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2016年3月25日 (金)

狂言 『土筆』について

花冷えで、本日も寒いが、子供の頃、もう少し暖かくなってから、日向ぼっこのつもりで土手に上がると、そこに、土筆(つくし)が生えていて、それをいくつか取って帰ると、母は喜んで、夕方、料理として出てきたが、子供には美味しくなかった(笑)。

そこで、久しぶりに狂言を取り上げてみよう。それが、今の季節に相応しい、『土筆』。狂言では、「つくづくし」と読む。また流派により、「歌争」としているものもあるが内容は、話の順序は異なるものの、ほぼ同じ。

この辺に住む男が、知人を誘って、野遊びにやって来る。土筆が、たくさん出ているのを見つけ、「土筆(つくづくし)の 首しをれて ぐんなり」と詠むと、知人に大笑いされる。

「なぜ笑うか、古歌にも、『わが恋は 松を時雨の 染めかねて 真葛ヶ原に 風さわぐんなり』とあると言い張る。ところんが、知人に、それは、「風さわぐなり」だと指摘され、また笑われる。

その男は面白くないので、今度は沢(自宅の庭とするものもある)へ、やって来ると、芍薬の芽が出ているので、芍薬の和歌を知っていると披露する。それが、「難波津に 咲くやこの花 冬籠り 今をはるべと芍薬の花」。

ところが、これも、誤っていて、「今も春べと咲くやこの花」が正しいと少し小馬鹿にされて笑われる。さすがに笑われて腹を立てた、この男は、それでは、相撲を取ろうと挑むが、逆に足を取って倒される。更に、もう一番と申し込むが、また負けて、知人は勝ち誇って終演。

結局、内容は、土筆とあまり関係はない。「歌争い」の方がいいとも思えるが、歌を競う風でもないので、ちょっとという感じ。関西的には、「いいかげん」ぐらいがいいかも(笑)。

なお、ここに取り上げられた和歌は、前者が新古今にある慈円の和歌で、後者が古今集の序にある王仁の和歌(百人一首にも取り上げられている)。だが、男は覚えたての生半可な知識で恥をかく話。知識を得た初めの頃は、誰にも、ある経験かもしれない。

*追記

この狂言とは、少し意味合いが異なるが、ある程度、知見を持つようになると、知ったかぶりは、関西人はあまりしない。昔、東京に行ったとき、「知らないとことを知らない」と言うと、小馬鹿にされた。この狂言は、関西人が、江戸の人たちをからかったものと捉えることもできる。

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