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2015年11月11日 (水)

姫路網干・龍門寺に久しぶりに再訪

11月11日の「こころの祭 姫路」の平成27年の催しでは、今回は龍門寺(りょうもんじ)に行ってきた。姫路市内の禅寺では、有数のお寺です。龍門寺については、以前、不生禅を説いた「盤珪禅師のこと」(2012.04.21付)にて記事にした中で少し記した。

前に訪問した時は、工事中で、諦めて、中は見ることができなかった。今回は、催しの特例で無料で、諸堂(禅堂、地蔵堂、不動堂、開山堂、本堂)が開放され、開山堂の広い庭も楽しめました。

また、姫路市指定文化財の本堂の襖絵43面も修復公開されていた。狩野常信、周信、典信、惟信作という。以前、京都の襖絵展を見たことがあるが、それに決して劣るものではない。ただ、修復されていたらしいのだが、一般人からすればも復元模造されたものの展示の方がわかりやすい。是非、復元模造されたものを博物館等で展示してほしいものだ。

更に、寺宝館も開放されていた。盤珪禅師を描いた姿絵や墨蹟があった。顔から受ける印象は、少し気難しい感じ。墨蹟の方は、力強く筆の運びがねっちりした感じ。どのような性格の持ち主だったのだろう。彼は、辛抱強く、各人に合った説法したそうだ。文字同様、粘り強い方だったように思う。

ただ、寺宝館ができた時に、主要な多くが盗まれたらしい。残っているのは、その残りもの。大変残念だ。犯人は捕まったが、寺宝は取り戻せず現在に至っているという。 その他、帰依した領主等から寄贈品や関係者の寄贈品などがあった。

お寺の関係者の方から詳しい説明を受けた。いつも他の寺宝館に行っても、これほど丁寧な説明を受けることはないので、有り難かった。「こころの祭 姫路」の催しに感謝。最後に、田捨女 貞閑尼のお墓も、この寺にあると聞いて、確認して礼拝して、寺を後にした。

*参考 

龍門寺    姫路市網干(あぼし)区浜田812

   http://www.ryomonji.jp/

河野太通老師は、本山管長をされていたこともあり、割と有名。多くの書籍もあり、マスコミの取材も多いらしい。毎年3月末から4月にかけて、大茶会が開かれるそうだ。

姫路からは、山陽電車、飾磨駅にて乗り替え、山陽網干行きに乗り、終点下車。歩いて約20分かかる。国道250号線を西に。揖保川に架かっている網干大橋を渡り、しばらく行くと変電所がある交差点があるので、そこを左に曲がって、少し行くと、交通案内の看板がある。川沿いにある。

近くに、不徹寺(ふてつじ)がある。ここは田捨女 貞閑尼が元禄元年(1688年)開いた寺で、彼女は元々、丹波柏原生まれの元禄の女流俳人、田捨女(でんすてじょ)。彼女が6歳の時に俳句「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」が有名。盤珪禅師の徳を慕って、網干に来て、多くの弟子を導いたと伝えられる。

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