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2016年1月 6日 (水)

バーナード・ショーの『ピグマリオン』を読む

お正月に、バーナード・ショーの『ピグマリオン』(小田島恒志訳。光文社古典新訳文庫刊)を読んだ。ご存じの方も多いとは思うけれど、舞台や映画の『マイ・フェア・レディ』の原作だ。映画では、オードリー・ヘップバーンとレックス・ハリソンが演じた。ミュージカルとしての位置づけだが、そんなにミュージカル色は強くない。

ロンドンの街で、貧乏なイライザは、汚いロンドン訛り丸出しで、花を売っている。そこで、仕事と趣味が音声学というヒギンズ教授が出くわす。傲慢さが鼻につく彼は、生意気なイライザをからかうが、結局、彼女が、教授に言葉を習うことになる。

彼は、これを大きな実験として、6ヶ月で、上流階級のお嬢様のような話しぶりにしてみせると、盟友のピカリンク大佐と賭けをする。もちろん、話し方だけでなく、上流階級の作法も徹底して仕込む。仕込み方に容赦はない。

でも、飲み込みの早いイライザは、彼の期待通り、成果を上げ、見違えるほどになる。やがてロンドン上流階級の舞踏会で、ハンガリーの王女と勘違いされるまでになる。この成功に、ヒギンズ教授とピカリング大佐は大喜び。ピカリング大佐は、賭けに負けて、これまでの経費を負担することになったのにである。

ところが、イライザのことにはお構いなし。これに怒ったイライザが不満をぶちまける。言葉が美しくなったので、最早、昔のようには戻れない。どのようにしてくれるのかと。これにはヒギンズ教授も驚き、彼女を言語実験に使った軽率さを反省する。

しかし、イライザは、昔の彼女ではなく、自立した一個の女性になっていた。そして、彼自身、言語教育を通じて、彼女のことが好きになっていたのだと気づく。でも、男のプライドから言い出せない。男と女の思いのすれ違い。現代でも、芸能界で、少し前、年齢差カップの離婚騒動があったが少し似ている。

結末は、『ピグマリオン』と『マイ・フェア・レディ』では、異なる。ショーは、ハッピーエンドを好まず、イライザはヒギンズとは別の男と結ばれて金銭面では苦労するとなっているのに対して、映画の方は、ハッピーエンドを暗示して終わっている。そういう意味では、ショーの意図とは異なる作品になっているのだが、観る方からすると安心感がある。全体として、見れば、個人的には、映画の終わり方の方が楽しめる。

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