運輸株式会社との共催だ。

まず、『日本画家 松岡映丘』の松岡映丘については、以前にも記した播磨出身の有名な画家。国文学者の井上通泰、民俗学者の柳田国男、言語学者の松岡静雄らの弟だ。詳しいことは、以前に姫路市立美術館で開催された時の、「生誕130年『松岡映丘』展の鑑賞」(2011年5月12日付)で記したので、ここでは、それ以上のことは載せない(*注)。

今回の展覧会では、屏風や軸作品など、人物画・風景画9点を公開している。いずれも、かつて姫路市立美術館展にはなかったものだ。その点が新鮮であった。内容は、「子の日」、「磯路」、「武者」、「あやめ」、「時雨もやう」、「西行姫」、「蘆かり」、「名古曽の関」。そして、「四季の移ろい」として、12枚の色紙絵を屏風に配したもの。いずれも、やまと絵の世界に浸れるもの。

そして、『巨匠たちに導かれた備前焼作家~土と炎に魅せられて~』は、21点展示。最近、好きになった備前焼だが、いずれも素朴な味わいを感じさせる。土に近い色合いが惹きつけるのだろうか。他に常設展の隠崎隆一氏の作品9点の展示もあり。

その他、4階の絵画展では、やはり富士山に、いつも惹かれる。今回は、中根寛の『長陽富士』、三輪晁勢の『朝明けの富士』、松尾敏男の『瑞翔富士』が展示してあった。その他に7点。

会期は、平成28年2月21日まで。

*注

それ以前にも、2005年に、同じく姫路美術館で、『吉村忠夫と松岡映丘一門』を観覧して、図録も持っているが、その時には、吉村忠夫が中心で、松岡映丘の扱いは少なく、記事にはしていないようだ。

*追記

当日は、見学客も多く、5階の応接室では、女性客が椅子に陣取られ、じっくり姫路城を見ることはできなかった。やはり日曜日は難しいかな。また、今後、観覧者が増えるとすれば、5階応接室のイス・テーブル類は撤去された方がいいかもしれない。

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2015年11月29日 (日)

2015 冬対策をとる

ここ数日で、気温が急速に下がり、苦手な冬の季節がやってきた。今年は、秋になっても暖かく、このまま続くのかなと思ったが、甘かった。でも、幸い、今年は冬対策に、早めに厚手のチョッキを購入して準備していた。これを着ると、暖かい。

チョッキは、最近ではベストと言うそうだが、どうしてもチョッキという言葉になってしまう。そういうと、ズボンと言うと、パンツと売り場の人に言われるが違和感がある。私の世代でパンツと言えば下着のことだ。ベストと言われても、何がベストなのかと言いたくなる。

そのことはさておき、急遽、電気こたつも出し、寝る時には電気行火も用意。掛け布団も、冬布団に切り替え。もちろん、毛布も取りだした。後は、どうしても運動不足になりがちなので、どのような対策を取るか考え中。

出掛けるのもいいが、雑踏をうろつくと、インフルエンザにかかる危険性もある。しばらく、外食も喫茶も控えるとすれば、どこに行くか難しいところ。ガーデニングも、そろそろやることがないし、本当にどうしよう。せいぜい、室内の掃除に精を出そうかな。

*追記

季節のいい時には、ガーデニングで結構な運動をするが、今の時期は、多少運動不足になる。天気の好い日には、寒風の中、結構遠くまで、歩いたり、自転車で買い物にも行くが、それで風邪をひくことはない。ただ、それだけでは、運動量が少ない。室内にはトレーニング機器を購入したので、しばらく、それを利用することになる。あまり楽しくはないが。

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2015年11月28日 (土)

姫路市の外国人観光客への新たな対応始まる

姫路市は、「平成の大修理」を終えた世界文化遺産・国宝姫路城観光などで、外国人の観光客が急増している。確かに、姫路駅周辺を歩いていると、人の動きが絶え間ない。これは改修中には、なかったこと。そして改修前より、観光客は多い感じがする。

そこで、JR姫路駅では、2015年12月1日より、男女3名(中国人2名、台湾人1名)の外国人案内スタッフを同駅に配置するようだ。というのは、中国人観光客の増加により、その対応に苦慮していたという。スタッフは、主に改札近くに待機し、構内を巡回し、困っている外国人に対応する。対応時間は午前10時から午後6時まで。

また姫路では、姫路市を訪れる外国観光客がタクシーを利用した時、運転手が目的地を正確に把握できるように、指さし式「おもてなしカード」(姫路観光コンベンションビューローが作成)を提供した。内容は、市内の主要観光施設を写真と英語、日本語で表記したもの。

本来は運転手に英語力があればいいのだが、残念ながら、英語が話せないので、次善の手段を取ったようだ。ただ、英語は仮に話せても、各国で話されている英語は、方言も強く、聞き間違いは十分ありうる。このような対応は、必須だろう。欲を言えば、早急に中国語対応も必要だ。

外国人観光客が不安なく、スムーズに観光できるようにしていくのは大切なことと思う。今後も観光客対応の進化を求めたい。

*追記

2016年2月1日から、姫路城でクレジットカードでの入城料の支払いが可能になっている。これは外国人観光客に配慮したもの。利用可能になるカードは、「VISA」と「Master  Card」の2種類。窓口で、入城券や姫路城・好古園共通券を購入できる。

*追記

姫路城の西御屋敷跡庭園・好古園も入園料が2016年6月1日から、クレジットカードでの支払いを受け付けるようになっている。また同園内のレストラン「活水軒」でも、カードが使える。好古園、姫路城どちらか側でも、クレジットカード使用でき便利になる。

利用できるカードは、VISA、マスターカード、JCB、アメリカン・エクスプレス、ダイナーズクラブ。

*追記

姫路市では、大手前公園地下駐車場、大手門駐車場、イーグレひめじ地下にある、お城本町地下駐車場で、クレジットカード決済を導入した。外交人旅行者の強い要望によるもの。

利用できるカードは、VISA、マスター・カード、JCB、アメリカン・エクスプレス、ダイナースクラブ。

 

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2015年11月27日 (金)

『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』を読了

久しぶりに古典系の本を購入し、読了した。それが、大塚ひかり著 『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社刊)。本の雰囲気や帯に惹かれて、つい衝動買い。やはり、これはネットではなく、書店で行かないとできない。帯の一部を紹介すると、次のようなもの。

 ●じつは若返った爺婆のセックスで生まれた「桃太郎」!

 ●香川に伝わる「浦島太郎」は、八十の老母と暮らす四十路の独身男!

 ●昔話ではなぜ、「良い爺」の隣に「悪い爺」が住んでいるのか?

 ●古典文学には「婚活じじい&零落ばばあ」がいっぱい!その訳は?

拙ブログでは、度々、古典から老人ネタを取り上げているが、本著は、その総集版と言うべきものかもしれない。それほど、取り上げた記事の内容が近い。もちろん、その内容は、私が記したことより深く広い。

筆者は古典エッセイストらしい。独自の視点で、『源氏物語』の個人訳も出しているようだ。更に本著では、昔の老人にスポットを当て、その裏側を鋭く観察されている。童話や古典に描かれる老人たち。いつの時代も、人は老いる。

そして、老いるとは、なかなか厳しいこと。だが、その中で、いかに残りの人生を生き抜くか。古典に学びながら、老いを楽しむ余裕を持ちたいものだ。この書籍には、多くのヒントが隠されているかもしれない。個人的には、紹介されていた古典の中で、未読のものを、いずれ読んでみたいと思っている。

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2015年11月26日 (木)

石炭火力発電の何が問題か

報道によると、世界で、石炭火力発電への風当たりが強くなっているという。果たして、それは正しいのか。

2015年11月、経済協力開発機構、略称OECDの作業部会が、発展途上国への石炭火力発電の輸出に対する先進国の公的融資を、「地球温暖化」対策の観点から、条件を設けて制限することに基本合意したらしい。対象は、二酸化炭素排出の度合いが高い非効率技術だ。

石炭火力の技術には、効率の高い順に、「超々臨界圧」、「超臨界圧」、「亜臨界圧」がある。出力が50万キロワットより大きい場合、亜臨界圧や超臨界圧技術を使った発電所への融資は認めないという。出力が50万キロワット以下の超臨界圧と、30万キロワット未満の亜臨界圧の発電所は、対象を最貧国に限るなどの条件付きで融資を認める方向とか。

だが、二酸化炭素排出が地球温暖化に対して影響がないとすれば、これらの議論は成り立たない。石炭火力発電の場合は、むしろ公害の視点で考えるべきだろう。途上国のようにレベルの低い石炭火力の場合、煤煙による大気汚染の問題がある。

日本が進めているのは、高効率の石炭火力発電であり、それだと排出されるのは、二酸化炭素と蒸気だけだ。それを輸出するのが合理的考え方だ。それを最初から、「超々臨界圧」という高効率の発電技術だけを輸出するとなると、受け入れ国の予算の問題で難しいケースもある。何もかも規制するのが、果たしていいのかどうか。OECDは、何らかの思惑があると判断される。

価格が比較的安く安定的に入手できる石炭を使う石炭火力は、今後、世界で安定的な電力需要を賄うためには、重要な手段になりうる。公害問題には配慮しなければならないが、地球温暖化という情報錯誤をいつまでも引きずるのは望ましくない。

世界の官僚は、どこの国でも、省益を重要視する結果、一旦走り出すと止められない性格を持つ。今一度、原点に立ち戻り、全世界で何が重要なのか考える必要がある。過去の間違った理論に、いつまでも惑わされて本質を失ってはならないだろう。

*追記

それでは、国内の火力発電反対派の意見はどうなっているのだろうか。

全国で、石炭火力発電所の建設計画が48基あるが、丸川珠代環境大臣が、一部の石炭火力新設計画の環境アセスメントで、「是認しがたい」と意見を発表しているが、環境省の役人の意見をそのまま言ったのであろう(*注)。

また、先日神戸市で開かれた、「温暖化対策の危機を乗り越える」というフォーラムでは、次の発言があったという。

一、NPO法人の気候ネットワークの某研究員は、「石炭火力発電の建設は、二酸化炭素排出や健康影響上、望ましくない。太陽光、風力などクリーンな再生可能エネルギー普及を促進・支援すべき」とする。

二、産業技術総合研究所の、某研究員は、「石炭は、燃料の性質上、液化天然ガスの1.8倍の二酸化炭素を出す。その分、安価と言われるが、発電所建設費を含めた発電コストは、LNGと変わらない」と指摘する。

三、神戸大学院法学研究科の某教授は、「石炭火力発電の建設は、地域の二酸化炭素排出量の大幅増につながるもので、地方自治体が、アセスを通して、「許さない」という立場を表明すべき」だとする。

これらの発言も、前提条件が違えば、意味のない発言ということになる。地球全体では人口は限界点を超えて増え続けており、食糧危機の観点から、植物を育成するには、適切な二酸化炭素の量の確保は必要だ。また、そもそも再生可能エネルギーには限界があり、石炭火力発電に反対すれば、原発を推進することにつながりかねないことを知るべきだろう。

*注追記

2016年2月8日に、従来、新設の石炭火力発電に対し、「是認できない」としていた丸川珠代環境相は、経済産業省と協力して電力業界の管理を強化するのを条件に新設を容認した。

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2015年11月25日 (水)

『地球はもう温暖化していない』を読了

深井有著 『地球はもう温暖化していない~科学と政治の大転換へ』(平凡社新書刊)を読了した。構成は、「二酸化炭素温暖化論が破綻するまで」、「太陽が主役、新しい気候変動の科学」、「あまりに政治化された地球温暖化」、「今後とるべき政策を考える」から成る。

筆者は、国連IPCC主導による二酸化炭素による人為的な地球温暖化論に異論を唱えている。地球はデータ上は、この20年間、決して温暖化していないという。温度のデータの取り方にも問題があるし、ヒートアイランド現象と混同しているとする。

冷静に考えるべきは、宇宙と地球、太陽と地球の関係を見るべきで、今後は、太陽の活動の弱まりにより、地球寒冷化の可能性が高いと指摘する。これらの意見が正しいのかどうか、科学者ではないので、その正否は判断できないが、何となく分かるような気がする。

COP21なとでの、最早、意味のない温室効果ガス批判は止めるべきかもしれない。実際、エネルギー問題は、地球温暖化という環境問題以前の問題ということもわかっている。

以前は、私も、COP21の主張を是認していたが、排出権取引が怪しいことが明確になり、今では、どちらかというと、筆者の意見に近い。欧州から発した金融ビジネスの排出権取引は、その根拠が揺らぎ、破綻している。国際金融詐欺が、露呈したのだ。

となれば、エネルギー政策は大幅に見直されるざるを得ない。それに加えて、地球温暖化という、あやふやな危機も見直されるだろう。曖昧な理屈をつけた温暖化ということに疑念を持つ人は増えていくだろう。

そして、石油や石炭の再評価がされる。その中で、環境に悪い影響を与えないな技術が、より尊重される方向に進む。国は、いつまでも、COP21に毎年、数兆円も拠出するのは止めるべきだろう。金融ビジネスの餌食になるだけだ。そして環境省を、ぬくぬくと太らせるだけだろう。

*参考 IPCCとは

国連の機関、気候変動に関する政府間パネルの略称

1990年に第一次報告書で、「二酸化炭素による地球温暖化」を唱え始めた。しかしながら、温暖化が起こったのは7年ほど。その後は世界の平均気温は上昇していない。現在は下降気味。当時、二酸化炭素による地球温暖化を主張した学者も、現在は取り下げている。それなのに、この主張だけが、いつまでも独り歩きしている。

なお、この国連主導のキャンペーンには、毎年、数10兆円の金が使われており、日本は、最大の出し手(毎年4兆円)。果たして、このキャンペーンが真に有効か疑問視されている。深井有氏は、そもそも地球温暖化自体、ありえない仮定であり、無駄なお金が、国際金融ビジネスの資金源になっているだけと指摘する。

*参考 COP21とは

「国連気候変動枠組み条約第21回締結国会議」の略称。

地球温暖化対策の新たな国際枠組みに合意することを目指し、11月30日から12月11日まで、パリで開かれる国際会議。

1997年に採択された京都議定書は先進国が短期的に達成すべき温室効果ガスの削減目標を定めたが、米国が参加を拒否し、中国やインドが削減目標を持たないなど課題があった。

新枠組みには、すべての国が参加し、温暖化被害を抑えるための中長期的な削減を2020年から進めるとするとしている。

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2015年11月23日 (月)

JR山陽線の利便性向上を望む

報道によると、2015年11月20日、兵庫県井戸敏三知事と岡山県伊原木隆太知事が、会談し、両県をまたぐJR山陽線などの利便性向上に向け、JR西日本に対する要望強化などで合意した、とのこと。これは大変意義のあることだ。

井戸知事は、JR山陽線や赤穂線でのIC乗車券「ICOCA(イコカ)」利用拡大をJR西日本に要請し、伊原木隆太知事は、赤穂市や上郡町と接する備前市で、強い要望があることを明らかにした。

また、姫路城や岡山城など両県の歴史・特産物をテーマにした観光ルートの模索、瀬戸内海の再生、シカなど食害を起こす野生生物の捕獲などの取り組みを共同で進めることを確認したようだ。

以上のことは、「大播磨圏構想」は、以前に拙ブログでも取り上げたこともあり、大きく賛意できる。県境を越える発想は、行政では、なかなかむつかしいものがあるようだが、地域間交流を強化して、「大播磨圏構想」を是非実現してほしい。

これを機会に民間ベースでの交流強化も望まれる。地域文化が近いので、抵抗も少ないと思う。うまくいけば、将来、一大地域圏が生まれるだろう。そのための、JR山陽線等の利便性向上は欠かせない。JRとしてもビジネス拡大のチャンスだろう。

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2015年11月22日 (日)

2015年 『ひめじ植木いち』に行く

現在開催中の2015年『第25回 ひめじ植木いち』に行ってきた。毎年、割と行っている方だ。昨日、21日にオープニングして、姫路のキャラクターのしろまるひめとか、かんべえくんが来ていた。相も変わらず、人だかりができて、人気者。22日には、せり市もあり、にぎわっていた。また23日までは、姫路食博も開催中で、人は例年通り多い。

その中で、植木いちの会場を、ぐるっとまわって、いいものを探す。これが楽しい。同じものでも、店舗で価格も違う。大きさが違えば、大きく変わる。既に成長したものを買うか、まだまだ、これから手に入れて育てなければならない小さいポット苗を買うか、いつも悩む。

今回は、以前、移植して、枯らしてしまったシャリンパイの代わりを購入。ポット苗なので、少し成長を待ちたい。そして、初めて、お多福南天を購入。街でよく見るが、買うのは初めて。縁起のいい植物らしい。花言葉は、「機知に富む、福をなす、良い家庭、私の愛は増すばかり」ということらしい。

それから、家にはバラとかサザンカなど、赤い花を咲かせる木が多いので、白い花を咲かせるサザンカを購入した。その他では、庭に植えているフッキソウが、なかなか繁殖せず、やや元気がないので、買い増した。ついでに、目についたユキノシタも購入。

また、今回は、購入すると与えられるガラガラポンの結果はすべてハズレ。以前のように、しょっちゅう当たるのも変な感じだか、今回のように、全く当たらないのも、どうかねえ。運に見放されたか。あるいは、当たらない方がいいのか。でも、今回は、この催しで、納得のいろんな木々を購入できて満足。その方が大事。

11月29日まで。

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生き残る俳優の条件

一時、もてはやされた売れっ子俳優が、いつのまにかフェードアウトして、テレビや映画に出演しなくなり、人々の記憶から消えて行くことがある。女性の場合は、結婚により、実質引退状態にある人を除いて、彼らは、なぜ消えて行くのか。今回は、僭越ながら、生き残る俳優の条件を素人視線で記してみます。

 一、まず演技が上手なこと。そして、努力家であること。

 二、与えられた課題の理解力があること

 三、仕事場に於ける他者の役割を理解していること

 四、仕事の全体を理解し、その中での自分の役割を知っていること

 五、現場の変化対応に柔軟な心の持ち主であること

 六、現在、求められている自分のポジションを理解していること

 七、体力があること、そして体力強化に日々努めている

 八、健康管理が行き届いていること

 九、仕事のコントロールを適切に行うマネジャーがいること

 十、支えてくれる周囲への配慮ができる人

 十一、あらゆる発言も含めて、見えないファンを大切にすること

 十二、売れっ子になっても、使いやすいギャラを維持すること

 十三、いつも感謝の気持ちを忘れないこと

 十四、時代を読み取る力を日々養っていること

 他にもあるかもしれないが、大体、以上のことが挙げられるだろう。また、これらは、一般サラリーマンにも当てはまることだろう。

*2015年12月30日

一部内容を変更しました。

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2015年11月21日 (土)

きれいなブログ、汚いブログ

いろんなブログを見ていると、感心するような、きれいなブログがあるかと思えば、これはちょっとと思われる汚いブログもある。ブログは、ある意味、書き手の意思なので、書き手本人にすれば問題ないのかもしれない。だが、見る方からすれば辛いブログは、やはり問題かもしれない。

まあ、他人のことは、あまり言う資格はないのですが、拙ブログは、文章だけなので、ワンパターンですが、内容はともかく、ブログ全体は、そんなに汚くならない。ただし、リンクを増やし過ぎると変な雰囲気になるので、気付いた時に若干調整している。それでも、第三者から見ると、あるべきブログの構成になっているとはいいがたいかもしれない。

ただ、私見だが、最近は、アバターやカレンダーに加えて、ツイッター、フェースブックなどをリンクし、インスタのブログ取り込みなどで、ブログが煩雑になり過ぎて、汚くなっている方が意外と多い(*注)。ブログは、シンプルなつくりの方が美しく、あまり何もかも取り入れるのは、控えた方がいいと思う。

*注

芸能界の方々は、すべてのリンクが悪いとは言わない。例えば、出演情報などはブログに記さずに、リンクした方が、ブログは美しく見える。フェイスブックやツィッターのリンクもわかる気がするが、見る側からすると、情報が、あまりにも分散されて、一体、何を知ってもらいたのかが曖昧になる。

芸能界の方々は、売り込みたい気持ちは分かるが、あまりに盛り込みすぎると、全体バランスを失って、汚いブログになっている例が散見される。また、文章が異常に長すぎるのも頂けない。書きたい気持ちは分かるが、日付を変えて、分割表示にした方がいいだろう。

逆に、記事に内容はないのに、ブランク幅を大きく取って、文章を引き延ばしする人もいるが、読む側を馬鹿にしているとしか受け取られない。注意すべきだろう。

またブログの構成のことではないが、ブログの更新を長い間しない人がいる。一体、何のためのブログなのか。もちろん、毎日、更新する必要はない。内容もないのに、無理やり更新するのも馬鹿げている。だが、長い間、更新しないのであれば、一旦休止表明するか、閉鎖すればいい。

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2015年11月20日 (金)

『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を読了

先日、矢部宏治著 『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル刊)を読了した。少し前に読んだ、前泊博盛著 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社刊)も、衝撃的だったが、この著作も、一般人にも分かる視点で、日本にある米軍基地と原発について、痛快かつ丁寧に解説している。

一般人にも分かる視点とは、「沖縄の謎」、「福島の謎」、「安保村の謎」、「最後の謎」である。詳しくは記さないが、敗戦による戦後の米国支配と昭和天皇の関係が大きく影響していると説く。昭和天皇崩御の後は、その関係を維持すべく、与野党の安保村議員を引き込み、安保利権を守るため、法務官僚と外務官僚が暗躍する。

これらを解消するには、日本国憲法の第九条二項を国連中心主義の立場を明らかにして、次のように改めるべきだと主張する。

現状の二項

「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない、国の交戦権はこれを認めない」

第九条二項改正提案

「前項の目的を達成するため、日本国民は広く認められた国際法の原則を自国の法の一部として取り入れ、すべての国との平和および友好関係を維持する」

なお、憲法改正は、国民が、「国民代表会議をつくって、それに起案させ、最後の確定として国民投票にかける」という美濃部達吉案を推奨している。改憲派といわれる人々や護憲派といわれる人も耳を傾けるべきかもしれない。間違っても、政党に憲法改正を委ねてはいけない。それは全く同感。

まあ、断片的に記しても、誤解を招くかもしれない。若い人だけでなく高齢者も、この本を熟読して、日本の将来が、どうあるべきか議論してほしいものだ。日本を、米国の保護国ではなく、本来の独立国として取り戻すには、国任せにせず、国民が、強い関心を持ち続けることが大切だ。また、大変読みやすいので、政治に無関心といわれる若い女性にも、日本が将来、他国の戦争に巻き込まれないためにも読んで欲しい本だ。

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2015年11月18日 (水)

『直茂公御壁書』を読む その十一

『直茂公御壁書』を取り上げるのは、一旦、今回で終了する。最後に取り上げるのは次の二つの言葉。

まず、「上下に依らず、一度身命(しんみょう)を捨てざる者には恥ぢず候」

身分の上下に関係なく、一度も、身命をかけた経験を持たない者には、信用を置けない、ぐらいの感じ。現代の一般社会でも、同様のことが言える。それくらいやらないと、いつまでも自分の限界がわからないし、他者のことも理解できない。極限を知っている者のみ、うまく組織を動かせるのだ。

二つ目は、「人は、下程、骨折り候能(よ)く知るべし」

下位にいる者ほど、苦労しているものだ。そういうところに、如何に配慮するかが、上位トップ層には問われている。それ以上の解説は不要だろう。

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播州弁 その四十一 なしたまあ

今回の播州弁は、「なしたまあ」、あるいは「なしたまー」と表記できるかも。

言葉の語源は、よくわからないが、「なして」が「どうして」の意味で使われることからすれば、そこから来たのかもしれない。

朝ドラの『あさが来た』のあさが、「びっくりぽん」とよく言うが、それと同様、驚いた時の表現。びっくりしたなあとか、思いもしなかったとか、なんてことのようなニュアンス。

ただ、場面により、「ほんとうにそうだ」という場合もあるそうだ。そういう使い方をしたことはないが、会話の流れに注意。

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2015年11月17日 (火)

『直茂公御壁書』を読む その十

今回の『直茂公御壁書』は、次の通り。

  鬮(くじ)占(うらない)は運につき候間、

  差立(さしたっ)て用ゐ候はば、

 大いに迦(はず)れあるべし。

要するに、くじや占いの結果は、その時の、たまたまの出来事に過ぎない。よって、大事を決める時、これらに頼ると、かけ事のように、大きな失敗を招くだろう、というようなことを言っている。

現代でも、政治家や経営者が、大きな決断を迫られて、占いなどに頼ることがあると聞く。頼られた方は、彼らの顔色をうかがいながら、適当なことを言う。もちろん、事前にネタは仕込んでおく。

占いなんて、そんなものだ。くじにしたって、適当なものだ。所詮、遊びに過ぎない。それでも、女性は、占いを信じる傾向が強いが、それで心が左右されるとすれば、危ない選択と言えよう。

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2015年11月16日 (月)

播州弁 その四十 いこす

今回の播州弁は、「いこす」。東京時代、この言葉を使って、きょとんとされた。やはり通じないか。

昔の冬の暖房と言えば、火鉢。火鉢に、「赤々と炭をいこした」ものを入れ、手をかざして暖を取るのが一般的だった。寒がりの流風は、火鉢を抱え込むようにして温まっていた。

七輪で、炭を「いこす」。すなわち、「火を起こす」の意味。いこされた炭を取り出して、火鉢に入れるのだ。播州に限らず、関西や四国で広く使われている言葉らしい。「いこる」とは、本来、「炭が赤々となった状態」を指す。

子供時代、現代のような家電暖房機器は普及してないかった。昼間は、とんど焼をして、それで温まるというのもあった。またドラム缶に穴を開けて、そこで木々をもやして暖を取っている人もいた。

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2015年11月15日 (日)

『日本に巣食う4つの“怪物”』を読了

カレル・ヴァン・ウォルフレン著 『日本に巣食う4つの“怪物”』(井上 実訳。角川学芸出版刊)を先日、読了した。著者は1941年オランダ生まれのジャーナリストでアムステルダム大学名誉教授。日本外国特派員協会の会長でもある。

外国人、西欧人の視点で、日本の現状を冷ややかに分析している。彼は日本には、4つの怪物が巣食うと指摘。その4つとは、「マスメディアという怪物」、「金権政治という怪物」、「国際政治と偽の怪物(米国政治を支配する軍産複合体)」、「TTPという隠れた怪物」である。

戦後、日本を保護国として支配し続ける米国。更に、それを強化しようとする米国と、それに過剰適応しようとする日本の政治勢力と法務官僚・外務官僚。それに対して、一般国民は、「仕方ない」とあきらめる思考が日本を危うくする。

基本的に、欧州・ロシア側から見た思考だが、一般人にも参考になるだろう。また著者と翻訳者には信頼関係があるようで、誤解を招くような翻訳本ではなさそうだ。

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『薩摩焼 15代 沈壽官展』を観覧

姫路・ヤマトヤシキで開催されている『薩摩焼 15代 沈壽官展』を観覧してきた。展示販売の展覧会にしては、立派な催しだった。展示数も、香炉、水盤、置物など約80点と、こういう個人の催しでは点数が多く、さすがヤマトヤシキという感じ。兵庫県内での開催は初めてで、ヤマトヤシキ復活を感じさせる。

薩摩焼については、知っていたが、こんなに身近に見たのは初めて。400年以上前に、朝鮮半島から薩摩に渡った沈壽官の祖先が、一子相伝で継承してきた。薩摩に渡ったと言えば聞こえはいいが、秀吉が朝鮮と戦った時、薩摩藩が、彼らの陶工技術を欲しくて、無理やり連れ帰ったと聞く。

それでも、渡ってきた陶工は、薩摩・島津家の求めに応じて、山野を巡ること17年。ようやく白土を探し当てる。その白い生地に、きらびやかな金襴手(色絵などに金の彩色を加える)、繊細な透かし物が加わる。以来、歴史の波に揉まれながらも、伝承の技を護り、さらに革新していくようだ。

観覧した印象は、とても繊細な雰囲気の焼物だということ。そして、女性が好みそうなものだった。2015年11月16日まで。

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2015年11月14日 (土)

『日本の謎 刀~近畿で活躍する刀匠たち』展を観覧

圓山記念 日本工藝美術館で、『日本の謎 刀~近畿で活躍する刀匠たち』展が始まった。最近は、「刀剣女子」とか言う若い女性たちが、日本の刀剣に強い関心を持ち、時々マスコミにも取り上げられるようになり、一種の刀剣ブームらしい。

日本の刀剣は、日本の金属文化の文化遺産だ。その強さに加え美しさには、世界から高い評価を受けている。パンフレットには、以下のように記されていた。

 ◎ 「鉄」でしかない刃物 

 ◎ 宝石に匹敵するとも劣らない価値

 ◎ 見れども見尽くせない品と美しさ

ただ、多くの日本人は、直接的には目に触れる機会も少ないので、上記の価値を、はっきり認識している人は少ないだろう。それに昔と違って、社会的需要もない。そういうことが、刀剣市場を小さくして、刀匠たちの生活も大変なようだ。

しかしながら、この伝統的な日本文化を残すことは大切だ。現在、多くの伝統工芸に対して、外国人の方が、むしろ高く評価し、その技術を学ぼうとしている。これは日本人としては情けないことだ。

日本は次々と新しい文化を取り入れるが、古い文化を守ることに関しては、どうも関心が薄い。もちろん、古い文化と新しい文化の融合はあるのだが、歴史的遺産という視点が欠けている場合も多い。

さて、展覧会では、21名の刀工の作品が展示されていた。姫路市からは、先日の明珍親子展で出品されていた明珍宗裕氏の作品もあった。

実際、刀剣を間近で見るのは初めてだったが、けっこうごつい。あれを振り回すのは、相当の体力を必要とする。時代劇で、主人公が、次々と悪役を討ち果たすが、実際は、ありえないのだろう。

また、細かいデザインも素晴らしい。確かに、美術的価値はあるのだろう。そして、観覧者には年配の人も多かったが、若くすらりとして体格がしっかりした女性たちが多かったことだ。彼女らは剣道をやっているのだろうか。彼女らが剣をとれば、まさに女性剣士の風格あり(笑)。「刀剣女子」は、決して、ちゃらちゃらしたものではなさそうだ。

展覧会は、平成27年12月23日まで。交通は、姫路駅前より神姫バス3番・4番乗り場で、日赤病院経由の一方通行の十二所線を行き、「今宿琴丘高校前」下車。歩いて3分。便は結構で出ており、時間的ロスは少ない。また、帰りのバスは、停留所が、十二所線ではなく、国道2号線沿いにあるので注意(今宿停留所)。

*2016年6月22日追記

報道によると、「第7回新作日本刀 研磨 外装 刀職技術展覧会」の作刀部門に於いて、姫路市の明珍宗裕氏が、2年ぶり3度目の最高賞「経済産業大臣賞」に輝いたらしい。受賞作は、長さ77センチ、反り2.6センチの太刀。刀身に浮かぶ模様「刃紋」にこだわり、それに塗る粘土や炭粉などの配合に工夫を凝らし、「空に浮かぶ雲」をイメージされたという。

 

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『直茂公御壁書』を読む その九

今回の『直茂公御壁書』は次の通り。

 「物毎書道迦迦れ候事」

「ものごとしょどうはずれそうろうこと」と読む。

書き物、つまり書物に書かれていることは、外れるものだと。以前にも記したが、社会人になって、ハウツー物の本をたくさん読んでいたところ、父から注意を受けた。「そんなもん、いくら読んでも何にもならん。人があるべきことを説いた古典とか歴史書を読め」と。

ハウツー物は、著者の解釈であって、万人向きとは言えない。環境が異なれば、違った結果を生むこともある。そういう書物を読む場合は注意を要するということ。

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2015年11月13日 (金)

2015年 『明治の香り漂う迎賓館・兵庫県公館 特別公開』を観覧

兵庫県公館30周年事業 『明治の香り漂う迎賓館・兵庫県公館 特別公開』展を観覧してきた。この公館は、明治35年、県庁舎として、当時の代表的建築家・山口半六氏の設計によるもので、歴史的文化遺産だそうだ。戦災で焼失したが、修復され、昭和60年に、迎賓館と県政資料館からなる兵庫県公館になった。

公館は、毎年公開されるが、今回は規模が違う感じ。1階から3階まで、特別公開された収蔵品を含めて、120点が展示。有名な芸術家の作品ばかりだ。例年と比べて規模も大きい。また一般の美術館のように、作品が羅列されるのではなく、各部屋や廊下に展示されるので、作品も、どこかの邸宅で鑑賞しているような錯覚を覚える。

会期は、2015年11月26日まで。観覧無料。市営地下鉄県庁前駅からすぐ。あるいは、JR元町駅西口か、阪神電車元町駅西口下車。北側に歩いていくとある。なお館内は飲食禁止、撮影禁止。また、近くに相楽園もある。

また、次のような、各種催しも計画されている(*詳しい内容は、兵庫県公館のホームページ参照してください)。

◎ナイトミュージアム

   2015年11月18日から23日まで、午後8時まで開館し、ライトアップ。

   20日から22日には、ナイトコンサートもあり。

◎ 各種コンサート

    20日 ハープDAY   14時10分~、18時40分~

         21日 ジャズDAY  11時10分~

         22日 浄瑠璃&西洋古楽DAY 

        12時40分~、14時10分~、18時40分~

    23日 クラシックDAY

        11時10分~、12時40分~、14時30分~

 

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『明石の中世』展を観覧

明石公園・菊花展覧会に行った、ついでに、明石市立文化博物館で催されている小さな展覧会『明石の中世』展を観覧してきた。菊花展覧会は、会期も終了間近(11月15日まで)なので、幾分、元気のない菊も見られたが、毎年の如く、ここの菊花展覧会は魅力的。神戸の相楽園の菊花展が上品な大人の菊花展とすれば、こちらは、やや庶民的でありながら、スケールはそこそこにある見ごたえのある展覧会。ただ、もう少し早く来るべきだった。

さて、『明石の中世』展は、先日記した姫路市埋蔵物文化センターの『宮山古墳』展ほど、時代は古くないが、「埋蔵物」という点では同じ。太山寺、頭高山遺跡、如意寺、報恩寺跡、高家寺、大蔵中町遺跡、吉田南遺跡、藤江松ノ本遺跡等の出土品が展示されていた。

こちらも、いくつか展示に工夫があった。建築遺跡の復元CGだ。やはり一般人は、こういうものを見せられるとわかりやすい。瓦と器の展示が多かったが、一部、破損した部分だけの展示もあるが、瓦は復元されたものもあった。予算的に、すべて復元することはできないのだろうが、民間の協賛者を得て取り組んでも、それは意味のあることだろう。

会期は、2015年12月13日まで。

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2015年11月12日 (木)

姫路「明珍鍛冶 親子展」を観覧

山陽百貨店で、「明珍鍛冶 親子展」が開かれていると聞いて、観覧してきた。姫路では有名な「明珍火箸」は、火箸の需要が無くなった後は、火箸を「明珍風鈴」として、有名。使い方を、ころっと転換された例だ。考案者は、姫路の伝統工芸士として有名な第52代・明珍宗理(みょうちんむねみち)氏。今回、黄綬褒章を受章された。

それを記念した催しのようだ。会場には、数々の火箸の風鈴をいろんなデザインで、創作されていた。現在は、長男の明珍敬三氏が、後継者のようだ。また会場に刀剣が展示してあり、少し驚いたのだが、実は次男の明珍宗裕氏が、刀工の道を歩まれた結果らしい。

単なる伝統工芸品から、美術工芸品への転換が強く感じられた。庶民から、遠くなっていく感じも受けるが、明珍風鈴は、日頃から山陽百貨店で販売されているので、観光旅行者の方々も、一度、手に取って見てもらいたいものだ(季節ものゆえ、販売のない時期もある)。

なお展覧会は、平成27年11月17日まで(最終日は午後3時閉場)。会場は、山陽百貨店 本館5階・美術画廊にて。

*2016年6月22日追記

報道によると、「第7回新作日本刀 研磨 外装 刀職技術展覧会」の作刀部門に於いて、姫路市の明珍宗裕氏が、2年ぶり3度目の最高賞「経済産業大臣賞」に輝いたらしい。受賞作は、長さ77センチ、反り2.6センチの太刀。刀身に浮かぶ模様「刃紋」にこだわり、それに塗る粘土や炭粉などの配合に工夫を凝らし、「空に浮かぶ雲」をイメージされたという。

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播州弁 その三十九 「ええがい」と「あっかいや」

今回の播州弁は、「ええがい」と「あっかいや」。

「これでええか」という問いに対して、良ければ、「おお、それで、ええがい」、ダメなら「そんなん、あっかいや」となる。

「ええがい」は、「好い」が変化してもの。「ええが」と切って言う人もいるが、「ええがい」は、やや上から目線。

「あっかいや」は、「悪い」の「あかん」から変化したものと理解できる。割と軽い言い方。冗談ぽく言う場合も多い。場面で異なる。

他所から来た人は、一瞬、目をぱちくりする人もいるが、間もなく、理解するようになる。ニュアンスで伝わるものだ。どちらかというと、浜手の言葉かもしれない。

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2015年11月11日 (水)

姫路網干・龍門寺に久しぶりに再訪

11月11日の「こころの祭 姫路」の平成27年の催しでは、今回は龍門寺(りょうもんじ)に行ってきた。姫路市内の禅寺では、有数のお寺です。龍門寺については、以前、不生禅を説いた「盤珪禅師のこと」(2012.04.21付)にて記事にした中で少し記した。

前に訪問した時は、工事中で、諦めて、中は見ることができなかった。今回は、催しの特例で無料で、諸堂(禅堂、地蔵堂、不動堂、開山堂、本堂)が開放され、開山堂の広い庭も楽しめました。

また、姫路市指定文化財の本堂の襖絵43面も修復公開されていた。狩野常信、周信、典信、惟信作という。以前、京都の襖絵展を見たことがあるが、それに決して劣るものではない。ただ、修復されていたらしいのだが、一般人からすればも復元模造されたものの展示の方がわかりやすい。是非、復元模造されたものを博物館等で展示してほしいものだ。

更に、寺宝館も開放されていた。盤珪禅師を描いた姿絵や墨蹟があった。顔から受ける印象は、少し気難しい感じ。墨蹟の方は、力強く筆の運びがねっちりした感じ。どのような性格の持ち主だったのだろう。彼は、辛抱強く、各人に合った説法したそうだ。文字同様、粘り強い方だったように思う。

ただ、寺宝館ができた時に、主要な多くが盗まれたらしい。残っているのは、その残りもの。大変残念だ。犯人は捕まったが、寺宝は取り戻せず現在に至っているという。 その他、帰依した領主等から寄贈品や関係者の寄贈品などがあった。

お寺の関係者の方から詳しい説明を受けた。いつも他の寺宝館に行っても、これほど丁寧な説明を受けることはないので、有り難かった。「こころの祭 姫路」の催しに感謝。最後に、田捨女 貞閑尼のお墓も、この寺にあると聞いて、確認して礼拝して、寺を後にした。

*参考 

龍門寺    姫路市網干(あぼし)区浜田812

   http://www.ryomonji.jp/

河野太通老師は、本山管長をされていたこともあり、割と有名。多くの書籍もあり、マスコミの取材も多いらしい。毎年3月末から4月にかけて、大茶会が開かれるそうだ。

姫路からは、山陽電車、飾磨駅にて乗り替え、山陽網干行きに乗り、終点下車。歩いて約20分かかる。国道250号線を西に。揖保川に架かっている網干大橋を渡り、しばらく行くと変電所がある交差点があるので、そこを左に曲がって、少し行くと、交通案内の看板がある。川沿いにある。

近くに、不徹寺(ふてつじ)がある。ここは田捨女 貞閑尼が元禄元年(1688年)開いた寺で、彼女は元々、丹波柏原生まれの元禄の女流俳人、田捨女(でんすてじょ)。彼女が6歳の時に俳句「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」が有名。盤珪禅師の徳を慕って、網干に来て、多くの弟子を導いたと伝えられる。

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2015年11月10日 (火)

「宮山古墳」展(姫路市埋蔵文化財センター)を観覧

先日、「宮山古墳」展の案内チラシを頂いた。そこには、おしゃれな耳飾りが二つ載っていた。それに惹かれて、初めて姫路市埋蔵文化財センターに行き、「宮山古墳」展を観覧してきた。姫路市埋蔵文化財センターは開館10周年を迎えるそうだが、行ったことはなかった。

姫路駅からバスに乗って約20分。降りると、そこから3分ということだったが、間違って、見野古墳の方へ歩くと、案内標識があって、逆方向だとわかり、地域の人に再確認して逆戻り。ああ、出てしまった久しぶりの方向音痴(苦笑)。

それでも、すぐに着いた。丘の麓に大きな施設だった。ほとんどが収蔵庫になっているようで、展示室は、その一角を占めている。今回の宮山古墳出土品は、国の重要文化財に指定されているらしい。宮山古墳は、センターに隣接し、古墳時代の円墳で、市川下流東岸にある標高33メートルの尾根の上に築かれたもの。そこから3基の埋葬施設が見つかっている。

これらはすべて、当時の朝鮮半島の影響を強く受けているようだ。3か所の埋蔵品は、いずれも身分の高い武人が身に着けていたものが中心だ。権威を示すためか、身にいろんな飾り物を付けている。武具も装飾性が高い。出土品は、武具に加えて、パンフレットにあった垂飾付きの耳飾りや銀の象嵌された柄頭を持つ太刀等が77点を展示。なかなか興味深い展示であった。

平成28年1月11日まで展示。入館料は無料。交通は、姫路駅から神姫バス15番乗り場、23,24系統、見野古墳群線乗車、坂元停留所下車3分。ただし、1時間に1本しかありませんので、時間配分に注意が必要。あるいは、JR御着駅から約30分かけて歩いていく方法もあるとのこと。急ぐ時は、車で行った方が一番楽かも。

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『直茂公御壁書』を読む その八

今回の『直茂公御壁書』は、別記事でも取り上げたが、次のように言っている。

 「大事の思案は軽くすべし」

大事に臨むには、改めて考えることのないように、覚悟を決めておけば問題がない、と。 意思決定するには、基本的に、明確な目標設定し、手順を、きちんと踏むことをやっていれば、本来、迷うことはない。確かに、途中に、イレギュラーなことが起こりうるが、基本線はしっかり守っていれば問題はない。それをしないで、あれこれ考えることが一番悪い。

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2015年11月 9日 (月)

「人間将棋・姫路の陣」の催し案内 

子供時代、将棋の駒を使って、父と「山崩し」とか「はさみ将棋」をやったことがあるが、本格的な将棋は、強くならなかったので、結局、それ以後は、全くやっていない。そういうことで、将棋には興味はないのだが、姫路市が、度々広報しているので、全国の将棋ファンの方のために、一応案内しておこう。

それが「姫路城グランドオープン記念!祝賀・人間将棋・姫路の陣」だ。そもそも人間将棋は、将棋駒の生産で有名な山形県天童市の伝統行事。この人間将棋は、太閤秀吉が、関白秀次を相手に、伏見城で小姓や腰元たちを将棋の駒とみなして、野外に設置した将棋盤を戦いの場に見立てて、将棋の試合を楽しんだことが始まりらしい。

棋士が、甲冑や陣羽織などの戦国衣装に扮した人間を指揮する。今回の駒役は、市内の中学生が務める。また黒田官兵衛が、11月29日生まれということもあり、2015年11月28日と29日に大手前公園で開催される(ただし、雨天の場合は、白鷺小学校体育館内)。6人の有段棋士が各日メンバーを変えて参加予定(*参考1参照)。

また28日には、将棋好きで有名な芸人のシャンプーハットてつじさんがトークショー(11時より)とゲスト対局(午前11時15分より)に参加予定。その後12時30分より人間将棋開始。なお、29日の人間将棋は12時開始予定。

また10時より14時まで「自由対局」があり、自由に対局できる。12時30分まで、「詰将棋クイズ」があり、正解すると、抽選で、出題棋士の色紙がもらえるとのとこ(クイズの正解発表は28日が14時30分。29日が14時となっている)。

将棋に関心のある方、あるいは、これから、やってみようかという人は是非。また関心のない人も、楽しめるかも。

*参考   予定出演棋士名は次の通り。

11月28日

 東 和男 八段

 神吉 宏充 七段

 稲葉 陽 七段

 船江 恒平 五段

 村田 智穂 女流二段

 長谷川 優貴 女流二段

11月29日

 井上 慶太 九段

 福崎 文吾 九段

 久保 利明 九段

 山崎 隆之 八段

 若松 政和 七段

 室谷 由紀 女流二段

*2016年9月30日追記

今年の姫路「人間将棋」は、11月5日・6日の両日の日程で催される。

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高齢者は丸くなっていいのか

一般に、人は、若い時は角があっても、歳を重ねることで、角が取れて丸くなると云われる。確かに、あの人がという人が、高齢になって、性格が丸くなり、好々爺になっているのは、過去にも、度々見てきた。

では、丸くなるのはなぜか。それなりに経験を経て、他者を尊重する円熟さ、ずるさが備わったものと見ることもできる。あるいは、先が見えるようになり、一種あきらめの境地に入っているのかもしれない。

ただ、かつて医師会の会長をしていた武見太郎氏は、「円熟するというのは一種の老化現象」と切り捨てている。高齢者が、いつまでも角がとれないと、「頑固者」と周囲から敬遠されそうだけれど、皆が皆、角が取れて丸くなる必要はないと思う。

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2015年11月 8日 (日)

『直茂公御壁書』を読む その七

今回の、『直茂公御壁書』を読むは、次の通り。

「万事しだるきこと、十に七ツ悪し」

決断をする時、あれこれと、いろいろ考え、迷った時は、多くは最悪の結果を招きやすい。雑念から離れ、心を鎮めて冷静に判断すれば、決断を誤ることはない。

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2015年11月 7日 (土)

結婚直前の女性へ

女性は、結婚前になると、多くの人がマリッジ・ブルーになるらしい。期待と不安が交錯するのは分かる。ただ、そうした迷いは不幸を生む。次の言葉を贈ろう。

 Once a decision was made, I did not worry about it afterward.

「一旦、決断したのなら、その後のことは、あれこれ心配しなかった(それに向かって突き進むだけだった)」。要するに思い切りが大切ということ。本来、米国の政治家の言葉だけれど、結婚前の女性にも援用できる。

*追記

また、鍋島直茂は、『直茂公御壁書』にて、次のように言っている。結婚を控えた人たちについても、参考になるだろう。

「大事の思案は軽くすべし」

人生に於いて、大事に臨むには、改めて考えることのないように、覚悟を決めておけば問題がない、と。

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2015年11月 6日 (金)

播州弁 その三十八 しょうもない

今回の播州弁は、「しょうもない」。本来、京都弁らしいが、播州でも、よく使う。以前にも記したが、播州と京都は、昔から交流があった。古代では、播州から発祥して京都に伝わっているものも多い。言葉の源流は、案外、播州かもしれない。

さて、子供のころ、試験前日、母から、「しょうもないことに熱中せんと、もっと勉強しいや」とよく言われた。「しょうもない」とは、本来、「仕様もない」から来ている。「くだらないとか、つまらないこと」。

勉強モードになるには、少し時間が、かかるタイプだった。それゆえ、ついつい、他のことに関心がいき、のめりこんで、勉強のことを忘れて、おろそかになる。結局、勉強時間が少なくなり、特に試験前に、そういうことになり、翌日の試験の結果がさんざんだったことを思い出す。現代だったら、ゲームやスマホに夢中になるということだろうか。

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2015年11月 5日 (木)

長岡隆志著 『「20秒」で ねこ背を治す』を愛読

子供時代、身体が弱かった流風は、大きくなっても、どうしても楽な姿勢をしようとして、生前、父から「姿勢が悪い」と度々叱られた。社会人なってからも、時々、帰省すると、「お前、相変わらず、姿勢が悪いなあ。何とかせい」と、よく言われた。

言われて、しばらくは、いい姿勢を保とうと努力するが、いつの間にか、悪い姿勢に戻っていることも多い。今は、誰も言ってくれる人がいないので、時々、思い出しては、姿勢を正している。そのようなことを考えていた時、長岡隆志著 『「20秒」で ねこ背を治す』(SB新書刊)を昨年、本屋で発見して、購入した。著者は理学療法士で、内容は実践的。

当時は、パラパラ読んで実践していたが、いつの間にか、本棚を並んで、ねこ背を治す意識が無くなっていた。そこで、最近は、目につく所に、この本を置いて意識づけしている。特に、朝起きて、いろんな姿勢矯正実技を試している。ここでは、内容は示さないが、短い時間でできるので、それがいい。

この実技をすると、一日中、体調はいいし、便通もいい。年齢を問わず、多くの人に、この書籍を薦めたい。

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2015年11月 4日 (水)

『直茂公御壁書』を読む その六

今回の『直茂公御壁書』は、次の通り。

「身上の届けは昇り(のぼり)階上(はしのぼ)るやうに」

短文だが、意味深長だ。すなわち「出世は、梯子段を一歩一歩上るようにするのが好い」と言っている。抜擢とか一足飛びに役職が上がるのは、組織的に弊害があって、早く出世した者も周囲の協力を得られなくて難渋するのは確かだろう。

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2015年11月 3日 (火)

澤田幸男・神矢丈児共著 『腸が寿命を決める』を読了

以前にも記したが、高齢の先輩が、よく「胃腸から風邪はひく」と、おっしゃっていたが、今回読んだ澤田幸男・神矢丈児共著では、『腸が寿命を決める』(集英社新書刊)と説かれている。説明によると、人間には病気を防ぐ免疫機能を有しているが、その80%を腸が担っているという。

よって、大腸の汚れが、あらゆる病気の引き金になる。大腸をきれいに保つには、乱れた食習慣と生活習慣を直す必要がある。また市販薬の服用は止めるべきだと主張する。そして、時々、断食を行うのもいいようだ。この辺は、よく説かれる健康法と差はない。

ただ、本著では、腸の役割を含めて、一般人にもわかりやすく説明されており、いろんな病気を引き起こす原因にも合理的に説明され、多くの人が腸に意識を持つのに役立つ書籍だろう。

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2015年11月 2日 (月)

『姫路観光ガイドブック』平成27年10月改訂版について

『姫路観光ガイドブック』(姫路観光コンベンションビューロー発行)が、平成27年6月に発行されたが、観光案内所に行くと、この度、平成27年10月改訂版が発行されていた。新しい施設の案内やグルメ関係の案内が増えていた。

先日、バラエティ番組で、姫路が取り上げられていたが、「姫路には姫路城しかない」というようなニュアンスで捉えられていたことは残念だ。確かに、姫路城は大きな存在だが、それ以外にも観光施設がある。番組では、「太陽公園」と「えきそば」だけ紹介されいたが、それ以外にも、姫路市には、いろんな施設や食べ物がある。

このガイドブックで、姫路の魅力をもっと知って欲しいものだ。また、ネットには、『姫路観光ナピ ひめのみち』のホームページを開いてもらえば、様々な施設の案内や催しの案内もある。ガイドブックが手に入らない遠方の方には是非見てもらいたい。

*追記

なお、『姫路観光ナピ ひめのみち』には、『姫路観光ガイドブック』のデジタルガイド版も掲載されているが、11月2日現在、『姫路観光ガイドブック』平成27年10月改訂版に更新されていないようだ。若干、内容が異なる部分があるので注意が必要だろう。早く更新してほしいものだ。

 

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『直茂公御壁書』を読む その五

久しぶりに、『直茂公御壁書』を取り上げてみよう。今回は、次の言葉。

「先祖の善悪は、子孫の請取手次第」

仏教では、因果応報とか、先祖の行いは子孫に及ぶとか説く。だが、直茂公の考え方は違う。すなわち、先祖が善いことをしたとしても、子孫が悪いことをすることもあるし、先祖が悪いことをしていても、子孫が善いことをすることもあるとしている。

すなわち、先祖の善行のいいところや、悪徳の報いを、子孫が、どのように受け取るかで、子孫の命運が決まるとしている。要するに本人次第だと言う。一つの理想的な見解だろう。ただ、実際は、各人の考え方に加えて、環境によって左右される。孟母の三遷ではないが、環境作りが大切だろう。

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2015年11月 1日 (日)

播州弁 その三十七  「ええようにしい」と「あんじょうやって」

今回の播州弁は、 「ええようにしい」と「あんじょうやって」。と言っても、関西圏では広く使われている。

自分の意見を強く通そうとすると、はじめは反対していても、結局、議論するのが嫌になって、「もう、ええわ。あんたのええようにしい。あんじょうやったらええがな」とか言って、責任回避される。

「ええように」は、「ご随意に」の意。少し突き放した表現。「あんじょう」とは、「うまく」の意。そうなると、強く主張していた者も、多少不安になって、「そんなん言わんと、すけてえな」とか言うことになる。「すけて」は「助けてとか援助して」の意。

「あんじょう」は、いろんな場面で使われる。その場合は、アクセントもニュアンスも異なる。言葉は文字だけで、すべてを表現できない。

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播州弁 その三十六 ややこし

今回の播州弁は、「ややこし」。組織の中には、必ず理屈を捏ねて、難しいことを言う人がいる。やりたくないのなら、はっきりやりたくないと言えばいいのだが、それは、よう言わない。

そこで、やらない理由をいろいろ探して、これをやるのはおかしいとか、今やる必要がないとか言って、この場から逃げようとする。

そういう人物に、愛想が尽きて、「ああ、ややこし。もう、あんたはええわ」と切り捨てることになる。「ややこし」は、「ややこしい」の短縮形。複雑な、という意味を持つが、ここでは、気持ちが、すっきりしないことを表している。

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