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2016年1月31日 (日)

ピオレ明石 東館オープン

JR明石駅の商業施設「ピオレ明石」の東館が2016年1月29日にオープンした。明石市立文化博物館に行ったので、寄ってみると、オープンから最初の日曜日ということで、どこも混んでいた。これは姫路ピオレがオープンした時と同じ。全体として、以前より明るい感じがする。

テナントは、多少入れ替えがあったようで、兵庫県初の店舗が4店、明石初の店舗が13店ということだ。ただ、どれが、その店舗に相当するのは分からず(笑)。ただ、ベーカリーカフェが目についた。その他は、本日は、ざっと店を見て回って終了。飲食は、日本的なファストフード店が増えているように感じた。観光客対応ということだろうか。

なお、西館は、2016年2月26日にオープンするそうだ。

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『明石藩の世界 Ⅲ~藩主と藩士~』展観覧

明石市立文化博物館で催されている『明石藩の世界 Ⅲ~藩主と藩士~』展を観覧してきた。本日が最終日。雑用などがあり、なかなか行けず、やっと観覧。一昨年と昨年も観覧しているので、観覧できてよかった。

今回は、藩主と藩士をテーマに、6つのコーナーに分かれていた。すなわち、「藩主松平家歴代の履歴」、「藩士の履歴」、「武家文書としての黒田家文書Ⅱ」、「黒田家のおせち料理再現」、「藩主と藩士の明治維新」、「明石藩儒学者・簗田蛻巌(やなだせいがん)の芸術」だ。

今回、注目したのは、まず「黒田家のおせち料理再現」。明石の老舗旅館「人丸花壇」が協力して再現したようだ。それを見ると、現代のおせちと比べると、非常に地味で質素だ(こいも・にんじん・ごぼう・大根煮、黒豆・ごぼう・きざみめい、白ごま酢をかけたたたきごぼう、数の子・花かつお、てりごまめ等)。いわゆる、子供の頃、母が作ってくれた「田舎おせち」に近い。ただ、明石ということもあって、魚は鯛。これだけは立派。

もう一つが、「明石藩儒学者・簗田蛻巌の芸術」だ。簗田蛻巌は、加賀藩等に仕えたが、あまり勤まらず、47歳の時に、明石藩に招かれ、藩儒となったらしい。以後30年にわたり、藩士の教育を担当。1749年に隠居。86歳で没した。今回は、隠居してからの書が展示。内容は、どれも儒者らしく、大自然に溶け込む人ということで達観した内容。

その他の展示内容については、これから図録を少しずつ読み込む予定。

*追記

当日は、『向井晶子絵画展 屋久島に生きる』の展覧会もあった。2月2日まで(2月1日は休館日)。向井氏は、明石市まれで、2008年に屋久島に移住されて、作画活動をされているようだ。

彼女のテーマは、「絵を描くとき、“生命の源”を描こうとしています。すべてのものの、後ろにずっと流れている生命力のようなもので自分の中にもあるもの。表現形態は様々ですが、描いているものは同じテーマです」とのこと。

ホームページ

  http://www.shokomumu.com/

どこか幻想的で、生の有りようを表現していると感じられた。生物学を絵にしたとも言えるが、あまり深く探求していくと、宗教的な面が強くなる懸念もある。

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姫路城もクレジットカードで

2016年2月1日から、姫路城でクレジットカードでの入城料の支払いが可能になる。これは外国人観光客に配慮したもの。利用可能になるカードは、「VISA」と「Master  Card」の2種類。窓口で、入城券や姫路城・好古園共通券を購入できるようになる。

姫路城は、2015年3月27日にグランドオープンして、入城者数が12月時点で、222万人を突破した。国内の城郭で過去最多の年間入城者数を記録したことは以前にも記した。2016年1月28日現在、その数は246万人達しているようだ。その中で、外国人観光客の割合は約1割。

彼らの中には、現金の持ち合わせがなく、休日に両替もできないことから、少なからぬ要望があったことに対応したものらしい。それにしても、少額の現金も持ち合わせないとは、少し不思議な感じだが、それが彼らの常識なら、それに対応するのも仕方ないと思う。これで、今まで、入城をあきらめた外国人観光客も、心配なく姫路観光を楽しめることになる。

*2016年5月29日追記

姫路城の西御屋敷跡庭園・好古園も入園料が6月1日から、クレジットカードでの支払いを受け付けるようになる。また同園内のレストラン「活水軒」でも、カードが使えるようになる。これで、好古園、姫路城どちらか側でも、クレジットカード使用でき便利になる。

利用できるカードは、VISA、マスターカード、JCB、アメリカン・エクスプレス、ダイナーズクラブ。

*2016年9月17日追記

少し前の情報だが、姫路市では、大手前公園地下駐車場、大手門駐車場、イーグレひめじ地下にあるお城本町地下駐車場で、クレジットカード決済を導入した。外交人旅行者の強い要望によるもの。

利用できるカードは、VISA、マスター・カード、JCB、アメリカン・エクスプレス、ダイナースクラブ。

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マイナス金利は有効か

日本銀行が、2016年1月29日、金融政策決定会合で、民間銀行が日銀に預ける資金の一部に手数料を課す「マイナス金利」を導入するらしい。海外では、欧州中央銀行、スイス、デンマークで導入の実績があるようだ。

それでは、果たして、この政策が物価を上げる要因になるのだろうかと少し考えてみた。日銀の意向としては、民間銀行にマイナス金利を適用すれば、民間銀行は融資を増やすだろうとの読みのようだ。

だが、大手企業は、内部留保が十分にあり、新たな資金需要はない。他の企業にしても、国内の需要不足で、資金需要は弱い。そんなところに、銀行に融資を促しても、資金は行き場を失うだけだろう。

基本的に、物価を上げるには、金利が上がるような資金需要が強くなければならない。日銀のやっていることは、かつて資金需要があるのに金融機関が貸し渋りしていた時代のやり方だろう。

現在は大きく環境が異なる。結局、行き場を失った金は、金融市場に流れ、金融バブルを促すだけに過ぎない。あるいは、無理な融資をして不動産バブルを生じさせるだけだろう。だが、金融機関は、もう二度と、不動産バブルは経験したくないだろう。

となれば、せいぜい円が下落して、輸入物価が上がり、輸入品に依存している産業や生活者を苦しめるだけだろう。また預金者にマイナス金利を適用すれば、預金者は逃げて行くから、体力のない金融機関は整理されるかもしれない。

海外では、マイナス金利で借金にもメリットがあると報道されるが、危うい。確かに住宅ローン金利は下がると予測されるが、今の経済状態でローンを組むことは一種のギャンブル。金利が下がったところで、あまり魅力はない。

それに、大体、「マイナス」というのは、イメージ的にも気分的にも、あまりよくない。何となく、景気を悪化させる要因になりうる。景気は気分だからだ。日本銀行は、大きな政策ミスをしたと思う。これは安倍政権の命運にも影響するだろう。

*2016年2月5日追記

マイナス金利に対する世間は厳しい。金融、投資、消費すべてに於いて、皆、慎重になっている。日銀の政策ミスは明らかだが、日銀総裁は、首相同様、世間知らずな上に、聞く耳持たずで暴走して、日本経済を危機に陥れようとしている。そして、彼が、アベノミクスを墓場に持ち込むのだ。

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2016年1月30日 (土)

エディツト・ピアフを聴く

先日、輸入盤で、エディツト・ピアフのCD全集が比較的安く売られていたので、衝動買いした。収録数65。今、少しずつ聴いている。若い人は、あまりご存じないだろうが、私も十分に知識があるわけでもない。

フランスのシャンソン歌手の彼女は1963年10月11日に没しているからだ。それでも、彼女の歌は、かつて越路吹雪さんなど日本人も歌っていたから、記憶にはある。彼女は貧しい家の生まれで、その生い立ち環境(売春宿)は厳しい。

だが、子供の頃から、そのような女性たちを知っていたためか、傷心的な声で人間的な哀しさを歌い上げ、一世を風靡し、名声を得る。戦時中は、フランスを愛し、ドイツ軍から多くの兵士を救った逸話も残る。更に、多くの歌手を見出した。

だが、死後、多くの借財を夫が返したという私生活も、ある意味、ラテン的人生だ。そういうことを一切合切含めて、彼女の生き方に共感するのか、現在のフランスでも人気は高いそうだ。

一応、もの悲しい歌声を聴いていると、歌詞の内容は理解できないが心が落ち着くことは確かだ。でも、季節的には、秋が相応しいかな。

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2016年1月27日 (水)

『第70回 姫路市美術展』を観覧

最近、滅多に行かない姫路市立美術館で、『第70回 姫路市美術展』が開催されていると知って観覧してきた。日本画、洋画、彫塑、工芸、写真、書、デザインの7分野で、206点展示されている。

絵は、大きいものが比較的多かったが、私は小さいものを好む傾向があるので、ちょっと残念な感じ(*注)。もちろん、それぞれに上手なのだろうが、特に印象が強いものは絵画ではなかった。

書の方も、あまり好きなものはなし。写真は、いつもスルーするので、関心は薄い。ただ、展示点数は少なかったのだが、彫塑には、幾分面白いものがあった。特に藤川紗保奈の「兆し」、井上久の「蟻が糖~そう言える世の中に~」は、主張が感じられて良かったと思う。

当日は、無料ということもあって、割と多くの人が観覧していた。好きなものを好きに楽しむ。これが芸術を楽しむ醍醐味と思う。楽しめる作品に出会えてよかった。平成28年1月31日まで。

*注

号の大きい絵画は、少し離れて見る必要があるが、今回の会場は通路も狭いのに、たくさん展示しているため、じっくりと鑑賞できない欠点がある。大きい絵画の出来が悪いという意味ではない。今回の展覧会は、点数的に、やや無理があったように思う。こういう展覧会には、大きな作品は不向きなのだ。

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『出石焼(但馬のくらしとやきもの)』展を観覧

兵庫県立歴史博物館(姫路市)で催されている『出石焼(但馬のくらしとやきもの)』展を観覧してきた。内容は、この館に相応しい出石焼の歴史だった。出石焼の変遷をわかりやすく展示していた。

出石焼は、兵庫県北部の但馬地域に築かれた城下町・出石で、江戸時代の終わりごろに始まっている。伊豆屋弥左衛門が生産を始めた。丹波から来た久八という職人が、試作した陶器がうまくできたため、出石藩に願い出て、窯を築いたのが始まりという。

この経過から明らかなように、当初は、磁器ではなく、陶器であった。ただ、この窯は焼失し、伊豆屋は販売不振も重なり、経営困難に陥る。これを脱するため、越前・北陸方面に拡販に行くが、思わしい成果は出なかった。そこで、陶器から磁器へ転換を図る。

そのため、肥前平戸の磁器職人を招き、磁器の試作をする。試行錯誤しながら、ようやく磁器ができあがるが、伊豆屋の経営は休止状態になる。そこで出石藩は、磁器生産を藩の直轄生産の経営にする。それは出石周辺で磁器の材料になる陶石が発見されたことが背景にある。

販売の方は、市中の商人に巻かされるが、藩営も、上手く行かず、行き詰る。そこで、民間業者に窯を貸し出し、経営させることにする。この結果、天保年間は、出石焼は興隆期を迎える。今でも、そうだが、官業は中々上手く行かないもの。民間であれば、いろいろ知恵を出す。

その後、様々な民営は、商売の工夫をしていく。美術品から、いわゆる民芸への転換、商いは、まるで近江商人に近いやり方をして拡販していく。そして明治に入ると、失業した元出石藩士を養うため、「盈進社」という磁器製造会社が設立される。そして、鍋島藩の御用窯・大川内山から柴田善平を招聘する。

彼が指導し、人物・山水・花鳥などの精密精緻な装飾を施したものが制作され、やがて、内国勧業博覧会やパリ万国博覧会に出品され、高く評価を受ける。ただ、美術品は、当時の需要が少なく、やがて事業が成り立たなくなり解散する。

そして明治32年になり、出石陶磁器試験所が設立され、石川県から友田安清を招く。彼は磁器改良に取り組み、磁器の素地と絵付けの改良を行う。それにより白磁が中心であった出石焼の幅が広くなった。しかしながら、過去に失敗した高額な美術品志向を批判される。

そこで、彼は生産の効率を上げ、価格を低廉にする工夫もしたらしい。しかしながら、日露戦争の影響で経営は悪化。その後、会社は閉鎖される。戦後は伝統工芸品に指定され、現在に至っている。

いつの時代も、事業を継続していくのは大変。陶磁器ビジネスも、時代に合わせて美術工芸品と民芸品を行ったり来たりしながら進んでいる。出石焼も、同様で、新しい技術を他所から導入しながら、発展してきたようだ。ただ、目に留まるのは、庶民に縁遠い美術工芸品だ。それでも民芸品も、それなりの影響を受けている。芸術というものは上から下に流れて行くと感じさせる。大変、見ごたえのある展覧会でした。

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2016年1月26日 (火)

機会損失と売れ残り

産業廃棄物処理会社が、処理を請け負った食品を横流ししたことが発覚して事件になっている。そもそも賞味期限は、消費期限ではないので、廃棄商品が、まだまだ使えると思わせるものもある。

現実、業界の三分の一ルールでは、賞味期限前の商品が処分される。それらは、概ね、安売り店に回って、商材にされる。問題は、それがメーカーが産業廃棄物という認識か、単に賞味期限が迫っているから在庫処分されたものかということになる。

それでは、なぜ、すべて在庫処分ではなく廃棄処分するかというと、それはメーカーの価格政策・流通政策によるものだろう。安く在庫処分したものが市場に流れると、値崩れの原因になるからだ。そこで、そうならないように、廃棄を考える。

この問題の根本は、食品業界の体質の本質が出たものとして捉えられる。以前にも指摘したように、競争の激しい食品業界・飲食業界は、常に機会損失と売れ残りのリスクを抱えている。賞味期限や消費期限は、他の製造業界と比較して短い。

今回のケースの場合の真因は、売れる機会を失うことをなくして、最大限需要分を賄い、利益を極大化しようとする経営者の姿勢が、売れ残りを生じさせることから始まっている。だが、世の中、なかなか経営者の思惑通りには行かない。

結局、ロスを処分する必要に迫られる。社内で生ごみとして廃棄処理するには、余分なコストが発生する。そこで、安く廃棄処理してくれる業者に丸投げしまったところ、彼らは不正に横流しした。彼らが悪いことは確かだが、作り過ぎたメーカーや業者が一番悪い。

業界で、真剣に、この問題に対処しない限り、今後も起こりうる。一部、消費者も安いものを求めることから、こういうことが起こると指摘していたが、消費者は市場に出ない限り、買い求めることはできない。日本のように豊かな社会では、幾分少なめに生産して、「売り切れご免」の仕組みが相応しい。需要が強ければ、それに対応して、追加で作ればいいことだろう。

と考えれば、廃棄処分しなければならないほど生産してしまった失敗ということになる。このことを、業界は、まず改めなければならないだろう。次善の経営が求められる。

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2016年1月24日 (日)

祝 琴奨菊、大相撲初場所優勝

大関、琴奨菊が、大相撲初場所で優勝した。日本出身力士では、2006年の栃東以来という。何と十年ぶり。ずっとモンゴル出身の力士の後塵を拝してきた。日頃、大相撲は、あまり見ないのだが、さすがに今場所は、ずっと気になった。

琴奨菊は、31歳11か月での優勝らしい。そもそも、この力士が、こんなに強いとは今まで思ってもみなかった。それが今場所では、3横綱を倒しての、堂々の優勝だ。優勝の陰には、並々ならぬ努力があったらしい。正しい努力が成果を生んだとも言える。そして、心技体が整ったのだろう。

琴奨菊関、優勝おめでとう。国民の一人として喜びたい。

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2016年1月23日 (土)

天下人は小心者~秀吉の場合

天下人は小心者というのを笑ってはならない。大きなことをなす人の多くは小心者と言える。豪傑では天下は取れない。それは現代の経営者にも、同様なことが言えるだろう。大局的視野を持ちながらも、細部に神経質なぐらい配慮することは経営には求められる。

さて、報道によると、秀吉が重臣の脇坂安治(わきさかやすはる。*注)に送った書状33通がまとまって見つかったという。文書は、安治をまつる龍野神社(兵庫県たつの市)が所蔵していたが、1965年頃に流出し、2012年頃、所有者宅の火災で水損。たつの市は、2014年に所有者から購入し、東京大史料編纂所(村井祐樹助教)の協力を得て、約1年間かけて内容を解読した。主な内容を年代別に備忘録として記すと次のようだ。

1584(天正12)年 小牧・長久手の戦い

・徳川方から織田信雄(のぶかつ。信長の次男)の娘、家康の長男と弟らを人質に出す和睦案が出されたが、秀吉は一度は拒絶。ただ、後に受け入れた書状もある。

1585(天正13)年 北国攻め

・伊賀国に入った安治に、早期の統治を指示している。

・淀川(大阪、京都府など)の橋や御所の普請に使う材料の調達を指示している。

・北国攻めへの参戦を望む安治に対して、油断しているのは何ともし難い。調達の担当をさぼるなと、けしからんと叱り、材木を早く調達して送れと叱責。統治が遅れるなら、別の武将を送り込むと脅かしている。

・更に、材木奉行をしっかり務めるよう念を押す

・淀川に橋を架けるため柱60本を送るように具体的に指示している。

・ただ、安治には、淡路洲本藩の藩主や瀬戸内海の水運を担わせて、一貫して彼を重用している。

・秀吉が追放した家臣を匿わないように指示している。更に「秀吉の意思に背く者ども、信長の時代のように匿っても許されると思いこんでいると処分する」と言明。信長と呼び捨て。

1586(天正14)年 大阪築城、島津攻め

・大阪城に使う石を船で淡路島から運ぶよう命令している。

・豊前に上陸し、黒田官兵衛と行動するにように命令している。

1592(文禄元)年 朝鮮出兵

・高麗の都を落とし、明との国境に攻め入ったとの報告を歓迎し、称え、「北京を攻略したという知らせを待つ」と引き続き戦況を報告するようにと記している。

いろんな史実から、秀吉は小心者だったと聞いていたが、やはり事実だったようだ。以上のように、当時、天下統一を進めていた秀吉は、安治に、細かい指示をしていることが分かる。こまめに指示しているのは、ある意味、任せるのに不安があったのだろう。別の見方をすれば、子飼いの部下たちを愛したとも言える。ただ、これでは、部下は自分で考えないので、育たない。秀吉にすれば、主体的に判断し、動ける手駒に限界があったと示すものとも言える。

*注 脇坂安治

秀吉が、織田家最古参の柴田勝家を破った賤ヶ岳の戦いの「七本槍」の一人として知られる。後に子孫が、龍野藩主を務めた。

*追記

ついでに記せば、秀吉は天下を取ったのに、子飼いしか信用しなかったことが、彼の亡き後、豊臣家が続かなかったと見ることもできる。黒田官兵衛のような外様の人材を参謀のような要職にしなかったことが、悔やまれる。晩年、頭が固くなって、人材を見る眼が曇り、組織経営に於いて、守りに固執したことが、禍を招き寄せた。

*2016年2月20日追記

龍野城内にある、たつの市立龍野歴史文化資料館では、2016年2月26日から、上記の豊臣秀吉の手紙33点が初公開される。テーマは『秀吉からのたより~よみがえる龍野神社の宝物~』となっている。4月10日まで。月曜日休館(3月21日は開館)。

なお3月6日には、たつの市立 中央公民館で、午後1時30分より、東京大学史料編纂所の村井祐樹氏による講演会「新発見文書から見る秀吉と脇坂安治」というテーマで予定されている。

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2016年1月22日 (金)

姫路城が、2015年「関西元気文化圏賞」受賞

一部にしか報道されていないので、姫路城が、2015年「関西元気文化圏賞」を受賞したことを記しておく。少し寒い日が続いているので、人出がやや停滞しているように思うが、本日のように少し回復すると、いつものように観光客の皆さんが多くやってくる姫路。

昨日(2016年1月21日)には、寒い中、キャロライン・ケネディ駐日米大使も視察に訪れたようだ。ケネディ大使は、1978年に親類と姫路城を見学予定だったが、中止になり、ようやく念願がかなったという。石見市長に、父親ジョン・F・ケネディの著書をサインとメッセージ入りで渡し、市長は、姫路の皮革バッグを大使の名前入りで渡したらしい。

さて、「関西元気文化圏賞」は、関西の経済団体や自治体、マスコミなどでつくる関西元気文化圏推進協議会が、文化を通じて関西から日本を元気づけた人や団体に贈られるもの。姫路城は、「平成の修理」完了後、2015年の入場者数が、日本の城郭で過去最高になるなど、関西を活性化させたことが評価された。

黒川優副市長は、祝賀会で、「多くの観光客が訪れ、今や240万人に迫る大盛況。これからも“西の拠点”として、関西の元気のために尽くしていきたい」と挨拶しているようだ。今後も、市民を巻き込み、おもてなしレベルを引き上げ、観光客の方々により楽しんでもらえるようにしたいものだ。

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2016年1月21日 (木)

『あなたのまちの政治は案外、あなたの力でも変えられる』を読む

国政のことは、一般人には、なかなか理解できない。そうかといって、県政や市政を理解しているとか言えば、それも曖昧だろう。大体、県政や市政で、何をやっているのか、理解している人は少ない。ゆえに、選挙になれば、公示二週間以内に、投票しなけれぱならないが、候補者の顔は見えない。

なぜなら、候補者は、ほとんど一般人の有権者と接点がないからだ。候補者は、票読みできる人たちのみに選挙運動する。選挙広報にしても、新聞を取らなければ、有権者に行き渡らない地域もある。要するに判断材料が選挙前も選挙中も十分揃わないのだ。

結局、地域で割り当てられた候補者が戸別訪問してきた候補者に何も考えず投票する人が多いだろう。そして、候補者は当選しても、彼らとの接点を持とうとしない。こうなれば、一般庶民が選挙にますます関心がなくなり、当然、議会や県政・市政にも遠い存在になる。

それほど、一般国民と政治との距離は遠い。果たして、政治とは私たちに無関係なのか。先日、書店で見つけた市会議員の経験のある五十嵐立青氏の著作 『あなたのまちの政治は案外、あなたの力でも変えられる』(ディスカバー・トゥエンティワン刊)を読了した。

彼によると、毎日の生活と政治はつながっていると指摘する。身近な課題を例に、政治へのアプローチの仕方を指南している。どちらかというと、女性目線で記されている(ちなみに、著者は名前からは分かりにくいが、男性です)。市長や市会議員の仕事は、それほど生活と密着しているということだ。

もちろん、諸問題を解決するには、様々な障害はある。でも、問題意識をもって当たれば、解決できる可能性もある。生活に悩んでいる一般市民(特に女性)への応援歌と言えよう。まず、声を上げ、行動することが求められる。そうすれば、政治に無関心では、いられなくなるだろう。

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2016年1月20日 (水)

一旦辞めると言えば、、、、

企業で、従業員が、一旦辞めると言えば、それを引き留めても、あまり意味はない。それに、会社としても、今後、そういう社員を、厚遇することはできない。よって、仕事で辛くても、安易に会社で「会社を辞める」という発言は慎んだ方がいいだろう。せいぜい、家庭内で、ぼやく程度がいいのだ。

一旦辞めると言ってしまえば、それを翻意するのもおかしい。ところが、有名な5人グループのタレントの内、4人が辞めると言って、騒動になったが、結局、撤回したとのこと。新聞やマスコミを巻き込み大騒動になったが、彼らの将来は危ういものになるだろう。それに最早グループとしてのタレントの賞味期限は切れているのも確かだ。

事務所としても、彼らを今まで以上に重要視することはない。ファンにしても、今は、わいわい騒いでいるが、いつの間にか忘れられてしまうものだ。それがファンというものだ。そうであるならば、むしろ事務所もファンも、今までの貢献度に免じて、彼らを解放してあげる方がいいだろう。

いつまでも事務所に残して、グループ名を引きずる必要はないと思う。後は、各個人それぞれの才覚で、生き延びたらいいと思う。

*2016年8月14日追記

上記の記事では、グループ名を挙げなかったが、あのSMAPが今年12月に解散することを決めたらしい。予想した展開だ。流れを止めることはできないものだ。ただ、事務所には引き続き残るらしい。

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2016年1月19日 (火)

喜劇の時代か

最近のテレビドラマといえば、サスペンス・警察系ドラマが跋扈している。あるいは医療系ドラマだ。それらも最近は、ネタ切れの感じだ。犯罪パターンと医療の問題、それを解決するパターンに限界がある。これらの系統のドラマは、基本的に、いくら解決しても、視聴後の後味が悪い。

シェイクスピアの時代から、舞台では悲劇は受けない。観客を呼べるのは喜劇だ。そういうことを察してか、最近、テレビでも、喜劇ドラマが放送されるようになった。もちろん、そこには現代的な社会問題を含めている場合もある。それでも、人間的ペーソスが表現されて、面白い。

舞台では、本仮屋ユイカさんが出演している「とりあえず、お父さん」が、人気があるらしい。原作は、イギリスのアラン・エイクボーン。彼の作品で、お笑いで定評があるとか。実際、舞台も大入り満員とか。

テレビドラマでは、放送済みの「民王」(テレビ朝日系)があった。首相と息子が入れ替わって、大騒動する、政治を皮肉ったものだった。最近放送されているものでは、「大阪環状線」(カンテレ)は男女の思いのすれ違いを描いている。「ダメな私に恋してください」(TBS系)は、ダメ男に尽くす女の悲喜劇だ。

「女くどき飯2」(MBS)は女性から見た男の観察で、「白鳥麗子でございます!」は(サンテレビ)は、本心を隠したタカピーな若い女性を描いている。少し毛色は違うが、「マネーの天使」(読売)は、弁護士に対処してもらえない人々を救う物語で、面白可笑しく表現している。これからの放送予定のものには「お義父さんと呼ばせて」(カンテレ)がある。内容は親子ほどの年齢差カップルの悲喜劇のようだ。

これらを視ていると、作品レベルは様々で、少々馬鹿馬鹿しいが、単純に楽しめる。ただ、総じて、放送時間が遅いので、録画して観ている。まだ放送局としても、探り探りのお試の放送なのかもしれない。サスペンスや医療系ドラマは、今後もなくならないだろうが、その比率が低下し、喜劇系のドラマが増えることを望みたい。

*追記

2016年2月5日から放送されている『スミカスミレ』(朝日放送)も面白い。高齢になると、若い時に、もっと色々やってみたかったと悔悟する時がある。それをコミカルに描いている。そして、これも深夜の放送だ。

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2016年1月18日 (月)

中島岳志著 『「リベラル保守」宣言』を読む

拙ブログで、以前、「リベラル保守」政党の必要性に言及したが、先日、本屋に行った時に、中島岳志著 『「リベラル保守」宣言』(新潮文庫刊)という本を発見した。帯には、「俗流保守にも教条的左翼にも馴染めないあなたへ」とある。世の中には、似たような発想をする人がいるもんだと思って、即購入。

彼は、1975年生まれで、どちらかというと右寄りの人のようだ(多分、そう言えば、彼は反発するだろう。国家主義者ではなく、単に真の保守主義者だと)。ただ、バランス感覚は十分に備わっているようだ。現在の日本に、右も左もないと思うが、昔の発想を引きずっている人は結構多い。

そういう人たちが、マスコミに多く登場するものだから、世間は騒がしくなる。というのは、彼らの偏った発想は、面白いから、視聴率を上げるために、彼らは利用される。ところが、それを利用しようとする政治勢力もあるわけで、それが国民から見て、政治が、より分からなくなる。

彼は、そのような状況を把握しつつ、本来、リベラルと保守は対立的にあるのではないと指摘。この本では、そのことを見事に批判的に、明晰に分析している。それは全8章から構成されている。流風と若干、観点は違うが、「リベラル保守」の考え方は、今の日本では必要だろう。

第一章 保守のエッセンス

第二章 脱原発の理由

第三章 橋下政治への懐疑

第四章 貧困問題とコミュニティ

第五章 「大東亜戦争」への違和

第六章 東日本大震災の教訓

第七章 徴兵制反対の理由

第八章 保守にとってナショナリズムとは何か

日本の政治が複雑すぎて、分からないという人も、賛否はあろうが、一読に値すると思う。また、このような政治理念を持った新しい政治勢力を望みたい。一定の支持者を獲得できるだろう。

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2016年1月16日 (土)

小林泰三著 『誤解だらけの日本美術』を読了

最近は、西洋美術は、ほとんど鑑賞せず、その種の展覧会にも行かない。行くのは、もっぱら、日本美術か東洋美術だ。以前にも記したが、西洋美術は、その歴史、風土、宗教などを把握しないと、表面的な鑑賞で、終わってしまう。若い時は、それなりに、よく見に行ったものだが、観るより眺めたというのが相応しい。

よって、西洋美術より東洋美術や日本美術に最近は関心が行ってしまう。ところが、その日本美術鑑賞にも、奥深いものがあると最近感じることがある。そう思っていた時、新聞で、書評が載っていた。それが小林泰三著 『誤解だらけの日本美術』。

一般に、書評で本を買うことはないのだが、今回は違った。即購入。ただし、書評の内容は覚えていない(笑)。多分、読んでいないのだろう。本の題で、衝動買いしてしまった次第。でも、ハズレではなかった。

小林泰三氏は、国宝をデジタル復元させる中で、真の姿を浮かび上がらせている。この本では、「俵屋宗達○風神雷神図屏風」、「キトラ古墳壁画」、「銀閣寺」、「阿修羅像」の4点を取り上げて、詳しく解説されている。まさに復元を通して、日本美術を読み解くといったもの。

これを一読するだけで、今後の日本美術の鑑賞のヒントになる。いかに、今まで、上っ面の鑑賞しかしてなかったかを反省。美術館や博物館に行く前に、展覧会の予習が必要だと思わせてくれる。有名な展覧会に並んで、ぞろぞろ鑑賞して(眺めて)、鑑賞した気分になっていた人にも参考になるだろう。

それにしても復元美術はすばらしい。播磨にも、古い美術品や仏像は多くあるが、展示してあるものは、傷んで、よく分からないものも多い。古ぼけた美術品を見ても、内容は解説を見ても、よく分からないことが多い。

一般人には、復元したものを展示してほしいと強く思うが、お金の問題で、なかなか普及していないのかもしれないのは残念だ。復元により、真の姿を見せると同時に、制作当時の作者の思惑も分かるようになるのは本来は望ましいこと。復元美術品に、多くの理解者が増えることを望みたい。

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2016年1月15日 (金)

兵庫県立ものづくり大学校が2016年度生を募集

日本を支えるのは、やはり土木・建築、製造業。日本の現状は、経済のサービス化に伴い、製造業が衰退しているように見えるが、やはり「ものづくり」は日本の柱だ。観光・サービス対応の人材づくりも大切だが、ものづくりの人材育成も欠かせない。

姫路市市之郷にある兵庫県立ものづくり大学校が2016年度生を募集している。対象は住宅設備、木造建築、機械加工、溶接、金属塗装。年齢は、おおむね40歳未満の求職者としている。教科書や工具代は実費が必要だが、受験料、入学金、授業料は無料。出願受け付けは1月25日から2月10日まで。2月17日に入校試験をする。

詳しいことは、ホームページで確認して、おおいに挑戦してほしい。上記の科目には土木関係はないようだが、これから日本は災害の多くなる可能性が高い。そういう人材も育てて欲しい。

*兵庫県立ものづくり大学校

  姫路市市之郷

  http://www.monodai.ac.jp/

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2016年1月14日 (木)

政治をバラエティ化させる関西の番組

最近、関西のテレビを視ていて気になるのが、やたらと芸人たちを使って、政治報道番組を放送していることだ。これは若い人たちに、政治に関心を向けようということなのだろうが、逆効果の感じだ。政治をバラエティ化させて、その本質をきちんと報道していない。

放送を、そのまま受け止めれば、却って、政治に失望してしまう内容だ。それに芸人が扱えば、内容は深刻であっても、どうしても軽くなる。これは衆愚政治を推進する片棒を担いでいることになる。あまり望ましくない。

また、関西の某放送局では、各局や通信社等の国家主義者で極論を述べる人たちを集めて、議論させている番組がある。話は、確かにバラエティとして視れば面白いが、偏った考え方は、若い人たちには悪い影響を与える。このような番組を容認しているテレビ局の姿勢にも疑問がある。報道の基本は、東洋の三原則に基づいて報道される必要がある。

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2016年1月12日 (火)

大岡昇平著 『証言その時々』を読了

以前、大岡昇平の本として、『俘虜記』を取り上げたが、今回は、 『証言その時々』(講談社学術文庫刊)を読了した。この本は、彼の戦争観のすべてが記されている。当然、『俘虜記』の一部も載せてある。1937年から彼が亡くなる前年の1987年まで、戦争に翻弄された一般国民の視線で、後世の人たちへの遺書にも聞こえてくるものだ。

明治維新頃から、日本は列強の植民地政策に怯え、対抗処置を講ずるべく、各種手を打った。それは行き過ぎた過剰防衛のこともあったし、結果的に侵略に及ぶこともあった。基本的には、資源のない国なので、戦略的行動が求められたが、日清戦争、日露戦争は、どうにか切りぬけられたが、国も国民も疲弊した。

もうこれ以上、戦争はできない状態であったにもかかわらず、軍は暴走して、戦略も戦術もなく、多くの国民を死地に追いやった。彼が言うには、この体質は、戦後も改まっていないと指摘する。

例えば、何も考えず、米国の言うことに従っているが、危険なことだ。彼は次のように言う。「アメリカの政策というものは、自分の国に利益を生むものならば、何をやってもいいという極端なエゴイズムに支えられている」と。

この傾向は現在も変わっていないだろう。スローガンとして、民主主義の拡大とか一神教であるキリスト教世界観による世界統一と言うが、所詮、ビジネス拡大のための手段に過ぎないことは明らか。そのために、世界を混乱させている。

これとは別に、次のようなことも指摘している。ヒットラーを生んだのは誰かと。

「(戦犯裁判でドイツの弁護人は言っている)ドイツ人が有罪なら、ヒトラーの意図を知りながら、再軍備と資金と資材を提供したアメリカは有罪ではないかと叫ぶ。1939年ドイツと不可侵条約を結んでヒトラーの仕事をし易くしてやったソ連は如何。チャーチルは1938年に“現代にはヒトラーのような鉄の意志の持ち主が必要だ”と言ったではないか」と。

現在も、多くの大国は、同盟国や途上国の為政者に罠を仕掛けている(*注)。そして、対象国内が混乱すれば、それに乗じてビジネスを展開する。このように国には、罠が多く用意されている。国際情勢を、一面的に報道するマスコミにも警戒が必要だ。国政、外交は、深い思慮と慎重な運営が求められる。

国民も、気をつけなければならない。国の方針が全て正しいとは言えない。彼は忠告する。「『管理』ということばは、『独裁』のいい換えにほかならない」と。国民が、何も考えず流されていると、それは、多数決独裁につながり、性急な結論を出す戦前の慣習「問答無用」の強行採決につながっていると。

総体的に、彼は日本の政治の将来に悲観的だが、現代の政治家の方々は、彼の批判を謙虚に受け止めるべきだろう。それは一般人も同様だ。若い人たちにも、十分参考になるだろう。

*注

同盟国だから、罠を仕掛けないというのは甘い。同盟国だからこそ、仕掛けやすい。そして、日本の自民党のように、米国資金で作られた政党は、真意を知らず米国の意のままになりやすい。それは過去の首相経験者に聞けば分かるだろう。

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2016年1月11日 (月)

大河 『真田丸』の評価は40点

2016年の大河ドラマ『真田丸』が始まった。昨年の『花燃ゆ』のドラマ作りには大きな失望をし、ほぼ全く視聴しなかった。本年の作品には期待していたのだが、残念ながら少し物足りない。まず、三谷作品のようだが、彼のシンパの俳優を無理やり使いすぎる結果、ミスキャストが目立つ。

それに大河ドラマは子供たちも視聴する。よって幸村の子供時代が描かれていないのは残念だ。確かに、そうすれば、ドラマ作りがワンパターン化するが、それは大河の位置づけからすれば仕方ない。ドラマの骨格である主人公の性格付けを怠った感じがする。

また時代の緊張感も足りない感じだ。あの戦国時代の雰囲気を表しているとは決して思えない。常に死と向き合っていたことを忘れてしまっている。俳優たちのへらへらした態度には違和感がある。

初回だけで、すべての評価はできないが、大幅に修正しないと、苦戦する可能性があると思う。

*2016年1月19日追記

大河 『真田丸』の視聴率が比較的高くスタートしたようだが、2回目も視たが、感覚的に合わないので、今後視聴するのを中止にする予定だ。題材はいいのに、描き方に納得がいかない。大河で描かれている真田親子がちゃらちゃらと軽すぎる。

それに、そもそも幸村が活躍したのは、大阪の陣のみ。それまでは、戦国武士からぬ人質生活がほとんど。ところが、昔の大河がすべてがすべて、いいとは言えないが、これは明らかに大河向きではない。無理に大河にする必要もない。木曜時代劇クラスの扱いで十分だろう。

*2016年2月9日追記

2016年の大河『真田丸』は期待外れ。よく考えると、テーマを誤ったかもしれない。描き方以前の問題だ。史実の少ない幸村では、1年を通じて描くことに無理がある。例えば、『真田一族の興亡』というテーマの方が良かったかもしれない。いずれにせよ、ピント外れの大河になってしまった。だらだらと描く大河は、もう終わりにして欲しい。ちなみに以前にも記したように、来年の大河も絶望的だ。

*2016年6月5日追記

大河『真田丸』の視聴率は、意外と堅調なようだ。でも、時々、チャンネルを合わせて、ちらっと視るが、駄作には違いない。どうでもいい内容で、続けて視る気はしない。一体、どのような方が視ておられるのか不思議。

まあ、長野とか大阪の人は地元の話だから、視るのはわかるが。しばらく、来年も期待していないので、大河ドラマは、しばらく視ないことになりそうだ。最近は、NHKの報道番組もNHKドラマも視ないので、視聴料を返してほしいぐらいだ。

 

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2016年1月10日 (日)

岡倉天心の『日本の覚醒』を再読

久しぶりに、岡倉天心の『日本の覚醒』を再読しようとしたのだが、いくら蔵書を探しても見つからない。若い頃、確か読んだはずと思って、隅々まで探すが、とうとう見つからなかった。社会人になってから読んだと思ったのだが、学生時代に読んだのかもしれない。

とすれば、社会人になって家を出た時、実家にある本を速やかに処分せよと言われ、その時に処分したのかもしれない。止む無く、改めて購入することにした。細かい内容は、ほとんど覚えていなかった。当時は、流し読みした程度だったのだろう。

岡倉天心は、岡倉覚三が本名で、日本美術院を創設したことで有名。この著作では、江戸時代から明治維新、日清戦争、日露戦争になった経緯を彼なりに分析している。大川周明が、『日本二千六百年史』に著した徳川時代以後の認識と若干、見方が異なる。岡倉の場合は、歴史学者的視点ではなく、教養のある知識人の感覚だ。

例えば、徳川政権をダメにしたのは大奥だと指摘している。雌鶏が鳴けば、国が滅ぶというのである。そもそも、家康が、幕府創建時、女性を使者に使うなど、重要視したことが、後に彼女らの権力が大奥に集約されるようになり、幕政に口を出すようになる。

彼女らの考え方は、保身に固まり、保守的だ。それが改革を遅らせ危機を招いて、幕府の崩壊を早めた。これは朝鮮王国でも、そのようであり、貴族の女性たちが、国家の危機を認識できず、保守的になり、国政に口を挟んだことが、国家危機に陥った原因だと指摘する。

もちろん、他にも要因はあるだろうが、外敵から付け込まれやすい状況を作ったことは否めない。歴史学者は、案外、こういう視点が抜け落ちている場合が多いので、彼のような視点が戦前にあったということを再確認した次第。

この本は、戦前の日本人の知識人の感覚が、よく理解できる。当時、欧州やロシアのアジア侵略に、日本が恐れていたことは確かだ。特に、朝鮮半島への中国、ロシアの支配を警戒した雰囲気が、よく表れている。若い人たちが、歴史を検証する時の参考にはなるだろう。

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2016年1月 9日 (土)

心の掃除~『言志四録』より

今、住んでいる家は古家なので、毎日、掃除しないと、塵が積もる。ずぼらな私は、適当にしているが、それでも、時々埃が気になる。その時は、簡易掃除モップで拭き取る。毎日、これの繰り返しだ。

ところで、以前にも取り上げた佐藤一斎の『言志四録』に次の一文がある。

 人は皆一室を洒掃(さいそう)するを知って、

 一心を洒掃するを知らず。

 善に遷(うつ)りて毫髪(ごうはつ)を遺さず。

 過を改めて微塵を留めず。

 吾れ洒掃の是の如くなるを欲して、

 而も未だ能わず。

洒掃とは、清掃のこと。毫髪とは、わずかな髪のこと。転じて少しの悪いこと。全体を解釈すると次のようになるかもしれない。

「世の中の多くの人は皆、部屋の掃除をすることは、よくわかっているけれど、心の掃除をすることは案外わかっていない。善き行いに移ろうとする時は、少しでも悪いことは残さない。過ちを改めて、ほんの少しの過ちも留めることはない。自分は、そうありたいと思うものの、未だ、できずにいるのは情けない」

佐藤一斎は、謙虚に言っているだけと思う。現代人も、現実に追われて、なかなか心の掃除はできていないかもしれない。妄想や妄念に惑わされることなく、時には、心の断捨離も必要だということだろう。

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2016年1月 8日 (金)

シェイクスピアの『シンベリン』を読む

正月に、シェイクスピアの『シンベリン』(松岡和子訳。ちくま文庫刊)を読んだ。この本は、書店で、たまたま見つけた。それまで、シェイクスピアに、この作品があることを全く知らなかった。

シンベリンとは、ブリテン王の名。先妻の子供として、第一王子のギデリウス、第二王子のアーヴィレイガス、娘としてイノジェンがいる。王は後妻を王妃にしている。王妃には連れ子としてクロートンがいる。

王は、諫言したか何かで、貴族のベラリアスをウェールズに追放する。その時、ベラリアスは、乳母を、そそのかして、幼児であったギデリウスとアーヴィレイガスを誘拐。自分の子供として育て、名前は、ポリドー、カドウォルと変える。ベラリウスは、モーガンと名を変え、乳母とは結婚し、子供たちは、彼らが親と思って育ってきた。

時が経ち、イノジェンは、ポステュマスを夫としているが、彼の知人のフィラリオの知人のイタリア人ヤーキモーの罠に嵌り、不貞を疑われる。それを聞いたポステュマスは嫉妬に狂い、殺意を抱く。王妃は、ポステュマスを亡き者にして、イノジェンとクロートンと結婚させようとする。

当時、ブリテン国はローマの支配下にあったが、王妃はシンベリンをそそのかし、ローマから分離独立しようと企む。そして、いずれ子供のクロートンを王位に就けようと考える。王妃は真意を隠して侍医のコーネリアスに薬を頼むが、侍医は、疑いを持ち、薬に細工を施す。

ウェールズにイノジェンは男装して出掛けて行き、王子たちの正体は知らず遭遇する等々、話は続いていくが、この辺で止めておく。最終的には、ハッピーエンド。評者によると、これは、いくつかの中世の説話をつなぎ合わせたという。日本で言えば、近松や西鶴の作品手法に近いのだろうか。

でも、そんなことは知らなくても十分楽しめる。流風の場合、最近では珍しく一気読みした。シェイクスピアの他の作品ほど有名でないのが不思議だ。この作品は、話が、いろいろ展開するという面では、ミュージカル向きかもしれない。

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2016年1月 6日 (水)

バーナード・ショーの『ピグマリオン』を読む

お正月に、バーナード・ショーの『ピグマリオン』(小田島恒志訳。光文社古典新訳文庫刊)を読んだ。ご存じの方も多いとは思うけれど、舞台や映画の『マイ・フェア・レディ』の原作だ。映画では、オードリー・ヘップバーンとレックス・ハリソンが演じた。ミュージカルとしての位置づけだが、そんなにミュージカル色は強くない。

ロンドンの街で、貧乏なイライザは、汚いロンドン訛り丸出しで、花を売っている。そこで、仕事と趣味が音声学というヒギンズ教授が出くわす。傲慢さが鼻につく彼は、生意気なイライザをからかうが、結局、彼女が、教授に言葉を習うことになる。

彼は、これを大きな実験として、6ヶ月で、上流階級のお嬢様のような話しぶりにしてみせると、盟友のピカリンク大佐と賭けをする。もちろん、話し方だけでなく、上流階級の作法も徹底して仕込む。仕込み方に容赦はない。

でも、飲み込みの早いイライザは、彼の期待通り、成果を上げ、見違えるほどになる。やがてロンドン上流階級の舞踏会で、ハンガリーの王女と勘違いされるまでになる。この成功に、ヒギンズ教授とピカリング大佐は大喜び。ピカリング大佐は、賭けに負けて、これまでの経費を負担することになったのにである。

ところが、イライザのことにはお構いなし。これに怒ったイライザが不満をぶちまける。言葉が美しくなったので、最早、昔のようには戻れない。どのようにしてくれるのかと。これにはヒギンズ教授も驚き、彼女を言語実験に使った軽率さを反省する。

しかし、イライザは、昔の彼女ではなく、自立した一個の女性になっていた。そして、彼自身、言語教育を通じて、彼女のことが好きになっていたのだと気づく。でも、男のプライドから言い出せない。男と女の思いのすれ違い。現代でも、芸能界で、少し前、年齢差カップの離婚騒動があったが少し似ている。

結末は、『ピグマリオン』と『マイ・フェア・レディ』では、異なる。ショーは、ハッピーエンドを好まず、イライザはヒギンズとは別の男と結ばれて金銭面では苦労するとなっているのに対して、映画の方は、ハッピーエンドを暗示して終わっている。そういう意味では、ショーの意図とは異なる作品になっているのだが、観る方からすると安心感がある。全体として、見れば、個人的には、映画の終わり方の方が楽しめる。

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2016年1月 5日 (火)

猿の話と平成28年の干支丙申について

例年通り、兵庫県立図書館で頂いた資料等に基づき、本年の干支、丙申(ひのえさる)について、記しておこう。別名、「へいしん」とも読む。干支の話の前に、猿に関する話をしておこう。

まず、なぜ猿を「サル」と言うのか。「マシラ」という外来語から来ているという説がある。「マシラ」は「優る」の意味に通ずると考えたようだ。「去る」と聞こえるというのは、後付けかもしれない。

よく、「見ざる、聞かざる、言わざる」と言われるが、それに加えて、「思わざる」というのがあるようで、これができれば、前者の三つを超えると仏典で説かれているそうだ。この教えは、現代でも通用するだろうが、日本の僧が説きそうな話だ。

また、猿顔というと、まず豊臣秀吉の顔が浮かぶ。それより古い例を挙げると、一条摂政兼良も猿顔だったと伝えられる。よって、彼らは陰口をいろいろ言われたようだ。でも、そういうことは気にせず、かえって人気があったりしている。

これとは別に、むしろ名前に猿と名付ける場合もあった。例えば、古代に於いて、巫女の長を猨女君と呼んだのはなぜか。意味なく、猿の名を冠するとも思えない。猿が転生して人になると信じられていたのかもしれない。

鼻が長かったと伝えられる猿田彦というのもある。柿本朝臣佐留、猿丸太夫(道鏡のこと)、上杉謙信の幼名が猿松であったこと、また前田利常の幼名がお猿であったことを考えると、猿に対する畏敬があったのかもしれない。

また、山王神は、猿を使いとしたという。猿が山を登って集まり、社殿を拝むからだという。更に、猿は不浄を、嗅ぎ分ける能力があるらしく、刀を持たせて不浄な参詣者を追い出したらしい。昔、一部地域では、猿神の祭日というのがあり、農業の神でもあった。「さるまさる」として、作物が増殖するとして歓迎したのだ。

全く関係ない話だが、公家は、生活難から逃れるため、各種講釈をして金を稼いだ。それは隠語というべきもの。例えば、猿のことは呼子鳥だと言って煙に巻いた。万葉集では、「呼子鳥」を詠んだ歌が9首あり、この場合は、ホトトギスを指すとされるのだが、『古今和歌集』では、「猿」だと言うのである。この辺は、変な説を説いて学説を唱える学者と変わらない。いつの時代も、こういう輩はいる。

話が変わるが、猿のことを別名「えてこ」と言うが、これはある猟師が、野猿を飼いならして、「得手吉」と名付けられたことから来ているという説もある。

幾分脱線したが、干支の話の戻ろう。十干の「丙」は、「炳」から来ている。「へい、あきらか」と読み、草木が伸長して、その形体が著しい状態を指す。五気では、「ひのえ」すなわち、「火の兄」で、太陽の光線を意味する。

また十二支の「申」の字は、甲骨・金文では、雷(いなづま)を描いた象形文字。篆文(てんぶん)は背骨と肋骨の象形で、まっすぐ伸びる意味を持つという。すなわち、草木の果実が成熟して滋味が増し、締め付けられて固まった状態を指すようだ。

丙申に歴史的な大きな出来事というと、文禄五年(慶長元年)の地震だ。まず豊後地方に於いて、1596年9月1日(慶長元年閏7月9日)に、マグニチュード7.0の大地震が起こって、高崎山が崩れ、神社の拝殿が倒壊したり、別府湾沿岸で大津波で被害を受けている。

続いて、1596年9月5日(慶長元年7月13日)に、畿内で、地震が発生し、その規模が、マグニチュード7.1。京都の被害が大きく、伏見城大天守が大破し、諸寺・民家の倒壊が多かった。余震が翌年の4月まで続いたという。その他にも奈良・大阪・神戸で被害が大きかった。

丙申年の歴史的な出来事を挙げると次のようになる。

◎756年(天平勝宝8) 聖武太上天皇没する

◎816年(弘仁7) 空海、高野山に金剛峯寺を開くことを許される

◎876年(貞観18) 大極殿が火災

◎996年(長徳2) 中宮藤原定子が落飾

◎1296(永仁4) 「天狗草紙絵巻」成る

◎1356年(天正11/延文元) 二条良基『菟玖波集』を撰集

◎1416年(応永23) 上杉禅秀の乱

◎1476年(文明8) 遣明使、笠芳妙茂ら堺を出発

◎1596年(慶長元) 慶長の大地震、近畿地方に大被害

◎1716年(享保元) 紀伊徳川吉宗が将軍となる

◎1776年(安永4) 平賀源内がエレキテルを完成

           上田秋成『雨月物語』を著す

◎1836年(天保7) 東大寺正倉院が開封

           諸国飢饉、奥羽地方の死者10万人に及ぶ

◎1896年(明治29) 茨城、福島、栃木の自由党員ら16名が茨城県加波山にて蜂起

           進歩党結成、大隈重信が党首となる

◎1956年(昭和31) 国連総会、日本の加盟案可決

            南極観測船「宗谷」出航

災害も含めて、いろんな結果が出るのが、丙申ということかもしれない。成果を喜びながらも、注意深く、また災害を受けても適切に対処することが求められるのかもしれない。

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2016年1月 4日 (月)

“吉”のインフレ

朝、某報道番組を視ていると、神社のおみくじについて、報道していた。それによると、最近のおみくじの傾向として、“吉”を多く出すという。そういうと、個人的には、初詣のおみくじは、ここ7年連続して、“大吉”だ。単純に喜んでいたが、そういうことだったのか。

別の見方をすれば、神社自体、この7年間、景気がよくないと意識していたのかもしれない。世の中、景気に浮かれていると、お賽銭も自然とはずむ。多分、そういうことがないのかもしれない。少しでも、気分を盛り上げるために、“吉”を多く出す。考えられることだ。

ということは、おみくじに、“吉”が出にくくなった時が、景気が回復したと言えるのかもしれない。そんなことを言えば、国は、慌てて、神社に、そういうことを指示するかもしれない。くわばら、くわばら(笑)。

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2016年1月 3日 (日)

平成28年を迎えて

あけましておめでとうございます。

今年のお正月は天気が好い。初夢は見なかったけれど、いい正月。いつもより寝坊したが、これが結構、楽(笑)。毎日、寝坊しようかな。2日の初風呂も心地よく、すっきり。初詣に行き、例年のように、おみくじを引く。大吉だ。いい気分。

さて、書写山圓教寺では、大樹孝啓(おおきこうけい)住職が、「新春夢の書」として、屏風に「徳」を揮毫されたとか。彼は、「『徳』のある人は、周囲から敬われる存在になれる。だが、徳は自然とにじみ出るもので、意識して出すことはできない。自分より他人を大切に思うことを心掛け、徳を養う一年にして欲しい」としている。

ということで、ここからヒントを得て、今年のスローガンは、「日本人は、もっと謙虚に」ということにしておきます。最近、テレビで一部、日本の技術は他国と比較して優れているというような随分うぬぼれた放送をしていますが、危ないことです。

基本に立ち返り、常に更に前に一歩進むことを目指さなければ、駄目になっていくだけです。評価は自らするのではなくて、相手がすること。改めて、日本人には、現状を否定し、謙虚な姿勢が求められます。流風も自戒しつつ、一歩一歩、これからも歩んでいきます。本年も、よろしくお願いします。

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